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六章 仮初 (夏の大会編)

六十四話 ジェット

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「お…誰かと思えば、女にモテモテなウルスじゃないか。」
「……今日は子分を引き連れてないんだな。」

 日は過ぎて、夏の大会当日。俺は大会が始まる前に外の空気を吸おうと、寮から離れた小さな広場へ来ていた。

 そんな時間をゆっくり過ごしていると、何故かタール=カリストがこちらへと向かってきていた。カリストは相変わらず小馬鹿にした様な表情で俺をなじり始める。

「……そういえば、俺とお前は同じ予選グループだったよな? まあ精々頑張れよ。」
「精々……な。」
「あぁ……? 随分と余裕そうだな。」

 カリストは俺の言い方が引っかかったのか、俺の胸ぐらを掴んで凄んできた。



「いいか? お前のステータスは俺よりも圧倒的に低いんだ。魔法だけは少し上回ってるか知らねぇが……その程度じゃとても俺には敵わない……そんなことも分からねぇのか?」
「……それくらい、俺にだって理解してる。『今』の俺のステータスはお前と比べてほとんどが20、30は低い……だから、なら勝てないだろうな。」
「…………何が言いてぇんだ?」





『……でも、私は怒るよ。大切な『家族』を馬鹿にされたから。』



『…だって、ウルスを…馬鹿にした、から……』





 ……あそこまで2人が言ってくれたんだ。それを無下むげにできるほど…………俺は大人じゃない。






「……だ。」

「っ、なっ……!?」

 俺はカリストに掴まれている方の腕を握り、足を一歩踏み出す。そして、その一歩を踏み出した瞬間に俺は腕を掴んでいる手に力を下に入れ…………カリストを無理やり地面に膝をつけさせた。

 そのまま俺は腕を巧く捻らせ、掴む力を抜かせた。



「ぐっ……な、何しやがった…?」
「……さぁな、ただの偶然だ。」

 俺はカリストの腕を離し、掴まれた服をから、その場を離れた。



(…………『先手』は、打たせてもらった。)














ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

















「いよいよ本番だね、ウルスくん! ……って、あれ?ウルスくんのって、そんな白い武器だったっけ?」
「ああ、これか? ……まあ、ただの大会だしな。気分転換みたいなものだ。」

 大会が始まる少し前、俺とミルはそれぞれの会場に向かう前に少し話をしていた。
 その話というのは、もちろん大会での動きのことである。

「ミル、お前はこの大会どうするつもりだ?」
「そうだねぇ……一応、2位通過で本戦には出ようかなって。あとはちょっとだけ勝つつもりだけど………いいかな?」
「いいんじゃないか。ミルはラ……ライナとよく過ごしているし、本戦でも勝つぐらいのほうが目立ちにくいだろうしな……けど、くれぐれも全力を出してしまうのはやめてくれよ。」
「了解っ! ……ウルスくんは?」

 敬礼の様なポーズをしながら、ミルはそう聞いてくる。

「……一応、俺も2位になって本戦には出ようと思ってるが、本戦は1回戦で負けるつもりだ。」
「…………ということは、あのカリストくんに勝つつもりなんだね!」
「そういうことになるな……流石にライナ次席を倒すのは不味いだろうし。」

 俺がそう告げるとミルは嬉しそうに食いついてくるが、それと同時に疑問そうに首を傾げる。

「……でも、どうやって勝つの? ステータスの差は結構空いてたと思うんだけど……」
「……ステータスか。」

 ……学院生活や旅でも、ステータスはどんな時でも相手を測る物として使われてきている。

 確かに、その数字は嘘をつかないし、それ以上でもそれ以下にもならない便利な物だが…………何故かは知らないが、この世界の人間はそれにし過ぎている。


「……それは心配いらない。うまくやるさ。」
「そうなの? ……あっ、そろそろ時間だ。行ってくるね!」
「ああ、行ってらっしゃい。」

 開始の時間も迫り、ミルは先に試合会場へと向かっていった。

 俺はミルを見届けた後、同じように試合会場へと向かった。





「……あっ、ウルスくん。」
「…………ライナか。どうだ調子は?」
「ばっちりだよ、今日は完勝させてもらうね。」

 会場へと入り、始まるまで観客席に座ろうと上へあがるとラナが1人そこに座っていた。
 俺はラナと少し距離を空け、立ちながら会話を続ける。

「完勝か……さすが次席ってところだな。」
「……ウルスくんって、思ったより煽り上手だね。」
「それはどうも。」
「ふふっ、褒めてないよ。」

 俺の褒め言葉を、ラナは笑って流す。

 ……昔は、こんな余裕そうな雰囲気なんて微塵も無かったが……ラナも、成長したってことなんだろう。

「……そろそろか。」
「そうだね…あっ、私と……カリストだね。」

 2人で話をしていると、不意に会場にアナウンスが流れ始め、開始の合図と最初の対戦の指示をしてきた。

 それを聞いたラナは席から立ち上がり、俺の前を通って下に降りようと階段を降る。
 そして、俺の方へと振り向き……手を振ってくる。


「………頑張れよ。」
「うん、ありがとう。行ってくるね。」



 俺の空虚な応援にも、ラナ何の疑問も持たず舞台へと向かった。


(………これで、いいんだ。)















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


















「…………さて、次は僕たちですね。さっきの試合のような物はできませんが……勝たせてもらいますよ、ウルスさん。」
「ああ…かかってこい。」

 1試合目はラナがカリストを宣言通り完封し、早めに終わってしまったので早々に2試合目となった。

 その2試合目は俺とカーズであり、カーズは待ってたと言わんばかりに持ち武器の槍をせた。


『それでは、1年の部・第2グループの第2試合、ウルス対カーズ=アイクの試合を開始する。』

 そんなアナウンスとともに、俺たちは互いに武器を持って構えを取る。
 この大会のルールはタッグ戦の時と同じで、魔力防壁を先に破壊した方が勝ち………シンプルでいいな。

(…………。)

『3、2、1……始め!』




「いけっ、『アクアランス』!」
「やっぱりな。」

 始まりの合図が聞こえた瞬間、カーズはおもむろに構えていた槍を背中に戻し、魔法を唱えてきた。
 しかし、それを読んでいた俺は距離を詰めながら飛んでくる水の槍を避けていく。

「っ、読まれて……けどっ!!」
(……そのまま来るか。)

 いきなり距離を詰められ焦っていたが、カーズはそのまま押し切れると判断したようで、そのまま水の槍を飛ばし続けてきた。


 ……確かに、いくら読んでいたとはいえ、俺が今やっていることはただの突進だ。
 だとすれば、当然距離が縮まって得をするのはこっちだけではない。このまま突進し続ければ確実にアクアランスを食らってしまう………







(……まあ、避ける気はが。)

「……!!」
「えっ、な、そのまっ……!?」

 俺は水の槍を食らい、魔力防壁にダメージを受けさせた。すると水の槍はそこで弾け、水飛沫を撒き散らした。


 一見、周りから見ればただの馬鹿にしか見えないが……生憎、詰められたこの距離感超近距離

 目の前で水飛沫が飛んでしまえば…………





?」
「っ……ぐぅっ!!?」

 俺は剣を突き出し、驚きと水飛沫で視界を遮られたカーズを大きく吹き飛ばした。

「はぁっ!!」
「ぐっ、がぁっ……!!」

 俺はそのまま剣を振るい、二度三度カーズを攻撃する。
 その結果、カーズの魔力防壁はそれなりに傷ついていくが………流石に対応したようで、俺の剣を避けてから距離を取って槍を取り出した。

「………まさか、魔法に突撃するなんて……怖くないんですか?」
「怖いさ…けど、別にそれで死ぬわけじゃない。それに……結果を見れば、十分な『おつり』があるだろ?」
「……僕はあなたが怖いですよ………けど、このままとはいきませんよ。」

 カーズそう言って、槍を今度こそ構えてくる。

 ……確か、カーズの槍は『大蛇だいじゃ』と言ったか。槍としては若干短めだが、それでも十分なリーチの差を取られてしまう。
 なら、以前のように詰めてしまえばいい話なのだが…………

「はっ!!」
「っ………!」

 カーズの突きを避けようとしたが、その位置を読まれていたようで俺は魔力防壁を掠らせてしまった。

 ……流石にあの時よりは槍の扱いも上達しているようで、そう簡単には懐に潜らせてくれないようだ。

「まだまだぁっ!!」
「ぐっ……やるな。」

 カーズの突きを、俺は剣で受け止めて距離を少し取った。
 それを見てカーズは優勢と思ったのか、口を開く。

「……どうですか、僕もそれなりに成長したでしょう?」
「…………随分嬉しそうだな。」
「もちろん。あの無茶苦茶な動きをしてくるウルスさんの動きを封じられているんですから。」
「……まるで、俺に常識が無いような言い方だな。」
「無いと思いますよ?」
「…………言ってくれるな?」


 俺はカーズの口車に合わせながら、魔法の準備をする。

(……幸い、予選だからなのか、この戦いを観ているのは同じグループの奴らだけ。)

 ……なにも、俺はただ学院でぼんやりと過ごしてきたわけでもない。

 に合わせた……その戦い方を…………


「それじゃあ……そろそろ行かせてもらう!」
「えぇ、かかって来てくだ………












 …………えっ?」


 俺の行動に、カーズはそんな素っ頓狂な声を上げた。その隙に俺は腕を後ろへと回し、魔法の準備をする。

(……面白い反応だな。)



 まあ……無理もない。いくら無茶苦茶とはいえ、剣を奴なんて………そういないだろう。



「よそ見とは、結構な余裕があるんだな?」
「……はっ、しまっ……!!」

 前世で言う、視線誘導ミスディレクション……それに引っかかっていたカーズは慌ててこちらに向き直すが、もう遅い。



「『ジェット』」



 俺がそう唱えると、手のひらと足の裏に小さな魔法陣が生成された。そして、その魔法陣から風の吹く音と何かが爆発するような音が聞こえ始める。


 その2つを、俺はコントロールし…………空を飛んだ。


「なっ……空を…!!?」
「驚いてる暇はない……ぞっ!」
「っ!!」

 俺はすかさず蹴りを食らわせようとするが、カーズはギリギリのところで避け、槍を振り回してくる。その振り回しを俺は空中に逃げて避ける。


 ジェットは手や足から魔法陣を作り出し、そこから風や魔力の爆発で体を浮かして空を動き回る、俺のオリジナル魔法だ。


「な、何故……空を飛んでっ…!?」

 カーズは、未だその衝撃に口をパクパクを動かしていた。





 この世界で人が空を飛ぶ方法として、主に2つある。


 1つは、そもそも俺たちには不可能な話だが……『精霊族』と呼ばれる、俺たち人族とは違う種族が持つ『羽』を使うことで、簡単に空を飛ぶことができる。

 そして、2つ目は俺たち人族やもう1つの種族、『獣人族』にもできる方法……体内の魔力をコントロールし、体を浮かせるといったものだ。
 しかし、こちらは『羽』とは違い誰でも出来るような芸当ではなく、少なくとも魔法のランクで言うところの『超越級』を扱えるほどでないとできない方法だ。

 ましてや………超越級なんて、この学院に3年通ってもほとんどの人たちが覚えられない代物であり、もしその方法で飛ぼうものならまず間違いなく目立ってしまうだろう。



(……そして、これが3。)


「ふっ……!」
「なっ、しまっ…!!」

 俺は隙だらけのカーズの背後に着地し、拳を軽く突き出した。

「ぐっ……!?」

 その拳を受け、怯んだカーズの体を俺は掴み、へと叩き込んだ。

「くっ……まだ、僕は……!」
「いいや、『終わり』だ。」
「何を……僕の魔力防壁はまだ…『身体強化しんたいきょうか』!!」


 俺の言葉を否定するようにカーズは自身に中級の強化魔法をかける。確かにステータスを底上げすれば、俺のジェットの動きにも多少対応はできるようになるだろうが…………










を見ろ。」
「う、うえ……ぐぅっ!?」







 空中から降ってくる『ソレ』は、カーズの魔力防壁を破壊し…………地面へと転がった。


『……そこまで! 勝者はウルス!!』


「……だから、よそ見はやめとけと言っただろ?」


 俺は転がったソレ……もとい、を拾って鞘に直した。
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