ゾンビ転生〜パンデミック〜

不死隊見習い

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Season3

愚者ーFoolー

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 ガラクシアの名所の一つ、城から少し北にある闘技場はかつて勇者アルタイルとその弟子達が己を鍛えるために建設されたものである。今では戦士ギルドの者を始め腕に自慢のある者達が観衆の前で戦い、それは興行として成り立っていた。

 そんな戦士達の聖地の中心に国王達は縛り上げられていた。その周囲は戦士ギルド員によって取り囲まれ、弓を向ける者もいた。

「姿を現しませんね」

 フォードがメルセデスに語りかける。あと半刻ほどで正午であった。

「なに、奴も勇者の子孫。必ず来るさ」

 普段は国王のために用意された闘技場全体を見渡せる貴賓席にメルセデスは腰掛けていた。その側にはフォードとビルが立つ。
 
「しかしバーゲンも気合が入っていますな。それほど勇者の首を取りたいのか……私には理解できません」

 バーゲンは国王達人質の目の前に立ち塞がり、辺りをずっと警戒していた。

「奴の国の信仰というものだろう。シリウスといえばこの国ラウム王国だけでなくイデアル大陸最強とも言われる強者だからな」

 バーゲンはラウム王国よりも西にある小国の出身であり、そこは国民のほとんどが戦士としての教育を受けており傭兵としての人材派遣を主な産業としていた。
 その風土からか強い魂を多く狩った戦士ほど死後、より高貴な身分になるという信仰が根付いており彼もその信仰通り強者の命を執念深く狩ってきた。

「まったく、悪趣味な奴ですな」
「お前が言うか。いい加減、部屋の剥製を片付けろ」

 フォードは自身が殺した者ーー戦士かどうかは関係なくーーで剥製を作るのが趣味であった。

「何をおっしゃる!!あれは芸術品ですぞ!!」

 そんなやり取りをしている間に時刻は正午から数分前を回った。
 
「おいメルセデス!!全然来ないじゃないか!!」

 痺れを切らしたバーゲンが叫ぶ。メルセデスは数秒考え込むと独りごちた。

「隠れて見ているのかもな……。ならば炙り出すか」

 ゆっくりと立ち上がると片手を上げる。

「時間だ!!処刑を開始する!!」

 メルセデスの指示に戦士達は弓に矢をつがえ、国王達に向ける。

「お姉ちゃん……」
「大丈夫。大丈夫だから。」

 しがみ付くルーナをエストレアが必死になだめる。

「待て!!目的は儂のはずじゃろ!!せめて子供達だけでも解放しろ!!」
「……悪いが革命のための小さな犠牲だ」

 国王の懇願を一蹴するとメルセデスは上げた腕を静かに下ろす。それを合図に戦士達は一斉に矢を放とうとする。

 誰もが死を覚悟していた。エストレアはカレンとルーナ、ジョシュの盾になるように優しく三人を抱擁する。

 矢が放たれる刹那、突風が吹き荒れて闘技場の砂を舞い上げた。砂はかつてこの地で戦った者達の歯や骨を含んでおり、戦士達は思わず顔を塞いだため矢が放たれる事はなかった。

「……来たか」

 メルセデスが不気味な笑みを浮かべると砂嵐は一点に竜巻のように集まり、砂埃を撒き散らしながら消え去るとそこにはただ一人、シリウスが立っていた。

「シリウス!!」

 一同の顔に希望が戻る。シリウスは仲間の無事を確認すると闘技場上部に設置された貴賓席のメルセデスを睨みつける。
 メルセデスは足を組み、頬杖をつきながらその視線に答えた。

「メルセデス!!降りて俺と戦え!!」
「ご指名は嬉しいが、生憎、君の相手を熱烈にご所望な者がいてね」

 シリウスは背後からの殺気を感じると二振りの斬撃を剣で受けた。

「ほう……弱体化したってのは本当らしいな」

 バーゲンは距離を取り、シリウスの返しの一刀を避けると浅黒い肌から白い歯をチラッと見せて笑った。
 
「前に少し見かけた時よりも魔力を反射神経も落ちている。……これなら俺一人で十分だな」
「……舐めるなよ!!」

 地を蹴り、その距離を一気に縮めると激しい猛攻をバーゲンに食らわせていく。
 バーゲンは二刀の、刀身が三日月の様に沿った刀、シミターでその猛攻を捌くと左右から挟む様にシリウスの首を切り裂こうとした。
 シリウスは体を後ろに沿ってその攻撃を避けるとその体勢のまま横薙ぎを放つ。しかし、その剣筋はバーゲンの体を切り裂くことなくそのまま通り過ぎた。
 バーゲンは体を霧のように霧散させるとそのままシリウスを通過し、背後に回って距離を取る。

「なるほど、体を霧状に変化させる素質タレントか」
「ご名答。だが、それだけじゃないぜ」

 刹那、シリウスは体の至る所から血が吹き出すと膝をついた。

(さっき霧散した時にやられたか。しかも体が動かない……毒か!?)
 
 シリウスは呼吸を整えると自身に解毒魔法を唱える。

「ほう、ブルートアリゲーターも一滴で動けなくさせる毒なのだがな。腐っても勇者の血を引くわけか」
「誰が腐ってるだと」

 シリウスは何振りか斬撃を飛ばすも虚しくもその全てが当たらずバーゲンの体を通り過ぎていく。

「無駄だ、当たらんぜ。次は毒を二倍にする」

 バーゲンは刀身を肘の内側に擦り付けて毒を塗り付けると体を霧散させる。

「ちっ!!」

 シリウスは背後に大きく跳び距離を取りながらバーゲンを打倒する方法に思考を巡らせた。
 
(……やはりこれしかないか)

 シリウスは自身の剣、ダーインスレイブを見つめた。
 この剣はシリウスが最初の旅で手に入れたものであり、一度鞘から抜いたら生き血を求めて暴れつづけるという逸話があった。
 逸話通り、この剣の気性は荒く、彼は普段はこの剣の本来の力を封印し、抑えて使っていた。

「ダーインスレイブ……今こそ真の姿を現せ」

 魔力を込めるとダーインスレイブは光り輝き、黒と赤を基調とした刀身が現れた。
 シリウスは霧となり追いかけてくるバーゲンに向き直ると逆に距離を詰め、そのまますれ違う。

 霧が集まり、バーゲンの体を形作ると口から血を溢れさせていた。

「何故……だ」

 ぼとり。とバーゲンの上半身が前に倒れ込む。その数秒後、残された下半身は後ろに倒れた。

 ダーインスレイブは獲物の硬さや状態、魔法による防御など全ての因果を無視し、ただただ“切った”という結論だけを残す。

「鎮まれ、ダーインスレイブ!!」

 シリウスは暴走する剣に再び封印術式をかける。この剣は生き血を吸う対象を失うと持ち主の生気を吸い始めた。

「……悪いな……俺もこいつはあまり使いたくなかった……」

 封印を終えると息を切らしながらバーゲンの死体に向き直る。
 勇者の子孫として、戦いの中でも相手への儀礼を重んじるシリウスは相手の努力、想い全てを無視して問答無用に切り伏せるこの剣をあまり快くは思っていなかった。


「ブラボー!!お見事!!さすが勇者シリウスだ!!」

 いつの間に下に降りていたメルセデスが手を叩く。その傍らにはシリウスの母親、アンドロメダ女王が部下に押さえつけられていた。

「無礼者!!離しなさい!!こんな事をしてただで済むと!?」

 メルセデスは黙って口に人差し指を当てると部下は王女の口を塞いだ。

「本当はここまで酷い事はしたくなかったんだがねぇ。」

 懐から注射器を取り出すと間髪入れずに王女の首筋に打ち込んだ。

「貴様!!何を打った!?」
「悪いが最後の最後に心を折らせてもらう。君は強大すぎる。恨むならその血を恨むんだな」

 部下に目配せを送ると王女を前に投げ捨てさせた。
 王女は咳き込みながらヨロヨロと立ち上がると穴という穴から血を滴らせた顔をシリウスに向けた。

「ジリヴズ、だずげ……」

 息子に手を伸ばしながら、ばたりと倒れ込むと間髪入れずにその体は痙攣し、再び立ち上がった。
 しかし、その顔はもはやシリウスの知る母親の顔ではなかった。

 王女は鼻を鳴らし、匂いを嗅ぎながら辺りを見渡すとこの場で最も無力な人間、国王達人質に狙いを定め襲いかかった。

「アンドロメダ!!しっかりしろ!!」

 国王の呼びかけは最早怪物となった彼女には届かず、その足を止める事はなかった。

「!!“神速スレイプニル”」

 シリウスは魔法でその体を加速させると王女の下へと走り、その体を押さえつけた。
 メルセデスはその動きを目で追いながら勝ち誇った顔をしていた。

「母上!!気を確かにもって下さい!!」

 シリウスの呼びかけに王女はただ唸るだけでなおも国王達に手を伸ばし続ける。

「無駄だよ、シリウス。王女はもう人間じゃない。君もよく分かっているだろう」

 メルセデスの言葉を黙って聞くとシリウスは王女の首にゆっくりと手を回す。

「ごめん、母さん。ごめん……」

 涙を流しながら母親の首をへし折る。数秒、手足をばたつかせたがすぐにだらんと脱力した。
 首を折る瞬間、シリウスの頭に母親の思い出が流れ込んできた。
 厳しくも優しかった母親。厳しい訓練に泣きべそをかく幼い自分を温かい手料理と抱擁で励ましてくれた母親。王女としての民衆からの評価は決して良いものではなかったが自分にとってはたった一人の母親であった。

 シリウスは自分の中の何かがプツンとちぎれる音を聞いた気がした。
 王女の遺体を離すと彼はその側にへたり込む。もう動く様子はなかった。

「これで完了かな。まったく手間取らせる」

 メルセデスはビルに視線を送ると彼は大斧を手にゆっくりとシリウスに近づいた。

「シリウス!!逃げろ!!」

 国王の言葉にも反応せず、シリウスはただ俯いていた。

「安心しろ、シリウス殿。これで終わりだ」

 ビルが振り上げた大斧をシリウスに下ろした瞬間であった。シリウスの体が光に包まれるとその体は消え去った。

「転移魔法?……シリウスのではないな……誰か協力者がいる」
「恐らくアイリーンちゃんだ。どこかで様子を見て、もともと張っていた転移魔法陣を発動させたのだろう」
「ああ、あのエルフの血を引く娘か。……あまり遠くにいかれると厄介だな」

 メルセデスは顎を触り、考え込む。

「安心しろ。いくらシリウスが作った魔法陣であれど、彼女自身はそこまで高度な魔力操作はできない故に転移の距離も限られる。それに加えてあの状態の奴ではあまり移動もできないだろう」
「ほう、ではこの闘技場内にいると?」

 ビルは黙って頷く。

「じゃあシリウスの始末はお前に任せるよ。これを持ってくといい」

 メルセデスはビルに水晶を渡した。これは“尋人の水晶”といい、持ち主の探し人の下に案内してくれる。

「俺はこっちの始末をする」
「ああ、こっちは任せなさい」

 ビルは大斧を肩にかけると水晶の指す方向に向かった。
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