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Epilogue Hush-a-by lady

Ep.

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「俺が教える。俺でいいだろ」

 セトの鋭い眼は、強くサクラを制した。
 一瞬の隙にひらめいた牽制を、彼女は気づかなかっただろうが……ティアの目には、確かに映った。

「——飼い犬にみ付かれるって、こういうことかな?」

 彼女の手を引いて行ったセトの背後で、ティアは少し悪意をこめてサクラに横目を送った。彼女の願いは理解しているし、サクラの胸のうちも察しているつもりだが……それでも、彼をゆるす気はない。自分のことも。
 小さな悪意は、サクラの横顔に注がれる。しかし、受け取る先には穏やかな表情があった。図らずしも、ティアは気勢がそがれる。

「……サクラさん、もしかして、セト君をあおった?」
「さあ、なんのことだろうね」

 手を重ねる彼女たちへと、目を向ける。ぎくしゃくと距離を縮める彼らを眺めながら、

「……あなたは怖いひとだね」

 独り言のようにささやいた。

「兄弟や他人だけじゃなくて、自分のことも、まるでこまみたいに扱う。目的のことしか頭にない、まるでロボット」
「………………」
「兄弟のことも、心から愛してるわけじゃないんじゃない? ほんとうは、そんな感情、理解しきれてないでしょ? あなたは、それっぽいフリをしてるだけ。ひょっとすると……自分で自分の存在意義を、そこに決めたのかな?」
「……それを確認して、何になる? 私は肯定しないよ」

 青い眼の先には、ふたりがいる。おぼつかない足取りながらも、ステップが踏み出されていた。セトの緊張は、ここからでも見て取れる。ただ、表情と支えるような動きは優しい。

「何にもならないね。……ま、サクラさんは怖い、っていう話だよ」
「そうか。——それでも、私はお前たちを愛しているよ」
「……悪魔の嘘だ。こわい」

 やわらかく微笑を浮かべたサクラの顔が、ティアに向けられた。
 ティアは震えたふりをして距離を取る。おどけて見せたが……すこしだけ、意外な発言だった。油断していた。自分も含まれているとは、思わなかったから。

 衝撃をごまかして、いつのまにか上達している彼女へと、声を掛ける。そろそろ代わってもらおうか。見つめ合って、恋人っぽい雰囲気を得ているのが、なんだか認められなくなってきた。娘をもつ父親みたいな気持ち。

「セト君、もういいよ。僕と代わって」
「……たぶん、お前ら転ぶけど、いいのか」
「なにその脅し。そんなので僕を止められると思ってるの? 舞踏会は僕の子供の頃の夢なんだから、邪魔しないで」
「まぁ……好きにしろよ」

 彼女から離れたセトの代わりに、寄り添って手を重ねる。(あれ? 手の組み方ってこれで合ってる? 支えるのは……どのへん?)
 見ているときは簡単そうだったのに、実際やろうと思うと難しい。一旦やめて、普通に両の掌を出し、そこに彼女の手を重ねてもらって……音楽に合わせ、回ってみる。ハオロンとメルウィンの、ゆっくりバージョン。ステップは無理だ。それっぽい感じで——見ている分には、微塵みじんもそれっぽくないのだが——動いていく。細かいところは妥協しよう。彼女は笑っているので。

「てぃあ、これは、〈かんたん〉でいいね」
「でしょ?」

 セトのときよりも親しみの見える笑顔に、こっそりと満足する。しばらくだけは、独り占めしよう。きっと、もうすぐロキあたりが割り込んで来そうだから。

「こんなかたちで、夢が叶う日がくるなんて……思わなかったよ」
「……てぃあは、〈だんす〉をしたかった?」
「小さい頃にね。僕、お姫様に憧れてたから」
「……てぃあは、きれいだから、〈おひめさま〉みたいだよ」
「そう? ……あっ、違うよ? 自分がお姫様になりたいんじゃなくて、お姫様みたいな子と踊ってみたいな、っていう……」

 ティアの声にかぶせて、「ウサギちゃん、オレとも踊ろォ~♪」派手な頭が割り込んだ。来ると思った。メルウィンを案じたイシャンが、彼らを止めたので。遠くでは、目を回して気を失いかけているメルウィンを、びっくりしたアリアが心配している。ハオロンは余裕のようで、サクラに寄ってきて「サクラさん、うちと一緒に踊ろっさ」「遠慮しておくよ」即座に断られていた。

「……ろき、わたしは、おどれないよ」
「平気だって。オレが回してあげる」
「………………」

 不安しかない目を返しているが、ロキは構わずに手を取った。身長差があるせいか、バランスが悪いようにも見える。ロキの脚が長すぎるのも……案の定、スタートと同時に彼女の足が絡まった。ロキが受け止めたので、転びはしなかったが。

「ウサちゃん、ダンスもポンコツなわけ?」

 あきれているロキは、セトと彼女のワルツを見ていなかったらしい。対抗心をいだくことなく、簡単な動きでそれらしく踊ってみせた。ティアよりは見応えがあった。
 パートナーを奪われたティアは、食事のテーブルに寄っていたセトの隣へ。

「まだ食べるの?」
「そんな食ってねぇよ」

 それは嘘だ。七面鳥の7割はセトが食べていたし、ミンスパイも半分がセトの胃袋に収まった。ティアは見ていた。
 セトは、プレートに残っていたチーズとトマトの刺さったピンをつまむ合間に、ロキと踊る彼女を見ている。嫉妬でも見せるかと思ったが、ティアの予測に反して、セトの目は落ち着いていた。彼女が転ばないか、それだけ心配しているようだ。

「……セト君?」
「あ? やらねぇぞ?」

 ……ミートローフの塊なんて要らない。勘違いしたセトに、ため息だけ返して、同じように彼女を眺める。動くたびに揺れる細やかなクリスタルの輝きは、無限の色で光を返していた。まるで——夢のように。


 窓の外、今宵は満月。
 遠くから見守り続ける、欠けることなく満ちた月の光によって。
 森の城館は、彼らが眠りについても、闇に呑まれることはなかった。
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