91 / 228
Chap.8 All in the golden night
Chap.8 Sec.10
しおりを挟む
ささやかな宴が終わりに向かっていたころ、同じ階層にある別の部屋では未だ騒がしい気配があった。
「あ~っ! なんでやって! 何してるんやってロキ!」
ハオロンの痛烈な批判が、ぼんやりとしていたロキの脳を突き刺した。
機関銃——高速で大量の弾丸を連射することのできる銃器——を構えた大柄な人間が、ハオロンとロキの目の前に立ちふさがり、ふたりを撃ち抜いて蜂の巣にしていく。視界はあっという間に真っ赤に染まって、死亡の文字が宙をかざった。
「うそやろっ? あとちょっとやったのに……何ぼーっとしてるんやってぇぇぇ……」
いわゆるVR——人口現実感——と呼ばれる架空の世界で、彼らはゲームをしていた。人間の形をした大量の化け物を、銃器やナイフを活用して倒していく——そんな、激しい遊びに興じていた。いや、興じていたのはひとりだけで、もうひとりは、
「……だから、オレ眠いんだって……言ったじゃん……」
文句を言いつつログアウトし、ヘッドセットを外した。この機器はグローブとセットで、VRの深度レベルが弱く、視覚と部分的な聴覚・触覚のみが影響を受ける。よって隣の人間と現実空間で会話しながら遊ぶこともできる。
手に着けていた薄いグローブを剝ぎ取って、ロキは座っていたベッドに転がった。
近くのイスに座っていたハオロンはヘッドセットを外し、かたわらに置いていたジュースのボトルを手に取る。口をうるおす程度に飲んでから、ロキの方を不満げに見る。
「あと少しやったのに……また最初からやり直しやわ……」
「だ~か~らァ~……オレは眠いんだってェ……ずっと言ってンじゃん?」
「ロキが夜に眠いなんておかしい……まさか、うちに意地悪してる……?」
「勝手な被害妄想、やめてくんねェ~? ……オレだって眠い日もあるし……」
「うち、この歳まで生きてきて初めて見たんやけど……ほんとに? 眠いフリしてないかぁ?」
「……オレなんでそんな信用ないワケ?」
「信用は——」
「日々の積み重ねって? もォそれい~よ…………寝ていい?」
「あかんって! クリアするまで付き合って!」
「エ~……」
うめき声をもらしながら、ロキはベッドへと突っ伏した。にぎやかな色の髪が白いシーツに映えている。「オレ、昨日から寝てねェんだって……ガチ眠いの……寝かせてよ……」くぐもった訴えを聞いたハオロンは、ヘッドセットを装着しようとしていた手を止めた。
「そぉなんか? なんで?」
「……ン~……?」
「ロキ、昨日のディナーいなかったが。私室で休んでるってサクラさん言ってたけどぉ? ……眠ってたんやろ?」
「……いや、起きてた。……昨日は、カードのあと……すこし寝て……起きて。ウサギちゃんのことがあって……ゲームしてみたけど……集中できなくて。……ひさしぶりに、大量のインプットした……のに、子供みたい、とかさァ……発音の修正が要るじゃん……データが悪ィのかね……」
「なんのこと言ってるか、よぉ分からんのやけどぉ……そんなに眠いんか? 疑ってごめんの?」
「……ン? オレ、寝てい~の?」
のそりとロキが顔を上げた先で、ハオロンの悲しげな目が……じいいっと。
「えェ~? ……そんな顔してもさァ……オレがこの状態じゃ一生倒せねェよ……?」
「うち、ロキのフォローもするわ! ほやで、頑張ろ!」
「……あのさ……ハオロンの献身っていつも方向性おかしいと思うンだけど……なんで誰も突っこまねェの……?」
「ほら! ロキ、もっかいやろさ!」
「あァ~言っても聞かねェからかァ……」
ぐだぐだと文句を吐きながら、ロキは上体を起こした。ハオロンの入室をうっかり許可した自分の愚かさを省みつつ、手にグローブを装着する。
「そォいやさ……ハオロン、明日ってウサギちゃんの順番じゃん?」
なんとなしにロキが話題を出すと、鮮やかなグリーンのジュースを飲んでいたハオロンは、こっくりと頷いた。
「ん、ほやの。…………あかんよ?」
「まだ何も言ってねェじゃん」
「一緒にしよって言おうとしてるやろ?」
「してねェし。……してもい~ケド。……そォじゃなくてさ、ウサギちゃん、あんまイジメないでやってよ、って……お願いしよォかと思って」
「えっ! 急にどうしたんやって……あっ、もしかして! あんたロキやないんか! だれっ?」
「……めんど……なんでそんなテンションたけェの? まさかオレも普段そんな感じ……?」
ロキは盛大に息を吐き出してから、ジュースが入ったボトルを手にした。炭酸がよくきいた飲料の刺激で脳の覚醒を試みる。はじける泡の鼓舞など、それほど意味を成さなかった。
「……とにかくさ、ウサギちゃん乱暴すンの、ナシね?」
「ん~……?」
「……聞こえねェフリしてねェ?」
「それってぇ……ロキのお願いってだけで、サクラさんの命令じゃないんやがの?」
「……まァね」
「ほやったら、理由訊いてもいい?」
「……サクラに言わねェ?」
「言わんよ、たぶん」
「そこは、はっきりイエスって言ってくんねェかなァ~?」
「いえす」
「……まァいいけどね。……オレ、昨日ウサギちゃん怪我させちゃってさ……」
「そぉなんか? あんたでも殴ったりするんか」
「殴るって……そんなことしねェけど。まァ……そォね、緊急アラート鳴るほどの負荷だったわけだから……ほんと冗談じゃ済まねェな……」
「うち、別に責めてないよ? そんな落ちこまんでも……ありす、元気そうやったけどぉ」
「……脳に異常は無かったみてェだから。頭のとこ、腫れてたらしいけど……」
「ふぅん? ……あぁ、それで明日は無茶せんといてってことか」
「そ」
「ん~……ロキがそこまで言うならぁ……ひかえめに……しよかぁ……」
「返答が頼りねェんだけど」
「……倒すまで付き合ってくれる?」
「……オレに、死ねって言ってる?」
「大丈夫やって! 人間そぉ簡単に死なんわ!」
「……ゲームによる死亡案件ってさ、結構あるくね?」
「クリアめざして頑張ろかぁ!」
「オレ、ダイイングメッセージでハオロンって書くから。死んでも書くから」
「証拠の隠滅なら任して!」
ロキは諦念の表情を浮かべてヘッドセットを着けた。その姿を確認したハオロンは、ニコニコと頬をほころばせる。——本当は、ロキが眠ってしまってもいいと、彼は思っている。それについてロキが気づくことはないかも知れない。ロキにいわせると、彼の献身は見当違いらしいので。
わずかに欠けた月に代わり、明けの明星が空を低く飾るまで。
彼らの部屋は、深い闇夜に負けないほど、こうこうとした明かりを宿していた。
「あ~っ! なんでやって! 何してるんやってロキ!」
ハオロンの痛烈な批判が、ぼんやりとしていたロキの脳を突き刺した。
機関銃——高速で大量の弾丸を連射することのできる銃器——を構えた大柄な人間が、ハオロンとロキの目の前に立ちふさがり、ふたりを撃ち抜いて蜂の巣にしていく。視界はあっという間に真っ赤に染まって、死亡の文字が宙をかざった。
「うそやろっ? あとちょっとやったのに……何ぼーっとしてるんやってぇぇぇ……」
いわゆるVR——人口現実感——と呼ばれる架空の世界で、彼らはゲームをしていた。人間の形をした大量の化け物を、銃器やナイフを活用して倒していく——そんな、激しい遊びに興じていた。いや、興じていたのはひとりだけで、もうひとりは、
「……だから、オレ眠いんだって……言ったじゃん……」
文句を言いつつログアウトし、ヘッドセットを外した。この機器はグローブとセットで、VRの深度レベルが弱く、視覚と部分的な聴覚・触覚のみが影響を受ける。よって隣の人間と現実空間で会話しながら遊ぶこともできる。
手に着けていた薄いグローブを剝ぎ取って、ロキは座っていたベッドに転がった。
近くのイスに座っていたハオロンはヘッドセットを外し、かたわらに置いていたジュースのボトルを手に取る。口をうるおす程度に飲んでから、ロキの方を不満げに見る。
「あと少しやったのに……また最初からやり直しやわ……」
「だ~か~らァ~……オレは眠いんだってェ……ずっと言ってンじゃん?」
「ロキが夜に眠いなんておかしい……まさか、うちに意地悪してる……?」
「勝手な被害妄想、やめてくんねェ~? ……オレだって眠い日もあるし……」
「うち、この歳まで生きてきて初めて見たんやけど……ほんとに? 眠いフリしてないかぁ?」
「……オレなんでそんな信用ないワケ?」
「信用は——」
「日々の積み重ねって? もォそれい~よ…………寝ていい?」
「あかんって! クリアするまで付き合って!」
「エ~……」
うめき声をもらしながら、ロキはベッドへと突っ伏した。にぎやかな色の髪が白いシーツに映えている。「オレ、昨日から寝てねェんだって……ガチ眠いの……寝かせてよ……」くぐもった訴えを聞いたハオロンは、ヘッドセットを装着しようとしていた手を止めた。
「そぉなんか? なんで?」
「……ン~……?」
「ロキ、昨日のディナーいなかったが。私室で休んでるってサクラさん言ってたけどぉ? ……眠ってたんやろ?」
「……いや、起きてた。……昨日は、カードのあと……すこし寝て……起きて。ウサギちゃんのことがあって……ゲームしてみたけど……集中できなくて。……ひさしぶりに、大量のインプットした……のに、子供みたい、とかさァ……発音の修正が要るじゃん……データが悪ィのかね……」
「なんのこと言ってるか、よぉ分からんのやけどぉ……そんなに眠いんか? 疑ってごめんの?」
「……ン? オレ、寝てい~の?」
のそりとロキが顔を上げた先で、ハオロンの悲しげな目が……じいいっと。
「えェ~? ……そんな顔してもさァ……オレがこの状態じゃ一生倒せねェよ……?」
「うち、ロキのフォローもするわ! ほやで、頑張ろ!」
「……あのさ……ハオロンの献身っていつも方向性おかしいと思うンだけど……なんで誰も突っこまねェの……?」
「ほら! ロキ、もっかいやろさ!」
「あァ~言っても聞かねェからかァ……」
ぐだぐだと文句を吐きながら、ロキは上体を起こした。ハオロンの入室をうっかり許可した自分の愚かさを省みつつ、手にグローブを装着する。
「そォいやさ……ハオロン、明日ってウサギちゃんの順番じゃん?」
なんとなしにロキが話題を出すと、鮮やかなグリーンのジュースを飲んでいたハオロンは、こっくりと頷いた。
「ん、ほやの。…………あかんよ?」
「まだ何も言ってねェじゃん」
「一緒にしよって言おうとしてるやろ?」
「してねェし。……してもい~ケド。……そォじゃなくてさ、ウサギちゃん、あんまイジメないでやってよ、って……お願いしよォかと思って」
「えっ! 急にどうしたんやって……あっ、もしかして! あんたロキやないんか! だれっ?」
「……めんど……なんでそんなテンションたけェの? まさかオレも普段そんな感じ……?」
ロキは盛大に息を吐き出してから、ジュースが入ったボトルを手にした。炭酸がよくきいた飲料の刺激で脳の覚醒を試みる。はじける泡の鼓舞など、それほど意味を成さなかった。
「……とにかくさ、ウサギちゃん乱暴すンの、ナシね?」
「ん~……?」
「……聞こえねェフリしてねェ?」
「それってぇ……ロキのお願いってだけで、サクラさんの命令じゃないんやがの?」
「……まァね」
「ほやったら、理由訊いてもいい?」
「……サクラに言わねェ?」
「言わんよ、たぶん」
「そこは、はっきりイエスって言ってくんねェかなァ~?」
「いえす」
「……まァいいけどね。……オレ、昨日ウサギちゃん怪我させちゃってさ……」
「そぉなんか? あんたでも殴ったりするんか」
「殴るって……そんなことしねェけど。まァ……そォね、緊急アラート鳴るほどの負荷だったわけだから……ほんと冗談じゃ済まねェな……」
「うち、別に責めてないよ? そんな落ちこまんでも……ありす、元気そうやったけどぉ」
「……脳に異常は無かったみてェだから。頭のとこ、腫れてたらしいけど……」
「ふぅん? ……あぁ、それで明日は無茶せんといてってことか」
「そ」
「ん~……ロキがそこまで言うならぁ……ひかえめに……しよかぁ……」
「返答が頼りねェんだけど」
「……倒すまで付き合ってくれる?」
「……オレに、死ねって言ってる?」
「大丈夫やって! 人間そぉ簡単に死なんわ!」
「……ゲームによる死亡案件ってさ、結構あるくね?」
「クリアめざして頑張ろかぁ!」
「オレ、ダイイングメッセージでハオロンって書くから。死んでも書くから」
「証拠の隠滅なら任して!」
ロキは諦念の表情を浮かべてヘッドセットを着けた。その姿を確認したハオロンは、ニコニコと頬をほころばせる。——本当は、ロキが眠ってしまってもいいと、彼は思っている。それについてロキが気づくことはないかも知れない。ロキにいわせると、彼の献身は見当違いらしいので。
わずかに欠けた月に代わり、明けの明星が空を低く飾るまで。
彼らの部屋は、深い闇夜に負けないほど、こうこうとした明かりを宿していた。
30
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる