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Interlude 鏡に映る、さかしまの国

星降る夜は

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「ウサちゃん、デートしよ」

 夕食後、そう言ったロキに連れ出されたハウスの外には、ピカピカのスノーモービルがあった。
 遊園地のアトラクションにでもありそうな、小さなオープンカーみたいな本体に、下は雪の上を滑りやすそうなソリ状の足とゴムっぽいクローラーのセットで……第一印象は、寒そう。服の防寒は完璧だけども。ちなみに第二印象は危険そう。

「これは、あぶなく……ない?」
「余裕よゆ~♪ 心配ならオートパイロットで行けばい~じゃん」
「どこへいくの?」
「高いとこ。星がキレイらしいから?」

 意外だ。ロキはそういうものに全く興味がなさそうなのに……いや、そういえば私室でも景色が映されている? でもあれは建造物がメインのような……?

 考えている間に身体をひょいっと持ち上げられ、中のシートに移された。拒否権はないらしい。
 エンジン音はなく、後部で雪をくクローラーの車輪が回り始めると、すーっとなめらかに進み出した。意外とゆっくり……なんて油断をしていたら、ものすごいスピードに。

「はやい!」
「だろォ、けっこうスピード出るよなァ~」
「そうじゃなくて……はやすぎっ……」

 遊園地のアトラクションとたとえたが、その見立ては正しかった。ジェットコースターさながらに木々の隙間をぬって高速で進んでいくスノーモービルに、恐怖からシートをがっしりとつかんで震えていた。訴えは風に吹き飛ばされて届いていないのか、ロキはけらけらと笑っている。
 私の方を振り返ると、(あれ?)みたいに不思議そうな顔をした。カラフルな髪が風に流れて弾んでいる。

「……まさか怖い?」

 シートを掴む手を緩めることなく、全力を込めてうなずく。一回で伝わらない気がして、何回も。
 ようやく伝わったらしく、ロキはスノーモービルに速度を落とすよう指示した。ジェットコースターから自転車くらいになった。

「えェ~? あの程度で怖かったワケ? ゲームと比べたら全然じゃん?」
「げーむは、べつだとおもう」
「感覚的に慣れねェ?」
「……なれない」

 スピードが落ちると、流れる景色は緩やかになり、木々の開けた銀世界はスノーモービルのライトを受けてキラキラとしていた。
 夜風はとても冷たい。さらされていた耳が、凍てついたように痛んだ。耳を塞ぐように手で覆うと、ロキがその手の隙間から指を差し入れるように耳へと触れ、

「つめたっ」

 驚きの声をあげた目が丸く開いた。
 横から伸びてきた両手で、左右とも耳を塞がれる。

「耳当て要るじゃん、なんで着けてねェの」

 何か言っている。風のせいもあって、塞がれた耳には何も届いてこない。

 ロキの動く唇を見つめて読み取りにつとめているあいだに、スノーモービルは速度をさらに落として停止した。
 開けた地は、この周辺では最も高度があるように思う。離れた山からすれば大したことはないのだろうが、空気までも凍りつくように冷えびえとしていた。上から見る急斜面はくらくらする。滑り落ちればどこまでも転がっていきそうな。

「どこ見てンの?」

 スノーモービルから顔を出し、そろりと来た道を見下ろしていると、ロキが空を指さした。

「目的こっちなンだけど?」

 指の先を追って目線を上げる。広がる光景に……思わず息をんだ。

「……すごい」

 一面に宝石をこぼしたみたいな、果てしなく続く星空。
 ハウスから見る星空も感動的ではあったが、こちらの広大な星空は孤独を覚えるほど壮麗だった。肌を刺す冷えた空気までもきらめいてる気がする。寂しいのに、美しい——不思議な感動。

「……きれいだね」

 細かい星の光は、空いっぱいを埋めている。
 地上の光が少ないせいなのか山の上だからなのか、星々の輝きは世界を満たすように強く光っていた。

 言葉なく眺めていると、離れていたロキの手が再び耳を包み、くるりと顔をロキの方へと向けられた。
 どうしたのだろう。きょとりと見返せば、その目は不満そうに私を映し、

「空ばっか見すぎ」

(空を見にきたのでは……?)

「デートって言ったじゃん」

 胸中の疑問に答えるロキの手は温かい。耳の痛みを緩和してくれる。

「……ろきの〈て〉、あったかいね」
「完全防備だから。オレ寒いのキライだし」
「そうなの?」
「そ、寒い夜はとくにキライ」
「……なのに、きょうは、そと?」
「ウサちゃんは空とか外とかスキじゃん?」

 そうだろうか。自分のことなのに相変わらずあいまいだった。
 好きかと言われると分からないが、綺麗だとは思う。

 ロキは軽く笑って、

「ウサちゃんが笑ってくれるかと思ったのに、全然笑ってくンないし。オレのことも見ない……失敗だなァ」

 包まれた手をこえて届いてくる言葉に、すこし考える。
 左右の手に、自身の指先を重ねた。

「〈しっぱい〉じゃない。すごくきれいだとおもうよ」

 笑ったつもりだった。
 でも、ロキは何か納得いかないみたいで、ぐっと顔を寄せ、唇が触れてしまいそうなくらい近い距離で目を合わせてくる。

「そういう適当な笑い方じゃなくてさァ……」
「ろき、すこし、ちかい」

 身を引こうとしたが、顔は押さえ込まれている。
 間近の眼は、星明かりだけでは暗すぎて色がなく、薄い光を拾って普段とは違うイメージをまとっていた。

 近い。それだけでも多少は緊張があるのに、深い色をした眼にじっくり見られると……恥ずかしいような。
 顔に集まる熱が、表に出てしまいそう。

「……ひょっとして今は暑い?」
「……ちかい」
「は?」
「ろきが、ちかい」

 熱を帯びた頬で主張すると、ロキも理解したようで……にやり。よくない笑みで手に力がこもった。

「へェ~? いつもならオレが何しても動揺しねェのになァ?」

 吐息が唇をなでる。
 細く笑う目は、星空よりも吸い込まれそうな色をしている。

 その細い目で眺めたまま、唇を重ねた。
 ひやりと冷えた皮膚が、吐息を絡めてりつき、ほのかに熱を生む。

 唇は肌をたどると、赤くなっているだろう頬に音を立ててキスをした。

「こっちも冷てェ……赤いのに」

 何か言いたい。
 でも、恥ずかしさやらなんやらで何も口にできない。

「ん? 怒ってンの?」
「……おこっては……いない」
「じゃァ照れてる?」
「………………」

 じゃれつくみたいなキスは、よくある。
 挨拶みたいに、いたずらみたいに、彼は気軽に触れてくる。
 慣れてしまっていたはずだが、今夜だけは、変に意識してしまった。

 唇を閉じて無言の訴えを返すと、ロキはくすりと満足げに笑った。

「来た甲斐あったねェ?」

 満天の星を背に笑う顔は、いじわるい目をしている。
 ——でも、それすらも特別に見せるくらい、世界は澄んでいる。

「……ろき、」
「ん~?」
「つれてきてくれて、うれしい。……さむいの、きらいなのに……わたしのために、ありがとう」

 きらめく世界のせいか、ロキの意地悪を流して素直に感謝すると、彼は少しだけ困惑したように瞳を揺らした。
 ——ありがとう。そう言うと、なぜかロキはよく表情が止まる。返し方が分からないみたいな、ロボットのような止まり方をする。

「……まァね」

 短く応えるロキは、耳を挟む手でこちらの頭を引き寄せると、指の隙間から声を送った。

「寒い夜も、ウサギちゃんと一緒なら、べつにキライじゃねェよ」

 温かな吐息が、耳をくすぐる。
 世界を埋め尽くす星が、よりいっそう輝いた気がした。
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