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Chap.16 処刑は判決の前に

Chap.16 Sec.6

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 点滴のための輸液カプセルが、暗闇のなかでともっている。残り少ない液体は、ぽたりぽたりと垂れていて、あと数分もすれば落ちきるだろう。
 おぼろげに光るカプセルの明かりのもと、彼女は眠っていた。ようやくの効果が弱まり、正常な眠りにつくことができたようだった。

 傍らのイスに座っていたサクラの手首で、チカリとブレス端末が点灯する。サクラは通話を受けた。

《——よかった、出てくれたね?》
「ティアか……お前が連絡を取ってくるとは思わなかったな。……身体は大丈夫か?」
《うん、おかげさまで。胃がきりきりするのと、「うっ」てなる感じがあるくらいかな? いたって元気だね?》
「……無理をすると、尾を引くよ。大人しくしていなさい」
《そうだね、僕も大人しくしていたいんだけど……みんなが、サクラさんに話があるらしくて。……僕も、今回のことは、当事者としてきちんと話をしたいと思ってるよ》
「何を話したいのだろうね?」
《——犯人捜しは、いらない。……彼女を疑う必要があるなら、僕が自分で判断する。僕に任せることに、不満はないでしょ? カードで僕に頼ったくらいだし》
「……なるほどね」

 くすり、と、呼気のもれる音が鳴った。ティアにも届いている。

《……だから、一度そこから出てきて、話し合いの場を設けてほしいんだ。ハウスの君たちが言う裁判じゃないよ? ただの、話し合い。勝敗や罪の在処ありかを判定するんじゃなくて、彼女の無実を確認するための場だよ》
「……話は分かった。だが、それは今夜でも構わないか?」
《え……今夜? って、いつ? ——あれ? セト君、今っていつ?》

 ティアの奥から、「なんだその質問。今は……ん? いつだ? おい、ロキ。俺が気ぃ失ってからどんだけ経ってんだ?」「撃たれてから3時間48分」「——つまり?」「もうじき朝?」セトとロキの会話が聞こえた。眠っている彼女には、きっと届いていないが、先ほど夢見ていた光景に近いのかも知れない。

《今夜って……まだまだ時間があるみたいだけど……》

 困惑しているティアを押しのけるような音とともに、

《——ウサギは? まずはそっちが先だろ。ウサギを解放してくれ!》

 セトの声が大きく響いた。眠っていた彼女のまぶたが、ぴくりと反応を見せた。

「……解放はできない。今ようやく眠ったところだからな……数時間は眠るだろうね」
《は? 眠ってる?》
「疑うならミヅキに確認してみるといい。バイタルサインは安定しているだろう?」
《……そんなの、分かんねぇだろ。俺のだって改竄かいざんされてたって話じゃねぇか。イシャンは、俺が放置されてると思って——》
「——セト、」

 短い呼び声に、ぴたりと止まる。
 呼び声ひとつで、その音の響きで、しつけられた犬のように意思を抑え込んでしまう。——いつのまに、そうなってしまったのか。昔はこうではなかった。この変化は、ロキにとっては唐突で未知だったが、サクラは予測がついている。サクラにとって昔から、セトはとても分かりやすい子だから。

 名前を呼んだサクラは、

「……その話は、後にしてくれ。薬の副作用で眩暈めまいがしていてね……私も休もうかと思っていたところなんだよ」
《は? え? ……クスリ?》
「それについても、今夜話そう。どちらにせよ、今の私の思考は明晰めいせきではないからね……正しく話すならば、夜だ」
《……ほんとか? 夜まで待てば、ちゃんと話し合いの場をもってくれるのか?》
「ああ」
《……ウサギも、ちゃんとティアの判断に委ねてくれるんだな?》
「……ああ、約束しよう」

 長い沈黙だった。今のサクラに対する信用と、彼女を心配する気持ち。揺れるセトの横から、ティアが「セト君」そっと呼びかけると、「……分かった」しぶしぶ了承した。
 サクラが通話を切る前に、セトの惜しむような声が、低く、

《もし、ウサギに何かあったら……サクラさんでも、俺はゆるさない》

 きっぱりとした、叛逆はんぎゃくの音。耳に残ったその響きに反して、サクラは微笑んでいた。

「——そうか」

 通信が、切れる。
 薄皮一枚で包まれたような脳髄のうずい。それを使い会話するのは、ひどく疲弊ひへいする。サクラは彼女の腕から点滴の針を抜いて片付け、着物を脱ぎ、イスへと無造作に掛けた。ハンドガンを収めていたホルスターも、脱ぎ捨て。そのまま、疲れきった身体を動かし、大きなベッドの余白に詰める。

 長いあいだ、彼はうまく眠れなかった。薬に頼っても、運動してみても。
 悪夢のように過去のさまざまな出来事が安眠を妨げ、現実と区別がつかなくなるほどの明瞭めいりょうな夢となり、彼の頭のなかで毎晩くり返されていた。

 ——だが、今は。
 不思議なほどに、なんの映像も浮かばない。目を閉じると、心地のよい暗闇が、疲労した瞳を受け止めてくれた。
 清冽せいれつな印象を受ける冷たいシーツのなか、ふと、手が当たる。何かを掴もうともがく、彼女の掌。薬の残り作用なのか、バランスを取りたいのか、縋りつくものを探していた。

「………………」

 サクラは、声を掛けることはしなかった。本来の機能を取り戻しつつある彼女の脳に、自身の声が負の効果しかもたらさないことを察していた。だから、——代わりに、届くようにと手を伸ばす。
 彼の掌を、彼女はぎゅっと掴んで、安心したのか大人しくなった。それを確認して、サクラもまた眠ろうとする。

 深い、深い、眠りの底まで。
 ゆっくり、優しく——落ちていく。
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