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Chap.6 この心臓を突き刺して

Chap.6 Sec.1

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 水底から引き上げられるような、唐突な意識の覚醒だった。
 
 ぱちんっと、弾け開いたまぶたは、明るい視界に再び閉じようとしてしまった。
 まぶしいくらいの真っ白な天井。寝起きの目には痛い。
 目を細めながら身を起こした私は、室内を眺めて記憶をたどった。広々としたベッドに、明るい色彩のインテリア。自分の部屋ではないけれど、身に覚えがある……。
 
(そうだ、海上都市に……)
 
 滞在しているのだった。なぜ忘れていたのか。
 たびたびある、寝起きでの“ここはどこ?”症候群をなんとかしたい。
 
(……あれ? 私、部屋の内装……した……?)
 
 周囲を見回して、首をかしげる。
 部屋の内装について——身に覚えがあるのに、デザインした記憶がない。無意識でこなしたのだとしたらすごいが、それはそれで危ない。
 
 不明瞭な記憶を、寝起きの一言で片付けてしまってもよいのか。

 しかし、記憶は怪しいが、寝覚めは妙によい。重たい身体を脱ぎ去って起き上がるみたいな、爽やかな解放感があった。
 すっきりとした頭で、ふと時計を確認する。リング端末が表示した時刻に——ぞっとした。
 おはようの時間が、とっくに終わっている。
 
 ベッドから降りて、リビングへのドアを開き、焦る気持ちのまま飛び出した。
 あわてたせいで、何もない床になぜか足が引っ掛かり、リビングの床へ——べしゃっと。派手に両手をついてしまい、
 
「………………」
「………………」
 
 空気の止まる気配。
 そろーっと顔を上げると、珈琲を淹れたところなのか、湯気のたつマグカップを手にしたセトが。
 眉を寄せた、用心するような怖い顔で私を見ていた。
 
「……あの、」
「………………」
「お、おそくまで……ごめんなさい……?」
「……は?」

 何言ってんだ。セトはそんな顔をして一瞬黙った。
 マグカップをカウンターに置いて、私の方まで歩いてくると、
 
「……お前、まさか転んだのか? 大丈夫か?」

 屈んだセトの腕が、慣れた手つきで私の身体を床から抱き起こした。自然な感じて触れられたので、流されるままに起こしてもらったが……遅れて、とてつもない違和感が。
 
 ハウスを出て再会してから、触れるのをためらうように距離を置かれていた気がするのに、距離感が戻っている。
 瞳を上にして様子をうかがえば、セトも様子を見るように顔をのぞきこんできた。

「お前……治ってねぇのか?」
「……?」
「俺に会いたくて飛び出て来たんじゃ……」
「………………」
「——ねぇな。まて、考えるな。なんでもねぇから。深く捉えるな。そういうんじゃねぇ」
 
 聞き違いかと迷っているうちに、素早い訂正が入った。
 翻訳機がないせいか、セトの言葉を変なふうに聞き取ってしまった。
 
「……なんでそんな慌てるんだよ。誤解するだろ」
「ごめんなさい……? 〈ねぼう〉したかとおもって……」
「あぁ、たしかに。よく眠ってたな」

 フッと笑うセトの唇は、あきれている……のだと、思う。
 けれども、なにか引っ掛かりを覚えた。
 
「体調どうだ?」
「……たいちょう?」
「だるいとか、頭が痛いとか」
「とくには……?」
「そうか」
「?」
 
 ほっとしたようなセトの表情に、どこか見慣れない印象を受けた。
 安堵あんどの奥で細められた目は、見ていると切なくなるような……
 
「……セト?」
「——昼メシ、食うか」
 
 いきなり振られた問いに、思考が止められる。
 
「ひる……おひる?」
「いや、もう昼も過ぎてるけどな?」
「……ごめんなさい」
「謝る必要ねぇけど……ん? つか、ほんとに起きるの遅かったな? ……変だな。負担がなくなったのに……薬が効きすぎたのか……?」
「……?」
 
 時刻を確認したセトが、眉間を狭めて私の顔を眺めた。病人の顔色を見るみたいに、じっくり観察され——
 
 どきっと、心臓ごと固まりかけていたところに、サイレンが鳴り響いた。
 
 緊急事態をしらせるための険しい音。緊張していた私の身体は意図せず跳ねたが、セトのほうは視線を横にずらしただけだった。
 
「……なんだ?」
  
 音声による情報がない。
 静寂のなか動けずにいると、家ではなくセトの携帯端末に連絡が入った。
 
《——あぁ、繋がったな?》
 
 聞こえたのは、低い声音。モルガンだと思われる低く張りのある声に、セトが応えた。
 
「今のサイレンなんだ? 誤作動か?」
《侵入者だ》
「……は?」
《基地局がクラッキング受けたみてぇだなぁ。街の警備ロボが偽の情報に踊らされて……その隙に、変な女がタワーの警備ロボぶっ飛ばして入って来やがった。そこらじゅう暴れ回ったせいでサーバーの電源が落ちたんだよ》
「サーバーはすぐ復旧するだろ? つか、なんでそんなあっさり侵入されてんだ? 海上都市だぞ? 簡単に入れねぇだろ」
《……ラグーンの女だな。記録上、昼前に入って来てるやつがいる》
「ラグーンの誰だよ?」
《いや、おそらく本人じゃねぇなぁ……普段から遊びに来てるやつらのIDを偽装したのか……ラグーンが裏切ったのか……》
 
 不穏な暗い声が、背筋を冷たくでた。
 ぞっと身を震わせて、セトを見る。感情は見えなかったが、金の眼は宙をにらんだまま止まっていた。
 
《——まぁ、捕まえて吐かせればいい。セト、お前は警備も仕事だったな? 女はそっちに向かったから、捕まえて来い》
「俺が? ユーグはどうした?」
《ユーグも向かってる。ただ、あいつじゃ止められねぇな。一瞬見ただけだが……あの女、動きが素人しろうとじゃねぇ。殺す気の人間だ》
「……それを、俺に捕まえろって言うのか」
《お前の立場で、やれねぇなんて言えねぇだろ?》
「………………」
《見た目は小柄だ。赤いチェックのパーカー、黒のボトムス。侵入者のくせに目立つ格好してやがる。顔はよく見えなかったが、フードの隙間から見えた髪は長かった》
「……こっちに向かったって、目的地がこっちなのか? 逃げてるだけか?」
《知らねぇな。タワーを出て住宅の方に行ったのは確かだ。周辺を捜してみろ》
「………………」
《——今さら俺に歯向かうなよ? お前の大切なもんはなんだ? それを護りたきゃ、敵を確保して俺の前に連れて来い》

 吐息を落として、セトが了承の意を返した。
 通信は切られていない。セトは繋がった状態の携帯端末を、留め具付きのポケットに収めると、
 
「聞き取れたか?」
「……すこし」
「侵入者らしい」
「……おおごと?」
「大したことねぇよ」
 
 セトは話しながら洗面所に移動した。
 棚から護身用のバトンを取って、腰のベルトに装着する。
 
「対応してくる。お前はここから出るなよ?」
 
 こちらの返答を待たずに、機敏な動きでドアから出て行ってしまった。
 
 残された状態で、ぽつんと……停止していたが、動き出した思考で現状を改める。
 
(今日って……いつ?)
 
 日にちを見る。アトランティスに来てから4日も経っている。
 感覚的には2日だが、思い返してみると外に出掛けた記憶もあるので、2日だけのはずはない。格闘技みたいなものを見て、セトも闘っていたような。食事も食べに行ったような……いや、この記憶は夢だろうか? 思い出が不自然にぼやけている。はるか彼方の記憶であるかのように、確信がもてない。
 
 ……セトと、一緒に寝た記憶も、ある気がする。
 そんなはずはないので、やはり夢と現実が混ざっている……?
 
 混乱する脳は、すっきりしたようで、奇妙な引っ掛かりを感じていた。
 まるで、小さなとげが刺さっているような——。
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