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九章 凝華する心 『lose』
百十五話 吹き飛べ
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そこは、ただ暗かった。
まだ視界は生きている。でも前を見ればどんどん黒くなり、後ろを歩けば少しずつ明るくなる……そんな場所だった。
(…………行かなければ……)
俺は何を思うこともなく、普通に暗闇へと歩き始めた。
歩くのは、辛くなかった。
(……重くて…………痛い……)
でも、辛くはなかった。
だって、歩くだけでいいんだから。
(…………もう、見えない。)
気づけば周りは深淵のように真っ黒で、自分の体も何も見えなくて……方向も無かった。
(……………………)
それで良かった。何も考えず、ただひたすら歩くことは少し苦しいけれど………… 色 々 と楽だったから。
(このままでいい……もう……………)
でも………………許してくれなかった。
『───────。』
(……………誰だ。)
暗いはずなのに、伸ばされた手は信じられないほどにはっきりと目に見えていて……不気味だった。
『──────!? ……────!!!』
(……五月蝿い、鬱陶い……黙っててくれ。)
そう念じるも、手は全然離してくれない。
強く。熱く。明るく。眩しかった。
『────!! ────! ─────!!!』
(…………なんで、そんなに必死なんだ。)
分からない、解らない、判らない。
それをしたところでどうなるんだ。俺を止めたところで、誰が得するんだ……誰が幸せになるんだ?
(歩かせろ、お前にとっても十分良いことだろうが、だから……やめろ。)
『……───────? ──────!?』
(………………何を言ってるのか全くわからない……だからもう………)
言葉の意味は微塵も分からない……不快だ。
(……………なんで……お前は………)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……………っ!??」
眠気も吹き飛ばすように、俺は突如として目を覚まし勢いよく体を起こす。
「………ぁ…………?」
(……明るい……朝、だよな?)
窓から差し掛かる光はとても眩しく、朝日以外の何者でも無かったが……何故か、その光に違和感しか抱かなかった。
(…………夢を、見てたの…か……??)
……あまり内容は思い出せないが…………やけに気分の悪い夢だった。いや、そもそも夢だったのか……?
「……起きるか。」
じっとしているのも嫌だったので、ひとまずベッドから降りて色々と支度をする。
今日は武闘祭が終わっての日だったので休日となっていたが……かといって何か予定があるわけでもない。だが夢? のこともあってなんだか落ち着かないので、とりあえず外に出ようとした…………その時。
「…………手紙?」
何気なく玄関に立て付けてあるポストを見ると、そこには何やら薄い手紙のような物が置かれてあった。
この寮の部屋にはそれぞれ小さなポストが設置されており、用紙やほどほどの荷物なら送ったり入れたりすることができる。だが学院での連絡ごとはほぼ授業中に言われ、これを使わないと連絡が取れないこともゼロに等しいので、基本的に使われることはない。なのでこのように中身が入っているのはかなり珍しい。
「…………『武闘祭会場に来てください』?」
その手紙の内容は正に今口にした文章だけが書かれており、それ以外は全て白紙だった。ましてや宛先や差出人すらも記されておらず、何かのいたずらか何かではないのかと俺は疑ってしまう。
『神眼』
(……いたって普通の紙、神眼で見てもなんの反応も示さないな。)
生憎、神眼はあくまで生物に関係するもの限りしか詳細な情報は出さないので、精々魔力的な反応しか検知することができない。その魔力的な反応も特に異常は無かったので特別変な物ではないと思うが……………
「…………なんだ…これは、既視感……?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……あっ、おはようございますウルスさん!」
「おお、おはようウルス! 奇遇だな!」
「……カーズとソーラか、おはよう。」
手紙に指定された場所へと行く途中、同じように道を歩いていたカーズとソーラにばったり出会う。そして、何やら2人の手には俺がさっき受け取ったのと全く同じ手紙が持たれていた。
「……その手紙、お前たちにも届いていたのか?」
「えっ? ……もしかしてウルスにも届いていたのか?」
「ああ、武闘祭が行われた場所に来いって書かれてた……その様子じゃ、2人とも一緒のようだな。」
「はい、朝起きたら手紙があって。それで一応ソーラに確認を取ろうと思ったら……つい5分前まで寝てたんですよこの人。いくら休日だからって怠けすぎなんですよ本当!」
「べ、別にいいだろ? お前との特訓の約束も午後からだったんだし、昨日の今日で俺も疲れてたんだよ。ちょっとぐらいゴロゴロしてても……」
「駄目ですよ。ソーラの両親からそこら辺の管理は僕に任させてるんですから、最低限の生活習慣は整ってもらわないと。ソーラはすぐ怠けようとするんですから……」
「お前は俺の母親かよ………」
(………………)
いつの間にか2人の話へと脱線し、俺はただそれを聞くだけで棒立ちしてしまう。それはただ話に入らないだけで……いや……………
「……仲が、良いんだな。」
「まあ、幼馴染ですからね。ソーラのぐうたらな所は僕が支えないと……前にも言いましたが、ソーラは人の話は聞かないし忘れ物もよくするし食べ物も好き嫌いが多くて……」
「おい、まるで俺がダメダメな人間みたいな言い方してるけど、お前だって大概だぞ!? 図書館に行ったらすぐ1人で読み耽けって周りの声も聞かなくなるし、方向音痴ですぐ迷子になるし、この前だって…………」
「ちょ、その話はしないって約束でしたよね!? 何でさらっとバラそうとするんですか!?」
「ふん、そっちが俺のコケにしようとするからだ!」
またもや2人は喧嘩を始める。その光景は一見中々に鋭いものの、そこに険悪な雰囲気は微塵も感じられなかった。
(……こういう、幼馴染もいるんだな。)
……互いを理解し合っているからこそ、こうやって気兼ねなく言葉をぶつけ合える。俺たちとは少し違う形の物ではあったが、本質はきっと同じなんだろう。
(…………今のまま、関係が続いていたら……どうなっていたんだろう。)
昔は泣き虫な彼女だったが…もしかしたらもう直っていたのだろうか。
あの時もどちらかといえば彼女が引っ張ってくれていたが……案外変わらなかったりするのかもしれない。
小さな頃の彼女はそこまで強くなることを求めていなかったし………学院などには通うことはなかったり。
彼女と一緒に過ごしていたら…………俺は、どうなっていたのだろう。
「………………」
「……ウルスさん? もう着きましたよ、大丈夫ですか?」
遠くから聞こえた声に顔をあげると……何故か、既に俺たちは武闘祭が行われた会場へと辿り着いていた。
俺たちが戦った会場はその影響か、微妙にヒビや荒れていたりとダメージを受けていた。大体はすぐに教師らが直しているという話だったが……まだ手をつけていなかったのか?
(……………?)
「どうしたウルス、具合でも悪くなったのか? 俺たちは先に行くから早く来いよ!」
「………あ、ああ………ちょっと疲れが残ってただけだ。すぐ行く。」
謎の違和感に引っ張られながらも、俺は2人の後を追う。するとそこには…………何故か、見知った顔ばかりが集結していた。
「あれ、カーズとソーラ……それにウルスまで来たよ? 本当に知り合いしかこないね、ニイダ。」
「……じゃあ、誰が私たちを呼んだの?」
「知らねぇよ……ったく、こっちだって暇じゃねぇんだ。呼んだんならとっとと来やがれや。」
「でもこれだけ集まってきたし、そろそろ来ると思うよ?」
(ローナにフィーリィア、ニイダ、ラナ……カリストまでいるのか。)
偶然なのか、武闘祭の会場跡には何故かこの5人が会話をしながら何かを待っていた。話の内容からして、おそらく俺たちと同じ理由でここにいるのだろうが…………
「おっ、ウルスさんたちも呼ばれた口っすか?」
「ああ、お前たちもこの手紙に呼ばれたんだな。」
「はい……となると、俺たちを呼んだのは…………」
「……おっ? なんだお前たち、こんなところに大勢で。みんなで特訓でもするのか?」
ニイダと話を聞こうとした時、後ろから今度はルリアが結っている漆黒の長髪を揺らしながら近づいてきた。彼女も呼ばれた内の1人なのだろうか。
「ルリアさん、もしかしてあなたもこの手紙で?」
「……手紙? 何だそれ、私は貰ってないぞ?」
「ありゃ、ならどうしてミカヅキさんはここに来たんすか?」
「? ……いや、何やらここに人が集まっていると魔力で感知してな。気になって覗いたら……ってわけだ。」
「なるほど……うーん、さっぱりっすね。このメンバーの共通点でもあれば幾分か分かりやすいんすけど……」
そう言ってニイダはうんうんと悩み始める。彼もこの状況とメンバーに妙な違和感を感じているようだ。
(呼ばれたメンバーの共通点……全員一年というところだけか? でも、明らかにそれだけで呼ばれた数じゃない……一体どういうことだ?)
「……ニイダは、このメンバーは全員『知り合い』っていう共通点があると思っているんだよな?」
「はい、現に全員が全員顔見知りっすよ。ただまあ、仲の良さで選ばれたかと言われれば少し疑問っすけどね。俺やらはともかく、ライナさんやソーラさんたちはカリストさんと友人関係とは言えないっすし。」
「……なら、誰かを中心とした交友関係のある人たちを呼んだってことか?」
このメンバーの中心人物……別にリーダー的な存在やカーストのような関係性でもないので、そう明確なものではないはず。だとすれば誰が……………
「なら、ウルスさん以外にありえないっすね。」
「…………俺?」
「いやいや、そんな不思議がらなくても。ここにいる人たちはみんなウルスさんから繋がった人たちっすよ……ミカヅキさんもそう思うっすよね?」
「ああ、それはそうだな。私は上級生でお前たちとは先輩後輩という関係だが、それもウルスがきっかけだからな。お前が居なければ今頃私はここにいる奴らとも関わることは無かった。感謝してるぞ、ウルス。」
「…………いや、そんな……」
予想だにしないところから何故かお礼を言われてしまい、何と言えない気持ちになる。
(…………何もしてないとは思っていない。だが……仮に俺がいなくても結果はさほど変わることはなかったとも思う。)
確かに、フィーリィアやカリストのことは多少なりとも手を貸し、示したかもしれない。けれどそれは俺だったからではない、そういう人が居たからというだけである。
そもそも、俺は学院に通うべき存在では…………
「…………そんなことより、俺を中心として集められているのなら、そいつは俺に話をしたいってことか? それも、みんながいる中で………」
「心当たりは無いんすか? 何かウルスさんに頼みごととか……因縁? とか持っている人は。」
「因縁はないだろ、ウルスがそんな恨まれるようなことは…………ん?」
話の途中、不意にルリアが入り口を見ながら訝しむ。その様子を察知した俺はすかさず神眼で辺りを感知するが、相変わらず反応はどこにもない。
「どうかしたっすか、ミカヅキさん?」
「……いや、誰がこっちに近づいてくる。この魔力は……」
「……あれ、ウルスくん、それにみんな! どうしてこんなに集まってるの!?」
「……ミル? ということはやは……り………?」
…………今、神眼を使ったはず…………なのに何故、ミル……いや、この場の人間に反応しなかった?
「……ニイダ、空気はどうなってる!?」
「空気? 急にな…ちょっと待ってくださいっす、これは…………同じ!?」
「ど、どうしたお前たち、そんな慌てて。空気が澱んでたりするのか?」
ルリアの質問に答える前に、俺はこの現状を必死に整理する。
(俺は常に魔力感知には神眼を発動している、寝ている時もだ。なのに舞台にいるみんな、入ってきたルリアに気づきすらしなかった……)
ニイダはあの時と同じ……仮面が襲って来た時と同じ空気だと言っている。もしそれが本当ならば…………
「ニイダ、みんなを見ていてくれ! 俺はデュオを探す!!」
「は、はいっす! といってもどこにいるのか皆目見当つかないっすよ!?」
「な、何が何やら……って、また誰か来るぞ……?」
「「…………!」」
ルリアはまたもや何者かの気配に気づいたのか、そんなことを溢す。何故彼女しか分からないのかは理解できないが……今はどうでもいい。
「ミル、後ろに誰がいる!?」
「えっ、後ろ? 別に誰も…………」
「どうしたのウルスくん、そんな慌て……………」
「吹き飛べ。」
冷淡な声は遠いものだったが、何故かはっきりと耳に届いた……………
……と思った、その瞬間。
「……………ぇ」
ミルが、壁へと叩きつけられた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……………え、えっ……??」
何やらごそごそとしていたウルスくんたちの元に駆け寄ったその瞬間、突如入り口からミルが何者かによって剣で吹き飛ばされた。
(…………………意味が……)
あまりに突然で理解不能な状況に私の思考は回らず、その場で立ち尽くす。それはニイダくんやミカヅキさん、後ろにいるローナさんたちも一緒のようで、ただただ舞台の入り口を呆気ない様子で見つめてしまっていた。
「…………ど、な…えっ? なんでミルが……??」
「……今、誰が………!?」
「やあ、僕の力は凄いだろ? これで少しは認められたかな?」
私たちの動揺は他所に、そんな軽い文言が聞こえて来る。その言葉の主は…………
「マルク………アースト……?」
「おお、ちゃんと役者は揃ってくれてるな……1人だけ呼んでいない者もいるが、まあいい。要があるのはウルス……君だからね。」
(ウ、ウルスくん……?)
訳の分からないことを話し出すアーストくんに誰もついて行けず、その場で固まってしまう。それはウルスくんも同じなのか、吹き飛ばされたミルを見つめたまま動こうとはしなかった。
「………………」
「おや、凄すぎて声も出ないってかい? まあ無理もない、この圧倒的速さ、威力……君たち程度にはとても追いつかない物だからね。」
「………………」
ウルスはそんなアーストくんの煽り? に対して、何も反応することは無かった。そんなウルスくんの代わりに応えるように、ミカヅキさんが苛立ちを含ませた声色で彼を問い詰める。
「お前……自分が今何をしたのか分かっているのか?」
「……ルリア=ミカヅキさんですね、あなたはお呼びじゃないので割り込んでこないでくださいよ。」
「……巫山戯ているのか? 噂には聞いていたが、ここまで腐って…………」
「ルリアさん。」
芯まで凍った…………いや、黒くなった声が小さく聞こえた。
憂いも悲しみも不快もない……怒りの声。その一言だけでこの生暖かい気温は冷え切り、肌を削るような乾いた風を吹かせた。そして…………
「もう、いいです。もう…………無駄です。」
「無駄? 何を言ってるのか分からないが……とにかく、これに懲りたらもう僕には逆らわないでくれないかな?」
「………………
……………………ぇよ。」
…………それはあまりにも、強い殺意だった。
そこは、ただ暗かった。
まだ視界は生きている。でも前を見ればどんどん黒くなり、後ろを歩けば少しずつ明るくなる……そんな場所だった。
(…………行かなければ……)
俺は何を思うこともなく、普通に暗闇へと歩き始めた。
歩くのは、辛くなかった。
(……重くて…………痛い……)
でも、辛くはなかった。
だって、歩くだけでいいんだから。
(…………もう、見えない。)
気づけば周りは深淵のように真っ黒で、自分の体も何も見えなくて……方向も無かった。
(……………………)
それで良かった。何も考えず、ただひたすら歩くことは少し苦しいけれど………… 色 々 と楽だったから。
(このままでいい……もう……………)
でも………………許してくれなかった。
『───────。』
(……………誰だ。)
暗いはずなのに、伸ばされた手は信じられないほどにはっきりと目に見えていて……不気味だった。
『──────!? ……────!!!』
(……五月蝿い、鬱陶い……黙っててくれ。)
そう念じるも、手は全然離してくれない。
強く。熱く。明るく。眩しかった。
『────!! ────! ─────!!!』
(…………なんで、そんなに必死なんだ。)
分からない、解らない、判らない。
それをしたところでどうなるんだ。俺を止めたところで、誰が得するんだ……誰が幸せになるんだ?
(歩かせろ、お前にとっても十分良いことだろうが、だから……やめろ。)
『……───────? ──────!?』
(………………何を言ってるのか全くわからない……だからもう………)
言葉の意味は微塵も分からない……不快だ。
(……………なんで……お前は………)
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「……………っ!??」
眠気も吹き飛ばすように、俺は突如として目を覚まし勢いよく体を起こす。
「………ぁ…………?」
(……明るい……朝、だよな?)
窓から差し掛かる光はとても眩しく、朝日以外の何者でも無かったが……何故か、その光に違和感しか抱かなかった。
(…………夢を、見てたの…か……??)
……あまり内容は思い出せないが…………やけに気分の悪い夢だった。いや、そもそも夢だったのか……?
「……起きるか。」
じっとしているのも嫌だったので、ひとまずベッドから降りて色々と支度をする。
今日は武闘祭が終わっての日だったので休日となっていたが……かといって何か予定があるわけでもない。だが夢? のこともあってなんだか落ち着かないので、とりあえず外に出ようとした…………その時。
「…………手紙?」
何気なく玄関に立て付けてあるポストを見ると、そこには何やら薄い手紙のような物が置かれてあった。
この寮の部屋にはそれぞれ小さなポストが設置されており、用紙やほどほどの荷物なら送ったり入れたりすることができる。だが学院での連絡ごとはほぼ授業中に言われ、これを使わないと連絡が取れないこともゼロに等しいので、基本的に使われることはない。なのでこのように中身が入っているのはかなり珍しい。
「…………『武闘祭会場に来てください』?」
その手紙の内容は正に今口にした文章だけが書かれており、それ以外は全て白紙だった。ましてや宛先や差出人すらも記されておらず、何かのいたずらか何かではないのかと俺は疑ってしまう。
『神眼』
(……いたって普通の紙、神眼で見てもなんの反応も示さないな。)
生憎、神眼はあくまで生物に関係するもの限りしか詳細な情報は出さないので、精々魔力的な反応しか検知することができない。その魔力的な反応も特に異常は無かったので特別変な物ではないと思うが……………
「…………なんだ…これは、既視感……?」
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「……あっ、おはようございますウルスさん!」
「おお、おはようウルス! 奇遇だな!」
「……カーズとソーラか、おはよう。」
手紙に指定された場所へと行く途中、同じように道を歩いていたカーズとソーラにばったり出会う。そして、何やら2人の手には俺がさっき受け取ったのと全く同じ手紙が持たれていた。
「……その手紙、お前たちにも届いていたのか?」
「えっ? ……もしかしてウルスにも届いていたのか?」
「ああ、武闘祭が行われた場所に来いって書かれてた……その様子じゃ、2人とも一緒のようだな。」
「はい、朝起きたら手紙があって。それで一応ソーラに確認を取ろうと思ったら……つい5分前まで寝てたんですよこの人。いくら休日だからって怠けすぎなんですよ本当!」
「べ、別にいいだろ? お前との特訓の約束も午後からだったんだし、昨日の今日で俺も疲れてたんだよ。ちょっとぐらいゴロゴロしてても……」
「駄目ですよ。ソーラの両親からそこら辺の管理は僕に任させてるんですから、最低限の生活習慣は整ってもらわないと。ソーラはすぐ怠けようとするんですから……」
「お前は俺の母親かよ………」
(………………)
いつの間にか2人の話へと脱線し、俺はただそれを聞くだけで棒立ちしてしまう。それはただ話に入らないだけで……いや……………
「……仲が、良いんだな。」
「まあ、幼馴染ですからね。ソーラのぐうたらな所は僕が支えないと……前にも言いましたが、ソーラは人の話は聞かないし忘れ物もよくするし食べ物も好き嫌いが多くて……」
「おい、まるで俺がダメダメな人間みたいな言い方してるけど、お前だって大概だぞ!? 図書館に行ったらすぐ1人で読み耽けって周りの声も聞かなくなるし、方向音痴ですぐ迷子になるし、この前だって…………」
「ちょ、その話はしないって約束でしたよね!? 何でさらっとバラそうとするんですか!?」
「ふん、そっちが俺のコケにしようとするからだ!」
またもや2人は喧嘩を始める。その光景は一見中々に鋭いものの、そこに険悪な雰囲気は微塵も感じられなかった。
(……こういう、幼馴染もいるんだな。)
……互いを理解し合っているからこそ、こうやって気兼ねなく言葉をぶつけ合える。俺たちとは少し違う形の物ではあったが、本質はきっと同じなんだろう。
(…………今のまま、関係が続いていたら……どうなっていたんだろう。)
昔は泣き虫な彼女だったが…もしかしたらもう直っていたのだろうか。
あの時もどちらかといえば彼女が引っ張ってくれていたが……案外変わらなかったりするのかもしれない。
小さな頃の彼女はそこまで強くなることを求めていなかったし………学院などには通うことはなかったり。
彼女と一緒に過ごしていたら…………俺は、どうなっていたのだろう。
「………………」
「……ウルスさん? もう着きましたよ、大丈夫ですか?」
遠くから聞こえた声に顔をあげると……何故か、既に俺たちは武闘祭が行われた会場へと辿り着いていた。
俺たちが戦った会場はその影響か、微妙にヒビや荒れていたりとダメージを受けていた。大体はすぐに教師らが直しているという話だったが……まだ手をつけていなかったのか?
(……………?)
「どうしたウルス、具合でも悪くなったのか? 俺たちは先に行くから早く来いよ!」
「………あ、ああ………ちょっと疲れが残ってただけだ。すぐ行く。」
謎の違和感に引っ張られながらも、俺は2人の後を追う。するとそこには…………何故か、見知った顔ばかりが集結していた。
「あれ、カーズとソーラ……それにウルスまで来たよ? 本当に知り合いしかこないね、ニイダ。」
「……じゃあ、誰が私たちを呼んだの?」
「知らねぇよ……ったく、こっちだって暇じゃねぇんだ。呼んだんならとっとと来やがれや。」
「でもこれだけ集まってきたし、そろそろ来ると思うよ?」
(ローナにフィーリィア、ニイダ、ラナ……カリストまでいるのか。)
偶然なのか、武闘祭の会場跡には何故かこの5人が会話をしながら何かを待っていた。話の内容からして、おそらく俺たちと同じ理由でここにいるのだろうが…………
「おっ、ウルスさんたちも呼ばれた口っすか?」
「ああ、お前たちもこの手紙に呼ばれたんだな。」
「はい……となると、俺たちを呼んだのは…………」
「……おっ? なんだお前たち、こんなところに大勢で。みんなで特訓でもするのか?」
ニイダと話を聞こうとした時、後ろから今度はルリアが結っている漆黒の長髪を揺らしながら近づいてきた。彼女も呼ばれた内の1人なのだろうか。
「ルリアさん、もしかしてあなたもこの手紙で?」
「……手紙? 何だそれ、私は貰ってないぞ?」
「ありゃ、ならどうしてミカヅキさんはここに来たんすか?」
「? ……いや、何やらここに人が集まっていると魔力で感知してな。気になって覗いたら……ってわけだ。」
「なるほど……うーん、さっぱりっすね。このメンバーの共通点でもあれば幾分か分かりやすいんすけど……」
そう言ってニイダはうんうんと悩み始める。彼もこの状況とメンバーに妙な違和感を感じているようだ。
(呼ばれたメンバーの共通点……全員一年というところだけか? でも、明らかにそれだけで呼ばれた数じゃない……一体どういうことだ?)
「……ニイダは、このメンバーは全員『知り合い』っていう共通点があると思っているんだよな?」
「はい、現に全員が全員顔見知りっすよ。ただまあ、仲の良さで選ばれたかと言われれば少し疑問っすけどね。俺やらはともかく、ライナさんやソーラさんたちはカリストさんと友人関係とは言えないっすし。」
「……なら、誰かを中心とした交友関係のある人たちを呼んだってことか?」
このメンバーの中心人物……別にリーダー的な存在やカーストのような関係性でもないので、そう明確なものではないはず。だとすれば誰が……………
「なら、ウルスさん以外にありえないっすね。」
「…………俺?」
「いやいや、そんな不思議がらなくても。ここにいる人たちはみんなウルスさんから繋がった人たちっすよ……ミカヅキさんもそう思うっすよね?」
「ああ、それはそうだな。私は上級生でお前たちとは先輩後輩という関係だが、それもウルスがきっかけだからな。お前が居なければ今頃私はここにいる奴らとも関わることは無かった。感謝してるぞ、ウルス。」
「…………いや、そんな……」
予想だにしないところから何故かお礼を言われてしまい、何と言えない気持ちになる。
(…………何もしてないとは思っていない。だが……仮に俺がいなくても結果はさほど変わることはなかったとも思う。)
確かに、フィーリィアやカリストのことは多少なりとも手を貸し、示したかもしれない。けれどそれは俺だったからではない、そういう人が居たからというだけである。
そもそも、俺は学院に通うべき存在では…………
「…………そんなことより、俺を中心として集められているのなら、そいつは俺に話をしたいってことか? それも、みんながいる中で………」
「心当たりは無いんすか? 何かウルスさんに頼みごととか……因縁? とか持っている人は。」
「因縁はないだろ、ウルスがそんな恨まれるようなことは…………ん?」
話の途中、不意にルリアが入り口を見ながら訝しむ。その様子を察知した俺はすかさず神眼で辺りを感知するが、相変わらず反応はどこにもない。
「どうかしたっすか、ミカヅキさん?」
「……いや、誰がこっちに近づいてくる。この魔力は……」
「……あれ、ウルスくん、それにみんな! どうしてこんなに集まってるの!?」
「……ミル? ということはやは……り………?」
…………今、神眼を使ったはず…………なのに何故、ミル……いや、この場の人間に反応しなかった?
「……ニイダ、空気はどうなってる!?」
「空気? 急にな…ちょっと待ってくださいっす、これは…………同じ!?」
「ど、どうしたお前たち、そんな慌てて。空気が澱んでたりするのか?」
ルリアの質問に答える前に、俺はこの現状を必死に整理する。
(俺は常に魔力感知には神眼を発動している、寝ている時もだ。なのに舞台にいるみんな、入ってきたルリアに気づきすらしなかった……)
ニイダはあの時と同じ……仮面が襲って来た時と同じ空気だと言っている。もしそれが本当ならば…………
「ニイダ、みんなを見ていてくれ! 俺はデュオを探す!!」
「は、はいっす! といってもどこにいるのか皆目見当つかないっすよ!?」
「な、何が何やら……って、また誰か来るぞ……?」
「「…………!」」
ルリアはまたもや何者かの気配に気づいたのか、そんなことを溢す。何故彼女しか分からないのかは理解できないが……今はどうでもいい。
「ミル、後ろに誰がいる!?」
「えっ、後ろ? 別に誰も…………」
「どうしたのウルスくん、そんな慌て……………」
「吹き飛べ。」
冷淡な声は遠いものだったが、何故かはっきりと耳に届いた……………
……と思った、その瞬間。
「……………ぇ」
ミルが、壁へと叩きつけられた。
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「……………え、えっ……??」
何やらごそごそとしていたウルスくんたちの元に駆け寄ったその瞬間、突如入り口からミルが何者かによって剣で吹き飛ばされた。
(…………………意味が……)
あまりに突然で理解不能な状況に私の思考は回らず、その場で立ち尽くす。それはニイダくんやミカヅキさん、後ろにいるローナさんたちも一緒のようで、ただただ舞台の入り口を呆気ない様子で見つめてしまっていた。
「…………ど、な…えっ? なんでミルが……??」
「……今、誰が………!?」
「やあ、僕の力は凄いだろ? これで少しは認められたかな?」
私たちの動揺は他所に、そんな軽い文言が聞こえて来る。その言葉の主は…………
「マルク………アースト……?」
「おお、ちゃんと役者は揃ってくれてるな……1人だけ呼んでいない者もいるが、まあいい。要があるのはウルス……君だからね。」
(ウ、ウルスくん……?)
訳の分からないことを話し出すアーストくんに誰もついて行けず、その場で固まってしまう。それはウルスくんも同じなのか、吹き飛ばされたミルを見つめたまま動こうとはしなかった。
「………………」
「おや、凄すぎて声も出ないってかい? まあ無理もない、この圧倒的速さ、威力……君たち程度にはとても追いつかない物だからね。」
「………………」
ウルスはそんなアーストくんの煽り? に対して、何も反応することは無かった。そんなウルスくんの代わりに応えるように、ミカヅキさんが苛立ちを含ませた声色で彼を問い詰める。
「お前……自分が今何をしたのか分かっているのか?」
「……ルリア=ミカヅキさんですね、あなたはお呼びじゃないので割り込んでこないでくださいよ。」
「……巫山戯ているのか? 噂には聞いていたが、ここまで腐って…………」
「ルリアさん。」
芯まで凍った…………いや、黒くなった声が小さく聞こえた。
憂いも悲しみも不快もない……怒りの声。その一言だけでこの生暖かい気温は冷え切り、肌を削るような乾いた風を吹かせた。そして…………
「もう、いいです。もう…………無駄です。」
「無駄? 何を言ってるのか分からないが……とにかく、これに懲りたらもう僕には逆らわないでくれないかな?」
「………………
……………………ぇよ。」
…………それはあまりにも、強い殺意だった。
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