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十章 ありがとう
百二十六話 挑戦
しおりを挟む(……ユウは今、何を考えてるんだろう。)
拳を彼に向けた私は、そんな事を心の中で思ってしまう。
アーストたちに見せたウルスの力は、ユウの力と酷似していた……そして、ただそれだけなら私は再会を喜び、色々と旅の話やらこれからの話などに集中することはできただろう。
……しかし、全てを蹂躙し淘汰するウルスの姿は…………過去に見た私の憧れを大きく揺らしてしまうものだった。
(…………こんなの、わがままだって分かってる。何を言っても私は守られた1人で、ユウに何か意見をする権利なんて何処にもないんだ。)
『うん、ユウがどんな旅をして、どんな経験をしたのか……どんな魔法が世界にはあるのか……そんな話を聞かせて!!』
それでも……私は確かめないといけない。あの日『ユウ』に感じた胸の高鳴りは間違っていなかったのか…………この学院生活で感じてきた『ウルス』の凄さや優しさは紛い物では無かったのか。
『……えっ、ライナ!? どうして泣いて……!??』
『ご、ご……め………うぅっ……ごめ、んっ………!』
「…………………。」
……………確かめないと、いけない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…………ルールを付けさせてもらう。」
「ルール……?」
ローナはそのままやる気満々だったのか、少しだけ出鼻を挫かれたような表情をしていた。
「まず、俺の勝利条件はローナに降参と言わせるまでだ。そして……ローナの勝利条件は、俺に一撃を喰らわせることだ。」
「っ…………随分と舐めてくれてるね。」
「舐めてなんかない、これでも最大限平等に扱っている。そうでないと…………」
俺はローナの後ろに回り込み、囁く。
「話にならないだろ?」
「…………………ぇ、うっ?」
反応すらできていなかったローナに、俺は軽く背中を小突いてやる。するとローナはいきなりのことで対応しきれなかったのか、その場でつまづいて転んでいた。
そんなローナに、俺は続いてルールを伝えていく。
「また、俺は武器や魔法を一切使用しない。そうでもしないと本当に勝負にならないからな。」
「そ、そんなこと…………」
「それほど、俺とお前の差はでかいんだ。いくら手を抜こうが舐め腐って挑もうが、俺はお前の動きを全て見切れて簡単に捌ける……そもそも、今のお前では何千回殴っても俺の本気の魔力防壁は壊せない。」
「…………なら、何万回でも攻撃をすれば良い!!!」
そう言ってローナは立ち上がり、俺に拳や蹴りを繰り出してくるが…………もちろん、当たることは万に一つもなかった。
「なっ、こんな……!?」
「お前が拳を一つ突き出せば、俺はその間に何十ものの斬撃を喰らわせることができる。そんなとろい攻撃はまず……」
「くっ、しまっ……!!」
欠伸が出るような顔面蹴りの足首を俺は掴み、彼女を適当に放り投げる。まさかそんな簡単に読まれないと思っていたのか、ローナは完全に不意打ちで転がっていく。
「ぐぅっ……!!?」
「もともと、お前の動きは素直すぎるんだ……カーズも同じことを思ってたんじゃないか?」
「…………!!」
図星だったのか、ローナはバツが悪そうに顔を窄める。そして俺の言葉に触発されたかのようにボックスから自身の武器である茶色の片手斧を取り出し、再び突撃してきた。
「まだまだぁっ!!」
(……………今か。)
威勢よく叫びながら、ローナは徐に斧を頭上から振り翳そうとしてくる。だがそれも完璧に見えていた俺はその斧が届く前に彼女のガラ空きな腹に手を当て…………力を込めた。
「……はっ!!」
「な、ぐふぅっ………!!?」
するとローナは驚く暇もなく衝撃にやられ、大きく吹き飛んでいく。また、その衝撃もしっかり身体に入ってきたようで激しく咳き込んでいた。
「げほっ、げほっ……なに、今のは……!??」
「発勁という物だ。簡単に言えば押し出す力を利用した、発する技…………まあ、俺も詳しい話は知らない、見様見真似で練習しただけだからな。」
それでも、だいぶ形になってきただろう。俺の知識が浅いせいでこれくらいしか深い技術の技を知らないが……これだけでも十分強い。
「……俺はただステータスが高いわけじゃない。技量も判断も視野も、少なくともお前よりはずっと極まっている……それを理解した上でかかってこい。」
「そんなこと、出会った時から知ってる……『ジェット』!!!」
ローナは斧をしまい、今度はジェットを発動し飛び上がる。空の動きで俺を翻弄する気だろうが、相変わらず直線的な軌道で何の意味も成せていなかった。
「…………いくよっ!!」
(礼儀良く宣言……何かする気か?)
あまりにもわざとらし過ぎる掛け声からの突進に、俺はローナの次の行動を予測する。といっても彼女がここからできるのは…………
「喰らっ……!!」
「だろうな。」
「……っ!?」
ローナは俺にぶつかる直前に自身の両手をこちらに突き出し、ジェットの噴射を喰らわせようとしたが……当然それを読めていた俺はやや大袈裟に横方向へと飛んで避け、カウンターの蹴りを彼女に当たらないように振るった。
「うわぁっ!!? 風圧がっ……!!」
「宙に浮いてる分、風の影響は受けやすい……俺の力を知ってるなら対応できただろ?」
「くっ……痛いところを…………」
そう呟きながら、ローナは飛ばされる体をジェットで立て直し地面に降り立つ。そしてジェットを解除し再び近接戦の構えを取った。
「…………今までのユウとは、全然違うね。元々凄かった動きのキレと思考に加えて、純粋なステータスの高さが組み合わさったら…………最強じゃん。」
「……それになりたくて、強くなったからな。どうした、怖気付いたか?」
「……少しだけ、でも…………まだ全部出し切ってないっ!!!」
ローナは無詠唱で炎の鎧を腕と脚に纏わせ、その炎の勢いを活性化させていく。武闘際で見せた巨大な炎を俺にぶつけるつもりだろうか。
「……十八番のそれか、シンプルゆえにお前にはピッタリな魔法だったが…………当たるか?」
「………………やってみないと分からないよ。」
…………ただ単に、煽ったわけではない。
そもそも、フレイムアーマーの大きな利点は威力や速さではなく『加速』にある。拳がトップギアに至るまでの速さが通常よりも数段上がるため、実質的に速く、強くなっている……だが、それだけだ。
「…………はぁぁっ!!!!」
渾身の叫びと共に、こちらへ炎の拳が突き出されようとする。そして俺はその拳を…………加速に合わせるように、指一本で受け止めた。
「なっ……そんなっ!?」
「……言っただろ、『素直だ』って。誰を相手にしてるのか………………
…………分かってるのか?」
「ぐ、がはぁっ……!!!?」
俺は受け止めていた拳を掴み逃げる機会を失くさせてから、空いている方の手でローナを突き飛ばした。また、それと同時に拳を掴んでいる手を離したことで彼女はなす術もなく地面を転がっていった。
(……魔力防壁の崩壊ギリギリまでに威力は落としたが……それでもローナにとっては未知の領域だろう。)
おそらく、見えてすらいなかっただろう。速さだけで言えば今の一撃はステータスで3、400程度はある……普通なら絶望して降参するくらい、どうしようも無い領域なはず………
「……終わりか、ローナ?」
「………………だ……いける………」
「……………?」
訓練所の壁まで転がっていったローナは、砂埃を払いながら何かぶつぶつと呟き始める。その目には喜びでも畏怖でもない、別の『色』が見え隠れしていた。
また、その色の不気味さに俺は少し困惑してしまう。
(……諦めない人間だというのは知ってる。例え魔力防壁が壊れようとも、自分が納得いくまでは全てを尽くす…………それは、解る。)
……しかし、今ローナが見せているのは…………そういった言葉で片付けられるようなものではなかった。
(これは………………『挑戦』?)
「……全力…………私の、全てを………」
「……なんだ………?」
突如として彼女から放たれる、知らない気配に俺は疑問を抱く。おそらく次で彼女は全力を見せるのだろうが…………何故、ここまでの気迫を………?
「…………ぶつけるよ、全部っ!!!」
「……ああっ。」
彼女の芯のある声に、俺はそう答えさせられた。
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