72 / 291
7章 蒼色と金色 (仮面編)
七十話 先
しおりを挟む「ねぇ、その服って暑くないの? 入学前から服装も変わってないし、ウルスって寒がり?」
「まあ……そうかもな。」
俺はローナと2人で食堂に行き、食べ終わってから少しだけ談笑していた。
夏の大会の本戦は昨日で既に終了しており、結果はマルク=アーストが1位、ラナが2位……といった、序列通りの戦績になっていた。
「いいなぁ……私なんて暑がりだからすぐに汗かいちゃうし、寒がりになりたい!」
「……寒がりは寒がりで苦労するぞ?」
「分かってないなぁ、暑がりの辛さを! 今だって夕方で建物の中だって言うのに結構暑いんだよっ?」
そう言いながら、ローナは服をパタパタと揺らす。
夏も本格的に入ってきたこともあってか、春は長袖の服やハーフパンツだったローナだが……今は半袖にショートパンツといった涼しい格好になっていた。ちなみに服の色合いは上が髪色と同じ赤色に下は少し赤みがかった橙色と、春頃と同じ感じだ。
ローナはコップに入った水を飲み切り、息を吐く。
「……ふぅ。それしても、ウルスの戦い方って綺麗だよね。」
「綺麗?」
「うん。予選のライナとの試合でも思ったけど、なんか慣れてるというか……攻撃を受けても焦ったりしないし、相手の動きに的確に合わせてるって感じがするんだけど…………違う?」
「……そうだな、確かに戦いの時に焦ることはあまりないかもな。」
……意外にしっかり見てるんだな。
「やっぱり? だったら何かコツとかあったりするものなの? 」
「コツ?」
「そうそう、戦う時の『心構え』っていうの? ウルスなら何かあるかなって。」
心構え……か。
「……俺は、常に『次の行動』を考えているな。」
「次の行動……それって、先読みをするってこと?」
「まあ、それもあるが……大事なのは『現状を把握する』ことだな。」
「現状?」
「ああ、『今、自分と相手はどういう状況・心境なのか』『周りに何があって何が無いのか』……そういったものを如何に素早く把握するように、俺はしている。」
所謂、『状況把握能力』といった物だ。これはステータスに一切作用されることもなく、誰でも鍛えられるかつ全ての場面で必要とされる力の1つでもある。持論だが。
「例えば……今、ローナのコップはどうなっている?」
「コップ? ……空っぽだけど……」
「そう、『空っぽ』だ。なら何故『空っぽ』になった?」
「な、何故って……私が飲んだからじゃん。」
「ああ、ローナが飲みきったからだ。じゃあどうして『ローナは水を飲みきった』?」
「えっ? ど、どうしてって、喉が渇いて…………というか、これは何なの? 新手の辱め?」
ローナは自分の行動を一々つつかれるのが恥ずかしいのか、少し不満そうに言ってきた。それに対して俺は『そうじゃない』と首を横に振る。
「別に辱めでも何でもない、ただの状況把握だ。」
「えぇ……本当にそうなの?」
「本当だ。今のは例えでやっただけだが、実際の勝負でもこんな感じに一つひとつ何が『起こった・起こっている・起こりそう』なのかを確認して、次の行動を決める…………これが、俺の戦いに対する心構えだ。」
「はぇ~そうなんだぁ~」
「……理解できたか?」
「まあ……多分。なんとなくだけどねぇ……」
ローナは指をくねくねと遊ばせながら言う。おそらく、あまり理解はできてないだろう。
「色々考えてるんだなぁ……私なんて、大体その場の直感で動いてるだけだし。」
「直感で動くのも悪い事じゃない……考えるのが難しいなら、その直感を鍛えるのも選択肢だと思うぞ。」
「直感を鍛える……」
直感は、究極的に言えば最強の判断材料の1つだ。だがそれをうまく扱うには、あらゆる経験をしておく必要がある。
(俺は直感的に動くのは苦手だが……いつかやってみたいものだ。)
「……日も暮れてきたし、そろそろ帰るか。」
「うん、そうだぁ……ねっ!」
ローナはそう言って立ち上がり、背伸びをする。そして一緒に食堂を出て、廊下を歩いていく。
「…………あっ、そうだ!!」
「……どうした?」
その途中、不意にローナが何か思い出したかのように声を上げ、俺に顔を向けてきた。
「ウルス、1つ頼みたいことがあるの!」
「頼み?」
「うん、魔法を教えて欲しい! あの空を飛ぶやつ!」
「空……ジェットのことか?」
俺がそう言うと、ローナはうんうんと首を大きく縦に振った。
「それそれ! 試合の時はびっくりしたよ~魔法とはいえ空を飛ぶなんて、てっきりウルスの実力が跳ね上がったのかと思ったよ。」
(……実際は使わなくても飛べるが。)
「……それで、駄目かな? 私もそのジェットってやつを覚えたいの……お願いっ!!」
ローナは手を合わせて頭を軽く下げてきた。
…………まあ、別に教えてはいけない物でもないし、特段断る理由もない。ローナにとっては中々難しい魔法だが、彼女なら心配はいらない………………
「なあ、少しいいか。」
「「…………?」」
不意に、背後からそんな凛々しい声が聞こえてくる。
その声の方向に振り返ると、そこには…………
(…………確か……入学初日に覗き見た、鉢巻の……?)
「……あなたは誰ですか?」
「………そうか、知られてないか。」
「…………?」
……あの時、彼女は俺の姿は見てないはず。なので一応、初対面のつもりで返したのだが…………
「えっ、知らないのウルス!?」
「……知ってるのか?」
「いやいやっ、知ってるも何もその人は『上位』の、ルリア=ミカヅキさんだよ!」
(…………上位……確か、そんなものがあったような……)
……すっかり忘れていたが、どうやらこの学院にはマルク=アーストやラナのように、各学年の上位10人のことを『上位』というらしい。
「ほら、バッチも銅の色だし……入学式の日に先生が言ってたでしょ? ちゃーんと話聞いてたのぉウルスー?」
「………………」
「あたっ!」
ローナの言う通り、ルリア=ミカヅキの胸には銅のバッチが付いていた。
(確か色で別れていたんだったか、銅の色ということはつまり……2年の上位ということか。)
普通の1年は水色、2年は茶色、3年は灰色のバッチをそれぞれ付けることになっているが、上位の1年は青色、2年は銅色、3年は銀色…………と決まっていたはず。
つまり……2年の中でも彼女は最低10位以上の実力を持っていることとなる。
「……それで、その上位の人が何か用ですか?」
「ああ……その、今さっき話していた、空を飛ぶ魔法……それを私に教えて欲しいんだ。」
「ジェットを……あなたが?」
まあ、実力で空を飛べない人からすればジェットは魅力的に見えるだろうが……これはまた急な話だ。
「何故、ジェットを覚えたいのですか?」
「それは……強くなりたいからだ。夏の大会での君の動きを見させてもらったが……もし、私がそのジェットと言う魔法を覚えられたら、もっと強くなれると感じたんだ。だから…………」
(………………)
「何故、強くなりたいんですか。」
「……………」
俺が圧をかけると、ルリア=ミカヅキは口を閉じてしまった。
(…………別に、教えなくないとかそういう話ではない。)
強くなること自体は間違いではない。
力を付ければその分やれることも多くなり、自身の可能性が広がっていく。だから、無我夢中に強さを追い求めることも間違いではない…………
『……ス様……何を…………!?』
『……めて……嫌だよぉ…………!!』
(…………違うのは、分かってる。)
それでも………俺は、この人をよく知らない。もしこの人があの時の俺と同じなら…………
「……私は、1年の頃から上位だった…………まあ、万年10位なんだがな。」
「……満足できてないと?」
「いや、そんな烏滸がましくはない。私みたいな人間でも努力でここまで来れたのだから、順位が欲しいわけじゃない。」
「…………なら、どうして?」
俺がそう聞くと、ルリア=ミカヅキは拳を強く握った。
「…………限界を感じてきたんだ。今のまま強くなろうとしても、これ以上強くなれない……今までと同じ方法じゃ駄目なんだ。ただの剣の素振りや魔法の練習をしたところで、私の強さは変わらない。」
(…………げん、かい……………)
『……大切な…師匠やミルを……守るためだ。』
「そんな時、君の戦いを見たんだ。ジェットのことはもちろん、今までに見たことのない何かをひっくり返すような動き…………今の私に必要な物は、それだと感じた。」
「………………」
「……まだ質問に答えてなかったな。私が強くなりたい理由……それは…………
その先の景色を、観たいからだ。」
「………先、ですか。」
…………やはり、俺とは違うようだ。
「……分かりました、あなたにもジェットを教えます。」
「ああ、ありが…………」
「ですが、その前に1つ条件を。」
彼女の言葉を聞く前に、俺は喋り出す。
「……条件?」
「はい。ジェットという魔法は確かに便利ですが……流石に、ある程度の実力がないと扱えません。なので…………明日の休日の昼、俺と手合わせしてください。」
「…………ほう。さっき言った手前、こういう言い方はアレだが……仮にも私は上位だ。それでも疑うか?」
「一応……ですよ。折角の機会なので、上級生の力を見てみたいんです。」
俺の『建前』に彼女は一度手を顎に当てたが、すぐに首を縦に振った。
「……ああ、受けて立とう。それじゃあ、また明日に。」
「はい、楽しみにしてます。」
俺がそう返事をすると、彼女……ミカヅキは踵を返して去っていった。
「…………なんか、意外だね。」
俺たちのやり取りを黙って見ていたローナが、不意にそんなことを言い出した。
「意外?」
「うん、ウルスってもっと人見知りというかなんというか……あんまり他人と関わろうとしないじゃん?」
「……そうか?」
「うーん、何となくだけどね。」
…………本当に………よく、見てる。
「だから、今みたいに誰かの……気持ち? 考え? をズバッと聴いてるのは、ちょっと意外だったなって……あ、別に悪い意味じゃ………」
「分かってる……まあ、確かに柄じゃなかったかもな。」
………けど、おそらく俺はここに来て初めて『知りたい』と思ってしまったのだろう。
『……ウルスくん、もしかして……見惚れてる?』
『見惚れてたわけじゃない……ただ……』
『ただ?』
(……ただ………………)
やり合って、みたい。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
女神に嫌われた俺に与えられたスキルは《逃げる》だった。
もる
ファンタジー
目覚めるとそこは地球とは違う世界だった。
怒る女神にブサイク認定され地上に落とされる俺はこの先生きのこることができるのか?
初投稿でのんびり書きます。
※23年6月20日追記
本作品、及び当作者の作品の名称(モンスター及び生き物名、都市名、異世界人名など作者が作った名称)を盗用したり真似たりするのはやめてください。
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。
目覚めると彼は真っ白な空間にいた。
動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。
神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。
龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。
六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。
神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。
気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。
【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
ダンマス(異端者)
AN@RCHY
ファンタジー
幼女女神に召喚で呼び出されたシュウ。
元の世界に戻れないことを知って自由気ままに過ごすことを決めた。
人の作ったレールなんかのってやらねえぞ!
地球での痕跡をすべて消されて、幼女女神に召喚された風間修。そこで突然、ダンジョンマスターになって他のダンジョンマスターたちと競えと言われた。
戻りたくても戻る事の出来ない現実を受け入れ、異世界へ旅立つ。
始めこそ異世界だとワクワクしていたが、すぐに碇石からズレおかしなことを始めた。
小説になろうで『AN@CHY』名義で投稿している、同タイトルをアルファポリスにも投稿させていただきます。
向こうの小説を多少修正して投稿しています。
修正をかけながらなので更新ペースは不明です。
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる