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オペラ座の幻影

Chap.5 Sec.14

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 ゆらりゆらりと、火が揺れる。
 誰もいなくなった寝室に、記憶の底から囁き声が湧いてくる。

——聞こえるね? この毒は、体は動けなくなるが意識はなくならないのだよ……面白い体験だろう?

 言葉じりの掠れるような声が、さわりと鼓膜を撫でた。

——君は、のことを知りたいのだろう? ……知りたければ、そのまま意識を失わずにいなさい。眠ってしまってはいけないよ……?

 悪魔の囁きが始めた舞台は、夢幻のごとく。
 音声のみではあったが、真実を掴むには充分だった。

 ……わたしは、大きな思い違いをしていた。

——誰に雇われたのかは知らないし、探るつもりもないわ。

 ルネは、自分の意思ではなく、誰かに頼まれて我が家をおとしめようとしているのだと思っていた。
 事業が軌道にのった今なら、我が家にルネの心を動かすほどの価値があるのだろう——と。
 大金を積まれたのかもしれない……などと。

——私の代わりに、あの家の全てを奪え。いや、取り戻せ。

 まさか、ルネ自身が、我が家を貶めたかったなんて……微塵みじんも思っていなかった。

 ……でも、だから、ほんとうに最初から。
 最初から、ルネ自身の意志で、我が家に破滅を招くつもりで。

——わたくしはお嬢様を決して裏切りません。兄にはなれなくとも、お嬢様を護る騎士となりましょう。

 疑いきれなかった言葉も、やはり、嘘で。

——本当に、私は、お嬢様だけを愛しく思っておりますよ。

 闇に響いた優しい音も、まったくの偽りで。

——俺が、君の人生を壊す。

 あの言葉だけが、真実だった。


 瞳からあふれた涙が、ぽたりとシーツにみを作る。
 手で必死にぬぐってみたが、次々とあふれるそれは止められず、絶え間ないしずくをこぼしていった。
 喉からもれる嗚咽おえつを交えて叫んでみても、誰にも届かない。この部屋の壁は厚い。

 とめどない涙のなか、ルネの声が頭に鳴り響いていた。
 
——今の君は、俺のものだ。俺のさじ加減で、君ら家族の生涯しょうがいが決まると思え。

——この唇も、体も、誰にも与えるな。

——あの家だけに限らず、彼女も俺のものだ。誰にも渡さない。

 わたしを、どうするつもりなのか。
 みずからの手で殺したいのか、破滅に落ちるのを見たいのか……彼の思惑は分からない。
 でも、ひとつだけ確かなのは、

——憎む娘を、さも愛しているかのように育ててみせる。これこそ狂人の所業ではないか?

 わたしが恋焦がれていたひとは、同じ時をかけて、ずっとわたしを憎んでいた——。
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