上 下
144 / 228
Chap.13 失名の森へ

Chap.13 Sec.6

しおりを挟む
 時刻は夕食前、ディナーの連絡が出てすぐ。食堂のリフェクトリーテーブルの上では、騒々そうぞうしい声が響いていた。

「うちのゲーム、面白かったやろぉ?」
「ふつ~。設定はよくある感じじゃん?」
「そんなこと言って、あんたらめっちゃ苦労してたがぁ! ロキなんて、ありすの名前ミスってたしの!」
「それはそっちのミスだろォ? ウサちゃんはRABBITウサギだと思うじゃん。名前の音も消えてたしさァ。ALICEアリスでいいって知ってたら、もっと早く片づいたし。オレと2文字かぶってンだから。……あれは無駄な時間だったなァ~」
「Lの文字は、ありすが見つけたんやろ? あれ一番わかりにくくしたんやけどぉ、よぉ見つけたわ。ありす、すごいの!」
「……ありがとう」
「ウサちゃんのは偶然だって。ビギナーズラック。基本ポンコツだから。ほとんどオレが引っぱってやったようなもんだし。オレ居なかったら即行でハオロンに喰われてたろ? 勝ったのはオレのおかげじゃん」
「………………」
「なに? 文句あンの?」
「(小さいと、あんなに可愛かったのに……)いいえ、ろきのおかげ、わたしもおもう」
「だよなァ~、魔物に化けたハオロン見て、ウサちゃん泣いてたしなァ~?」
「(涙は出てなかったと思う……)あれは、とても、こわかった」
「ありす、そんなに怖かったんかぁ? うち的には可愛く作ったつもりなんやけどぉ……」
「あれはグロすぎ。口裂けてンのと目玉が飛び出てンのまでは許容するけど、内臓とか千切れた血管とか、細かいとこリアル求めすぎ」
「けどぉ……デフォルメすると迫力なくなってまうし……」
「通常なら規制かかるレベル。あれで心臓止まるヤツもいるんじゃねェ?」
「えぇ~? そんなにかぁ?」
「ハオロンの神経は麻痺まひしてっからねェ~」
「ん~?」

 3人(彼女はまれにぽそっと応えるだけだけど)の会話は、窓側のラインで成り立っている。調理室からその様子をうかがっていたメルウィンは、新たに食堂へと入ってきたティアの姿を目に入れて、ようやくテーブルへと着く気になった。
 ティアは廊下側を歩いて来たので、メルウィンも同じ廊下側の、はしっこの席へ。正面がロキになってしまうけれど、致しかたない。ティアに遅れて入って来たセトもまた廊下側を進んだ。
 入室者を気にすることなく、ロキとハオロンの話は盛りあがっていて、「うち、次は人間でやるわ! ロキが追いかけてや!」「無理だって。ウサちゃんはオレが居ないとダメじゃん——なァ?」ふたりに挟まれて座る彼女の肩に、ロキがれなれしく腕を回した。楽しげに笑いながら。ティアは、それを後目しりめにメルウィンの隣に座りつつ、小声で、

「ちょっと目を離したすきに、また仲良しになってる……やだ……」

 メルウィンにだけ届けるつもりの、グチをこぼした。
 (ティアくん……)あまりにも正直すぎる感想に、メルウィンもうっかり「その気持ちは、僕も……すこし、わかる」ロボによる配膳の音にまぎらわせて、

「どうして……(ロキくん)なのかな……?」
「ああいう子に限って、悪いひとに引っかかるんだよ。前時代からのことわりだね」
「そうなの? ……世のなかって理不尽だ……」
「そう、往々おうおうにして理不尽なものだよ」

 吐息をこめて唱えるティアと共に、世の理について不満をいだいていると、ガタンっと大きな音を立てて座ったセトに気が移った。

 (……あれ? セトくん、機嫌わるい……?)
 そっと身を出して、どことなく不愉快そうな空気をまとう横顔に、視線をそそぐ。どうしたのだろう? 食事前なのに。
 メルウィンの目に気づき、セトの横目がギロリと。

「——なんだよ」
「ぁ……えっと……ううん、なんでもないよ」

 ならこっち見てんじゃねぇ、とでも言いそうな細い目で見返されたが、発言はなかった。代わりに、あいだのティアが、ため息をひとつ。セトになにか言うのかと思ったけれど、いつもみたいな軽口は出てこない。白い頬を動かすことなく、ティアは無言で食卓を眺めている。

「おや? ロキさん、なんだか久しぶりですね?」

 食堂に登場して早々やわらかな声で、誰も突っこめずにいた事実を口にしたのは、もちろんアリア。彼はいつもふんわりと爆弾を差しだす。破裂するときもあるし、不発に終わることもある。今夜は……

「あ~……まァね。ハウス管理のソフト、メンテナンスしてたワケ。掃除ができてねェとかクレーム出てたし? ……ってか、別に私室でメシ食ってもい~じゃん。アリアちゃんもさァ、研究で来ないときあったろ」

 窓側を歩いてくるアリアに向けたロキの声は、わりと穏やか。つむじを曲げることなく、無難な返答。アリアは瞳を上に向けて、「あぁ、ありましたね」思い出したように微笑み、ハオロンの横に着いた。
 爆発することなく、平和そうな雰囲気が保たれる。サクラとイシャンが入って来ても、壊れなかった。ハオロンがいつになくニコニコしていて、メルウィンがその笑顔を見つめていたのもあり、ぱちっと目が合った。

「——ん? ……あっ、メルウィンもゲームしたかったんかぁ?」
「えっ……ううん、そういうわけじゃ……ぁ、でも、すごく楽しそう……? ハオロンくんは、ゲームやるだけじゃなくて、作ったりもするんだね?」
「ん~ん、いつもはプレイだけやよ。初めて作ったわ」
「ぁ……そうなの?」
「メルウィンもするかぁ?」
「……僕でもできる?」
「できるって! 魔物オニから逃げ回って、ついでに名前の文字を集めるだけやし! 5時間くらいあればクリアできるわ!」
「ごっ……」

 (ごじかん!?)
 時間の長さに面喰めんくらって、言葉を失う。「魔物の強さでも変わるけどぉ……あぁ、魔物サイドやったらぁ、人間チーム捕まえれば終われるし……」ハオロンがゲームの説明を続けてくれているけれど、かかる時間を知った今、1グラムくらい生まれていた意欲は吹き飛んでいて、情報が耳をすり抜けていく。ハオロンのゲームプレイは、たいてい夜。そんな長時間なんて、身体がもたない。メルウィンは朝から食事の用意がある。

 (……あれ? でも、それってつまり……)

 はたりと気づいた事実を捉えきる前に、全員の配膳が終わり、すべてのロボがテーブルから離れた。いただきますをしようと手を合わせたところ、セトの横に座るサクラが「先に話しておくが、」静かな声で場を割り、意識がそこへと集まった。

「私は、今夜のは必要ない。希望があれば譲ろう。——誰か、要るか?」

 
 ひんやりとした冷たい言葉に、おのずと彼女へ目が向いてしまう。ぬくもりのない黒い目は、感情をのせない。彼女の表情は、ひとが多ければ多いほど消えている気がする。今は人形みたい。ふたりきりだと、もうすこし表情が変わるのに。

 メルウィンを含め、空気が固形化するような沈黙があった。サクラ以外の全員が、それを感知していたようにも思えた。
 空気を割ったのはロキで、「じゃァ、オレにちょ~だい」軽い口調でサクラへと応えた。

——要るか?
——ちょ~だい。

 まるで物みたいだ。それが何に関するやり取りか、一瞬わからなくなるくらい……軽い。

——ちゃんと人として扱うよう指示してくれ。

 彼女が初めてやってきた日に、セトが訴えたセリフが、胸にみた。あのときは、そこまで気にならなかったのに——いま、胸に刺さる。先ほど気づきかけた事実を、舞い起こした。

——5時間くらいあればクリアできるわ!

 ゲームを、3人でしたらしい。
 それは、昨夜の話。
 でも、彼女は今日、朝早くから、メルウィンの手伝いをするために食堂に来てくれていた。——それは、つまり……

 頭のなかで、繋がった瞬間。
 メルウィンは、立ち上がっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

処理中です...