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Chap.17 ロックンキャロルでワルツを
Chap.17 Sec.11
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——さて、お召し替えしようか、アリスちゃん。
出しぬけにそんなことを言って、食事に気を取られている彼らのあいだから連れ出した。個人的には、このまま終わらせてもよかった。でも、彼女の本当の願いを叶えるためには、ここで終われない。
この館には、もうひとり、兄弟がいるのだから。
「……てぃあ、ふくを、かえるの?」
「ううん。……ごめんね、さっきのはその場を抜け出すための方便というか……本題は、あっち」
エントランスホールの真ん中まで進んで、階段上を指さす。ポインセチアに飾られたステンドグラス。彼女の目が、それを捉える。
「……さくらさん?」
「——うん、そう」
うっすらと青白い光を受けた彼女は、ドレスもメイクも相まって、星を集めたみたいにキラキラと輝いている。ほんとうに、お姫様みたいだ。子供の頃に憧れたシンデレラ。ドレスも、そのイメージで作った。それと、何色にも染まらないように。そんな願いをこめて。
「ほんとはね、サクラさんにも、声をかけてあったんだ」
「………………」
「きみに謝るなら、サクラさんも一緒に——って」
「……でも、こなかった?」
「……うん、メッセージは完全無視。むかついちゃうよね?」
肩をすくめて見せると、彼女は困ったように小さく笑った。彼女の前で泣き恥をさらしてから、この困り笑顔を向けられがち。そのたびに失態を思い出すので、なんとかやめてもらいたいのだが……無理そう。とても恥ずかしい。
「……さくらさんの、きもちを……てぃあは、わかってる?」
「——や、ほんとのところは、僕にも分からない。サクラさんって、思考が割れてるんだよね。頭のなかに、もうひとりいるみたいな……」
「……?」
「う~ん? この感覚は伝えにくいな……まぁ、その話は今は置いておくんだけど、」
考えるように上を向いていた目玉を戻して、
「……アリスちゃんは、サクラさんがいないことが、気掛かりなんだよね?」
「……はい」
「うん……君の前だから、誰も決して言わないけど……みんなも、同じだと思う。サクラさんのしたことは、悪くない——なんてことは、ありえないよ? 君にしたことを、怒ってるひとばかりだからね。…………でもね、彼らにとってサクラさんは……暴君の前に、長い間ずっと、“お兄ちゃん”だったから。……兄弟で、家族。……だから、サクラさんを……赦したいと、思ってると思う」
「………………」
「僕には、その感情はないんだけどね……でも、“ひとり”が淋しいのは、僕にも分かるから」
「……それは、わたしも、わかる」
「うん、だからね……“魔法遣い”として、きみを送り出しても、いいかな?」
「……わたし、を?」
「お城の舞踏会に——じゃなくて、魔王の根城、って感じのところに。君なら、入れてくれると思うんだ。……ま、僕としては、お姫様が果敢にも魔王を倒してくれたら最高かな?」
「………………」
「うん、冗談だよ?」
「……いまのは、わらえない」
「……ごめんなさい」
真面目な顔に向けて素直に謝った。彼女は考えるようにステンドグラスの方を仰ぎ見る。もう余計な口は挟まないでおこうと思う。——ほんとうは、僕は送り出したくなんてないのに。
「…………わかった」
短い沈黙のあと、彼女は答えを出して、階段へと足を向けた。クリスタルのように光る靴が、階段を鳴らしていく。
わずかも振り返らずに。
……おとぎ話の魔法遣いも、こんな気持ちだったのだろうか。
自分が思う、世界でいちばん綺麗な姿へと仕上げたというのに。こちらを気にすることなく、どんなひとかも分からない男性のもとへ行ってしまうなんて——あ、そういえば魔法遣いは女性だった。でも——だからといって、お姫様のことを好きにならないなんて確約はない。ひとが、ひとを愛するのに——性別は関係ない。
(僕は……きみと、ずっと一緒にいたいよ)
綺麗な後ろ姿に、心の中だけで声を掛ける。頭には、セトに悪戯した魔法が浮かんでいた。
——それはね、恋だよ。
誰よりも、君の味方でいたいと思う。
この胸に灯る気持ちは、恋というよりは……愛に、近いかもしれない。
出しぬけにそんなことを言って、食事に気を取られている彼らのあいだから連れ出した。個人的には、このまま終わらせてもよかった。でも、彼女の本当の願いを叶えるためには、ここで終われない。
この館には、もうひとり、兄弟がいるのだから。
「……てぃあ、ふくを、かえるの?」
「ううん。……ごめんね、さっきのはその場を抜け出すための方便というか……本題は、あっち」
エントランスホールの真ん中まで進んで、階段上を指さす。ポインセチアに飾られたステンドグラス。彼女の目が、それを捉える。
「……さくらさん?」
「——うん、そう」
うっすらと青白い光を受けた彼女は、ドレスもメイクも相まって、星を集めたみたいにキラキラと輝いている。ほんとうに、お姫様みたいだ。子供の頃に憧れたシンデレラ。ドレスも、そのイメージで作った。それと、何色にも染まらないように。そんな願いをこめて。
「ほんとはね、サクラさんにも、声をかけてあったんだ」
「………………」
「きみに謝るなら、サクラさんも一緒に——って」
「……でも、こなかった?」
「……うん、メッセージは完全無視。むかついちゃうよね?」
肩をすくめて見せると、彼女は困ったように小さく笑った。彼女の前で泣き恥をさらしてから、この困り笑顔を向けられがち。そのたびに失態を思い出すので、なんとかやめてもらいたいのだが……無理そう。とても恥ずかしい。
「……さくらさんの、きもちを……てぃあは、わかってる?」
「——や、ほんとのところは、僕にも分からない。サクラさんって、思考が割れてるんだよね。頭のなかに、もうひとりいるみたいな……」
「……?」
「う~ん? この感覚は伝えにくいな……まぁ、その話は今は置いておくんだけど、」
考えるように上を向いていた目玉を戻して、
「……アリスちゃんは、サクラさんがいないことが、気掛かりなんだよね?」
「……はい」
「うん……君の前だから、誰も決して言わないけど……みんなも、同じだと思う。サクラさんのしたことは、悪くない——なんてことは、ありえないよ? 君にしたことを、怒ってるひとばかりだからね。…………でもね、彼らにとってサクラさんは……暴君の前に、長い間ずっと、“お兄ちゃん”だったから。……兄弟で、家族。……だから、サクラさんを……赦したいと、思ってると思う」
「………………」
「僕には、その感情はないんだけどね……でも、“ひとり”が淋しいのは、僕にも分かるから」
「……それは、わたしも、わかる」
「うん、だからね……“魔法遣い”として、きみを送り出しても、いいかな?」
「……わたし、を?」
「お城の舞踏会に——じゃなくて、魔王の根城、って感じのところに。君なら、入れてくれると思うんだ。……ま、僕としては、お姫様が果敢にも魔王を倒してくれたら最高かな?」
「………………」
「うん、冗談だよ?」
「……いまのは、わらえない」
「……ごめんなさい」
真面目な顔に向けて素直に謝った。彼女は考えるようにステンドグラスの方を仰ぎ見る。もう余計な口は挟まないでおこうと思う。——ほんとうは、僕は送り出したくなんてないのに。
「…………わかった」
短い沈黙のあと、彼女は答えを出して、階段へと足を向けた。クリスタルのように光る靴が、階段を鳴らしていく。
わずかも振り返らずに。
……おとぎ話の魔法遣いも、こんな気持ちだったのだろうか。
自分が思う、世界でいちばん綺麗な姿へと仕上げたというのに。こちらを気にすることなく、どんなひとかも分からない男性のもとへ行ってしまうなんて——あ、そういえば魔法遣いは女性だった。でも——だからといって、お姫様のことを好きにならないなんて確約はない。ひとが、ひとを愛するのに——性別は関係ない。
(僕は……きみと、ずっと一緒にいたいよ)
綺麗な後ろ姿に、心の中だけで声を掛ける。頭には、セトに悪戯した魔法が浮かんでいた。
——それはね、恋だよ。
誰よりも、君の味方でいたいと思う。
この胸に灯る気持ちは、恋というよりは……愛に、近いかもしれない。
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