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Season2

宴ーPartyー

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 ポラリスは宙高く投げられると死体処理場の壁の上方にある下水の排水のために開けられた穴に叩き込まれた。
 
 シリウスはポラリスの安否を確認しようとするも向かってくる獣の対処に追われた。

(なんなんだ!?こいつの耐久力は!!)

 獣の噛みつきを紙一重で避けながら斬り付けていく。しかし、獣の外皮は異常に堅く、深手は負わせられなかった。それに加えて獣の傷は斬ったそばから塞がっていく。本来、ブルートアリゲーターにはどちらの特徴も備わっていないはずである。

「ちっ!!“神速スレイプニル”……“駆ける牡鹿ラウフェン・ハーシュ”!!」

 魔法で自分を加速させ、獣の懐に向かって駆けるとすれ違いざまに四足の全てを切り落とした。
 シリウスは息を荒げながら獣に振り返り、とどめを刺そうとするも目の前の異常に動きを止める。
 四足を失い、胴だけでもがいている獣。その断面から突き破るように新しい足が生える。

(な、何なんだこいつは……常軌を逸している)

 欠如した体を再び生やす魔物は珍しくはない。シリウスが以前、剣を交えた魔王は半身を失ってすら再び生え戻った。
 しかし、その回復は莫大な魔力と体力を要する。しかし目の前の獣は息を上げるはおろか魔力を一切消費せず回復してしまった。

 このままではこちらの体力が保たない。

 一日中続く連戦からか剣を持つ腕が震え始める。足も重い。
 
 満身創痍のシリウスに獣が再び襲いかかる。疲労からか回避が間に合わず、シリウスは突進を剣で受け止める。
 しかし踏ん張る足に力が入らない。シリウスは軽々と吹き飛ばされてしまった。

 尻餅をつき、へたり込むシリウスに獣はお構いなしに大口を開けて突っ込んでくる。

 このまま楽になれる。

 肉体的あるいは精神的疲労が限界を迎え、立ち上がる気力さえ起こらない。
 
 迫りくる死を前にシリウスは走馬灯を見た。
 
 剣と魔法を始めて教わったこと。剣聖に勝つまで何度も勝負を挑んだこと。仲間と共に世界を救う旅をしたこと。仲間が死んだこと。自分の手で殺したこと。剣聖を打ち倒したこと。若い兵士と手合わせをしたこと。コンチネンタルウルフと戦闘をしたこと。

 自分を信じてください!!

 ポラリスの言葉を不意に思い出し、彼の飛んだ穴を一目するとシリウスは再び立ち上がる。
 迫る獣の大口を上顎に剣を突き刺し、下顎を足で押さえつけた。

「……任せたぞポラリス……“突き上げる牡牛フリーゲン・ブル”!!」

 一瞬の隙に剣を引き抜くと全力を込めて剣で獣を突き飛ばす。
 獣は低空を飛び、壁に叩きつけられた後、何事もなかったかのように立ち上がる。頭上から迫る気配には気付かずに。

 部屋中に雄叫びが響く。

 獣の脳天に槍が突き刺さった。柄はポラリスが力強く握りさらに奥へと突き刺していく。その顔は頭からの出血で血塗れながらも鬼気迫るものであった。

「ポラリス!!もういい!!離れろ!!」

 シリウスの叫びにポラリスは柄を離すと獣から急いで離れる。

「これで倒れてくれよ……“神の鉄槌ミョルニル”!!」

 雷の一撃が獣に突き刺さった槍の柄に直撃する。電撃は槍を介して獣の内部を駆け回るとその表面が煙を上げ、爛れ始める。獣の体それでも回復しようとするが神の雷の前ではそれも間に合わない。
 ヒュウっと息を吐き出すと黒焦げの獣は倒れ、ついに立ち上がることはなかった。


「……どうやら改良型の黒尸菌で強化されていたらしい」

 獣の死骸をカーネルが調べる。

 「改良型?」

 ポラリスを手当てしながらシリウスが尋ねる。

「ああ、エレナ嬢に感染した黒尸菌は彼女の素質タレントを取り込んだらしく、それに感染したゾンビも僅かながら回復能力を持っている。改良型の黒尸菌は感染力が皆無な代わりに異常な回復能力や身体能力を得るんだ」

 ポラリスはブルートアリゲーターと同様に何度も蘇ったコンチネンタルウルフを思い出した。

「……ポラリス、礼を言う……」
「いえ、仕留められたのはシリウスさんのお陰です!」
「いや、それだけではなく……」

 シリウスは気恥ずかしくなり、言葉を途中で切った。



「小娘、そんな体で何ができる!!」

 剣を掲げ、魔力を練るエストレアにアリスが叫ぶ。
 魔力が練り終わると目を開け、再びウロボロスアリスを睨みつける。

「……さっきからうるさいって言ってるでしょ。」
「!?それは召喚魔法!?」

 エストレアの背後に大きな魔法陣が展開されたかと思うと巨大な光の門が現れる。
 異常を察知し、エストレアで魔法の攻撃で牽制する。しかしその攻撃は巨大な魔力の剣で防がれる。

「……門が開く……。……来れ戦士よ。“英雄の宴ヴァルハラ”!!」

 門が開くと中から光り輝く無数の天馬ペガサスに乗った戦乙女ワルキューレが現れ、ウロボロスを取り囲む。ウロボロスもその一体一体を腕を振り払ったり魔法で打ち落とすが戦士たちは物怖じず次から次へと増援が駆けつけた。
 
 “英雄の宴ヴァルハラ“。誇り高き戦士の魂を必要とする超高度な召喚魔法であり、術者の思い出にある高潔な魂を召喚する。故に竜を取り囲む戦乙女の一人一人の顔をエストレアは知っていた。
 この魔法は術者が召喚する魂に対して強い思い出を持たなければ成り立たない。以前の彼女はその思い出に蓋をしていたためこの魔法は成立しなかったであろう。しかし、厩でのポラリスとの交流を経て過去の自分と向き合う中で戦友との思い出を振り返り、戦友の魂は彼女の呼びかけに応じた。

 門の中から一匹のペガサスが彼女の元へ飛んでくる。

純白ブランコ・ピュロ!!……お前も来てくれたのか……」

 いつも平坦なエストレアの声に心なしか感情が篭る。濡れた目元を拭いながら純白ブランコ・ピュロに跨る。

「……またお前に乗れてよかった……」

 名前通りの真白な翼を羽ばたかせ大群の元へ飛び立つ。”天界の戦乙女ワルキューレ“の前に立つ彼女はそれまでの怒り狂った顔から打って変わって凛々しく澄んでいた。

「よくぞ集った同胞よ!!今こそ再び”天界の戦乙女“の戦を敢行する!!行くぞ!!”ワルキューレの騎行マルゾ・ワルキューレ!!」

 エストレアの合図に応えるように戦乙女たちは竜に突撃していく。

「ちっ!!何なんだこいつらは!!何なんだあの魔法は!!」

 ウロボロスは撃墜されながらも怯まず突撃してくる戦乙女たちに狼狽する。

「くそっ!!アマデウス!!術者あの小娘を狙え!!」

 アリスの呼びかけにアマデウスはただ戦士たちを見るだけで応じない。

「何故命令を聞かない!!……こうなれば無理やりにでも……」

 アリスはアマデウスの体を操作し魔法陣を展開してその矛先をエストレア一人に向ける。

 アマデウスはかつてこの国ラウム王国を守るため戦い続けてきた。その中で数々の英雄たちの戦いぶりと散り様を目と心に焼き付けた。

 ゾンビは生前の強い思いを引き継ぐ。

 魔法を発射する瞬間であった。アマデウスは自身の喉元に手を当てると爆破魔法で自身の喉を焼き切った。声を媒体に発動していた魔法陣は次々と崩れていく。

「な!?」
 
 アリスは予想外の出来事に言葉を失う。一瞬の隙。アリスはエストレアが眼前まで近づいることに気づかなかった。

「いけぇぇぇぇ!!」

 ウロボロスの胸をアリスごと切り裂く。ウロボロスはその巨体をよたよたと壁際まで後退させると壁を崩して倒れ、その先にある大穴へと落ちていった。

 戦いを終えた戦乙女たちは次々と消えていく。その顔はどこか満足気でまるで自分たちを覚えてくれていたエストレアに感謝を述べるようであった。

「……みんな……ありがとう……。」

 純白ブランコ・ピュロから降りて消えていく同胞たちを見渡す。
 最後に残った純白ブランコ・ピュロを撫でながら語りかける。

「みんなに伝えてくれ。すぐに……とはいかないが私もいずれそちらに行く。その時は共に語り合おうと。……私は話すのは得意ではないがな。」

 やがて純白ブランコ・ピュロは消えていき、エストレアの手にはその感触だけが残った。
 しかし、彼女は涙を流さず、トドメを確認するためウロボロスが落ちた大穴に飛び込んだ。
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