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Chap.14 純白は手折りましょう
Chap.14 Sec.1
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オレンジ、緑、青、紫、ピンク。これらは下から見える色なので、本当はもっとたくさん。カラフルで不規則な色をのせた頭は、どんなときも視線を攫っていく。加えて、さらに派手な色彩の服をまとっているから、全身は絶対に無視できない存在感。
四肢の長い身体で、あまり距離感のない彼は、いつも絡みつくみたいに触れてくる。
「ウ~サギちゃん♪ なァにしてンの?」
逃げよう。と判断したのは無駄だった。
カラフルヘアーに珊瑚色のスウェット、ギラギラした細身の黒いボトムス。奥に見えた瞬間、セトの部屋がある廊下に差し掛かっていた足を戻して、もと来た曲がり角に身を引いたのだが……隠れる場所を探す間もなく背後から、がしっと回された長い腕に捕まった。
「……ろき」
振りあおぐ先には、地球によく似た眼がふたつ。中央の黒い瞳は小さい。それらは、上機嫌な声色のわりに威圧感があった。
「オレに用があったンじゃねェ~の?」
「………………」
違う。メルウィンの手伝いが終わったので、セトに何か仕事はないか尋ねに行くつもりだった。なぜか私のブレス端末には彼の連絡先がなく(最初はあったと思うのだけど……)、繋がることができないから。
これをそのままロキに伝えてしまえば、妨害を受ける気がする。……出会った時点で、詰んでいる気もする。
「……ろきは、ごはん?」
「オレはウサちゃんを捜しに行こォとしてたとこ。タイミングよくこっち来てるみたいだから出て来たのに、なんで逃げンの?」
「(逃げたことがばれてる……)わたしのいばしょ、ろきは、わかる……の?」
「位置情報って知らねェ? ウサギちゃんの情報はオレだけじゃなくて、全員に筒抜け」
「…………みづきが、おしえてくれる?」
「ミヅキもどきに訊いても返ってくるし、ハウスのマップにアクセスしても分かる。これは別にウサちゃんだけに限った話じゃなくて、兄弟の居場所も分かるわけ。ウサちゃんのブレスじゃアクセスできねェけど」
なんだか重大な事実をさらりと告げられた。
つまり、私がどこに逃亡したとしても、居場所は把握される……?
「……それは、そとでも?」
「外って、どこ?」
「……はうすの、そとの、ずっと……そと」
黒と白の広い廊下から、南に面して並んでいる大きな窓のひとつを指さした。遠くに見える森の、そのまた遠くを意味して。
「いくつか条件が揃えば。妨害電波とか、残存してる基地局にもよるけどなァ……」
「……ぶれすたんまつは……どうやって、はずすの……?」
指先を追ったロキの目が、きょとんとして戻ってきた。
「なに? ウサちゃんは外に逃げたいわけ?」
単刀直入すぎて、ぎくりとした。
「いいえ。きになった、だけ」
「あっそ? ゲストが外すには、サクラの承認が要るから。簡単には取れねェよ? ……まァ、完全にオフにすれば外での居場所は辿りきれねェけど……逃げるなら、」
ニヤッと意地悪く曲げられた唇の隙間から、赤い舌が。
「いっそ腕ごと切り落として行けば?」
悪意の笑みで、私の左手首を掴み——翻訳機から届く言葉を理解したときには、廊下の壁へ繋ぐみたいにして押さえ付けられていた。左手だけ。右手は自由を得ている。でも、向かい合って見下ろしてくる笑顔は凶悪なまま。
ロキの空いた手が伸びてきて、指先に顎をすくい上げられた。高い位置から落ちてくる唇は薄く開かれ、舌先が当然のように口内に入ってくる。背の高い彼とのキスは、直上からまっすぐに、身体の奥まで侵入されそうな錯覚がある。
囲い込んでくる長い舌に気を取られていると、顎から離れた指先が、ブラウスの裾から服の中へと侵入して——
「ろき、……まって」
「ヤだ、待たねェ」
顔を背けて訴えたが、即座に拒否した唇は耳朶をくすぐり、肌を撫でる掌が胸に触れる。
左手の拘束は痛くないから、振り払おうと思えば振り払えるかも知れない——でも、私がそれをするかどうか、ロキは試している気がする。
抵抗しない——できない私の立場を、よく知ったうえで、わざと。
「ウサちゃん、ず~っと居なかったじゃん? オレともちゃんと遊んでよ」
「まって……ここは、こまるっ……へやに……」
せめて、ロキの部屋で。誰かに見られたくない——まっとうな羞恥心くらいは、まだ持ち合わせている。
拘束されていた左手がわずかに緩んだかと思ったが、それは開放ではなく、指を重ね合わされただけだった。ひとつひとつの指のあいだに入り込む筋張った長い指が、檻みたいに逃げ場を奪っている。
でも、
——逃げようと思えば逃げられるだろ?
そんな囁き声が聞こえそうなほど、手ぬるい拘束だった。
逃げるかどうか——試されている。
「……ろきっ……おねがい……」
きっと、これも無駄だ。
私の役目をもっとも割り切ってるひとが、私が本気で抵抗をみせないのに、やめてくれるわけない。
耳に優しく咬みついてくる歯列のあいだで——今日は、オレが舐める?——からかうような吐息が掛けられた。
止められないなら、むしろ早く終わるよう積極的に対応すべきなのか——でも、もしも誰かがここを通ったら? あられもない姿を見られたら? ——そんなの、恥ずかしさで居たたまれない。交流が増えたぶん、関わりが深くなったぶん——あたりまえの感情が、あたりまえに湧いてくる。気持ちを押し殺すのが——難しい。
ブラウスから抜けた手が、スラックスを脱がそうと器用に動くのを、止められない。
「ろきっ……」
名を呼ぶことしかできずにいると、
「——ここで、何をしている?」
ひどく冷ややかな声色が、響いた。端的で冷静な物言いはサクラを思い出させたが、それよりも低く籠もった音をしている。誰のものかすぐに分からなかったのは、記憶よりもいっそう冷たい響きで——声のした曲がり角へと目を向けてから、気づいた。
「い……しゃん」
暗い色の肌に、黒々とした髪。長めの前髪は撫であげられ、晒された瞳がこちらを見ていた。
横目を流していたロキが、浅く笑う。
「何って、見て分かんねェ?」
「………………」
「ウサギと遊んでンの。邪魔すンなよ」
「……何故、ここでする必要がある?」
「どこでしよォとオレの勝手じゃん? アンタには関係ねェだろ。犬どもは飼い主の言うこと聞いて雑用でもやってろよ」
「………………」
ロキの悪態に、無感動な顔はぴくりともしなかった。無言で足を動かした姿に、ここを過ぎてどこかへ行ってしまうのだと思われたが——彼はこちらに近寄ると、私の服に手を掛けていたロキの手を引き剝がした。
ロキの目に、驚きと不快が半々ずつ宿る。
「は? ……なんのマネ?」
「……サクラさんの指示に従うなら、ここでのそういった行為を、私は止めるべきだろう?」
「はァ……?」
「ロキが言ったとおり……飼い主の言うことを聞いて、秩序を守っている」
「………………」
面倒くさい。ロキが、そんな顔をした。嫌みが通じないようすのイシャンに、あきれ気味の息を吐き出してから、
「あっそ~」
繋がる私の左手を引いた。しかし、身体は流されることなく止まる。イシャンの手が、ロキに引かれたはずの私の腕を留めていた。
「…………何?」
今度こそ、ロキの目が苛立ちに染まる。身を縮めたのは私のほうで、イシャンは相変わらず平然として「ロキではなく、貴方に用がある」ロキからこちらへと目線を落とした。
(……私?)
「サクラさんから……貴方を連れてくるよう、言われた。……共に、来てもらいたい」
その唇から出た名に、ひやりと心が凍る。黒の眼は感情を見せない。どういった理由で呼ばれているのか、分からない。
ロキが、うんざりした顔で私から手を離した。
「君主様は好き勝手やれていいねェ~?」
「………………」
「じゃァね、ウサちゃん。またあとで」
ロキは私の耳許で内緒話のように声をかけ、吐息だけでクスリと微笑した。
——夜に。
中断された行為がなくなっていないことなんて、分かっている。でも、そのことばかり気に悩んでも、何か有意義な解決策が見出されるわけではない。——だから、もう考えない。意識しない。その時がくれば、あとは過ぎるのを待つだけ。慣れてしまおう。どんなことであっても、人は慣れることができるはず。
頭の中をなるべく空にするよう心がけながら、イシャンのピンと伸びた背筋を追ってエレベータへと乗り込んだ。
四肢の長い身体で、あまり距離感のない彼は、いつも絡みつくみたいに触れてくる。
「ウ~サギちゃん♪ なァにしてンの?」
逃げよう。と判断したのは無駄だった。
カラフルヘアーに珊瑚色のスウェット、ギラギラした細身の黒いボトムス。奥に見えた瞬間、セトの部屋がある廊下に差し掛かっていた足を戻して、もと来た曲がり角に身を引いたのだが……隠れる場所を探す間もなく背後から、がしっと回された長い腕に捕まった。
「……ろき」
振りあおぐ先には、地球によく似た眼がふたつ。中央の黒い瞳は小さい。それらは、上機嫌な声色のわりに威圧感があった。
「オレに用があったンじゃねェ~の?」
「………………」
違う。メルウィンの手伝いが終わったので、セトに何か仕事はないか尋ねに行くつもりだった。なぜか私のブレス端末には彼の連絡先がなく(最初はあったと思うのだけど……)、繋がることができないから。
これをそのままロキに伝えてしまえば、妨害を受ける気がする。……出会った時点で、詰んでいる気もする。
「……ろきは、ごはん?」
「オレはウサちゃんを捜しに行こォとしてたとこ。タイミングよくこっち来てるみたいだから出て来たのに、なんで逃げンの?」
「(逃げたことがばれてる……)わたしのいばしょ、ろきは、わかる……の?」
「位置情報って知らねェ? ウサギちゃんの情報はオレだけじゃなくて、全員に筒抜け」
「…………みづきが、おしえてくれる?」
「ミヅキもどきに訊いても返ってくるし、ハウスのマップにアクセスしても分かる。これは別にウサちゃんだけに限った話じゃなくて、兄弟の居場所も分かるわけ。ウサちゃんのブレスじゃアクセスできねェけど」
なんだか重大な事実をさらりと告げられた。
つまり、私がどこに逃亡したとしても、居場所は把握される……?
「……それは、そとでも?」
「外って、どこ?」
「……はうすの、そとの、ずっと……そと」
黒と白の広い廊下から、南に面して並んでいる大きな窓のひとつを指さした。遠くに見える森の、そのまた遠くを意味して。
「いくつか条件が揃えば。妨害電波とか、残存してる基地局にもよるけどなァ……」
「……ぶれすたんまつは……どうやって、はずすの……?」
指先を追ったロキの目が、きょとんとして戻ってきた。
「なに? ウサちゃんは外に逃げたいわけ?」
単刀直入すぎて、ぎくりとした。
「いいえ。きになった、だけ」
「あっそ? ゲストが外すには、サクラの承認が要るから。簡単には取れねェよ? ……まァ、完全にオフにすれば外での居場所は辿りきれねェけど……逃げるなら、」
ニヤッと意地悪く曲げられた唇の隙間から、赤い舌が。
「いっそ腕ごと切り落として行けば?」
悪意の笑みで、私の左手首を掴み——翻訳機から届く言葉を理解したときには、廊下の壁へ繋ぐみたいにして押さえ付けられていた。左手だけ。右手は自由を得ている。でも、向かい合って見下ろしてくる笑顔は凶悪なまま。
ロキの空いた手が伸びてきて、指先に顎をすくい上げられた。高い位置から落ちてくる唇は薄く開かれ、舌先が当然のように口内に入ってくる。背の高い彼とのキスは、直上からまっすぐに、身体の奥まで侵入されそうな錯覚がある。
囲い込んでくる長い舌に気を取られていると、顎から離れた指先が、ブラウスの裾から服の中へと侵入して——
「ろき、……まって」
「ヤだ、待たねェ」
顔を背けて訴えたが、即座に拒否した唇は耳朶をくすぐり、肌を撫でる掌が胸に触れる。
左手の拘束は痛くないから、振り払おうと思えば振り払えるかも知れない——でも、私がそれをするかどうか、ロキは試している気がする。
抵抗しない——できない私の立場を、よく知ったうえで、わざと。
「ウサちゃん、ず~っと居なかったじゃん? オレともちゃんと遊んでよ」
「まって……ここは、こまるっ……へやに……」
せめて、ロキの部屋で。誰かに見られたくない——まっとうな羞恥心くらいは、まだ持ち合わせている。
拘束されていた左手がわずかに緩んだかと思ったが、それは開放ではなく、指を重ね合わされただけだった。ひとつひとつの指のあいだに入り込む筋張った長い指が、檻みたいに逃げ場を奪っている。
でも、
——逃げようと思えば逃げられるだろ?
そんな囁き声が聞こえそうなほど、手ぬるい拘束だった。
逃げるかどうか——試されている。
「……ろきっ……おねがい……」
きっと、これも無駄だ。
私の役目をもっとも割り切ってるひとが、私が本気で抵抗をみせないのに、やめてくれるわけない。
耳に優しく咬みついてくる歯列のあいだで——今日は、オレが舐める?——からかうような吐息が掛けられた。
止められないなら、むしろ早く終わるよう積極的に対応すべきなのか——でも、もしも誰かがここを通ったら? あられもない姿を見られたら? ——そんなの、恥ずかしさで居たたまれない。交流が増えたぶん、関わりが深くなったぶん——あたりまえの感情が、あたりまえに湧いてくる。気持ちを押し殺すのが——難しい。
ブラウスから抜けた手が、スラックスを脱がそうと器用に動くのを、止められない。
「ろきっ……」
名を呼ぶことしかできずにいると、
「——ここで、何をしている?」
ひどく冷ややかな声色が、響いた。端的で冷静な物言いはサクラを思い出させたが、それよりも低く籠もった音をしている。誰のものかすぐに分からなかったのは、記憶よりもいっそう冷たい響きで——声のした曲がり角へと目を向けてから、気づいた。
「い……しゃん」
暗い色の肌に、黒々とした髪。長めの前髪は撫であげられ、晒された瞳がこちらを見ていた。
横目を流していたロキが、浅く笑う。
「何って、見て分かんねェ?」
「………………」
「ウサギと遊んでンの。邪魔すンなよ」
「……何故、ここでする必要がある?」
「どこでしよォとオレの勝手じゃん? アンタには関係ねェだろ。犬どもは飼い主の言うこと聞いて雑用でもやってろよ」
「………………」
ロキの悪態に、無感動な顔はぴくりともしなかった。無言で足を動かした姿に、ここを過ぎてどこかへ行ってしまうのだと思われたが——彼はこちらに近寄ると、私の服に手を掛けていたロキの手を引き剝がした。
ロキの目に、驚きと不快が半々ずつ宿る。
「は? ……なんのマネ?」
「……サクラさんの指示に従うなら、ここでのそういった行為を、私は止めるべきだろう?」
「はァ……?」
「ロキが言ったとおり……飼い主の言うことを聞いて、秩序を守っている」
「………………」
面倒くさい。ロキが、そんな顔をした。嫌みが通じないようすのイシャンに、あきれ気味の息を吐き出してから、
「あっそ~」
繋がる私の左手を引いた。しかし、身体は流されることなく止まる。イシャンの手が、ロキに引かれたはずの私の腕を留めていた。
「…………何?」
今度こそ、ロキの目が苛立ちに染まる。身を縮めたのは私のほうで、イシャンは相変わらず平然として「ロキではなく、貴方に用がある」ロキからこちらへと目線を落とした。
(……私?)
「サクラさんから……貴方を連れてくるよう、言われた。……共に、来てもらいたい」
その唇から出た名に、ひやりと心が凍る。黒の眼は感情を見せない。どういった理由で呼ばれているのか、分からない。
ロキが、うんざりした顔で私から手を離した。
「君主様は好き勝手やれていいねェ~?」
「………………」
「じゃァね、ウサちゃん。またあとで」
ロキは私の耳許で内緒話のように声をかけ、吐息だけでクスリと微笑した。
——夜に。
中断された行為がなくなっていないことなんて、分かっている。でも、そのことばかり気に悩んでも、何か有意義な解決策が見出されるわけではない。——だから、もう考えない。意識しない。その時がくれば、あとは過ぎるのを待つだけ。慣れてしまおう。どんなことであっても、人は慣れることができるはず。
頭の中をなるべく空にするよう心がけながら、イシャンのピンと伸びた背筋を追ってエレベータへと乗り込んだ。
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