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九章 昇華する心 『Acquire』 (武闘祭編)
百十一話 借り物
しおりを挟む「す、すまないアースト……完全にやられた。」
「……まあ、いいよ。あれはあいつらが奇想天外過ぎた。後は僕がやるから早く退場してくれ。」
「あ、ああ………」
アーストはそう言って倒れているガッラの前に立ち、この場から降りるよう促す。一見その様子はただ意思を引き継ぐ舞台交代に見えるが……あの言いようからして、流石に頭にキたようだな。
「さぁ、残るはお前ただ1人……惨めな姿を晒す心構えはできたかぁ?」
「……君は分かりやすく調子に乗るね、ただ1人相手を倒しただけで。この勝負はタッグ戦、僕も倒さないと勝ちにはならないって知らないのかな?」
「はっ、てめぇこそ分からねぇのか? 2対1……この状況でウルスならともかく、お前みたいな雑魚なら手も足も出ないってことを!」
「…………僕が雑魚?」
カリストの煽りが効いたのか、アーストは顔を俯かせながら自身の武器である片手剣を徐に引き抜いた。
その剣は眩い銀色で統一されており、何か不思議な魔力の反応をこれでもかと言わんばかりにだだ漏れさせていた。
「なら証明してみてくれ、僕が雑魚で君が強いという虚説を!」
「ああ、やってやる……おいウルス、こっからは俺1人であいつを叩きのめす。邪魔すんじゃねぇぞ!」
「……1人で? おい、それはいくらなんでも……」
「あぁ? ここまで付き合ってやったんだ、それくらいの我儘は通してもらわねぇと割に合わないんだよ。」
ここまで色々と我慢してきた反動からか、カリストは急にそんなことを言い出し始めた。何だかんだストレスは溜まっていたのだろうか。
だが、その表情に映っているのは油断や苛立ちでも無く…………明確な、誇りだった。
名前・タール=カリスト
種族・人族
年齢・15歳
能力ランク
体力・124
筋力…腕・130 体・122 足・139
魔力・105
魔法・13
付属…なし
称号…【力の才】
【魔法の才】
【解放される力】
「今日までずっと、俺は鍛えてきた……お前を超えるためにな。その成果を今、ここで見せてやる! だからここでじっくり観察でもしておけって言ってんだ、分かったか!?」
「成果…………」
「ああ、お前を倒す目標……その途中成果を指咥えて見てなっ!!!」
そう言ってカリストは身体中の魔力を活性化させ……無詠唱で『超越・力』を発動した。そしてアースト目掛けて一瞬にして飛び出していき、大剣を構えた。
「ついて来れるか、アーストよっ!!!?」
「っ………!!」
高速の斬り飛ばしを寸前のところでアーストが受け止めるが……その威力は凄まじく、紙切れの如く吹き飛ばされていった。しかしすかさず受け身を取ったようで、すぐにアーストは立ち上がって剣を構える。
「……驚いた、君如きがここまでの動きをできるようになっていたとは……けど所詮、力任せの単純。この程度で僕を倒すなんて、笑わせないでくれ。」
「よく喋るな……目で追うのがやっとなくせにっ!!!」
「ぐっ……!!」
ベラベラと喋るアーストに、カリストは追撃の振り下ろしをする。だがそれもギリギリのところで剣で受け止め、魔力防壁へのダメージを最小限にまで抑える。
だがやはり、できるのはそこまで。攻撃はおろか防御すらやっとなアーストではとてもカリストの動きについて来れず、ほとんど一方的な展開となっていた。
(……杞憂だったか?)
あの様子じゃ、魔法なんて使う暇はない……あの片手剣の魔法がいくら強力なものであろうと、発動できないならそこまで…………
『……………?』
『……よく分かったね。』
『…………まずは謝るものだろ? いきなり剣を向けるなんて野蛮やばんにも程がある。』
(……なんだ、この違和感………)
魔法武器にも色々ある。普通の魔法のように任意で発動する物もあれば、ラナの片手剣や俺の神器のように効果が持続する物、ニイダの短剣のように魔力を流すだけで常時発動する物……または、自動で発動する物も存在する。
その場合、大抵の代物は大したことのない、或いは長期的な時間、チャージを必要としたりするが……もしかしてアーストの武器はそちら側の魔法だったりするのか?
「おらっ、はぁっ!!!」
「っ…………」
仮にそうだとして……一体どんな魔法なんだ? 自動で空気中の魔力を吸収し、一気に解放するような武器ならありふれているが、カリスト相手に発動タイミングなんて存在しない。
「くらっ……はっ……!!!」
「………………」
このままこの攻防が続けば、確実にカリストが勝つ。少しずつカリストの速さにアーストも慣れては来ているようで、徐々に余裕が生まれてきているが……いずれは……………
「はぁ……はぁ………!」
「…………ふふっ。」
(…………いや、何だ……?)
連撃続きで疲れたのか、一度カリストは攻撃をやめてしまい、そんな姿を見て何故かアーストは嘲笑う。
「もう終わりかい? なら今度は僕からいかせてもうよ。」
(アーストから……? いくら速さに慣れたとはいえ、アーストの技量で今のカリストに当たるわけが………)
……そう思った、刹那。
「さよなら……カリストッ!!!!」
「「…………!!!??」」
声を上げる暇もなく、瞬きの間にアーストがカリストの目の前にまで接近し、紙切れの如く斬り飛ばす。
「がはぁっ………ぐぉぁっ!!!?」
「カリスト……!?」
すかさずカバーしに行こうとジェットの準備をするが……あまりの吹っ飛び具合に反応しきれず、カリストは舞台の壁へと激突し大きな砂埃を上げた。
「おやおや、これまた随分呆気ない。魔力防壁は壊しきれなかったけど……どちらにせよ、もう無理かな?」
アーストの言う通り、魔力反応からしてカリストの魔力防壁は何とか持ち堪えられているようだが……動き出す気配が全くない。あの激突の衝撃で気絶した……?
「流石の君も動揺しているようだね、まあそれも仕方ない。圧倒的な力を見せつけられた人間ってのはこういうものさ。」
「…………何をした。そんな力、お前には無かったはず。」
「何をしたかって? ……いやまあ、これも僕の力ってやつさ。」
(僕の力………?)
何かを誤魔化すかのように、アーストは白々しく嘯く。そんな言い方が怪しく感じた俺はカリストのステータスを再び確認する。
名前・タール・カリスト
種族・人族
年齢・16歳
能力ランク
体力・41
筋力…腕・23 体・41 足・21
魔力・47
魔法・13
付属…『超越・力』
称号…【力の才】
【魔法の才】
【解放される力】
「………なっ、 減っている……!!?」
「………何だ、怖気付いたのかい? あんなに大きな口を叩いておいて…………確か、『世界の広さ』だったかな? こんな状況でも同じことが言えるのかい?」
俺の驚きを萎縮と捉えたのか、優位に立ったアーストがこれでもかと言うほどにこちらを見下してくる。その言葉はとても薄っぺらく、中身なんてかけらもない飾られた発言だった。
そんな発言に対して、俺は色々と思考を張り巡らせながら言葉を返す。
(…………………)
「…………ああ、言えるさ。」
「……気は確かかい? まさか……ここから勝てるとでも? この僕に? 本気で? とんだ『お笑い草』だなぁ!!」
アーストは今まで見たことがないほどにケタケタと笑い始める。態度にこそあまり出していなかったが、やはり俺のことは相当うざったかったようだな。
「見てみなよ僕のステータス! これを目にしてもまだ同じことが言えるのかなぁ!?」
「ステータス……?」
気分が良いのか、わざわざアーストは自身のステータスを見せびらかしてくる。自らひけらかすなんてよっぽど酔っているのだろう………
名前・マルク=アースト
種族・人族
年齢・16歳
能力ランク
体力・294
筋力…腕・255 体・300 足・241
魔力・209
魔法・13
付属…『吸収状態』(相手のステータスを奪った状態)
称号…なし
「…………!」
(吸収……もしかして、カリストのステータスの値を奪ったのか?)
「どうだ!? これが僕の力、僕の実力!!! 君なんかじゃ到底辿り着けない、選ばれし者だけが持てる領域だぁ!!!」
「…………確かに、そのステータスの高さはさすがと言うべきだな。」
「おぉ、やっと認めてくれたかい? まあ無理もないね、ここまで差があると大口なんてとてもとても………」
「……まあ、それがどうしたって話だが。」
「………………はぁ?」
俺は思いっきり溜め息を吐き、くだらないと手をひらひらと振る。すると、そんな返事が来ると思っていなかったのかアーストは今まで見たことのないくらいに顔を歪ませた。
「ステータスが高いのに越したことはない。これほど『強さ』の基準として分かり易いものもそうそう無いし、一つの指標として扱うことも悪くはないだろう。」
「な、何なんだい君は? 恐怖でまともに会話もできなくなったのかな?」
「それはこっちのセリフだ。まるで自分が世界の中心にいるような……たった十何年生きてきただけで何を知った気でいるんだ?」
「はぁ……? ふざけるのも大概に………」
「『ふざける』って……それをお前が言うんだな。」
弱者の物言いが、どんどんと強者の腸を煮ていく。もう完全に俺のことしか眼中にないようだ。
「『俺とお前は対等』……前にこう言ったが、もちろん厳密にはそんなことあり得ない。俺は平民でお前は貴族、多少なりとも立場としての違いはあるし、それは他にも言える。剣術、魔法、知識はもちろん話術や思想、日々の過ごし方……裁縫や料理の巧さだって、何一つ同じ能力を持ってる人間は存在しない。お前だってそれは分かってるだろ?」
「………………」
「当たり前なんだ、能力が……ステータスが人それぞれなことは。誰かが劣っていれば誰かが秀でているなんて……当たり前なことなんだ。」
『び、びっくりです……まさか、偶然にもここに…………しかし、今更ウルスさ…さんが学院で学ぶようなことはないのでは?』
『最初は俺もそう思っていた……けど、実際は違ったんだ。いくらステータスが高くても、俺には足りない物が…………知らないものが、あったよ。』
「そんな当たり前なことに固執して、挙げ句の果てにはそれだけで人を判断する…………自分のことは棚に上げてな。」
「……何だと?」
「何だ、自覚がないのか? お前はその仮初……いや、借り物の力を自分の力だと思い込んでいるだろ? それはいくら何でも都合が良すぎるとは考えないのか。」
「都合だと……? 事実として僕のステー……」
「だから、それがどうしたって言ってるんだ。お前のステータスが高かろうが低かろうがどうだっていい、興味ない。実際ただ鍛えるだけなら誰でもその境地には立てる。」
これは嘘ではない、実際としてステータスをただ上げるだけならどんな人間でも基本可能だ。昔、俺が体験したある程度の限界値までなら誰でも到達できるし、この世界では身体能力をステータスとして捉えられているので、前世のような物理的限界は存在しない。馬鹿な話、筋トレを何十年も続けるだけでこの世界ならその分筋力が高まるということだ。
「肝心なのは、その有り余る力をどう扱うか……小さな子どもでも理解してることだ。そういった面ではお前は劣っているのかもな。」
「……劣ってる、だと……この僕が……!?」
「どの僕だ。お前はお前、マルク=アーストだ。それ以上でもそれ以下でもない、少しプライドの高いただの人間だ。」
「……ただ、の………ただの………」
…………もう、これが限界か。
「……もういい、君の話は反吐が出る。弱者が妄想するような囈言、強者の僕に理解できるはずもない。会話するだけ無駄だったね。」
「…………かもな。」
「さぁ、お喋りは終わりだよ。ここまで散々絵空事を語ってくれたけど……ここで君は負ける。つまり……全て負け犬の遠吠えとなるわけだ、笑えるね。」
「笑える、か。負ければお前の中に弱者の言葉は何も残らないんだな。」
目を閉じ、腰を低く構える。そして剣の先をアーストへと向け……空いてる手を自身の胸へと俺は当てた。
『……さすがにまだ早かったようだな。だが確実にお前は強くなっている、また明日から………』
『師匠……もう、一度……お願い…します。』
『も、もう一度だと? しかしウルス、お前の魔力防壁の回復まで最低でも30分だぞ? それに夜も遅いし、無理にしても俺には勝てない。今日のところは……』
『魔力防壁、なんて…勝ち負け……なんて…関係ない、です。俺は…………強くならないと、いけない…です……だから………!!!』
「教えてやる。お前が知らない物、足りない事……必要な『心』。その身に全部刻み込んでやる。」
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