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Final Season
凶星ーMaleficー
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大聖堂にはパイプオルガンの演奏が響いていた。その内装は何一つ変わっていなかったがその異様な雰囲気にポラリスはまるで別空間に来たと錯覚した。
目を凝らし、パイプオルガンの奏者を見る。長い金髪に教会の純白のローブに身を包んだ男は演奏している曲と同様に穏やかな顔つきをしていた。
恐怖。それがポラリスの抱いた感想であった。今まで戦って来た怪物は本能からか野性的な殺意を放っていた。紳士を演じていたメルセデスですら隠しきれない狂気にも似た感情を感じ取ることができた。
しかし、目の前の男からは何も感じない。まるで何もない無限の暗闇に放り込まれた様な恐怖がポラリスの動きを止め、息をすることすら忘れさせた。
「神の雷!!」
緊張の空気を引き裂く様に電撃の槍がデネブに向かって飛んで行った。ポラリスはその閃光と雷鳴で我に帰る。
雷撃の槍はデネブの眼前まで迫るもしかし、跡形もなく消し去られた。
「教皇様の演奏を邪魔するとは不敬な!!」
教徒のために設置された長椅子の最前列から一人の老人が立ち上がった。深い顔の皺に短い白髪。纏っている赤いローブはラウム教の大司祭のものである。
「ロメロ大司祭か……」
シリウスが見覚えのある顔の名前を呼ぶ。ロメロの素質、”拒絶“はあらゆる魔法を無に還すものである。
ロメロはシリウス達を一瞥すると再び椅子に座り演奏に聞き入った。その直後、壮大な音と共に演奏は終演を迎える。
「君たちを出迎えたつもりだったが、気に障ったかな?」
デネブは演奏席から立ち上がるとこちらに向き直り大袈裟にお辞儀をする。その優しい声にポラリスは包み込まれる様な幸福を感じるが必死に振り解いた。
「……御託はいい」
そう言うとシリウスとポラリスは刃の先をデネブに向ける。その様子を見るとデネブは残念そうにため息を吐いた。
「おいおい、私に大親友の子孫と戦わすつもりかい。そんな残酷な事、私にはできないなぁ」
「……戯言を……」
するとデネブは考え事をする様に腕を組むと何か思いついた様にわざとらしく顔を上げる。
「ではどうだろうか、エストレアの治療薬の作成は認めよう。カーネル医師、行きたまえ」
デネブが指を鳴らすと教会関係者のための扉が開く。その先に研究所があるのだろう。
警戒して動かない三人に対してデネブは続ける。
「教皇の言葉だ。信じなさい。私もベガの子孫が醜い化け物となるのは心が痛むのだ」
「……二人とも、奴は嘘はつかない。俺を殺すならこの部屋に入った時に殺しているはずだ」
そう言うとカーネルは扉に向かって歩んでいく。その手にはポラリスから採取した血液が握られていた。
「……死ぬなよ、二人とも……」
背中を向けてそう語るとカーネルは駆け出した。デネブは得意気な顔をシリウス達に向けていた。
「……何のつもりか知らないが、どっちにしろ俺たちはお前を倒してこの街から出る」
「うーむ、そちらについては譲歩できないな……そうだ!!君たち二人とエストレアの命は保障する。これでどうだい」
名案を思いついたとでもいう様にデネブが明るい顔をする。恐らく最初から考えていたのだろう。ポラリスは固まった体を奮い立たせ反論する。
「ふ、ふざけるな!!自分たちだけ助かるわけには……」
「失礼ながらお考えが読めませんな。どういうおつもりでしょうか……」
ポラリスの言葉を遮ったのは意外にもロメロ大司祭であった。
「神の名において人々を天界に送り出す。そのために黙示録の再現を行う。……この者達を生かす意図が読めませんが……」
デネブは蔑むわけでも怒るわけでもなく、ただただロメロを見やる。
無。その視線に込められた感情は冷たい無であった。
「そうだったな。ロメロ、君は”まだ“神を信じていたな」
「あの、おっしゃっている意味が……」
「なに、君の信仰心を褒めているのだよ。教皇の名において赦そう。”君の信じる神の下に旅立つがいい“」
ロメロの手が自身の首を締め付け始める。デネブは祭壇の階段を下り、ロメロの下へと足を運んだ。
「きょ……うこう……さ、ま……何を」
「黙字録、確か”死なぬ生者が現世を歩く時、眩い光によって神の国へと導かれるだろう“だったか。我ながら意味が分からない。そういえば書いたときは随分と酔っていたな」
ロメロは信じられない様な表情を浮かべる。デネブが彼に向ける視線は尚も”無“であった。
「よくあんな駄文を信じたものだな。神によろしく頼むよ。神の国とやらが本当にあったらな」
デネブはロメロの肩に手を置くとそのまま少しだけ彼の体を押す。するとロメロはそのまま倒れ、動かなくなった。
「狂人め……やはりお前が語る神は虚構か」
「いや、あながち、神の存在自体は嘘じゃないよ。君たちを助けてあげるというのもね」
デネブはシリウスに語り続ける。
「力を貸しておくれよ。神を殺すためにね」
冷たい”無“の視線がシリウスとポラリスに向けられた。
目を凝らし、パイプオルガンの奏者を見る。長い金髪に教会の純白のローブに身を包んだ男は演奏している曲と同様に穏やかな顔つきをしていた。
恐怖。それがポラリスの抱いた感想であった。今まで戦って来た怪物は本能からか野性的な殺意を放っていた。紳士を演じていたメルセデスですら隠しきれない狂気にも似た感情を感じ取ることができた。
しかし、目の前の男からは何も感じない。まるで何もない無限の暗闇に放り込まれた様な恐怖がポラリスの動きを止め、息をすることすら忘れさせた。
「神の雷!!」
緊張の空気を引き裂く様に電撃の槍がデネブに向かって飛んで行った。ポラリスはその閃光と雷鳴で我に帰る。
雷撃の槍はデネブの眼前まで迫るもしかし、跡形もなく消し去られた。
「教皇様の演奏を邪魔するとは不敬な!!」
教徒のために設置された長椅子の最前列から一人の老人が立ち上がった。深い顔の皺に短い白髪。纏っている赤いローブはラウム教の大司祭のものである。
「ロメロ大司祭か……」
シリウスが見覚えのある顔の名前を呼ぶ。ロメロの素質、”拒絶“はあらゆる魔法を無に還すものである。
ロメロはシリウス達を一瞥すると再び椅子に座り演奏に聞き入った。その直後、壮大な音と共に演奏は終演を迎える。
「君たちを出迎えたつもりだったが、気に障ったかな?」
デネブは演奏席から立ち上がるとこちらに向き直り大袈裟にお辞儀をする。その優しい声にポラリスは包み込まれる様な幸福を感じるが必死に振り解いた。
「……御託はいい」
そう言うとシリウスとポラリスは刃の先をデネブに向ける。その様子を見るとデネブは残念そうにため息を吐いた。
「おいおい、私に大親友の子孫と戦わすつもりかい。そんな残酷な事、私にはできないなぁ」
「……戯言を……」
するとデネブは考え事をする様に腕を組むと何か思いついた様にわざとらしく顔を上げる。
「ではどうだろうか、エストレアの治療薬の作成は認めよう。カーネル医師、行きたまえ」
デネブが指を鳴らすと教会関係者のための扉が開く。その先に研究所があるのだろう。
警戒して動かない三人に対してデネブは続ける。
「教皇の言葉だ。信じなさい。私もベガの子孫が醜い化け物となるのは心が痛むのだ」
「……二人とも、奴は嘘はつかない。俺を殺すならこの部屋に入った時に殺しているはずだ」
そう言うとカーネルは扉に向かって歩んでいく。その手にはポラリスから採取した血液が握られていた。
「……死ぬなよ、二人とも……」
背中を向けてそう語るとカーネルは駆け出した。デネブは得意気な顔をシリウス達に向けていた。
「……何のつもりか知らないが、どっちにしろ俺たちはお前を倒してこの街から出る」
「うーむ、そちらについては譲歩できないな……そうだ!!君たち二人とエストレアの命は保障する。これでどうだい」
名案を思いついたとでもいう様にデネブが明るい顔をする。恐らく最初から考えていたのだろう。ポラリスは固まった体を奮い立たせ反論する。
「ふ、ふざけるな!!自分たちだけ助かるわけには……」
「失礼ながらお考えが読めませんな。どういうおつもりでしょうか……」
ポラリスの言葉を遮ったのは意外にもロメロ大司祭であった。
「神の名において人々を天界に送り出す。そのために黙示録の再現を行う。……この者達を生かす意図が読めませんが……」
デネブは蔑むわけでも怒るわけでもなく、ただただロメロを見やる。
無。その視線に込められた感情は冷たい無であった。
「そうだったな。ロメロ、君は”まだ“神を信じていたな」
「あの、おっしゃっている意味が……」
「なに、君の信仰心を褒めているのだよ。教皇の名において赦そう。”君の信じる神の下に旅立つがいい“」
ロメロの手が自身の首を締め付け始める。デネブは祭壇の階段を下り、ロメロの下へと足を運んだ。
「きょ……うこう……さ、ま……何を」
「黙字録、確か”死なぬ生者が現世を歩く時、眩い光によって神の国へと導かれるだろう“だったか。我ながら意味が分からない。そういえば書いたときは随分と酔っていたな」
ロメロは信じられない様な表情を浮かべる。デネブが彼に向ける視線は尚も”無“であった。
「よくあんな駄文を信じたものだな。神によろしく頼むよ。神の国とやらが本当にあったらな」
デネブはロメロの肩に手を置くとそのまま少しだけ彼の体を押す。するとロメロはそのまま倒れ、動かなくなった。
「狂人め……やはりお前が語る神は虚構か」
「いや、あながち、神の存在自体は嘘じゃないよ。君たちを助けてあげるというのもね」
デネブはシリウスに語り続ける。
「力を貸しておくれよ。神を殺すためにね」
冷たい”無“の視線がシリウスとポラリスに向けられた。
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