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7章 蒼色と金色 (仮面編)

七十話 先

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「ねぇ、その服って暑くないの? 入学前から服装も変わってないし、ウルスって寒がり?」
「まあ……そうかもな。」

 俺はローナと2人で食堂に行き、食べ終わってから少しだけ談笑していた。


 夏の大会の本戦は昨日で既に終了しており、結果はマルク=アーストが1位、ラナが2位……といった、序列通りの戦績になっていた。

「いいなぁ……私なんて暑がりだからすぐに汗かいちゃうし、寒がりになりたい!」
「……寒がりは寒がりで苦労するぞ?」
「分かってないなぁ、暑がりの辛さを! 今だって夕方で建物の中だって言うのに結構暑いんだよっ?」

 そう言いながら、ローナは服をパタパタと揺らす。
 夏も本格的に入ってきたこともあってか、春は長袖の服やハーフパンツだったローナだが……今は半袖にショートパンツといった涼しい格好になっていた。ちなみに服の色合いは上が髪色と同じ赤色に下は少し赤みがかった橙色と、春頃と同じ感じだ。

 ローナはコップに入った水を飲み切り、息を吐く。

「……ふぅ。それしても、ウルスの戦い方ってだよね。」
「綺麗?」
「うん。予選のライナとの試合でも思ったけど、なんか慣れてるというか……攻撃を受けても焦ったりしないし、相手の動きに的確に合わせてるって感じがするんだけど…………違う?」
「……そうだな、確かに戦いの時に焦ることはあまりないかもな。」

 ……意外にしっかり見てるんだな。

「やっぱり? だったら何かコツとかあったりするものなの? 」
「コツ?」
「そうそう、戦う時の『心構え』っていうの? ウルスなら何かあるかなって。」

 心構え……か。

「……俺は、常に『次の行動』を考えているな。」
「次の行動……それって、先読みをするってこと?」
「まあ、それもあるが……大事なのは『現状を把握する』ことだな。」
「現状?」
「ああ、『今、自分と相手はどういう状況・心境なのか』『周りに何があって何が無いのか』……そういったものを如何に素早く把握するように、俺はしている。」

 所謂いわゆる、『状況じょうきょう把握能力はあくのうりょく』といった物だ。これはステータスに一切作用されることもなく、誰でも鍛えられるかつ全ての場面で必要とされる力の1つでもある。持論だが。

「例えば……今、ローナのコップはどうなっている?」
「コップ? ……空っぽだけど……」
「そう、『空っぽ』だ。なら何故『空っぽ』になった?」
「な、何故って……私が飲んだからじゃん。」
「ああ、ローナが飲みきったからだ。じゃあどうして『ローナは水を飲みきった』?」
「えっ? ど、どうしてって、喉が渇いて…………というか、これは何なの? 新手のはずかしめ?」

 ローナは自分の行動を一々つつかれるのが恥ずかしいのか、少し不満そうに言ってきた。それに対して俺は『そうじゃない』と首を横に振る。

「別に辱めでも何でもない、ただの状況把握だ。」
「えぇ……本当にそうなの?」
「本当だ。今のは例えでやっただけだが、実際の勝負でもこんな感じに一つひとつ何が『起こった・起こっている・起こりそう』なのかを確認して、を決める…………これが、俺の戦いに対する心構えだ。」


「はぇ~そうなんだぁ~」
「……理解できたか?」
「まあ……多分。なんとなくだけどねぇ……」

 ローナは指をくねくねと遊ばせながら言う。おそらく、あまり理解はできてないだろう。

「色々考えてるんだなぁ……私なんて、大体その場の直感で動いてるだけだし。」
「直感で動くのも悪い事じゃない……考えるのが難しいなら、その直感を鍛えるのも選択肢だと思うぞ。」
「直感を鍛える……」

 直感は、究極的に言えば最強の判断材料の1つだ。だがそれをうまく扱うには、あらゆる経験をしておく必要がある。

(俺は直感的に動くのは苦手だが……いつかやってみたいものだ。)



「……日も暮れてきたし、そろそろ帰るか。」
「うん、そうだぁ……ねっ!」

 ローナはそう言って立ち上がり、背伸びをする。そして一緒に食堂を出て、廊下を歩いていく。




「…………あっ、そうだ!!」
「……どうした?」

 その途中、不意にローナが何か思い出したかのように声を上げ、俺に顔を向けてきた。

「ウルス、1つ頼みたいことがあるの!」
「頼み?」
「うん、魔法を教えて欲しい! あの空を飛ぶやつ!」
「空……ジェットのことか?」

 俺がそう言うと、ローナはうんうんと首を大きく縦に振った。

「それそれ! 試合の時はびっくりしたよ~魔法とはいえ空を飛ぶなんて、てっきりウルスの実力が跳ね上がったのかと思ったよ。」
(……実際は使わなくても飛べるが。)
「……それで、駄目かな? 私もそのジェットってやつを覚えたいの……お願いっ!!」

 ローナは手を合わせて頭を軽く下げてきた。



 …………まあ、別にでもないし、特段断る理由もない。ローナにとっては中々難しい魔法だが、彼女なら心配はいらない………………














「なあ、少しいいか。」

「「…………?」」

 不意に、背後からそんな凛々しい声が聞こえてくる。
 その声の方向に振り返ると、そこには…………


(…………確か……入学初日に覗き見た、鉢巻の……?)

「……あなたは誰ですか?」
「………そうか、。」
「…………?」

 ……あの時、彼女は俺の姿は見てないはず。なので一応、初対面のつもりで返したのだが…………

「えっ、知らないのウルス!?」
「……知ってるのか?」
「いやいやっ、知ってるも何もその人は『上位スプリア』の、ルリア=ミカヅキさんだよ!」
(…………上位スプリア……確か、そんなものがあったような……)


 ……すっかり忘れていたが、どうやらこの学院にはマルク=アーストやラナのように、各学年の上位10人のことを『上位スプリア』というらしい。

「ほら、バッチも銅の色だし……入学式の日に先生が言ってたでしょ? ちゃーんと話聞いてたのぉウルスー?」
「………………」
「あたっ!」

 ローナの言う通り、ルリア=ミカヅキの胸には銅のバッチが付いていた。

(確か色で別れていたんだったか、銅の色ということはつまり……2年の上位スプリアということか。)

 普通の1年は水色、2年は茶色、3年は灰色のバッチをそれぞれ付けることになっているが、上位スプリアの1年は青色、2年は銅色、3年は銀色…………と決まっていたはず。

 つまり……2年の中でも彼女は最低10位以上の実力を持っていることとなる。


「……それで、その上位スプリアの人が何か用ですか?」
「ああ……その、今さっき話していた、空を飛ぶ魔法……それを私に教えて欲しいんだ。」
「ジェットを……あなたが?」

 まあ、実力で空を飛べない人からすればジェットは魅力的に見えるだろうが……これはまた急な話だ。

「何故、ジェットを覚えたいのですか?」
「それは……強くなりたいからだ。夏の大会での君の動きを見させてもらったが……もし、私がそのジェットと言う魔法を覚えられたら、もっと強くなれると感じたんだ。だから…………」
(………………)






「何故、。」
「……………」

 俺が圧をかけると、ルリア=ミカヅキは口を閉じてしまった。


(…………別に、教えなくないとかそういう話ではない。)

 強くなること自体は間違いではない。
 力を付ければその分やれることも多くなり、自身の可能性が広がっていく。だから、無我夢中に強さを追い求めることも間違いではない…………

 


『……ス様……何を…………!?』

『……めて……嫌だよぉ…………!!』






(…………のは、分かってる。)


 それでも………俺は、この人をよく知らない。もしこの人があの時のと同じなら…………



「……私は、1年の頃から上位スプリアだった…………まあ、万年10位なんだがな。」
「……満足できてないと?」
「いや、そんな烏滸おこがましくはない。私みたいな人間でも努力でここまで来れたのだから、順位が欲しいわけじゃない。」
「…………なら、どうして?」

 俺がそう聞くと、ルリア=ミカヅキは拳を強く握った。



「…………限界を感じてきたんだ。今のまま強くなろうとしても、これ以上強くなれない……今までと同じ方法じゃ駄目なんだ。ただの剣の素振りや魔法の練習をしたところで、私の強さは変わらない。」
(…………げん、かい……………)







『……大切な…師匠やミルを……守るためだ。』






「そんな時、君の戦いを見たんだ。ジェットのことはもちろん、今までに見たことのないような動き…………今の私に必要な物は、それだと感じた。」
「………………」
「……まだ質問に答えてなかったな。私が強くなりたい理由……それは…………


















 その先の景色を、観たいからだ。」








 
「………先、ですか。」



 …………やはり、俺とは違うようだ。



「……分かりました、あなたにもジェットを教えます。」
「ああ、ありが…………」



「ですが、その前に1つ条件を。」


 彼女の言葉を聞く前に、俺は喋り出す。

「……条件?」
「はい。ジェットという魔法は確かに便利ですが……流石に、ある程度の実力がないと扱えません。なので…………明日の休日の昼、俺と手合わせしてください。」
「…………ほう。さっき言った手前、こういう言い方はアレだが……仮にも私は上位スプリアだ。それでも疑うか?」
「一応……ですよ。折角の機会なので、上級生の力を見てみたいんです。」

 俺の『建前』に彼女は一度手を顎に当てたが、すぐに首を縦に振った。

「……ああ、受けて立とう。それじゃあ、また明日に。」
「はい、楽しみにしてます。」

 俺がそう返事をすると、彼女……ミカヅキは踵を返して去っていった。


「…………なんか、意外だね。」

 俺たちのやり取りを黙って見ていたローナが、不意にそんなことを言い出した。

「意外?」
「うん、ウルスってもっと人見知りというかなんというか……あんまり他人と関わろうとしないじゃん?」
「……そうか?」
「うーん、何となくだけどね。」


 …………本当に………よく、見てる。


「だから、今みたいに誰かの……気持ち? 考え? をズバッと聴いてるのは、ちょっと意外だったなって……あ、別に悪い意味じゃ………」
「分かってる……まあ、確かに柄じゃなかったかもな。」

 ………けど、おそらく俺はここに来て初めて『知りたい』と思ってしまったのだろう。



『……ウルスくん、もしかして……見惚れてる?』
『見惚れてたわけじゃない……ただ……』
『ただ?』



(……ただ………………)


 



















 やり合って、みたい。
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