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八章 夏期休暇
八十九話 狂人
しおりを挟む「……思ったより難しいな。」
夏期休暇の真っ只中、俺は1人訓練所である魔法の練習をしていた。
その魔法は俺にとっては難しくない物なはずなのだが…………想像以上に難易度が高い。これは魔力消費も少なく、仕組み自体もそれなりにも理解してるのに………イメージが足りないのか?
(といっても、何せ『前世』の記憶から作る魔法だ。“曖昧”な部分もあるため、完璧には…………)
「…………あいまい?」
……よくよく考えたら、曖昧ってなんだ??
『前世での入学式にはいた気がするが……まあ、そういうものなんだろう。』
『前世で言うところの学校の夏休みみたいなものだろう……多分。』
『刀……だったか? まあ剣身の太さからして抜刀術のようなものできない………………はず?』
前世の記憶……それが何故俺 に 存在しているのか何度も考えたことはあるが…………もちろん答えは無く、実際考えても仕方なかったのでいつしか考えないようになっていた。
でも、ここ最近で感じ始めた違和感……断片的にしか思い出せない記憶について考えたことがなかった。
(『記憶維持者』……前世の記憶を持っている者に与えられ、また与えられた者のステータス成長速度を極限まで高める称号。)
ステータスを見た時、こんな説明が出たのでそういう物だと勝手に納得してたが…………いや、そ
(…………誰か来る。)
誰かがこの訓練所に来る反応を感知し、一旦思考を止める。この魔力反応たちは…………
「……あ? なんでここに居んだよ。」
「カリストか……どうだ、調子は?」
「うるせぇ、聞いてくんなそんなこと。」
俺がそう聞くが、カリストは嫌悪感丸出しで返してくる。カーズたちの言っていた話は本当らしいな。
「まだ夏期休暇が終わるまで3週間あるが、いつ戦うかもう決めたか?」
「…………黙っとけ、集中できねぇだろうが。」
変わらずカリストはツンとした態度で言い放ってくる。この様子だとまだ調整中といったところか。
「……『フレイム』!」
(魔法の練習か、精度は…………上がってるな。)
カリストが放った炎を見てみるとちゃんと狙った方向に飛んでいっており、苦手そうだった魔法も大分慣れているようだった。
(想像以上に成長が速い……やはり才能はあったか。)
「…………おい。」
「……なんだ?」
カリストの魔法を眺めていると、不意に彼が声をかけてくる。その表情はとても屈辱的そうで苦々しかった。
「無詠唱……お前はできんのかよ?」
「……まあ、できる物もあるが。やってみたいのか?」
「そうだ……だから教えろ。」
……頼み方はあれだが…………まあ断る理由もない。それに、カリストならすぐできるだろう。
「カリスト、お前は超越・力をどうやって覚えた?」
「あ? どうやっても何も……ただやりまくっただけだ。」
「そうだろうな。まあ、言ってしまえばそれと同じだ。ひたすらやり続けろ。」
「…………?」
意味が分からないと言わんばかりにカリストは眉を顰める。
「なんだそれ、下手なのかおめぇは?」
「……なら言うが、逆に何故お前は超越・力を普通に覚えようとしなかったんだ? 確かにそれだけを覚えたいならそっちの方が速いが、後々の事を考えればどう考えても非効率的だ……分かるだろ?」
「…………それと何の関係があるんだよ。」
カリストは肯定も否定もしようとしない曖昧な顔をしていた。
魔法のランクは絶対的なものであると同時に、一種の『基準』でもある。
例えば、以前見た時のカリストは魔法ランクが『8』であり、この数値は上級魔法の基準である『8~11』の枠内に入っていることから、カリストは上級の魔法までは比較的簡単に習得することができる。そしてそれは上級以降、最上級魔法以上の魔法は比較的簡単に扱えないと言うことになる。
しかし、それは数字だけが不変であるのであって、ただの『基準』にしかならない。
「極論、特殊な物を使ったりしない限り…………魔法はやればできる。例え破壊級でも、神威級でも。」
「……はぁ? 何言ってんだ、なんか根拠でもあんのかよ?」
「根拠ならある……というより、お前がもう示しただろ?」
「………………」
魔力量が足らないなどの問題はもちろんあるが……現にカリストは最低でも魔法ランクが『21』は必要な超越級魔法を扱える。流石にこんな人間は初めて見たが、案外ランクを無視した人間はいるものだ。
そして、そういう人間のほとんどは『ひたすらそれだけを鍛えた』と言う。なら…………もう答えは出ている。
「お前の場合、下手に考えて効率的に特訓するよりもガムシャラに無茶苦茶練習するほうが性に合ってる。『なんで駄目なのか』『どうすれば上手くのか』なんてのは感覚に委ねろ。」
「感覚…………」
「……無詠唱がしたい、だったな。それも今は深く考えなくて良い。お前ならやれば勝手に結果が付いてくる……そういうタイプだ。」
ローナの時は『感覚に頼るな、考えろ』と言ったが…………カリストは違う。
彼女の場合はそもそもの根本的な部分の思考、考え方が本人のスタイルとズレている………つまり、理解していなかったから、ああ言った諭し方をした。
それに対して彼は、以前の勝負の変則手や今のような魔法練習の意識を見るからに……やるべきことは理解している。なので結果、言うべきことも内容も変わってくるものだ。
「ひたすらやれ……お前はもう何をすれば良いか、分かってるだろ?」
「………………あぁ。」
俺がそう言うと、カリストは低く唸るように応えた。
(…………あとは、待つだけだな。)
そう思い、俺はカリストに譲るためこの訓練所を後にしようとする。どちらにしろ俺のやりたいことは人がいたらできな…………
「おや、カリストじゃないか。」
不意に、そんな嘲るような若い声が耳に届いた。その聞こえてきた方向を見ると……そこには一年首席のマルク=アーストが立っていた。
入り口から悠々と歩いてきたマルク=アーストはカリストを見て嗤いながら口を開いた。
「一体どうしたんだい? 最近頑張っているという噂をちょくちょく耳にするが……努力は嫌いじゃなかったのか?」
「アースト……何しにきやがった。」
「いやぁ、その噂が本当か確かめに来たのさ……するとあら不思議、噂は真実だった。以前の君に見せてあげたいものだ。」
「ちっ……!」
(…………これはまた、癖のある奴だな。)
入学式や大会で戦っていた時はこんな性根の悪そうな人間じゃなかったと思うが…………猫でも被っていたのか。
彼は眩い金髪を流し、上は派手な金色のコートに中は高そうな白い服、そして下はその2つの色が混ざり合った感じの色のズボン……おまけに腕や首には高そうな宝石の飾りたち。
(カリストの白基調な服装も派手なものだが…………マルク=アーストのは、もはや目が疲れるレベルだな。)
目立ちたいのは分かるが、何もそこまでする必要性は一体どこから出てくるのか疑問だ…………これが価値観の違いってやつなのか。
「夏の大会では残念だったねぇ。確か君のところは次席が居ただけで、ギリギリ2位通過すると思ってたんだけど………弱くなったのかな?」
「黙れクズがっ! くだらねぇことを言いに来たんならとっとと帰りやがれ!!」
「クズは君だろう………まあ悪かったよ、僕も流石にそこまで暇じゃないんでね。本命はこっちだよ。」
そう言ってアーストは俺の方を向き近づいてくる。その表情は初めてカリストに話しかけられた時のような、明らかな見下しではなく……品定めのように舐めるような物だった。
「やぁ、初めまして。僕はマルク=アースト、知っているとは思うが1年の首席をやらせてもらっている。」
「……ああ、知ってる。そんな首席さんが俺に何のようだ?」
「君も冷たいね……まあいいよ。最近『魔法で空を飛び回る奴がいる』って噂を聞いてね、一度顔を合わせてみたかったんだ……要は挨拶ってことさ。」
………………どう考えてもそれだけじゃ無さそうだが。
「ウルス……だったね。カリストに勝ったのだから実力も確か何だろう、いつか勝負することがあったらよろしく。」
アーストは鼻高く手をこちらに差し出してくる。もちろん分かってはいるが…………一応合わせておくか。
「……こちらこそ、よろ…………」
「…………はっ!!!」
俺がアーストの手を握り返そうとした、その刹那…………腰にぶら下げていた剣を彼は抜き、俺に斬りかかった。
(……やっぱりな。)
「…………おっ?」
その剣を予測していた俺は体を翻して避け、返すようにこちらもシュヴァルツを取り出しアーストに突き出した。
対するアーストは避けられたことに少し驚いてはいたものの、すぐに反応して俺の突きを剣で受け止めた。
(……………?)
「……よく分かったね。」
「…………まずは謝るものだろ? いきなり剣を向けるなんて野蛮にも程がある。」
妙な感覚を覚えながらも、俺は突いている力を緩めない。しかしアーストは変わらず澄まし顔で続けた。
「そう言う君も一切の躊躇なく反撃なんて、中々の蛮じゃないか? 」
「棚に上げるな、仕掛けてきたのはそっちだろ。」
「確かに……それは失礼。」
気味の悪い納得をしながらアーストは剣をしまったので、俺も習うようにシュヴァルツをボックスの中へ戻す。そして俺は今の真意を聞き出す。
「で、これはお前なりの挨拶か? どいつもこいつも魔力防壁があるからってやることが狂ってるな。」
「何を大袈裟な、単なる力試しさ。これくらい避けるなり何なりしてくれないと面白くないからね……まあ、反撃されたのは想定外だったけど。」
アーストは悪びれる訳でも無く飄々と告げる。
(…………ニイダと少し似てる奴だと思ったが……全然違う人間だ、これは。)
ニイダは良くも悪くも自分に素直な奴だ。俺にちょっかいをかけるのも嫌がらせでも何でも無く、意味のある行動…………つまり、全て本人の好奇心から来る物なんだ。
それらに悪意はかけらも無く、だから俺はうざったいと思うことはあっても特別嫌悪感を抱くことはなかった。だがしかしこいつは…………
「反撃されないつもりだったのか? それは随分と傲慢なことだ。」
「…………というと?」
「そのまんまだ。くだらない理由で人に刃を向けるなら、相応の覚悟をしろってことだ。」
『力試し』だの高等に言ってはいるが、結局はただの攻撃…………しかも、普通に剣を人に向けておいて本気でヘラヘラしている奴だ。やってる事はチンピラどころか盗賊らと何の代わりもない。
(カリストでさえ、胸ぐらを掴む程度だったが……本当に狂った奴だ。)
「ふっ……面白いな君は。」
「………………っ?」
「……それじゃあ、そろそろ行くよ。いつか戦えることを楽しみにしておくよ。」
あまりにもズレていたので、軽く絶句しているとアーストは勝手に訓練所から去って行った。それを見届けた俺は紛らわすかのように埃を払いながら、俺たちのやり取りを眺めていたカリストに質問をする。
「……何なんだ、あいつは? お前より酷い性格じゃないか。」
「うるせぇ、俺と比べんな。」
俺の言ったことが不服だったのか、カリストはイライラしながら反論してくる。
「あいつは馬鹿の中でも別格の馬鹿だ、まず会話がまともにできねぇ。」
「お前も大概だったが。」
「……揚げ足を取るんじゃねぇ。」
バツが悪そうにカリストは俺を睨む……流石にいじめすぎたか。
「まあ、お前の言う通りだろうな。奴……アーストは倫理観がおかしい、初めて話をした俺でもわかるぐらいには。いつもあんな感じなのか?」
「知らん……が、昔から気持ち悪い奴だ。人を見下す癖に、自分が良い奴だと演じようとする…………というか、自分が『正義』だと思い込んでやがる。」
「正義?」
「『自分がやってることは絶対に正しい』、『だから何をやっても許される』…………それを本気で思ってる人間だ。」
『もう……行かないでぇ……』
『…………駄目だ。俺は行かないと……行けないんだ。』
「 『なん、で……?』
『………………だめ、なんだ。』
(………………。)
「俺は別に自分のしてることが良いことだなんて、微塵も思ってねぇ。ただ気分からいいから人を馬鹿にしてきただけだ………けど、あいつはそうじゃねぇ。馬鹿にすることが正しいなんて、本気で考える…………狂人だ。」
「狂人………か。」
…………仮面といい、おかしい人間ばかりだ。
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