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どちらが騎士か(Who's her knight?)

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——せと、わたし、なにかてつだつことある?

 よこしまな理由で誘った雪かき以来、ウサギが期待と自信に満ちた目で頻繁ひんぱんに尋ねてくるようになった。黒い双眸そうぼうには(セトが私を頼ってくれた!)という誇りがあって無碍むげにもできず、共にいられるメリットからも、無理にでも仕事を捻出ねんしゅつしていて。

「——〈ゆきおろし〉?」

 そのときも、食堂でメルウィンと話していた内容を聞き取った彼女が食いついてくることは、ある程度は予想ついていた。ただ、手伝わせるには……今回、難度が高い。

「……ああ、森の小屋のな」

 セトの返答に、シュトレンを食べ終えた彼女は迷いなく「わたしも、やります」やらせてくださいと同義の素早さで宣言する。セトが押し黙るなか、メルウィンが「ログハウスだよね? 小さいっていっても……屋根にのぼるのは、危ない、よね?」心配そうに眉を下げた。それは、彼女だけでなくセトのことも案じているらしく、

「それくらいなら……ロボを使っても、いいんじゃないかな?」
「——いや、例年俺がやってる」
「そうなの?」
「気をつけてやれば大したことじゃねぇよ」

 心配させまいと、何事もないように返してから……しまった。横にずらした目線の先で、彼女も(よし、気をつけてやろう)と意気込んでいた。

「………………」
「せと、わたしは、きがえてくる。——あとで」

 きりっとした顔つきで食堂を出ていってしまった彼女に、セトが無言のまま残りの珈琲をすすっていると。

「セトくん……お願いだから、アリスさんが怪我けがしないよう、ちゃんと見ていてあげてね」

 過保護組のひとりであるメルウィンから、強く強く念を押された。当然そのつもりであるし、なんなら屋根に乗せる気はまったくないのだが、

「アリスさんに何かあったら、僕もう一生チョコレートは作らない……」

 小声で、おそろしい脅しまで口にされた。



 §



「わたしは……のぼらない?」
「お前の担当は下」

 真っ白なログハウスを眺めていた彼女は屋根に上がる気満々だったようで、セトの指示にすこしだけ名残なごり惜しげな目を向けていた。
(誰がのぼらせるか。俺にはお前が落ちる未来が見えてんだよ)
 先日発動したセトの特殊能力:未来予知。経験則に基づくこの能力は、彼女にまつわる範囲で、なかなか的中率が高いと思われる。

 彼女を気にする気持ちから、セトは速やかに屋根の雪を落としきり、ログハウス周りの雪を邪魔にならない程度に片付けて——早々にログハウスのなかで暖を取った。舞う雪が当たっていた彼女の頬が、セトにはひどく冷たそうに見えていた。

「——寒くねぇか?」
「はい」

 撥水はっすい加工のマテリアルとはいえ、かすかに水分をまとっていた防寒着を暖炉のそばで乾かし、その横で同じように手をかざしていた彼女はセトを振り返る。
 珈琲を淹れようかと思ったが、1時間ほど前に食堂でふたりとも飲んでいる。水分補給のための炭酸水だけ手渡すと、セトに向けて彼女は「ありがとう」小さく頭を下げた。流れ落ちた髪が、水気を吸っている。

「……濡れてるな」
「?」

 顔を戻してきょとりとする、その頬に張りついた髪を取ろうと手を伸ばし——触れる前に、ウサギは条件反射のように一歩さがった。

「………………」
「…………いや、わりぃ。その……髪が、濡れてるから……タオル、要るか?」

 とっさに身を引いてしまったのを取り消すように、「ぜんぜん、へいき」離れたぶんの距離をすぐさま戻ってきた。安易に伸ばした手を後悔する。けれど——(これがロキだったら、お前よけねぇよな)胸に湧く黒い感情は、いつだって自己中心的だった。

「………………」
「………………」

 互いに沈黙して炎を見つめ、居心地のわるさから、セトが外に出ていこうか考えていると、

「……せと、」

 見上げるふたつの黒が、「そふぁ、すわりませんか」背後の長ソファを示した。「おう……」促されるまま座って、(出づらくなったな)外出のきっかけをなくした。当たり前のように隣に腰を下ろした彼女との距離は、近い。この長ソファはティアの私室にある物と違って、とても小さい。
 細い呼吸の音、きしむソファ、それから——沈黙の静けさ。今だけは、森の静寂をうらめしく思う。

 話すことも浮かばず、窓からが赤みを帯びているのを眺めながら、(暗くなる前に戻るか)日の沈み具合を計算していた。
 ウサギの体温は十分に上がっただろうか。様子見で横に目を流すと、こちらを見ていたらしい瞳とぶつかった。未来予知の力は発揮されておらず、予想外のことに動揺してしまい、「——なんだよ?」強い響きの声が口から出ていた。驚かせないよう、声量に気をつけようと思っていたのだが。
 ……しかし、彼女は意外なことに身をすくませることなく、セトの目を見つめたまま、そろりと手を伸ばし——膝の上に置かれていたセトの手の上へと、自身のものを重ねた。

「……さっきは、ごめんなさい」

 驚きすぎて声も出せないセトに、彼女は申し訳なさそうな瞳を向けている。

「せとが、こわいわけじゃ、ない。……いいえ、すこし、こわいときも……あるけど」

 考えながら紡がれる言葉は、おぼつかない。集中して聴くべきなのに、触れている手に意識が取られ、音のまま流れていく。

「……いつも、ありがとう、と……おもってる。だから——」

 ——おそらく。ここは、話に耳を傾けて、きちんと会話をするのが正解だった。人として。
 しかし、(ティアによって根本的にだめだと評された)セトの行動は、やはり間違っていて。

 短い距離を消し去るように、顔を寄せて唇を重ねていた。
 先ほどのこともあり、身を引くという選択肢を削っていた彼女も、まさかキスされるとは思わず——身じろぎせずに、固まったまま受け取ってしまった。抵抗のないのをいいことに、セトの手は重なっていた彼女の手に指を絡めて押さえると、反対の手を髪の隙間から後頭部へと回し込む。捕まえるのは——得意だった。昔から、習わずとも。

 差し入れた舌で、しっかりがっつり彼女のものを味わってから。ふと、硬直している肩に気づいた。
 唇を離して、その顔をうかがう。真面目な顔が、セトを見上げて、

「……これは、〈あいさつ〉?」
「…………おう」

 ——なんとなく。肯定すべきだと判断したのは、正解だった。
 わずかばかり眉に力を入れて考えていたが、彼女は(そうなのか……)警戒していた身体の緊張を解いて、知らぬ間に起動していたブレス端末の緊急連絡を——取りやめた。
(おい、なんだそれ)
 セトの胸中の突っこみを察したのか、彼女はさらりと、「てぃあが、なにかあったときのために……おしえてくれた。まだ、ならしてない。みづきくんに、〈れんらく〉がいくまえに……とめたので、だいじょうぶ」安心してね、といった顔で笑ったが、セトのほうは冷や汗が。

——アリスさんに何かあったら、僕もう一生チョコレートは作らない。

 胸中だけでありえないと一蹴いっしゅうしていた未来が、ふいに現実みを帯びた瞬間だった。
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