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旅は道連れ
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昼寝をして起きたら、もうじき夕食の時間だった。
(食べてばかりだ……明日は控えよう……)
ささやかな自戒を胸に、夕食前の空いた時間で、ティアからメイクを受けていた。
ナチュラルメイク。ノーファンデの下地と、眉のセット。ふんわり血色カラーのチーク。ハイライトはラメではなく、みずみずしいツヤ。(またシャネルか……)
「濡れ感が、非常にお風呂あがりっぽい」
感想を述べると、ティアは機嫌よくスティックハイライトを掲げて、「手軽でいいよ。ぜひ買ってみて」魔法遣いの杖みたいにクルリと回した。
「前も勧めてくれたよね?」
「前のとは少し違うんだ。前のは細かいパールがキレイだったよね?」
「それじゃなくてさ……代替品みたいなの。たしか教えてくれたよね?」
「ヒンス?」
「それ」
「チークは知らないけど、ハイライトは似てるらしいね」
「私も買ってみようかなって調べたんだけど……」
「えっ、そうなの!?」
「驚きすぎだよ。……でも、どれがいいか分からなくて、保留したまま忘れてた」
「濡れ感なのか、キラキラなのか……好みでもいいし、その日によって変えてもいいんじゃない?」
「いや、1本しか買わない。複数は要らない」
「……パール系が使いやすいね」
「ありがと。参考にする」
部屋食の夕食を終えて、すっかり暗くなった外へ散歩に出ることにした。旅館で予約した貸切風呂は遅い時刻なので、まだだいぶ余裕がある。
「……あれ? ティアくん、武装しないの?」
「武装……?」
「帽子とかマスクとか」
「……うん。陽射しもないし、どこもお店が閉まってるから、ほとんど人がいないみたい」
窓から外を眺めるティアにならって、のぞいてみる。まだ20時前だが、温泉街は暗い。昼間に見かけた店も営業は17時までと書いてあった。どうやら全体的に店じまいが早いらしい。
「そんなこともあろうかと! お酒もつまみも昼間に買ってあるから! 散歩して帰って来たら呑もう!」
「レイちゃん、ほんと元気だね……」
「この旅行のために体調も睡眠も調整してきたからね!」
「そんなに楽しみにしてくれてたんだ」
ふっと笑う唇に、目を奪われる。
綺麗な顔。
ティアの場合、すっぴんでも透明感があってすごくキレイだった。薄いメイクの施された顔は、ちょっと色っぽい。
「……ティアくん、綺麗だね」
「うん? ……あ、温泉効果かな?」
「美肌の湯って書いてあったもんね。いいな、私も同じ湯に入ってるはずなんだけどな……」
「きみもキレイだよ?」
「……おお、なんかチャラいセリフ……」
「きみが先に言ったのに……」
細く見返すティアの目は、淡い色をしている。
本当に何ひとつ隠すことのない、ありのままの状態で部屋から出ようとするものだから……こっちが戸惑っていた。
「……ティアくん、」
「うん? なに?」
「……無理してない? 別にサングラスとかマスクしたっていいんだよ? 私はもう慣れてるし気にしないよ?」
館内を進んでいたティアの足は、ひらりと止まる。振り返った顔は、湯あがりではないのに、艶やかで魅力的だった。
私と同じ色をのせた頬は、ふんわりと色づいて。
その頬で、くすりと微笑み、
「見られても、そんなに気にならなくなってきたんだ。レイちゃんの言うとおり——周りの目も、誰かと一緒なら平気になるね。『旅は道連れ、世は情け』……だっけ? ひとりじゃないと、心強いよ」
柔らかな笑顔に、すこしだけ……どうしてか、泣きたいような気持ちになった。
できる限りのことを尽くしたつもりだったけれど、それがどれだけ効果を成すか、不安もあった。
「レイちゃんがいてくれて、楽しいよ。誘ってくれて……ありがとう」
「……どういたしまして」
胸に広がる、不思議な気持ち。
自分ではなく、彼の世界が広がる瞬間に立ち会ったような——誇らしい気持ちが、胸を満たしていく。
「——よしっ、坂のとこまで走ろっか!」
「……むり」
「うわ、ノリ悪っ!」
「や、誰も走らないよ? 嬉しいのは分かったけど変な青春スイッチいれないで」
「……ひとが純粋に喜んでるのになぁ……水差してくるんだよねぇ……ティアくんってそういうところが……」
ぶつぶつ文句をこぼしながら、旅館をあとにしようと外に出た。
いや、出ようとしたところで、向かいから入って来た別のカップル客と——不自然なほど、がっつり目が合っていた。
「……え」
私の口からもれた声に、あちらの——男性が、遅れてハッとする。
「……レイコ」
つぶやかれた名前に、ティアが「ん?」と反応した。
「あっ、安井先輩!」
続けて響いた、可愛いハイトーン。
奇跡を通り越した悪夢の再会に、胸を満たしていた感動が消え失せる。
(……嘘でしょ)
引きつる頬を自覚した。
挨拶を返そうとした笑顔が、うまく笑えているとは、とうてい思えなかった。
(食べてばかりだ……明日は控えよう……)
ささやかな自戒を胸に、夕食前の空いた時間で、ティアからメイクを受けていた。
ナチュラルメイク。ノーファンデの下地と、眉のセット。ふんわり血色カラーのチーク。ハイライトはラメではなく、みずみずしいツヤ。(またシャネルか……)
「濡れ感が、非常にお風呂あがりっぽい」
感想を述べると、ティアは機嫌よくスティックハイライトを掲げて、「手軽でいいよ。ぜひ買ってみて」魔法遣いの杖みたいにクルリと回した。
「前も勧めてくれたよね?」
「前のとは少し違うんだ。前のは細かいパールがキレイだったよね?」
「それじゃなくてさ……代替品みたいなの。たしか教えてくれたよね?」
「ヒンス?」
「それ」
「チークは知らないけど、ハイライトは似てるらしいね」
「私も買ってみようかなって調べたんだけど……」
「えっ、そうなの!?」
「驚きすぎだよ。……でも、どれがいいか分からなくて、保留したまま忘れてた」
「濡れ感なのか、キラキラなのか……好みでもいいし、その日によって変えてもいいんじゃない?」
「いや、1本しか買わない。複数は要らない」
「……パール系が使いやすいね」
「ありがと。参考にする」
部屋食の夕食を終えて、すっかり暗くなった外へ散歩に出ることにした。旅館で予約した貸切風呂は遅い時刻なので、まだだいぶ余裕がある。
「……あれ? ティアくん、武装しないの?」
「武装……?」
「帽子とかマスクとか」
「……うん。陽射しもないし、どこもお店が閉まってるから、ほとんど人がいないみたい」
窓から外を眺めるティアにならって、のぞいてみる。まだ20時前だが、温泉街は暗い。昼間に見かけた店も営業は17時までと書いてあった。どうやら全体的に店じまいが早いらしい。
「そんなこともあろうかと! お酒もつまみも昼間に買ってあるから! 散歩して帰って来たら呑もう!」
「レイちゃん、ほんと元気だね……」
「この旅行のために体調も睡眠も調整してきたからね!」
「そんなに楽しみにしてくれてたんだ」
ふっと笑う唇に、目を奪われる。
綺麗な顔。
ティアの場合、すっぴんでも透明感があってすごくキレイだった。薄いメイクの施された顔は、ちょっと色っぽい。
「……ティアくん、綺麗だね」
「うん? ……あ、温泉効果かな?」
「美肌の湯って書いてあったもんね。いいな、私も同じ湯に入ってるはずなんだけどな……」
「きみもキレイだよ?」
「……おお、なんかチャラいセリフ……」
「きみが先に言ったのに……」
細く見返すティアの目は、淡い色をしている。
本当に何ひとつ隠すことのない、ありのままの状態で部屋から出ようとするものだから……こっちが戸惑っていた。
「……ティアくん、」
「うん? なに?」
「……無理してない? 別にサングラスとかマスクしたっていいんだよ? 私はもう慣れてるし気にしないよ?」
館内を進んでいたティアの足は、ひらりと止まる。振り返った顔は、湯あがりではないのに、艶やかで魅力的だった。
私と同じ色をのせた頬は、ふんわりと色づいて。
その頬で、くすりと微笑み、
「見られても、そんなに気にならなくなってきたんだ。レイちゃんの言うとおり——周りの目も、誰かと一緒なら平気になるね。『旅は道連れ、世は情け』……だっけ? ひとりじゃないと、心強いよ」
柔らかな笑顔に、すこしだけ……どうしてか、泣きたいような気持ちになった。
できる限りのことを尽くしたつもりだったけれど、それがどれだけ効果を成すか、不安もあった。
「レイちゃんがいてくれて、楽しいよ。誘ってくれて……ありがとう」
「……どういたしまして」
胸に広がる、不思議な気持ち。
自分ではなく、彼の世界が広がる瞬間に立ち会ったような——誇らしい気持ちが、胸を満たしていく。
「——よしっ、坂のとこまで走ろっか!」
「……むり」
「うわ、ノリ悪っ!」
「や、誰も走らないよ? 嬉しいのは分かったけど変な青春スイッチいれないで」
「……ひとが純粋に喜んでるのになぁ……水差してくるんだよねぇ……ティアくんってそういうところが……」
ぶつぶつ文句をこぼしながら、旅館をあとにしようと外に出た。
いや、出ようとしたところで、向かいから入って来た別のカップル客と——不自然なほど、がっつり目が合っていた。
「……え」
私の口からもれた声に、あちらの——男性が、遅れてハッとする。
「……レイコ」
つぶやかれた名前に、ティアが「ん?」と反応した。
「あっ、安井先輩!」
続けて響いた、可愛いハイトーン。
奇跡を通り越した悪夢の再会に、胸を満たしていた感動が消え失せる。
(……嘘でしょ)
引きつる頬を自覚した。
挨拶を返そうとした笑顔が、うまく笑えているとは、とうてい思えなかった。
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