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(Bonus Track)
アンブレラ
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ぽつ、ぽつ。
部室の外に落ちていく雨粒。気づいたのはヒナだった。
「雨ふってる」
つぶやきを拾った琉夏が、長い体を傾けて窓の外をうかがう。
ベースをケースに仕舞っていた竜星も、ひょこっと顔を出した。
「荒れそォだし、早めに出よ」
「そぉやな」
雨空に対して、反応の薄い3人。
ドラムの所で独り離れていたハヤトが、「嘘だろっ?」遅れて声をあげた。
「傘ねぇのに……」
「え、ハヤト持ってきてないのか?」
「持ってきてねぇよ。朝は快晴だったろ」
ハヤトの主張に、窓から振り返った3人が互いに目を合わせて、
「いや、今日は『傘が必須』って言われたし持ってきたよな?」
「言われた。オレも持ってきた」
「うちも。言われたとおりに」
口々に傘の所持を表明する。
眉を寄せるハヤトが、「言われたってなんだよ?」
ドラムにカバーを掛け、帰宅用意を進めつつ尋ねた。
すると、3人揃って、
「愛ちゃんに言われた」
一切のブレがない完璧なユニゾン。アカペラ練習の成果が無駄に発揮される。
面喰らって止まったハヤトだったが、すぐさま意識を取り戻して、「天気予報かよ……」小さく溜息をついた。ヒナや琉夏に続き信者が増えている。竜星まで。
「愛ちゃんが『傘』って言ったら絶対もってくよな? ……あ、あと今日の感じ可愛かった。なんかいつもと違った?」
「髪型じゃねェ?」
「それだ! 少なかったかも知んない!」
「ねぇ、ハゲてるみたいに言わんといてや。後ろ結んでただけやろ」
「なるほど、すっきりした。今日ずっと気になってたんだよなー」
愛ちゃん談義を始める3人を後目に、「ずっと考えるほどのことじゃねぇだろ」ハヤトは突っこみもそこそこにして、部室の廊下に面した窓を閉めていく。鍵も掛け、可能なかぎり急いで帰路につこうとしているのに、同級生たちは非常に呑気だった。傘がある者とない者の格差を感じる。
昇降口から外に出るころには、ぽつぽつ雨から本降りになっていた。
琉夏と竜星の傘が段差を作って去っていくのを、ヒナが手を振って見送る。隣のハヤトは空を睨んでいる。
「くそ。走るか」
「え? おれの傘に入っていいよ?」
覚悟を決めて外に踏み出そうとしたハヤトは、ヒナの提案にビタッと。足を止めて見下ろす。
当然のように広げた傘を持ち上げて、さあどうぞと言わんばかりのヒナに……
(いや、それはどうなんだ?)
ひとつの傘に並んで入る絵面を想像し、内心で激しく戸惑う。
いくらなんでもそれは……仲良すぎじゃねぇか? 付き合ってるわけじゃねぇのに? 周りにどう見られても俺は別にいいけど。いや、周りからしたら俺らは男子二人なわけで? つまり付き合ってるようには見えないのか? ……ん?
混乱する思考で止まっていたハヤトに、ヒナが傘をかざした。
「ほら、ひどくなる前に早く帰ろ」
背の低いヒナのせいで、傘の高さも低い。狭い空間に距離を詰めたヒナの体が、寄り添うようにハヤトに触れて——
「——狼谷さん」
「うぉっ」
どきりと高鳴ったハヤトの鼓動は、背後から掛けられた呼び声によって驚愕に塗り潰された。
勢いよく振り向けば、担任の——サクラが。
「あれ? サクラ先生、どうしました?」
動揺なく尋ねるヒナに、サクラは普段どおりの微笑を浮かべる。
「雨が降ってきただろう? 部活終了の通知があったから、少し気になってね……」
ちらりと流した目で、サクラは二人の上にあった傘を捉え、
「それでは二人とも濡れてしまうね? 私の予備の傘を貸してあげるから、使って帰りなさい」
差し出されたのは、折りたたみの黒い傘。ぴっちりと綺麗な折り目を見せるそれは、新品同然な代物に見える。
「えっ、でも、それだとサクラ先生が……」
「私は普通の傘を持ってきているよ。今日の予報は夕方から雨だったからね」
「あっ、もしかして先生も愛ちゃんに言われました? 『傘がいりますよ』って」
「いや、誰にも言われてはいないね」
無意な会話がなされる横で、ハヤトは断る理由もなく折りたたみ傘を受け取る。
「……ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
にこやかなサクラに見送られ、二人は寮へと帰っていったが……
(……なんか腑に落ちねぇな……?)
あえなく逃した機会と、あまりにもタイミングの良すぎるサクラの登場に悩みながら、ハヤトは傘越しに空を仰ぐ。
「ハヤトも、明日からは愛ちゃんの言うとおりにしろよー?」
しとしとと濡れゆく世界で、雨音と共に跳ねるヒナの声が響いていた。
部室の外に落ちていく雨粒。気づいたのはヒナだった。
「雨ふってる」
つぶやきを拾った琉夏が、長い体を傾けて窓の外をうかがう。
ベースをケースに仕舞っていた竜星も、ひょこっと顔を出した。
「荒れそォだし、早めに出よ」
「そぉやな」
雨空に対して、反応の薄い3人。
ドラムの所で独り離れていたハヤトが、「嘘だろっ?」遅れて声をあげた。
「傘ねぇのに……」
「え、ハヤト持ってきてないのか?」
「持ってきてねぇよ。朝は快晴だったろ」
ハヤトの主張に、窓から振り返った3人が互いに目を合わせて、
「いや、今日は『傘が必須』って言われたし持ってきたよな?」
「言われた。オレも持ってきた」
「うちも。言われたとおりに」
口々に傘の所持を表明する。
眉を寄せるハヤトが、「言われたってなんだよ?」
ドラムにカバーを掛け、帰宅用意を進めつつ尋ねた。
すると、3人揃って、
「愛ちゃんに言われた」
一切のブレがない完璧なユニゾン。アカペラ練習の成果が無駄に発揮される。
面喰らって止まったハヤトだったが、すぐさま意識を取り戻して、「天気予報かよ……」小さく溜息をついた。ヒナや琉夏に続き信者が増えている。竜星まで。
「愛ちゃんが『傘』って言ったら絶対もってくよな? ……あ、あと今日の感じ可愛かった。なんかいつもと違った?」
「髪型じゃねェ?」
「それだ! 少なかったかも知んない!」
「ねぇ、ハゲてるみたいに言わんといてや。後ろ結んでただけやろ」
「なるほど、すっきりした。今日ずっと気になってたんだよなー」
愛ちゃん談義を始める3人を後目に、「ずっと考えるほどのことじゃねぇだろ」ハヤトは突っこみもそこそこにして、部室の廊下に面した窓を閉めていく。鍵も掛け、可能なかぎり急いで帰路につこうとしているのに、同級生たちは非常に呑気だった。傘がある者とない者の格差を感じる。
昇降口から外に出るころには、ぽつぽつ雨から本降りになっていた。
琉夏と竜星の傘が段差を作って去っていくのを、ヒナが手を振って見送る。隣のハヤトは空を睨んでいる。
「くそ。走るか」
「え? おれの傘に入っていいよ?」
覚悟を決めて外に踏み出そうとしたハヤトは、ヒナの提案にビタッと。足を止めて見下ろす。
当然のように広げた傘を持ち上げて、さあどうぞと言わんばかりのヒナに……
(いや、それはどうなんだ?)
ひとつの傘に並んで入る絵面を想像し、内心で激しく戸惑う。
いくらなんでもそれは……仲良すぎじゃねぇか? 付き合ってるわけじゃねぇのに? 周りにどう見られても俺は別にいいけど。いや、周りからしたら俺らは男子二人なわけで? つまり付き合ってるようには見えないのか? ……ん?
混乱する思考で止まっていたハヤトに、ヒナが傘をかざした。
「ほら、ひどくなる前に早く帰ろ」
背の低いヒナのせいで、傘の高さも低い。狭い空間に距離を詰めたヒナの体が、寄り添うようにハヤトに触れて——
「——狼谷さん」
「うぉっ」
どきりと高鳴ったハヤトの鼓動は、背後から掛けられた呼び声によって驚愕に塗り潰された。
勢いよく振り向けば、担任の——サクラが。
「あれ? サクラ先生、どうしました?」
動揺なく尋ねるヒナに、サクラは普段どおりの微笑を浮かべる。
「雨が降ってきただろう? 部活終了の通知があったから、少し気になってね……」
ちらりと流した目で、サクラは二人の上にあった傘を捉え、
「それでは二人とも濡れてしまうね? 私の予備の傘を貸してあげるから、使って帰りなさい」
差し出されたのは、折りたたみの黒い傘。ぴっちりと綺麗な折り目を見せるそれは、新品同然な代物に見える。
「えっ、でも、それだとサクラ先生が……」
「私は普通の傘を持ってきているよ。今日の予報は夕方から雨だったからね」
「あっ、もしかして先生も愛ちゃんに言われました? 『傘がいりますよ』って」
「いや、誰にも言われてはいないね」
無意な会話がなされる横で、ハヤトは断る理由もなく折りたたみ傘を受け取る。
「……ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
にこやかなサクラに見送られ、二人は寮へと帰っていったが……
(……なんか腑に落ちねぇな……?)
あえなく逃した機会と、あまりにもタイミングの良すぎるサクラの登場に悩みながら、ハヤトは傘越しに空を仰ぐ。
「ハヤトも、明日からは愛ちゃんの言うとおりにしろよー?」
しとしとと濡れゆく世界で、雨音と共に跳ねるヒナの声が響いていた。
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