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Chap.15 A Mad T-Party

Chap.15 Sec.6

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 頭に響く警告音。眠りの底から引き上げられ、(ロキのやつ——)苛立いらだちかけてハッとした。嫌がらせの音ではない。救急アラートだ。
 飛び起きて廊下に出る。平和ボケした脳で、焦燥が火花のように飛び散った。同じく、隣のロキの部屋から出てきたらしい、ロキとハオロンに出くわした。

「なんだ? どうした?」
「分からんわ……」

 ハオロンの不安げな声に被さるようにして、廊下にミヅキの声が響いた。

《緊急アナウンスです。ハウス内にて病人がおり、嘔吐おうと痙攣けいれん・呼吸困難・意識障害の症状が現れています。病人はアレシア・フロスト、4階東の本人の私室にいます。救急処置が済みしだい医務室に運びますので、皆さまには十分なご注意をお願いいたします。病人の通行経路は、4階東の廊下から南東エレベータ、1階東の廊下になります。この通路を確保してください。みなさま、ご協力をお願いいたします》

 感情のない平坦へいたんな声が、つらつらと現状を告げる。ハオロンがセトと顔を見合わせ、

「アレシア・フロストが意識不明やって! ……ん? アレシアって誰やろか?」
「ばか、ティアだ! あいつの本名だろ!」
「えっ? ティアって〈ティア〉が本名やないんかぁっ?」
「ティアはミドルネームみてぇなもんだ……つか、そんなこと今いいだろ! 何があったんだよっ?」
「ちょっ、セト! 行ったらあかんって! 邪魔になるやろっ?」
「離せよ! 経路の邪魔はしねぇよ!」

 うるさいふたりにロキが顔をしかめていると、背後から別の人影が現れ3人を抜き去った。褐色の肌に黒のシャツ——イシャンだった。彼の私室は、セト、ロキに並んだ奥になる。

「あぁっ! イシャンまで!」

 ハオロンの気がそれた隙に、セトがハオロンの腕を引きほどいてイシャンの背を追いかけた。結果として4人全員が展望広間のモノクロームを踏みきり、エレベータ近くにそろっていた。エレベータの左にはティアの私室がある。そのドアから、担架を兼ねるロボによって素早くも慎重に運ばれるティアの姿があった。

「ティア!」

 セトの呼び声に、反応はない。顔面蒼白で横たわるティアには酸素供給のマスクが装着され、マスク越しにチアノーゼの青い唇が透けている。誰がどう見ても、ただ事ではなかった。

 ティアがエレベータに乗りきると、無情にもドアは閉ざされた。警告音が止んだ廊下はしんとして、何事もなかったかのような静けさが、かえって胸騒ぎを生む。数秒の沈黙の後に、ロキが、

「……見た感じ、発作・中毒・神経系の疾患・代謝性疾患——そのへんのどれかっぽい感じだったけど、アイツって先天性白皮症アルビニズムの他に持病でもあった……?」
「知らんわ……太陽が苦手ってのは聞いたことあるけど……」

 イシャンが考えるように間をあけてから、

「ティアは身体が弱い。そう聞いているが……持病の話は出ていない」

 いまだ動けずにいたセトは、ふと彼女の存在を思い出した。

「——ウサギは?」
「……え?」

 首を回して周囲を確認したセトを、ハオロンが見上げた。

「……あぁ! 今日のはティアやったの!」
「どこ行った? ティアの部屋か?」

 敏速な動きでセトがティアの私室へと進んだ。ドアは閉ざされている。個人の許可なく外から開けることはできない。

「ロキ、開けてくれ」

 ロキに強制的に開ける権限はない。しかし、手段は得ている。セトの勢いに押されるよりも先にブレス端末に手を伸ばしていたが、ロキが応えるよりもわずかに、それぞれのブレス端末が振動するほうが早かった。
 彼らの意識が、自身の手首にいく。そこから発せられた音声は、AIミヅキとそう変わらない——冷淡な響きで、

《——ティアが医務室に運ばれたのは知っているな? 吐瀉物から毒性のアルカロイドが複数検出された。したがって、ティアの私室に入ることは禁ずる。これは安全確保だけでなく、のためと明言しておく。いいな? これは命令だ。——立ち入るな》

 低く張り詰めた指示に、ロキは開錠のコマンドを取り消し、ブレス端末から手を離した。サクラの一方的な通信が切れる前に、セトが「サクラさん!」名を呼んだ。

「ウサギは? ティアと一緒だったんじゃねぇのかっ?」
なら救急処置と同時に拘束してある。逃亡のおそれはない》
「はっ? 拘束?」
《ティアは毒物を摂取した蓋然性がいぜんせいが高い——よって、として拘束した。ティアの容態が安定したのちにから事情聴取を行う。立ち会いたければ食堂へ来るといい》

 そこで、切れた。おそらく医務室でティアの治療を確認するためだろうが、情報の足りない現状に皆が困惑する。

「えっ? えっ? 何があったんや? 毒を飲んだって……ティア死んでまうんか?」

 ハオロンの問いに、誰も答えられない。イシャンがティアのバイタルサインを確認しようとしたが、アクセスできない。ティアは公開していない。

「ウサギが容疑者って……どういうことだよ」

 セトの低い呟きに、ロキの脳裏には彼女との会話が明瞭めいりょうに再生されていた。

——死に至る毒について……調べたい。
——だれか毒殺するの?

 疑念をいだいたわけではない。ロキにとってこれは、現状とひも付いた、ひとつの記憶でしかない。
 しかし、これを話せば、誰かが彼女に疑いをかけるための材料になってしまうことを理解している。ロキは話したくないが、話さないわけにはいかない。毒物に関するデータ——当然、毒性のアルカロイドについても含んでいる——を、彼女のブレス端末に読み込んでやったのはロキであり、今さらサクラには隠しようがない。むしろ、すでに把握されている可能性がある。サクラに問われる前提で、ロキはを用意しておかなければいけない。

 本来ならば色鮮やかなロキの頭髪は、深夜の薄暗く灯った照明のもとで色彩を失っている。その場にいる誰もが、同様に。
 モノトーンの世界に広がる窓の奥で、片割れをなくした白い月が沈もうとしていた。
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