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Chap.4 剣戟の宴
Chap.4 Sec.7
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開いた目に映ったのは、大きな大きな窓。
ハウスの展望広間に比べたら小さいけれど、室内の壁一面が外の景色で、(あれ、これって映像?)正体を悩みつつ体を起こした。
横を向いて眠っていたらしい。ここはどこだったか——目覚めに混乱するのは2度目な気がする。そうか、ここはラグーンシティだ。
答えを支持するように、窓の外は色彩に乏しい。冬の海がどこまでも続いていた。
寝起きの頭で窓を眺めていて、
「——起きたか」
ふいに聞こえた見知らぬ声に、ベッドから跳ね落ちていた。
どすんっと重たい音。起きがけの鈍い身体は立ち上がろうとしたはずだが、なぜか地面に飛びついていた。——いや、なぜか、じゃない。本能が捉えた違和感と危機感は正しい。
ラグーンシティに男のひとはいない。
それなのに、いま背後から聞こえた声は——男性の低さだった。
「はははっ、そんな落ちるほど驚くもんか?」
振りあおいだ先にいたのは——大きなひと。
真っ黒な肌。セトやジゼルみたいに、浅く焼けたような赤みのある褐色ではなく、イシャンの浅黒い肌でもなく、太陽に愛されたような——とても濃い色。この世界で見たなかでもっとも暗い。
髪も黒く、上部だけ頭皮にそって細くいくつも編み込まれた髪は、半ばから三つ編みになって肩上にたくさん垂れている。ぱっと見はセミロングで、笑う顔の横でかすかに揺れていた。
身長はサクラほどないと思う。こうして床に座り込んだまま見上げたことがあるが、サクラのほうが高い気がする。黒のブルゾンをまとう身体はがっしりとしていて、身長はセトやイシャンくらい。
なのに——大きい。大きく感じるのは、彼が発する威圧感のせいだ。
笑みを含んだ目は、角度的な意味だけでなく、こちらを見下ろしている。
「……だれ、ですか」
「モルガンだ。セトの知り合い、バンド仲間——つっても、あんたは知らねぇなぁ?」
「ばんど……」
ラグーンシティのみんなと見た映像を思い出した。
「〈べーす〉のひと……?」
「あぁ、知ってんのか。そんなら話は早いかぁ?」
「……あの、ジゼルさんやジェシーさんは、どこに……?」
「あんた、ここがどこか分かってねぇか」
「……?」
近づく足が、目の前で止まった。
見下ろす瞳に混じるのは——勘違いでなければ、軽蔑のような色。唇は笑っている。
「海上都市、アトランティス。あんたがこれから暮らす場所。よろしくなぁ、ウサギ」
腰を落としたその男性——モルガンは、私の前に手を差し出した。
大きな掌は私の自発を待つことなく、戸惑うこちらの手を掴んで引き上げた。
状況が、よく分からない。
窓に映る景色が偽物でないのなら、海の広がるこの地はラグーンシティとよく似ていると——
(……陸地が、ない……?)
立ち上がったせいで変化した視界は、窓の外に見える海が足下までも続いていることを気づかせた。
ラグーンシティは海を湖のように区切る陸地があった。それがない。モルガンから離れて窓に寄ると、下方に見えたのは陸地というより——舗装された地面だった。目を凝らして見れば、空は透明のカバーで覆われているような……。
——海の上にドーム型の都市があって、そんなかで全てのエネルギーが循環してンの。そこだけで生活のすべてが成り立ってる。ってェのは当初の目的であって、現状は違うだろォけど。日光や空気なんかは足りてるし、生活に必要なもんを優先してるはず。
海上都市。
ロキの説明が、はっきりと思い出された。
閉鎖生態系生命維持システム、通称——
「——せるす」
ぽつっと漏れた言葉は、窓に小さくぶつかった。
背後から伸びた腕が、その呟きを捕らえるように窓をつく。ばんっとした軽い音に身をすくませて首を回したが、こちらを眺めるモルガンの目に悪意はないようで、
「なんでここにいるか……それは、あんたがラグーンから逃げてきたから」
「……にげた……?」
「覚えてないかぁ……酔ってたみてぇだしなぁ? まぁ気にすんなよ、ウサギ。じきセトにも会わせてやる」
「——セト? セトも、ここに?」
「ああ、どっかその辺をうろついてんだろ」
説明されても状況が分からない。
私の言語能力を把握しているのか、ゆっくりと話される言葉がシンプルなのもあって、詳細は分からないままだった。
敵意は感じないが……どことなく見張られているような……。
「セトが来るまで、ゲームに付き合わねぇか?」
「…………わたしは、〈げーむ〉は、へたです」
「そう深く捉えんな? ただの暇つぶしのクイズだ」
「………………」
「俺のペット、当てて。当たったら景品に……なんかやるかなぁ? ……何がいい?」
ゆるりとした空気に、ゆるりとした質問。
こちらが答えなくてもどうでもよさそうな、興味の薄い声で、
「セトがペットを連れてきたから、俺も飼い犬を自慢したくなったんだよなぁ……」
——飼い犬。そういえば、小柄な狼みたいな動物がいたはず。
セトがハウスから連れ出したジャッカルを指しているなら、セトも本当にここにいるということになる。
心のどこかで引っ掛かっていた疑念が、ようやくほどけた。
「……あの、」
「ん~?」
「くいず、あてたら……〈けいひん〉のかわりに、セトに……すぐ、あわせてもらえませんか」
自分の現状も知りたいけれど、ハウスのことが知りたい。あれからどれくらいの時間が経ったのか。
セトがジャッカルと合流しているなら、ラグーンを出て地下室があった最初の場所に戻ったわけで——つまり、ラグーンシティからは無事に解放された? そういえば誰かと約束したような。セトの代わりにここに残る——こことは、ラグーンシティではなく海上都市を指していたのだろうか。そうすると話は繋がるが……〈にげた〉と言われたような気も……。
考えながら提案したところ、見上げた先の瞳が細く笑った。
「——あぁ、それなら簡単。当たったら、すぐセトに会わせてやるよ」
その——笑い方が。
サクラを彷彿とさせたのは、なぜだろう。
まったく似ていないけれど、互いが持つ色気みたいな空気のせいだろうか。
サクラが静的なら、モルガンは動的。魅力と呼んでもいいのかも知れない。強い引力の——カリスマ性。
「……ちなみに、〈ひんと〉は……?」
「ヒントねぇ……耳で当ててもらうしかねぇかなぁ」
「……〈みみ〉で?」
「そう、耳で」
クスリと吐息を落とした唇は、ゲームの概要を唱えた。
「——目隠し当てクイズ。俺のペットを当ててみな?」
愉しげな顔は、すこしだけハオロンにも似ていた。
ハウスの展望広間に比べたら小さいけれど、室内の壁一面が外の景色で、(あれ、これって映像?)正体を悩みつつ体を起こした。
横を向いて眠っていたらしい。ここはどこだったか——目覚めに混乱するのは2度目な気がする。そうか、ここはラグーンシティだ。
答えを支持するように、窓の外は色彩に乏しい。冬の海がどこまでも続いていた。
寝起きの頭で窓を眺めていて、
「——起きたか」
ふいに聞こえた見知らぬ声に、ベッドから跳ね落ちていた。
どすんっと重たい音。起きがけの鈍い身体は立ち上がろうとしたはずだが、なぜか地面に飛びついていた。——いや、なぜか、じゃない。本能が捉えた違和感と危機感は正しい。
ラグーンシティに男のひとはいない。
それなのに、いま背後から聞こえた声は——男性の低さだった。
「はははっ、そんな落ちるほど驚くもんか?」
振りあおいだ先にいたのは——大きなひと。
真っ黒な肌。セトやジゼルみたいに、浅く焼けたような赤みのある褐色ではなく、イシャンの浅黒い肌でもなく、太陽に愛されたような——とても濃い色。この世界で見たなかでもっとも暗い。
髪も黒く、上部だけ頭皮にそって細くいくつも編み込まれた髪は、半ばから三つ編みになって肩上にたくさん垂れている。ぱっと見はセミロングで、笑う顔の横でかすかに揺れていた。
身長はサクラほどないと思う。こうして床に座り込んだまま見上げたことがあるが、サクラのほうが高い気がする。黒のブルゾンをまとう身体はがっしりとしていて、身長はセトやイシャンくらい。
なのに——大きい。大きく感じるのは、彼が発する威圧感のせいだ。
笑みを含んだ目は、角度的な意味だけでなく、こちらを見下ろしている。
「……だれ、ですか」
「モルガンだ。セトの知り合い、バンド仲間——つっても、あんたは知らねぇなぁ?」
「ばんど……」
ラグーンシティのみんなと見た映像を思い出した。
「〈べーす〉のひと……?」
「あぁ、知ってんのか。そんなら話は早いかぁ?」
「……あの、ジゼルさんやジェシーさんは、どこに……?」
「あんた、ここがどこか分かってねぇか」
「……?」
近づく足が、目の前で止まった。
見下ろす瞳に混じるのは——勘違いでなければ、軽蔑のような色。唇は笑っている。
「海上都市、アトランティス。あんたがこれから暮らす場所。よろしくなぁ、ウサギ」
腰を落としたその男性——モルガンは、私の前に手を差し出した。
大きな掌は私の自発を待つことなく、戸惑うこちらの手を掴んで引き上げた。
状況が、よく分からない。
窓に映る景色が偽物でないのなら、海の広がるこの地はラグーンシティとよく似ていると——
(……陸地が、ない……?)
立ち上がったせいで変化した視界は、窓の外に見える海が足下までも続いていることを気づかせた。
ラグーンシティは海を湖のように区切る陸地があった。それがない。モルガンから離れて窓に寄ると、下方に見えたのは陸地というより——舗装された地面だった。目を凝らして見れば、空は透明のカバーで覆われているような……。
——海の上にドーム型の都市があって、そんなかで全てのエネルギーが循環してンの。そこだけで生活のすべてが成り立ってる。ってェのは当初の目的であって、現状は違うだろォけど。日光や空気なんかは足りてるし、生活に必要なもんを優先してるはず。
海上都市。
ロキの説明が、はっきりと思い出された。
閉鎖生態系生命維持システム、通称——
「——せるす」
ぽつっと漏れた言葉は、窓に小さくぶつかった。
背後から伸びた腕が、その呟きを捕らえるように窓をつく。ばんっとした軽い音に身をすくませて首を回したが、こちらを眺めるモルガンの目に悪意はないようで、
「なんでここにいるか……それは、あんたがラグーンから逃げてきたから」
「……にげた……?」
「覚えてないかぁ……酔ってたみてぇだしなぁ? まぁ気にすんなよ、ウサギ。じきセトにも会わせてやる」
「——セト? セトも、ここに?」
「ああ、どっかその辺をうろついてんだろ」
説明されても状況が分からない。
私の言語能力を把握しているのか、ゆっくりと話される言葉がシンプルなのもあって、詳細は分からないままだった。
敵意は感じないが……どことなく見張られているような……。
「セトが来るまで、ゲームに付き合わねぇか?」
「…………わたしは、〈げーむ〉は、へたです」
「そう深く捉えんな? ただの暇つぶしのクイズだ」
「………………」
「俺のペット、当てて。当たったら景品に……なんかやるかなぁ? ……何がいい?」
ゆるりとした空気に、ゆるりとした質問。
こちらが答えなくてもどうでもよさそうな、興味の薄い声で、
「セトがペットを連れてきたから、俺も飼い犬を自慢したくなったんだよなぁ……」
——飼い犬。そういえば、小柄な狼みたいな動物がいたはず。
セトがハウスから連れ出したジャッカルを指しているなら、セトも本当にここにいるということになる。
心のどこかで引っ掛かっていた疑念が、ようやくほどけた。
「……あの、」
「ん~?」
「くいず、あてたら……〈けいひん〉のかわりに、セトに……すぐ、あわせてもらえませんか」
自分の現状も知りたいけれど、ハウスのことが知りたい。あれからどれくらいの時間が経ったのか。
セトがジャッカルと合流しているなら、ラグーンを出て地下室があった最初の場所に戻ったわけで——つまり、ラグーンシティからは無事に解放された? そういえば誰かと約束したような。セトの代わりにここに残る——こことは、ラグーンシティではなく海上都市を指していたのだろうか。そうすると話は繋がるが……〈にげた〉と言われたような気も……。
考えながら提案したところ、見上げた先の瞳が細く笑った。
「——あぁ、それなら簡単。当たったら、すぐセトに会わせてやるよ」
その——笑い方が。
サクラを彷彿とさせたのは、なぜだろう。
まったく似ていないけれど、互いが持つ色気みたいな空気のせいだろうか。
サクラが静的なら、モルガンは動的。魅力と呼んでもいいのかも知れない。強い引力の——カリスマ性。
「……ちなみに、〈ひんと〉は……?」
「ヒントねぇ……耳で当ててもらうしかねぇかなぁ」
「……〈みみ〉で?」
「そう、耳で」
クスリと吐息を落とした唇は、ゲームの概要を唱えた。
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