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断片;旅の途中

誰が為の騎士 -4-

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「ただいま戻りました」

 ガイアが戻るとカリンの母が顔を真っ青にして駆け寄ってきた。

「夫やカリンと会いませんでしたかっ!」
「いや、会っていませんが。一体何があったんですか?」
「カリンはあなたのことが心配でたまらなくなって家から出ていったんです。夫はそれを追いかけて……」
「どこへ行ったか心当たりはありませんか?」
「……ごめんなさい。分からないの。でもカリンは出ていく前にこう言ってたわ。あなたにあれを渡さなくっちゃって」
「……あれ、とは」

 ガイアは考えた。渡さなければということはかなり重要なものであることに間違いはない。自分に必要なもので今欠けているもの。

「まさか……」

 ある答えに行きついてガイアは飛びだした。

 剣を逆手に走って向かっていると途中でカリンの父に出くわした。

「……無事だったか」

 カリンの父は道端に座っていた。その腹部に傷を負っていて手で止血していた。

 ガイアは慌てて駆け寄り治癒の魔術を施した。不得意が故に患部を完全に治癒することはできなかった。

「気休め程度ですが」
「十分すぎるほどだ。だいぶ楽になったよ。それよりも娘のことを頼む。鍵を持っていたからたぶん食堂のほうへ行ったはずだ」
「分かっています」

 ガイアは頷いて食堂へ急いだ。

 食堂の裏口から中へ入ろうとすると鍵が閉まっていた。ふと足元へ目を向ければ地面に誰かの足跡と何かを引きずった跡があった。ガイアはその跡を追って再び走った。

「カリンッ!」

 名を呼んだその先にカリンがいた。カリンはガイアの鎧を一生懸命引きずっていた。

「……お兄さん。どうしてここへ」
「急に出ていって両親が心配していたぞ」
「だってこれをお兄さんに渡さなきゃって思って」

 カリンが目を向けたのは引きずってきたガイアの鎧。重くて抱えることができなかったのだろう。

「あんなに怖い怪物と戦うのにこれがないと危ないじゃない」
「……私のためにわざわざ危険を冒してくれてありがとう。でももうこんなことは二度としないでくれ。君にもしものことがあればたくさんの人が悲しむ」
「私だってお兄さんに何かあったら悲しいよ……。だから……」

 ガイアは涙ぐむカリンの頭を優しく撫でた。そして土で汚れた鎧を拾い上げてその場で身に着けた。

「やはりしっくりくるな」
「うん。そのほうが似合ってるよ」

 ガイアは鎧の動きや感触を細かく確かめた。その時だった。突如としてどこからか何者かの咆哮が聞こえた。

「な、何……?」

 カリンは怯えてガイアの背中に隠れた。それと同時に建物の陰から巨体の魔族が姿を現した。それはあの憎きミノタウロスだった。

「……カリン。君は下がっていろ。できれば物陰に隠れていてくれ」
「大丈夫なの……?」
「大丈夫だ。心配するな。すぐに終わらせる」

 ガイアは剣を戦闘用に持ち替えてこう言った。

「私はアガスティア王国騎士団、元副団長補佐ガイア・ガーラント。カリン。これより私は君の騎士となる」

 いざ剣を構えて騎士はミノタウロスに戦いを挑んだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 ミノタウロスは獲物を視界に捉えて再度大きく吠えた。鉈を振り回して建物を破壊しながらガイアに迫る。

「その動き、すでに見切った」

 一度は倒した相手。単調で隙の多い攻撃を避けることなど容易い。連打攻撃の合間を通り抜け半壊の壁を蹴って宙を舞った。

 風刃を纏わせた剣で首を斬り裂いて着地したガイア。ミノタウロスは激昂して体ごと振り向いて追いかけた。まんまと罠にかかりミノタウロスは戦いやすい場へと誘導された。

 カリンは逃げずに追って物陰からその戦いを見ていた。視界には鉈を振り上げるミノタウロスと詠唱するガイアが映っていた。

「古より世界に流れし風の精霊よ。肌に触れるそよ風に大いなる牙を与えて暴風と化せ」

 詠唱中のガイアへミノタウロスの大鉈が振り下ろされた。

「ガイアッ!」カリンは物陰から出て叫んだ。
「……我に集いて眼前の敵を切り刻めッ!」

 ガイアは土煙の中から飛びだして全身に荒れ狂う刃の暴風を纏った。それを掴もうとしたミノタウロスの手はバラバラに切り刻まれた。ミノタウロスは大声を上げて怯み、尻餅をついた。

 その隙にガイアは胴体に飛び乗り、その首を目がけて走った。全身に纏っていた暴風を剣に移して凝集し、それを敵の首に突き刺した。荒れ狂う暴風は肉を抉るように切り刻んでいく。ミノタウロスの体は痙攣を起こして無抵抗状態だった。

 ガイアは止めと言わんばかりに剣に力をこめた。そして、

「終わりだあああああああああああああああああああッ!!」

 一撃目で付けた再生が始まる寸前の傷へ向かって力任せに動かしその首を大きく斬り裂いた。瞬間、黒い瘴気が大量に噴き出して空へ昇った。

 空気が抜けていく風船のようなそれは萎んだ時に灰と化した。灰の山の上には少女を守り切った騎士が立っていた。

「ガイアっ!」

 カリンは走りだしてガイアに飛びついた。勢いのままガイアは柔らかい灰の山にうしろから倒れた。

「……隠れていろと言っただろう」
「だって心配だったから」

 カリンは涙をこぼした。ガイアはそんな彼女の頭を優しく撫でた。

「帰ろう。家へ」

 その声にカリンはこくんと頷いた。

 ###

 夕刻を過ぎたあとで鐘の音が響いた。それはこの戦いに勝利したことを表していた。この地区の住民は良くない知らせかと戸惑っていたが、勝利を叫ぶ兵士が地区中を走り回ったことで歓びに包まれた。

 ここカリンの家でも家族みんなで喜びを分かち合った。ガイアは嬉しそうにそれを温かく見守っていた。

 地獄のような時間を終えて人々は心安らぐ夜を越える。

 ###

 朝からは食堂は右に左に大忙しだった。被害にあった人々のために無償で食事を提供しているのだ。そのせいもあっていつもより店の中は客で混雑していた。

「ガイアっ! こっちにお皿回してっ!」
「分かった!」

 ガイアは洗い場で汚れた皿を洗いながら風の魔術を使い綺麗な皿を飛ばした。カリンはそれを器用に受け取って厨房に持っていった。

 次から次へと運び込まれる皿を洗っては拭いて重ねていく。流れるようなその技はもはや常人ではなかった。

 客足が落ち着いて一息つける暇ができると、ガイアはカリンとともに休憩に入った。裏口を出たすぐそこの椅子に座り体を休めた。

「はいこれ、お疲れ様」
「すまない。いただくとしよう」

 ガイアはカリンから緑の果実を受け取りさっそくかじった。果実はよく冷えていて酸味が利いていた。後味も爽やかで疲れた体に染み渡った。

「大変でしょ? きつくなったら言ってね」
「フッ、これしきのことで音を上げる私ではない」
「我慢しないでね。……それと昨日は本当にありがとう。ちゃんとお礼を言ってなかったから」
「気にするな。私はただ騎士道を」

 振り向きざまに頬へ口づけをされてガイアはそれ以上喋れなかった。

 カリンはゆっくり唇を離すと、顔を赤い果実のようにして言った。

「これからも守ってよね。私の騎士さん」
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