193 / 228
Chap.17 ロックンキャロルでワルツを
Chap.17 Sec.4
しおりを挟む——むかしむかし、あるところに、ひとりの王様がいました。
その王様は、とても賢く、悪い魔法にもかからない、すばらしい魔力の持ち主でした。
そんな王様のもと、異国から嫁いできた王妃さまが、ひとりの男の子を産みます。王様そっくりのその王子は、王様の力を余すところなく受け継いでいて、1歳を過ぎるころには、ほかの子供とは明らかに違いました。周囲の大人たちが驚くほど賢いのは、もちろんのこと。悪い魔法にかからないという特別な能力も、きちんとあるのです。
あまりにも優れたその王子に、国の大臣たちは、こう考えました。
——王様の子が増えれば、この国はもっと強大な国となるのではないか?
しかし、大臣たちは、更なる世継ぎを産むよう、王妃様を急かすようなことはありませんでした。彼らは、人が子を産むまでにかかる年月を考え、別の方法を思いついたのです。
——王様の子を産みたいと望む者を募ろう。
王様が優秀なのは、人々も知っていましたから、おふれを出してしまえば、どこの誰とも分からぬ者が集まってしまいます。敵対する可能性のある者たちを避けるためにも、大臣たちは慎重に声をかけていきました。ある者は、軍の指揮官に。ある者は、町の権力者に。ある者は——当時、人々を魅了していた、預言者に。声を掛けられた女性たちは、喜んで引き受けました。男性の場合は、自分の妻や娘を差し出しました。
こうして、たくさんの王子が生まれたのです。姫はおらず、王子のみ。王子たちは、一堂にお城に集められ、食堂の長テーブルをいっぱいに埋めるほどでした。——ただ、ひとりだけ。預言者の子だけは、彼らの信者に阻まれて、お城に引き取ることはできませんでしたが……。
たくさんの王子を迎えたお城は、彼らの教育に力を入れ、彼らもまた、望みどおりにすくすくと育っていきました。
王国は、すばらしい未来を手に入れたかのように見えました。
王国に暗い影が差したのは……第一王子が20歳を迎えた年の冬のこと。乾ききった冷たい風が、国に悪いものを運んできたのです。その悪いものは、おそろしい病魔でした。人々は次々と倒れ、とりわけ幼い子供と老人たちは、真っ先に倒れていきました。その病魔は姿が見えず、王様は戦うこともできず、誰も救うことができません。無力な王様に、大臣たちは……病魔に立ち向かうのではなく、お城から逃げていってしまいました。皆に見放され、絶望して、みずから命を絶ったのか……王様と王妃様は、そのときに命を落としたと言われています。真実は、今では誰にも分かりません。
さて、これほどの厄災に見舞われた王国でしたが、お城にはまだ、残された王子たちがいました。彼らは特別な魔力がありましたから、病魔に倒されることもありません。ほとんどの王子たちは、自分の真の家族を案じて出て行ってしまいましたが……それでも、行き場のない7人の王子が残りました。ひとり歳上の第一王子は、不安そうな弟たちを見て、こう誓ったのでしょう。
——私が、護ろう。
王の位を継ぎ、彼らの君主として、王国を治めることにしました。治めるといっても、国の人々の多くは亡くなっていましたから……彼らは、お城を護りながら、城下のまちを見て回ることしかできません。それでも、救われる者たちは大勢いました。
そんななか、彼らのお城には、行方の知れなかった預言者の息子がやってきます。信者たちも病魔に倒されていたため、その青年は、ひとりきりだったのです。
——行き場所がないのです。どうかここに置いてください。
……これほど健気に頼んだのかどうか。そのあたりは定かではありませんが、新たな王は、住まうことを許してくれました。
新たなる王と、7人の王子たち。7人の王子のうち、ほとんどは、新たなる王にとても従順。とくに、狼のような王子と、寡黙な王子が。料理が得意な王子も、病魔を倒すための研究をおこなう王子も、素直です。しかし、背の高い王子は、問題を起こしてばかり。預言者の息子は閉じこもりがちで、皆との交流を避けました。……おや? 王子が、あとひとり足りませんね? ……あぁ、じつは、ひとりだけ……魔力のもたない王子がいたのです。その王子だけ、小さく、歳も離れていました。異国から嫁いでいた王妃が、新たなる王——第一王子のあと、長い時をあけて産んだ子です。異国の血のせいか、ひどく幼く見える彼を——じっさい、歳も5つ6つ離れていたので——兄の王子たちは、とても可愛がりました。なにより、遅く生まれたせいか魔力をもたない末の王子は、護らなければならない存在でしたから……新たなる王も、兄の王子たちも、過保護にならざるをえませんでした。
しばらくは、穏やかな日々が過ぎていきます。ときおり、けんかもありましたが……愛くるしい末の王子がいるおかげで、お城は平和でした。
そんな、ある日のことです。
お城に、助けを求める者たちが現れました。病魔に呪われ、今にも倒れそうな仲間を連れた、流浪の民たちです。新たなる王は、末の王子へと呪いの影響が及ぶのを恐れ、入城を拒みました。しかし、末の王子は、こう言うのです。
——兄さん、彼らを助けてあげて。兄さんたちなら、呪いを解いてあげられるかもしれない。
末の王子に強く願われ、新たなる王は、流浪の民たちを受け入れました。お城に住まう条件として、彼らに命じます。
——城の5階へは、決して行かないように。
末の王子を隔離した5階へと、流浪の民たちが行くことのないよう、扉には厳重な鍵が掛けられました。
……ですが、この鍵には、ひとつ問題があったのです。5階へと行くための外側は厳重で、もちろん、流浪の民が開けることはできません。しかし、中にいる末の王子は……魔力の代わりに、鍵を開けるのがとても得意な子だったのです。内側から開けることは、まばたきをするくらい簡単でした。そのため、彼は……ある夜、なぜか……流浪の民のひとりを、5階へと招き入れてしまいます。誰にも内緒で。その流浪の民は、呪いを受けていない者のはずでしたから、末の王子も、油断したのかもしれません。
——しかし、その流浪の民は、悪魔の手先だったのです。大切に護られていた末の王子へと、じかに呪いをかけました。とても、強力な呪いを。解くことのできない、永遠の呪いを。
……そうして、末の王子は……この夜、死神の手を取ることを選びました。このとき、末の王子は、どう思ったのか。呪いで狂ってしまうことを怖がったのか、呪われた自分のことで、兄弟たちの手が煩わされることを恐れたのか……すべては、闇のなか。
残された、新たなる王と兄の王子たちもまた、絶望の闇へと落とされました。
暗く、冷たい日々です。末の王子を喪った彼らは、人々を救う気力も失いました。その頃には、人々も、新たなる王に頼ることなく——自分たちの力で、この暗い世を生きるすべを身につけていたのもあり——お城は、長らく閉ざされることとなります。
寒い冬が終え、季節がめぐり……そのあいだに、もうひとり。行方が分からなくなっていた、元気いっぱいの王子が帰ってきて……また、寒い季節の足音が聞こえてきたころ。
心の傷が、ほんのすこしでも癒えつつあった狼の王子は、散歩の途中で、道に迷ったひとりのお姫様を見つけました。もとより、迷子の動物を連れ帰りがちな彼。当然、放っておくこともできずに、閉ざされたお城へと連れて帰ってしまいます。“兄弟ではない者を、城に入れるべからず”——という、お城の決まりを無視して。
——新たなる王は、怒って受け入れないかもしれないぞ。
そう思った狼の王子は、お姫様をどこか安全な地へ連れて行こうかとも考えていましたが……なぜか、新たなる王は、入城を許したのです。
ひょっとすると、新たなる王は——絶望の闇に落ちたこのお城から、王子たちを救い出したかったのかもしれません。真の愛のキスは、どんな絶望の闇も祓うと、昔から言い伝えられていましたから。
——物語とは、じつに勝手なものですね。迷い込んだお姫様のキスが、王子の誰かに効くのかどうか——そんなことよりも、お姫様の心を無視した、ひどく勝手な希望です。ただ、新たなる王にとっては、“キス”も“人工呼吸”も、価値は変わりません。自分の兄弟である王子たちを、ひとりでも救えるなら……お姫様の心など、どうでもよかったのです。
かくしてお城に囚われた、可哀想なお姫様。新たなる王は、おとぎ話の魔王へと、己の配役を定めます。騎士に魔法遣い、それから引っかき回し。ほかにも魔物はたくさん。
ととのった舞台の上で、魔王が導く物語が始まります。しかしながら、物語のお姫様は、騎士に護られることをよしとしません。お姫様の気質を、魔王は捉え違えていました。
お姫様は、護られるよりも——護りたいと願うひとでした。
……さてさて、この物語の結末は、どうなるのでしょう?
今夜はここまで。
続きをぜひ、お楽しみに。
20
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説
わたしの夫は独身らしいので!
風見ゆうみ
恋愛
結婚をして約1年。
最近の夫は仕事を終えると「領地視察」に出ていき、朝に帰って来るという日々が続いていた。
情報屋に頼んでた調べてもらったところ、夫は隣の領に行き、複数の家に足を運んでいることがわかった。
伯爵夫人なんて肩書はいらない!
慰謝料を夫と浮気相手に請求して離婚しましょう!
何も気づいていない馬鹿な妻のふりを演じながら、浮気の証拠を集めていたら、夫は自分の素性を知らない平民女性にだけ声をかけ、自分は独身だと伝えていることがわかる。
しかも、夫を溺愛している義姉が、離婚に向けて動き出したわたしの邪魔をしてきて――
虐待されていた私ですが、夫たちと幸せに暮らすために頑張ります
赤羽夕夜
恋愛
サルドア王国では珍しい黒髪を持つ転生者、ヴァシリッサ・ビーンルサノはその黒髪を理由に家族から迫害され、使用人からも虐待を受けていた。
心も身体も死んでいくと恐怖したヴァシリッサは、この生活を抜け出す為、妹のアニスの社交界デビューについていくために訪れた王都のパーティーについていくことに。
サルドア王国は現代より生活や文明レベルが低いことを知っているヴァシリッサは手っ取り早くビーンルサノ家から出ていくための賭けとして、現代の知識を駆使して王都でも長年問題視されていた水害の解決策を手土産に、大川を管理している宰相、ベルンドル・オーツに保護してもらえるように交渉を持ちかけた。
それから数年後、水害対策や画期的な経済政策の立案者として功績を讃えられ、女性の身でありながら16歳で伯爵の位を賜り、領地を与えられる。養父であるベルンドルは聡明で女性というディスアドバンテージを持つことを不憫に思い、伯爵としてしっかりと生きていくために夫を複数持つように提案してそれを受け入れた。
二人の夫、ベルナルドとアリスタウを引きつれて恩人である養父の期待に答えるため、次は北方の不毛の土地であり、国境戦争地でもあるアレーナ北方領地を発展させることを決意する――。
※直接的ではありませんが、事後、性交渉を思わせるような表現があります。ご注意ください。R15指定にさせていただきます。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
【『国境なき世直し魔導士』ルーチェルの七変化】~その性根、叩き直して差し上げます~
大和撫子
ファンタジー
西暦3xxx年、人類は傲慢の極みから我が物顔に自然を蹂躙し尽くした挙句荒廃し、地球滅亡の危機に陥ってしまった。人類は生き残りをかけ、僅かに残った自然を利用して一体化した者、獣と一体化した者と大きく二種類に分かれた。更に、人々は愚かな過去から学び、再び人類滅亡の危機に陥る事のないよう、力を合わせて「理想郷」を創造した。その結果、地球は六つの国で成り立つ。
☆火の力を加護に持つ「エルド王国」
☆水の力を加護に持つ「ドゥール王国」
☆風の力を加護に持つ「アエラス王国」
☆大地の力加護に持つ「エールデ王国」
☆その四つの国を統制する天空と光を統制する「シュペール帝国」
☆そして癒し、安らぎ、闇、影、を統制する秘された国、「テネーブル小国」
ルーチェルは憧れだった『国境なき世直し魔導士』となった。今、何故か世界各国では空前の「婚約破棄」を公衆の面前で叩きつけ、浮気相手の女と「真実の愛」を貫くなどと言う大昔に流行したファンタジー創作物の模倣をするものが続出していた。聖女絡みでのトラブルの多さから「聖女」認定は世界各国で禁じられたにも関わらず。その他にも公然と行われる虐めや差別を正義などとするおかしな風潮が流行し始めていた。人類の倫理観の低下が著しいという忌々しき現実を前に、原因追及に努めるも解明には至らず。困惑した各国のトップたちが新たに創り上げた『国連職員』が「世直し魔導士」である。各国の要請を受け、法律や魔術、武術などありとあらゆる手段を使って根本にヒットさせた問題解決を図る職業だ。内容は多岐に渡り、虐めや差別、DV、ネグレクト、虐待、私刑、冤罪etc.の理不尽さを味わいつつも声に出せない弱気者たちに介入、解決など内容は多岐に渡る。ルーチェルは得意の変化の術を駆使し、今日も義憤に燃え奔走する。彼女がその職業を目指したのは、異世界から召喚された巫女によって、結婚を間近に控えていた最愛の男を略奪されてしまったという悲しい過去からだった。元々、ルーチェルは家族から愛された事も無く……。さて、人類のモラル低下の原因とは?
※拙作【エデンの果てに】と同じ世界観ですが、こちらの作品のみでもお楽しみ頂けます。
※R指定は念の為です。
※完全なる娯楽作品につき、何でも許せて楽しめる方向けです。
※他サイトにも連載しています。
【完結】義姉の言いなりとなる貴方など要りません
かずき りり
恋愛
今日も約束を反故される。
……約束の時間を過ぎてから。
侍女の怒りに私の怒りが収まる日々を過ごしている。
貴族の結婚なんて、所詮は政略で。
家同士を繋げる、ただの契約結婚に過ぎない。
なのに……
何もかも義姉優先。
挙句、式や私の部屋も義姉の言いなりで、義姉の望むまま。
挙句の果て、侯爵家なのだから。
そっちは子爵家なのだからと見下される始末。
そんな相手に信用や信頼が生まれるわけもなく、ただ先行きに不安しかないのだけれど……。
更に、バージンロードを義姉に歩かせろだ!?
流石にそこはお断りしますけど!?
もう、付き合いきれない。
けれど、婚約白紙を今更出来ない……
なら、新たに契約を結びましょうか。
義理や人情がないのであれば、こちらは情けをかけません。
-----------------------
※こちらの作品はカクヨムでも掲載しております。
ラグジュアリーシンデレラ
日下奈緒
恋愛
両親が亡くなった結野は、成績優秀な弟を医大に入学させる為に、Wワークしながら生活をしている。
そんなWワークの仕事先の一つは、58Fもある高層オフィスビルの清掃。
ある日、オフィスを掃除していると、社長である林人とぶつかってしまい、書類がバケツに……
婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる