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Interlude 鏡に映る、さかしまの国

Play Along with Me

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(もしも、普通に受け入れられていたのなら)

 バーチャル空間にて。
 ログイン早々ハオロンが声を張り、

「ハオロンのぉ、プレイ・アロング~♪ ぱちぱちー!」
「イェ~イ……」

 並んでいたロキが惰性で合いの手を入れると、バーチャル空間に出現したばかりのセトのリアルアバターが眉を寄せた。

「は? お前ら急にどうした?」
「今日のゲームはぁ、サバイバルシューティング! うちとぉ、ロキとぉ、セトとぉ、それからスペシャルゲストのありす! この四人でやっていきまぁ~す!」
「おい、ハオロン? どこ向いてしゃべってんだよ?」

 何もない空間に向けて話しかけるように喋り出したハオロンに、セトは困惑しつつ後ろから声をかける。
 遅れて参加したせいか話が読めない。ウサギもパチパチと手をたたいているが曖昧あいまいなようす。
 セトは隣のロキをひじで小突き、

「なんだこれ? チーム戦でシューティングゲームって話じゃなかったか?」
「オレにくワケ?」
「ハオロンは聞いてねぇじゃねぇか」

 そうこう話しているあいだにも、ぺらぺらと喋るハオロン。今は自己紹介みたいなことをしている。

「オレも適当に聞いてたけど、一度ゲーム配信者——デモプレイヤーをやってみたかったってアリアと話して……スイッチ入った感じ」
「全然わかんねぇ。配信も何もハウスのメインコンピュータはオフラインじゃねぇか。ゲームもだろ?」
「他のヤツにメッセージ送ってた。視聴者ならそこに名前出てる」

 ロキの指さした宙には、自動生成らしきアバターの薄い映像が2体。黒髪とダークブロンドの髪をした丸っこい人形のようなデフォルメアバター。名前表記はアリアとサクラ。ゲームから一番遠い名前が並んでいる。

「……これサクラさんとアリアが見てるのか?」
「さァ? サクラはログインしてるフリじゃね?」
「アリアは律儀に見てそうだな……」

 二人がアバターの薄い影を眺めていると、ハオロンが満面の笑みでゲーム開始を告げた。

「ゲームスタートぉ!」

(なんも話聞いてねぇ……)
 ルール確認をおこたったセトに構わず、空間映像が切り替わった。白っぽいドーム場から、対戦エリアへ。目隠しのコンクリートブロックが乱雑に積まれた、入り組んだ迷路のような閉鎖的な空間。天井は高いがブロックも同様に高いため、よじ登るのは危険だと思われる。登ったところで目立つ。おそらく下から狙撃される。
 隣にはロキだけが残っていた。ハオロンとウサギがいない。

「俺らチームか?」
「ってハオロンが言ってたじゃん」
「聞いてねぇ。お前よく喋りながら聞けるよな。昔からそこだけは尊敬する」
「は? そこだけって何?」

 話しながらも互いに装備を確認していた。セトはハンドガンとアサルトライフル(一弾一弾の威力は弱いが連射可能)。どちらかといえば近接戦向き。ロキはハンドガンに高性能スコープ付きのライフル(弾丸は大きく当たりどころによっては一撃必殺可能な威力)。遠方から狙える、かつロキと相性のよい装備となる。
 それぞれ弾丸は多くない。

「弾は拾えるのか?」
「多少は。マップ分かんねぇし互いに奪い合いだから進んでくしかねェよ」
「となると俺が先か」

 作戦なく、とりあえず進む。話し合わずとも役割は装備から把握している。脳内にマップを取り込むためにも進まなくては……

《——そちらではないよ。その道は位置的に戻ってしまうから、左に行ったほうがいいだろうね》

 ん?
 どこからともなく、天の声が。セトとロキはきょろきょろと見回したがアバターは見えない。だが今、確かにサクラの声が。
 ロキと顔を見合わせる。まさか。

《——ハオロンさん、その拾ったアイテムはなんですか?》

 お次はアリアの声。
 確信したセトが声をあげた。

「おい! そっちなんで外部と喋ってんだ!」

 セトの訴えに対して、ハオロンや彼女からの返答はない。音声は遮断されているらしい。代わりにサクラの声が、

《参加型だそうだ。発言は自由にしていいと聞いている。私たちも双方の位置は見えず、それぞれの視点から見ているだけだが……ああ、そうだね。その道がいいだろうね》

 会話の途中で何やら別の会話が。同時並行で聞こえるアリアの声はハオロンに説明を求めているだけだが、サクラはどう考えてもウサギに加担している。
 ロキが「ズルくねェ? サクラはこっちの手もと丸見えなわけじゃん?」ハンドガンをくるくると指で回しながらセトの数歩うしろでぼやいた。

《そう思うなら、そちらで配信を切るといい。非公開にできるだろう?》

 言われて確認すると、視界の端に非公開のマークが。意識を集中させてオフにする。
 サクラの声は聞こえなくなった。アリアの声も。

 これで通常どおりか。
 セトとロキは静かになった道を進みつつ、しばらくして視界に高さのある建物を見つけた。ライフルを使うのに最適だろう——そう判断してそちらに進んでいくが、道が入り組んでいて、

「なァ、どこ行ってンの?」
「あの建物に向かってる」
「だったらさっきのとこ右じゃね?」
「曲がる前に言えよ」
「知らねェし」

 後方で背後に気を回していたロキの指摘に道を戻りながら、セトは二階建ての建物を眺めた。
 窓が抜け落ちた穴だけの、無機的なコンクリート壁。その四角い穴から、
 ——キラリと、何か光った。

 ダァンッ!
 脊髄反射で身を下げた。ほぼ同時に重たい銃声の響きと、たった今までいた壁に銃痕が。

「——はっ? 狙撃された?」
「ライフルじゃん、反応はや。ハオロンだよなァ?」
「ウサギには無理だろ」
「ってことはウサギが前線? ハオロンが攻めでウサギは後方支援だと思ったのになァ~」
「最初の装備のままなんじゃねぇの」

 退避するセトの言葉に、もう一発ライフルの銃声が重なった。
 壁ぎわに、出てきたら撃ってやるぞと言わんばかりの威嚇いかく射撃。

「まずいな。これ防戦一方じゃねぇか」
「そ? あっちの片方は居場所が知れてるわけだし、壁を盾にしとけばライフルは意味ねェよ。むしろこっちが有利じゃん」

 そうか。
 セトが返事をしようとしたところ、視界の隅で何か動くものが。

「——ロキ!」

 呼び声で指示したが、間に合わない。
 飛び出してきたウサギが——ではなく、ハオロンが機敏な動きでアサルトライフルの銃口をこちらに向け、撃ち鳴らしながら低い体勢で駆け抜けた。
 まさかハオロンとは。完全に油断していたセトとロキが感覚的に撃ち返したが、被弾の影響により身体がぶれ、ロキのハンドガンもセトの連射も何ひとつ当たらない。ハオロンは止まることなく駆け抜け、二人の視界から即座に消失する。右の道に行ったはず。
 ロキのダメージが重いだろうと察して代わりに追いかけたセトが、ハオロンの背を目掛けて連射したが、こちらも走り補正でズレる。さらに飛距離があるせいか弾の威力が弱い。おそらくダメージになっていない。

 セト本来の走力なら余裕で追いつけたはず。しかし、ここはバーチャル空間。速度は最初に自分が振り分けたパラメータに依存する。ハオロンの素早さ数値はセトよりも高い。あるいは同等。
 どうするか。策を考えようとしたが、ハオロンが角を曲がり、とっさにいつもの癖で(攻撃されたら迎え撃てばいいか)そのまま追いかけて、

 ——ダァンッ、と。
 今しがた聞いたばかりの重い音が響いた瞬間、視界はブラックアウトしていた。

(——は?)

 上に並ぶ〈死亡〉の文字。
 まったく理解できないまま、どうやらセトはゲームオーバーとなったらしい……。



 §



 翌日の夕食。
 機嫌のよいハオロンの声が食卓に響いていた。

「すごかったやろぉ~? うちのスーパープレイ! 見応えあったがの?」
「そうですね、見ているこちらもドキドキしました」

 にこやかな笑顔で応えているのは、隣に座るアリア。
 その向かいでは彼女が尊敬の目を向けてサクラと話している。

『言われたとおりにしたら、本当にセトの頭に当たりました。どうして位置が分かったんですか?』
『コンクリートブロックはどれも一定の大きさだからね、頭が来る位置は予測できるだろう?』

 共通語ではない。少し興奮している彼女は訊きたいことがありすぎて話しやすい言語で尋ねていた。彼女がゲームで活躍したのは初めてだった。

 盛りあがる四人を横目に、横並びのティアとメルウィンは、向かいのセトとロキを同時にそろりと見た。何か静かに怒っているような、納得がいっていないような。互いにぶつぶつと喋っている。

「俺ウサギにヘッドショット決められて即死だったぞ。どうなってんだよ」
「サクラが、俺らの最初の視点と建物の上から見えた地形で位置を弾き出したンだろ」
「それだけで来る道なんて分かるか?」
「予測はつくじゃん。最短距離で来た場合は最初に撃ってきた位置だし」
「なら俺の遠回りでよかったんじゃねぇか」
「いや、最初の位置が予測つくならそっちの方角だけ警戒すればいいじゃん? 上からだと隙間からどこを通ってるか見えるだろォし、遠回りすればその分の時間で予測されて同じ」
「……ハオロン追いかけて狙い撃ちされたのは?」
「セトが追いかけるって読んで、ウサギの狙えるとこまでハオロンが誘導したンだろォね~」
「完全に手の上かよ。少しむかつくな」
「少し? オレけっこうガチなんだけど?」
「……そうだな。今回はなんかすげぇムカつくな」
「リベンジしねェ? サクラもプレイヤーに呼び込んで負かしてやりてェ」
「おお。やるか」

 不穏なささやきが聞こえる。ティアとメルウィンは互いに無言で横目を合わせた。

 今日に限っては、テーブルの並びが今までにない組み合わせになっている。
 ロキとセト、彼女とサクラのそれぞれのペアに挟まれたイシャンが、左右の温度差を感じつつも詳細を理解できずに戸惑っていた。

(何かトラブルが起きそうだが……どのように対処すればよいのだろうか……)

 そんなことを、イシャンひとりが真剣に悩んでいる。
 くだらなくも平穏な、ありふれた日常だった。
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