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一章 花
十話 水
しおりを挟むウルスくんたちから助けられて…………やっと、3日が経った。
「…………………。」
鈍い朝日を体に受け、ゆっくりと体を起こす。そんな明かりが今の私には少し毒だったので、ベットから降りた私は窓掛けで光を少し抑えて、部屋を暗くした。
そして、未だ怠い心と体をベットに投げつけ……力を抜いていく。
(…………………なにも、ない。)
あの日……私が住んでいた孤児院は、一瞬にして盗賊たちに襲われて………失った。
建物は炎によって焼き払われ、抵抗する暇もなくみんなは殺され…………運が良かったのか悪かったのか、私だけ盗賊に連れ攫われた。
混乱と哀しみに暮れる隙も無かった私は、必死に悪あがきをしたが……ろくに鍛えても無い非力な体では何もできず、ただ冷たい地面に転がって無理やり眠らされた。
『これからどうなってしまうのか』…………そんな不安すら考えることもできなくなった私が、次に目を覚ました時には……………冷たい床が、暖かいベッドへと変わっていた。
(………………ウルスくんと、グランさん。)
私を助けてくれた2人の男の人は、そう名乗った。
グラン=ローレスさんという大人の人は、茶色と灰色の混ざった長いローブを着た、白い髪が少し混ざっている黒髪おじさん。この家の持ち主で、私がいなくなったあとの孤児院の事を教えてくれたのもこの人であり、とても強そうな雰囲気があった。
けど、そんな雰囲気とは裏腹に、居候の無気力な私に何度も声をかけて気を遣ってくれる優しい人だった。
そして……私を盗賊から助けてくれた、ウルスくん。彼もまた、何も話そうとしない私の側にずっと居てくれたりしてくれるような優しい男の子だ。
「…………………で、も。」
2人には、感謝してもしきれないほどの恩があるが…………今の私には何も返せる物も、その心の余裕もなかった。
『ミル、一緒に遊ぼうよっ!!!』
『うん、今日は何する?』
『えっと、じゃあ……!!』
『私も手伝うよ!!』
『あら、本当かい? いつもありがとね、ミル。』
『ううん、これくらい当然だよっ!』
『ねぇねぇ、私のステータスに何か変なのかあるけど……』
『変なの? ……ああ、これは良い物よミル! この称号があれば魔法もきっと上手くなるわっ!』
『そ、そうなの? 私、まだ魔法なんて出来たことないけど………』
『大丈夫、ミルはまだ子どもなんだから……あ、なら私が明日教えてあげようか?』
『ほんとに!? やったぁっ!!!』
もう、ぜんぶ……なくなった。
「…………みん、な……………」
涙がまた、溢れてくる。
(……いない、みんな……もう…………)
…………嫌だ………
「ミル、入って良いか?」
その時、誰かがこの部屋の扉を叩く音が響いた。その音を聞いて私は慌てて涙を引っ込めてから返事をする。
「………うん。」
聞こえてるか分からないほどの小さな返事しか出なかったが、その扉は開かれ…………ウルスくんが部屋へ入ってきた。
ウルスくんは年相応と背丈と少し長めの黒髪に暗めの色で統一された服を着た、見た目は普通の男の子だが…………どこか大人びた雰囲気を漂わせた、不思議な人でもある。そして実際、ステータスは大人顔負けなほどに高いそうで、話し方も落ち着いていて……とても同い年とは思えなかった。
(…………私とは、全然違うなぁ…………)
それが少し…………少しだけ、羨ましかった。
「今日、何かしたいことでもあるか?」
「…………ない。」
「そうか……なら、少し外に出てみないか?」
「外…………何か、あるの?」
「まあ……そうだな、少しミルに見せたいものがあるんだ。どうだ、来てくれないか?」
「…………うん、分かった。」
断る理由も権利も無かったので、私はベッドから降りてウルスくんの後ろを歩きながら外へと出た。
そんな彼に、私は恐るおそる口を開いた。
「………グラン、さん……は?」
「師匠か? 師匠なら町に色々と買い物に行ったな、あと数分ぐらいで帰ってくるよ。」
「数分………この近くに、町があるの?」
「いや、魔法でワープしてるだけだ。歩いていけば何時間もかかるからな。」
(………だけ……?)
……確か、ワープって転移だった はず 。すごく難しい魔法だって聞いたことがあるけど…………
(……でも、確かグランさんはあの英雄の1人。それくらい、できて当然なのだろう…………)
2人のことはまだあまり詳しくは知らないが……グランさんは元からここに隠居していたそうで、ウルスくんは弟子入りといった感じで一緒に彼と住んでいるそうだ。
……失礼かもしれないが、わざわざこんなへんぴな森に来てまでグランさんの弟子になりたいなんて…………とても強い人なんだろうな。
(…………私じゃ、絶対無理だ。)
「……ミルは魔法を使ったことはあるか?」
なんて1人で考えていると、不意にウルスくんが歩きながらそんなことを聞いてくる。
「…………使え、ない。」
「……今まで何度か試したことはあるのか?」
「……うん、でも……全部失敗した。」
「……そうか…………」
私の言葉に、ウルスくんは何やら考え込むように頭を捻っていた。
私のステータスにある称号には、『魔法の才』というのがある。これは最近いつの間にか付いていた物で、どうやらこれがあれば魔法が上手くなり易くなるらしい。
……しかし、それにもかかわらず私は何一つ魔法を成功させた試しがない。何度か孤児院のみんなに教えてもらったりもしたが……全くといって良いほど、できることはなかった。
(…………才能なんてないのに……なんで私なんかに付いたのかな。)
「…………ミル、一回魔法……水の魔法を試してくれないか?」
「……ここ、で? でも、私は……」
「大丈夫、失敗してもいい……やってみてくれ。」
「…………う……ん。」
ウルスくんがそう強くお願いしてきたので、私は立ち止まってなるがままにできない魔法をやってみる。
「はっ…………」
手に力を込め、魔法が出るように念を込める。そしてひたすら水が出るのを待ったが………現れたのは小さな青い光だけで、水なんて微塵も出てこなかった。
「…………ぅぅ………」
初級魔法でもない、本当にただの水すら出せない自分が情けなく感じてしまう。
(なんで……なの………?)
……やっぱり、私なんかには…………何もできることなんて……………
「…………ミル、どうして魔法ができないと思う?」
「………えっ。」
落ち込む私に、不意にウルスくんがそんなことをしてきた。何故かと言われたら……それは…………
「私じゃ………力不足、だから…………」
「…………なら、質問だミル。水の特徴って何だと思う?」
「…………み、水の……?」
水の、特徴……何で急にそんなことを…………?
「ああ、何か思いついたら言ってみてくれ。」
「え……えっと…………」
質問の意味が全く分からないままも、私はその水の特徴とやらを考えてみる。
(水は…………えぇ……うん………)
「…………えきたい?」
「そうだな、他にはどうだ?」
「冷たかったり……あったかいのがあったりする………飲んだりできたり…………植物が育ったりする……とか。」
「よし、十分だな……ついて来てくれ。」
「え………う、うん。」
ウルスくんはその意味を答えずに、私を何処かへと連れていく。
(……どういうこと………?)
そう困惑しながらも…………私は後を追った。
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