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十章 ありがとう

百二十三話 曇り

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(…………曇り、か。)

 目が覚めたその夜、俺は1人治療室で窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。

 あれからすぐにみんながこの部屋に押し寄せ、俺に心配の声を浴びせかけて来たが、その後に入ってきた学院長に『騒ぐな』と叱られ、一瞬にして静寂が訪れた。

(…………いっそ、騒いでくれた方が良かったかもな。)


 ……あの夢…………いや、奴の言ったことは本当なのだろうか。


『信じないならそれでもいいよ? けど君も体現しただろ、って奴を……疑うだけ無駄さ。』



 …………称号の力。奴が言っていたのは多分……魔力暴走のことだろう。確かにあの称号はどう抗っても効果をゼロにすることはほぼ不可能だ、何か大きな……体験をしない限り。

(……だが、俺の……『運命の束縛者』はその枠組みに入っているのだろうか……いや…………)

 それで解除できるほど、この呪いは甘くない……だろう。何せこの称号を付けた奴は、相手の心に語りかけたり監視できるような……強敵。赤仮面のような奴らとは一線を画す、デュオの中でもおそらく唯一無二の存在…………


「…………どうすれば……」
「……………ウルス、起きてるか?」


 不意に、扉の奥から男の声が聞こえてくる。魔力の反応からして学院長だろう。

「……はい、どうぞ。」
「失礼するぞ……どうだ、調子は。」
「……まだ反動が残っているようで、十分には動けません。」

 治療室へと入ってきた学院長は、俺の話を聞いてふぅと息を吐きながら部屋にある椅子に座る。そして俺の顔を見て何故か安心したような表情をした。

「……神界魔法といえど、流石に万能とはいかないか。」
「はい……すみません。」
「おいおい、儂を責める理由はあってもお前さんが謝る道理なんてどこにもない。以前の襲撃も今回のことも、本来なら儂たち教師が対処しないといけない話なんだ…………本当に、すまない。」

 学院長は改まって、俺に深く頭を下げてきた。その表情には申し訳なさと情けなさが入り混じった……とても、辛いものだった。

(…………俺の、問題だ。)

「……悪いのは、俺です。俺が感情的になったばかりに、最善の策を取ることができなかった。」
「でも、お前が頑張ってくれたおかげで、被害も最小限に抑えられた。感謝しても仕切れないよ。」
「………それでも、アーストのこと……もっと俺が上手くやれば、あんな暴走……起こさせることはなかった。」


 ラナたちの話によると、あの後赤仮面はこの街の地下にある監獄へ、アーストは共謀者ではあるものの、奴らにたぶらかされたことも事実であるため、現在は精神病棟のような場所へと軟禁されたようだった。




『………………。』



「……武闘祭で、俺はアーストをくだしました。お前の考えは間違っている……もっと周りを見て、何を知るべきかを……勝負をもって伝えようとしました。」
「………………」
「けど……奴には、通じなかった。ただ認めさせるだけでは……駄目だった。」


 …………どんな理由があろうとも、間違いなくアーストは悪人だ。ミルやみんなへ襲い掛かろうとし、赤仮面にそそのかされてやったことだとしても……とても、ゆるされるような行為ではない。



 …………………でも。


「…………正しい力をチラつかせても、変えられない心があった。あるべき言葉を語っても、心には届かなった……一体、何が足りなかったんだ………」


 …………自分が、不甲斐ない。だがその他に方法は…………あったのか………?





「…………若いのに凄いな、ウルスは。」
「……年齢なんて、何の関係もありません。」
「そんなことない。『生きてきた時間』っていうのは、何事にも代えられない物。どれだけ壮絶な年月を過ごしたとしても、その数字以上の経験は得られないんだ。」


 ……それで言ったら、俺は若くないな。

「とにかく、これ以上お前さんが気にする必要なんてない。赤仮面も極封之檻で絶対に逃げられないようにしてくれたんだ、今度こそ後は儂たちに任せて今は休んでくれ。」
「…………………」


 学院長の言葉に、頷くことはできなかったが……今は甘えるしかない。

「あと、何故儂たちが襲撃に気づかない理由も判明した……といってもまだ、完全に解析はできてないけどな。」
「……よどんだ空気のことですか?」
「ああ、どうやら結界の類いの道具を使用していたそうだ。その中にいる時は魔力反応が鈍ったり、外に出れなくなるようになっているようだ。」
「……ということは、前は学院全体、今回は俺たち……俺のいる場所に絞ってそれを使ってきたということですか。」
「おそらくな。せっかくその結界の亡骸なきがらを手に入れたもんだから、もっと詳しく調べたいところだが……如何せん複雑で儂たちじゃこれ以上分からん。」
「じゃあ、俺も調べてみます。神眼を使えば何か分かるかもしれません。」
「ああ、助かる。」

 結界……か。どうにかして利用できればいいが……それは性能次第だろう。



「…………話は、これだけですか?」
「いや、まだある…………が、別にそこまで重要な話でもない。いくつか聞きたいことがあるだけだ。」
「聞きたいこと……」
「ああ……まず、お前さんがマルク=アーストが起こした攻撃を守ったという話を聞いたんだが……それってどういうことなんだ?」

 学院長は興味があったのか、少し前のめりになって質問してくる。ある程度の上級者なら知っていることだと思っていたが……まあ、英雄クラスだとする機会もないから知らなくてもおかしくないか。

「……学院長は、魔力防壁をどういう物だと認識していますか?」
「どういう? ……それはもちろん、身を守ってくれる盾なのじゃないか?」
「はい、それが魔力防壁の主な役目です。こういう風に………」
「っ…………!?」

 説明をするため、俺は自分の顔に思いっきり拳をぶつける。するとその拳は顔に触れるか触れてない、ギリギリのところで紫色の壁に受け止められ、代わりに空間を裂く音が部屋に響き渡る。
 それを見た学院長は急なことだったのか、目を大きく見開かせて体をビクッと反応させていた。

「お、おい、心臓に悪いからやめてくれ。ただでさえ病み上がりなんだから、やるにしてもそんな強くする必要はないだろ?」
「……そうでしたね。それで、今のは誰でも無意識に発動するパターンですが……実は、魔力防壁はある程度自分で動かすことができるんです、こんな感じで。」
「…………おぉ!!」

 そう言って俺は魔力防壁に通っている魔力を操作し、小さなドームとして学院長ごと包み込ませる。それを見た学院長はまるで子供みたいに目を輝かせていた。

「凄いぞ、魔力防壁でこんなことができたのか……!」
「はい、そしてこの中に入っている人ごと自分の魔力防壁で守ることができたり、逆にこの中で起こった攻撃を外に出さないようにすることもできます……が、その場合は広げた本人はノーガードなのでもろに受けてしまいます。」
「なるほど……だからお前さんだけが魔力の爆発? を受けて、他の奴らはやられなかったのか。」

 咄嗟のことだったので、ああいう風にするしかできなかったが……本当ならアーストを気絶させておくべきだった。そうすれば……には……………

「…………また、魔力防壁は攻撃にも使えます。諸刃もろはつるぎなのでアレですが。」
「攻撃……まあ、確かにわざわざそれを利用する理由もないからな、それに儂自身魔法はそこまで得意じゃない。」

 得意じゃないといっても、世界に五人だけの神威級魔法使いだが……魔力量や他のステータスを見るからに、学院長はどちらかというと近接戦のほうが得意なのだろう。それでも十分すぎる力を持ってはいるが。

「魔力防壁にも色々あるんだな……儂もまだまだ白痴はくちってことか。」
「……に生きていたら気づきませんですし、何より使う機会なんて滅多にないですから。メリットも少ないですし、知らなくても大丈夫です。」


 魔力防壁はあくまで。前世では無かった物なので、俺にとってはそれだけでかなり価値があると思っていたが、この世界の人たちにはあまり実感がないらしい。そのせいか、ここでは擦り傷でも結構痛がったりする人間も多く、痛覚に関しては凄く敏感だとか。


「そうか…………じゃあ、次の話に行こう。今回武闘際が行われ、お前たちが優勝した。本来ならそれだけで順位が大きく変動することがないわけだが………現在、アーストは休学状態。実質的に上位スプリア一位が空席となってしまうんだが…………」
「……空席だと駄目何ですか?」
「いや、駄目というわけではないが、やはり学年の一位というのは謂わばソルセルリー学院の看板といっても過言ではないからな。幸い、適任な人物がここに……」
「俺はなりませんよ、首席には。」

 俺がきっぱりそう言うと、学院長は途端に動揺を見せた。

「え、な、何故だ? 何か問題でもあったか?」
「いや……今、俺は学年で中間ぐらいの順位だったはずです。そこからいきなり首席っていうのは流石に急だと思うんですが。」
「そ、それはそうだが……だとしてもあの盛り上がりっぷりを見て文句を言う奴なんて誰もいないだろ? 仮にあったとしてもお前さんなら十二分に証明できるだろ。」
「……ですが、俺にそのかんむり早いです。武闘祭はあくまで祭であり、俺が出たのはタッグ戦だけ…………俺が首席を名乗るのは個人戦で勝ったときです。」
「……そういうところは気にするのか、意外だな。」
「平等じゃないって話なだけです、俺は別に座学が得意ってわけでもないですし。」

 実際、中間の俺がいきなり一位になるのはシステム的に変な話だ。学院内の順位はそういった対戦の結果だけではなく、普段の授業の成績も関わってくるものなので、それこそ『強ければいい』といった風潮になってしまうのも良くはないはず。


「そうなのか? お前さんのことだからてっきりそっちも満点かと……」
「…………それこそ、の方が適任だと思いますけどね。」
「……『あいつ』?」



 『首席』…………その名は、俺よりの方がきっと相応しいだろう。



 
(…………………。)

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