紅色のガラス玉

空城誠

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プロローグ

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 緩やかに続く海岸線を見下ろせる山の上に、古ぼけた城が建っていた。封建制社会などとうに失われた今日こんにちでは、城は王の威厳を象徴するものではなく、歴史に思いを馳せる遺跡であったり、地域復興を目的とした観光地であったりするようだ。
 私が住み着いている城は歴史的価値もなく、誰も管理したがらないからと近隣の住民から借り受けているものだ。不吉な噂もあり、滅多なことでは人も寄り付かないので暮らしやすいのはありがたい事だが。

 一夜で城を紅く染めた、血塗れの伯爵――。あの時・・・から、人々は私をそう呼ぶ。しかしあれは何年前の出来事だったか、実はもうよく覚えていない。たった数ヶ月前かもしれないし、もう十年以上前かもしれない。昔の私を知る人間は、もう亡くなっている可能性もあるくらいの昔だ。それ故に新しい関係を築くのも億劫で、城を管理すると言いながら使用人も雇わず、ただ埃やクモの巣を蓄積させる日々を享受きょうじゅしていた。
 他人と関わらない生活は案外気楽なもので、飲み水は井戸があるし、服は滅多な事では汚れないので何着か着まわせばいい。食事がしたくなったら周辺の森でしとめてきた動物を調理して食べる。たまにパック入りの血液も頂戴するが……。寝物語で語られているヴァンパイアと本物は、似ているようで違うのだということを、私はなってみて初めて知った。

 そう、私はヴァンパイアだ。

 この世界ではよくいるたぐいの鬼だが、その性質に多少問題があり、滅多な事では本当の姿を晒さない為、それをヴァンパイアだと認識して見たことがある人間はごく少数だろう。
 また、ヴァンパイアが生まれる過程がそうさせているのか、年が若いヴァンパイアほど、人目を避けて生活する傾向がある。

 かく言う私もなるべく人目を避けている。十六で時が止まったこの体に、明かりの下では宝石のように輝くこの皮膚は目立ちすぎるのだ。だからといって、薄汚れたゴロツキに変身するのも気が進まない。自分が人間だったころの特徴――くすんだ銀色の髪、凍てつく湖のような瞳の色、母の面影を残したこの顔の造形、父のそれによく似た耳の形全てを忘れたくない。一瞬でも別の生き物に変身してしまうと、二度と同じ姿には戻れない気がして仕方がないのだ。

 ふと思い立ち、鏡の前に立つ。曇った表面を適当に拭いて、全身が映るように少し後ずさる。張り付いてしまった仏頂面以外は、あの時のまま変わらない。その姿をぼうっと眺めていると母と父の最期の顔が脳裏に浮かび、そんな顔でも忘れまいと、再び強く記憶に焼き付ける。

「……永遠に忘れない。二人が死んだあの日を、絶対に」

 自身への呪詛を吐き、消えかかっている記憶を今一度呼び覚ます。
 忘れもしない…まだ十六歳の人間だったころ。両親の命日に、私はヴァンパイアになった。
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