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旅は道連れ
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「あんなひとのどこがよかったのかな?」
「………………」
温泉をやめて部屋に戻った私の前で、ものすごくいい笑顔をしたティアが小首をかしげている。
——あんなやつのどこがいいんだ?
たった今聞いたセリフ。アレンジも何もなく打ち返してきたあたり、ちょっと怒っているのかも。
「……いや、私だって思ってるから……」
逃避も兼ねて、冷蔵庫から取り出したビールを開栓していた。こちらはピルスナー。さっぱりキレキレ。(湯あがりに飲みたかったなぁ)
「レイちゃんの趣味、全然わかんない。もしかして顔なの? スポーツできそうな爽やか営業系?」
「……いや、そんなつもりは……あんな会話できないひとじゃなかったんだけどな……?」
「仕事で出会ったんだっけ?」
「うん……あっちから、『よかったら食事行きませんか』って……私の仕事ぶりをすごく褒めてくれて、何回か会ううちに……」
「………………」
「付き合う前、『結婚するなら、レイコさんみたいなひとがいい。幸せな家庭を築けそう』って言ってくれたんだけどなぁ……」
「……ごめん、訊いた僕が悪かったよ。やめよう」
「……いや? もうそんな気にしてないよ?」
「……そうなの?」
「それよりさ、ティアくんの体調は?」
「不審者がうるさかったから不愉快」
「……それは、体調……?」
ベッドに腰掛けていたティアは、ふうっと短く息を吐いた。顔色は悪くないけれど、良いというほどでもない。
「疲れてるなら休んでいいんだよ?」
「……ううん、休めない」
「ん?」
「気分転換に、何かしようかな」
「なにか……? あ、ティアくんも呑む?」
「呑まない。レイちゃんのヘアアレンジしとく」
「……はい?」
立ち上がったティアが、私の背後に回った。
クリップで適当にまとめられていた髪が、ばさりと落とされる。
「えっ? なんで私の髪っ?」
「乱れてるから、整えたくなったんだよ」
「また温泉入るよ?」
「髪はそのままでもいいよね?」
「洗うよね?」
「じゃ、簡単に整えるだけ」
「えぇー? すぐ取っちゃうんだから無駄だよ!」
「無駄じゃないよ。可愛くしとこうよ、世間は狭いんだから……」
「……なんか張り合ってない? なんで?」
「……いろいろイラッとしたから? レイちゃんをキレイにすることで、メンタルヘルスケア」
「ちょっと何言ってるか分かんない……」
困惑の私を気にせず、ティアはポーチからクシを出してとき始めた。自由。私の人権はどこに。
セミロングのようなショートのような、切って放置されるままに伸びていた中途半端な髪が、ときおりクシに引っかかる。
「レイちゃん、髪けっこう傷んでない?」
「……ついに髪まで指摘される日が来たね……」
「え、なんでそんな遠い目してるの?」
「……私、シャンプーは驚安だから……」
「キョウヤスってなに?」
「とあるお店で『驚きの安さ』のときに買ってます」
「あぁ、例の。レイちゃんが大好きなとこ」
「最安は200円代で買えるよ!」
「………………」
「あれ? どうしたかな? 感動で声が出ないかな?」
「……今日、僕の持ってきたのを貸してあげるから、使ってみようか……」
「嫌だよ! 高いのを知ると戻れなくなるんだからね!」
「うん、戻らずにこっちへおいで」
「現状のキレイも大事だけど私の老後も心配して!」
「キレイは積み重ねだよ? 老後にも響くよ?」
話しながらも、ティアの手は止まることなく髪の絡まりを解いていった。
なんだか高そうなクシで。摩擦レスなピカピカのクシで。
「今日使うのは、シャンプーとトリートメントとコンディショナーだね。お風呂あがりはタオルドライしたあとに洗い流さないトリートメント。ドライヤーで乾かしたあとにヘアオイルで……」
「多い多い! そんな付けられたら髪も困るよ!」
「うん、レイちゃんの髪は喜ぶから大丈夫」
「私の髪の何を知ってるって言うんだ!」
「とっても傷んでる」
シンプルな答えに閉口して、ビール瓶に唇をつけた。
文句は今しばらく返さずにおく。こんなことでティアが元気になるなら、多少は……
(……いや、なるか? ならなくない? 私の髪がキレイになって元気になるシステムなに?)
首をひねるレイコの背後で、
「レイちゃん、まっすぐしてくれる?」
ティアはまぁまぁ元気であった。
「………………」
温泉をやめて部屋に戻った私の前で、ものすごくいい笑顔をしたティアが小首をかしげている。
——あんなやつのどこがいいんだ?
たった今聞いたセリフ。アレンジも何もなく打ち返してきたあたり、ちょっと怒っているのかも。
「……いや、私だって思ってるから……」
逃避も兼ねて、冷蔵庫から取り出したビールを開栓していた。こちらはピルスナー。さっぱりキレキレ。(湯あがりに飲みたかったなぁ)
「レイちゃんの趣味、全然わかんない。もしかして顔なの? スポーツできそうな爽やか営業系?」
「……いや、そんなつもりは……あんな会話できないひとじゃなかったんだけどな……?」
「仕事で出会ったんだっけ?」
「うん……あっちから、『よかったら食事行きませんか』って……私の仕事ぶりをすごく褒めてくれて、何回か会ううちに……」
「………………」
「付き合う前、『結婚するなら、レイコさんみたいなひとがいい。幸せな家庭を築けそう』って言ってくれたんだけどなぁ……」
「……ごめん、訊いた僕が悪かったよ。やめよう」
「……いや? もうそんな気にしてないよ?」
「……そうなの?」
「それよりさ、ティアくんの体調は?」
「不審者がうるさかったから不愉快」
「……それは、体調……?」
ベッドに腰掛けていたティアは、ふうっと短く息を吐いた。顔色は悪くないけれど、良いというほどでもない。
「疲れてるなら休んでいいんだよ?」
「……ううん、休めない」
「ん?」
「気分転換に、何かしようかな」
「なにか……? あ、ティアくんも呑む?」
「呑まない。レイちゃんのヘアアレンジしとく」
「……はい?」
立ち上がったティアが、私の背後に回った。
クリップで適当にまとめられていた髪が、ばさりと落とされる。
「えっ? なんで私の髪っ?」
「乱れてるから、整えたくなったんだよ」
「また温泉入るよ?」
「髪はそのままでもいいよね?」
「洗うよね?」
「じゃ、簡単に整えるだけ」
「えぇー? すぐ取っちゃうんだから無駄だよ!」
「無駄じゃないよ。可愛くしとこうよ、世間は狭いんだから……」
「……なんか張り合ってない? なんで?」
「……いろいろイラッとしたから? レイちゃんをキレイにすることで、メンタルヘルスケア」
「ちょっと何言ってるか分かんない……」
困惑の私を気にせず、ティアはポーチからクシを出してとき始めた。自由。私の人権はどこに。
セミロングのようなショートのような、切って放置されるままに伸びていた中途半端な髪が、ときおりクシに引っかかる。
「レイちゃん、髪けっこう傷んでない?」
「……ついに髪まで指摘される日が来たね……」
「え、なんでそんな遠い目してるの?」
「……私、シャンプーは驚安だから……」
「キョウヤスってなに?」
「とあるお店で『驚きの安さ』のときに買ってます」
「あぁ、例の。レイちゃんが大好きなとこ」
「最安は200円代で買えるよ!」
「………………」
「あれ? どうしたかな? 感動で声が出ないかな?」
「……今日、僕の持ってきたのを貸してあげるから、使ってみようか……」
「嫌だよ! 高いのを知ると戻れなくなるんだからね!」
「うん、戻らずにこっちへおいで」
「現状のキレイも大事だけど私の老後も心配して!」
「キレイは積み重ねだよ? 老後にも響くよ?」
話しながらも、ティアの手は止まることなく髪の絡まりを解いていった。
なんだか高そうなクシで。摩擦レスなピカピカのクシで。
「今日使うのは、シャンプーとトリートメントとコンディショナーだね。お風呂あがりはタオルドライしたあとに洗い流さないトリートメント。ドライヤーで乾かしたあとにヘアオイルで……」
「多い多い! そんな付けられたら髪も困るよ!」
「うん、レイちゃんの髪は喜ぶから大丈夫」
「私の髪の何を知ってるって言うんだ!」
「とっても傷んでる」
シンプルな答えに閉口して、ビール瓶に唇をつけた。
文句は今しばらく返さずにおく。こんなことでティアが元気になるなら、多少は……
(……いや、なるか? ならなくない? 私の髪がキレイになって元気になるシステムなに?)
首をひねるレイコの背後で、
「レイちゃん、まっすぐしてくれる?」
ティアはまぁまぁ元気であった。
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