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五章 選択

五十九話 咲いていた

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『お前は優しいな。』


「や…優しい………?」
「ああ、優しい。暴走して一番危険に晒されるのはお前だ……でも、お前は自分のことより周りのことを考えている。そんな奴が優しくないわけない。」




 ………なんで………




「俺は、そんなお前が独りで過ごしていく姿を見たくない。周りの人達と同じ様に、人並みの人生を送って欲しい……そう思ってる。」
「……………」





 ……なんで…そんなことを……



「まだ3、4日程度の、よく知りもしない奴が何言ってんだって話だろうが……俺は……」
「…………どうして。」

 ……私は、ウルスのことを何も知らないし、知ろうともしなかった。
 知ってしまうのが……嫌だったから。


(…けど………)


「……どうして、そこまでするの?」


 情けなく震えた声で、私はそう聞く。

 ……今思えば、何故ウルスがここまで私のことを気にかけてくれていたのか……全く分からない。
 単なる親切心……というわけではないはず。そうでないとこんな言葉は掛けてくれない。

「あなたは、言った…この課題は、重要じゃないって……たった3日の、浅い付き合いだって……なのに、なんで………?」

 少なくとも…………私にはできない。
 ウルスの言葉を聞くからに……彼も、何かしら失敗の過去を持っている。
 そんな過去を持っても、私をとしてくれる。どう考えてもおか…………
















「……からだ。」
「こ……わい?」
「言っただろ、俺はお前がこのまま傷ついていく姿を見るのが怖いって。」
(確かに、そんなことは言ってたけど……)


 あの時のウルスの言葉は、よく分からなかった。
 私の暴走で周りの人が傷つく…それを怖がる意味は分かったけれど、『お前自身』……つまり、私が傷つく姿を見るのを怖がる………その意味は、まるで分からなかった。

「……俺は、もう失いたくないんだ。それが例え…………知り合ったばかりの相手でも。」
「………うしな、う……」

 そう告げるウルスの顔はとても何かを後悔するような……それでいて、何でつついても揺るがない強いを感じさせた。

 そんな顔を見て、私は…………















(ああ……『強い』んだ、この人は。)




 ……ウルスには、何かを失った過去がある。

 でも、そんな経験をしてもなお前を向き、私みたいな弱い人を助けようとする…………強い人だ。




「……選ぶんだ、フィーリィア。」

「……えら、ぶ…?」

「ああ……お前が選ぶんだ。今、俺と一緒に課題に挑戦するのか…………棄権するのか、そのどちらかを。」




「これからのことは……まだいい。人生、何が起こるかなんて誰も分からないんだ。今の考えが今後、何かの出逢いで変わるかもしれないし、変わらないかもしれない……だからフィーリィア、『今』を選ぶんだ。」


「今、を……」





『このまま独りで過ごすか、誰かと関係を持って過ごすか……良いとか駄目とかじゃなくて、のかどうか、だ。』



『今は分からなくていい。けど、いつかお前がそれを選択できるようになるまで……俺が付き合う。だから…………ほら。』




 ウルスは、もう一度私へと手を伸ばす。



 しかし、今度の手は私を掴もうとはせず……ただ伸びただけだった。








(今を……わた、し……私、は……)


「私…は………っ!」











 ……1回。


 


(この……1回。)






 先に何が起こるかなんて分からない。だけど……この1回だけ…………















「………挑戦、する。」






 手を……掴んでみよう。














ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



















「……いくぞ、フィーリィア。」
「うん。」


 フィーリィアは俺の手を放し、魔法を撃つ準備をする。それを見て、俺も同じように手を構えて魔法を放つ準備をした。

「……はっ!」

 まず俺が手前に小さな風の球体を作り出し、徐々にサイズを大きくさせながら、球体の中心部分に空洞を作り出す。

「今だ!」
「うん…はぁぁっ……!」

 俺の合図で、今度はフィーリィアがその空洞に氷の塊を作り出し、その氷塊を大きくしては凝縮して、また大きくしては凝縮の繰り返しでどんどん氷塊の威力と強度を高めていく。

「くっ……うぅ……!!」
「………まだだ、もう少し頑張れ!」
「う…うん……!!」

 練習の時には一応何度かは成功していた。でもそれはフィーリィアの暴走を考慮していたこともあって、まだ完璧な物ではなかった。
 しかし、それはフィーリィア自身も分かっているのだろう。だからこうやって今も彼女は練習の時以上に魔力を流し続けている。


「わ…たし…は……やる…ん、だぁっ!!」

 今まで聞いたことのない……そんな力強い声が隣から耳に届いてくる。




(……失敗させない、絶対に。)



 俺には、その責任がある。
 人を焚き付けて、結局駄目でした……そんなもの、許されない。


「……でき、たっ!!」
「ああ、一気にいくぞ!」

 合図と共に、俺たちは球を空高くへと操作する。
 その球を形成している風は上昇しながらも勢いを増し、指定の高さまでいった時には下にいる俺たちにまで風が届いてきた。

 そして、2人で球を地面へと叩きつけ……唱えた。



「「『ブリザード……







 ……・フィールド』!!」」


「…っ、これは……」


 球が地面へ激突した瞬間、中心にあった氷とそれを覆っていた風が混ざり合い、弾けた。
 そして、弾けた氷の風は瞬く間にこの舞台を巻き込み、吹雪の中へと引き込んだ。


「……攻撃性はない、だが吹雪で視界の悪い状況を作り出す……良い発想だ。」
「…ありがとうごさいます。」

 そう言いながら、離れてラリーゼが近くへと立って、俺たちの魔法を褒めてきた。

「……しかし、作り出すのに時間が少し掛かっていたな。まあこんな広範囲の魔法だ、出来ただけでもおまけが付く……これで終わりか?」
「はい、終わりです。後は時間が経てば…このように。」

 話をしている内に吹雪の勢いは沈んでいき、やがて晴れていった。

(…まだまだ改良できるところはあるが…今は………)


「はぁ…はぁ……くっ…!」
「…大丈夫か、フィーリィア。」


 吹雪が終わると同時に、フィーリィアはその場に手を付いた。
 ……無理もない、練習の時よりも魔力を多く使ったんだ。その分相当身体にも負担が来たのだろう。

「肩、貸すぞ。」
「…あ…ありが、とう……」
「……ウルス、フィーリィアを治療室へ連れていってやれ。収まったらまた戻って来い。」
「はい……歩けるか?」
「なん、とか……」

(……聞きたいことはあるが、まあいいか。)

 俺は自分の肩にフィーリィアの腕を回し、治療室へと向かった。















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

















「……できた。」
「……?」

 治療室へと着き、フィーリィアをベッドに座らせた瞬間に彼女は、不意にそう呟いた。

「私にも……できた…!」

 フィーリィアは手のひらを開いたり握ったりしながら…少し、笑っていた。

「……ふっ。」
「…ど、どうしたの?」
「いや…そうやって笑うんだなって。」
「えっ…あ、うぅ……」

 俺が思ったことを言うと、フィーリィアは恥ずかしかったのか俯いてしまった。

「…………………」
「…………………」


 ……余計な事を言ってしまったか…? いくら俺も気分が上がっていたとは言え無神経が過ぎたの………




















「……ねぇ、。」

「……!」


 沈黙の中、名前を呼ばれて驚きのあまり、少し目を張ってしまった。

「………どうした?」

 俺がそう聞くと、俯いたままのフィーリィアは両手をわしゃわしゃと遊ばせながら、遠慮気味に質問をしてきた。



「わたし……ちゃんと魔法、できてた?」

「………ああ、3日であれなら……俺より才能があるかもな。」

「……そう?」

「そうだ……フィーリィアならきっと、誰にも扱えない魔法も………きっと使える。だから、自信を持っていいぞ。」

「……そう、かな……!」



 俺がそう褒めると、フィーリィアは嬉しそうに足をパタパタと動かした。

 やがて、フィーリィアは顔をゆっくりと上げて……こちらを見た。



「………………。」



 その顔を見て、俺は……





















(……あぁ…だ。)







 俺の目に映るフィーリィアの表情は……未だ堅苦しく、ぎこちない物だったが……………















「……ありがとう、ウルス。」












 誰も間違えようのない、『笑顔』がそこに咲いていた。

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