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Chap.6 赤と黒の饗宴

Chap.6 Sec.11

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 嫌な予感はしていたのに、防ぐことができない。さらされた背中の中心をロキの指先がなぞり、どうしようない焦燥が胸に巻き付いた。

「……負けちゃったなァ?」

 耳にかかる吐息となじみの薄い体臭を感じるたび、その焦燥感によって胸がきしんでいく。
 ロキは、ゲームから脱落した私を非難する言葉を言った気がするが、怒っているようすはない。

「意外と粘ったねェ? もっと早く負けるかなァって……思ってたンだけど……ねェ……?」

 服との隙間をぬって入り込んだ掌が、素肌の上をすべって胸に重なった。ロキの反対の手は、私を逃がさないよう腰に絡みついている。ゲームはまだ続いているのに——いや、私が負けるのを待っていたのか、遠慮のない動きで掌が蠢く。

「……ろき、」
「ン~?」

 やめて、と。彼の手を押さえたいが、それは抵抗になってしまう。彼の名を呼んではみたが、その先をなんとつなげればいいのか分からない。懇願したら、他の人がいない場所へと移動してくれるだろうか。
 私より先に負けたふたりは席を立っていない。場を離れてはいけない、そんな決まりがあると確定したわけではないが……。

 ロキの指先が、胸の先端に触れた。
 声にならない吐息が、口の中で震える。

「なに? なんか言お~としたンじゃねェの?」

 密着しているロキの身体から、笑っているのがわかる。胸の先を指に挟んで弄ぶその動きに、反応が表に出ないよう耐えるが、周囲に隠せているのか——隠すことの意味も、本当はないのかも知れないけれど。

「……黙ってちゃ分かんねェよ?」

 からかうようにささやくと、腰にあった手でスカートをめくり上げ、じかに私の太ももをなでた。長い指が、下着のこわこすって遊んでいる。

 視線の先、ロボットの上でカードがひらめく。
 ロキの手の感触を意識から追い出そうとして、カードへと気を向け——飴色の眼と、かち合ってしまった。

 セトは、ワインの入ったグラスに口を付け、つまらないものを見るみたいな目でこちらを眺めていた。目が合ったせいか、ふいっと目線を外される。彼のそんな些細ささいな仕草が羞恥心をゆさぶり、居たたまれない気持ちでいっぱいになった。こんなこと、人前ですることじゃない。——できることじゃない。

 ロキの唇が、耳の後ろをかすめる。

「……ほら、ど~してほしいか、ちゃんと言ってよ」

 下着の上から、長い指が、深い場所を暴くようにおりていく。
 頭を下げたロキは、私の耳許で、誰にも聞こえないくらいの囁き声で、

「……このまま、コイツらの前でヤられてェの?」
「——ろきっ」

 指先が中に入り込む寸前、とっさにその手を押さえて、名を呼んでいた。
 それは場にいた全員が目を向けるくらいの声量だった。

 恥ずかしさから顔が熱くなる。ロキは喉だけで笑って、「な~に?ウサちゃん」周りの目など見えていないのか、何事もない声で私に問いかける。
 振りあおぐと、彼は予想を裏切らない意地の悪い笑みで私を見下ろしていた。……その顔に、このひとは私に懇願させたいのだと直感した。

「……ふたり、で」
「ン? なんてェ?」
「……わたしと、ロキ……ふたりで……して」

 歯の隙間から吐息をこぼして、ロキは笑った。必要なセリフを引き出せたことに、満足したかのように。

 唇を曲げたまま、ロキはサクラへと視線を移し、

「なァ、オレ暇だし先に遊んできてい~?」
「構わないよ」
「じゃァ、ウサちゃんも行こ~ぜ」

 イスを下げて立ち上がるロキによって、私も強制的に席を奪われた。肩に回されたロキの手が、強引に部屋のドアへと押す。

 背後から、ハオロンがロキの名を呼んだ。

「ちゃんとうちに回しての?」
「気が向いたらなァ~」
「サクラさん、ロキあんなこと言うんやけどぉ」
「そう心配しなくとも大丈夫だろう。——ロキ」

 ハオロンが訴えると、サクラがいさめるような声でロキの名を口にした。私の肩を押すロキは、「ハイハイ」振り返ることなくぞんざいな態度で応える。

 追いたてられて踏み出した廊下は薄暗く、燭台しょくだいの先端で炎をまねた光がちらついていた。ロキは「こっち」出て左側の廊下を指さした。進んだ先に短い下りの階段と、例のステンドグラスもどき。月明かりを透かした程度の明るさで、ぼんやりと浮かびあがっている。
 足を止めてそれを見た私に「ここでしてェの?」ロキが怖い顔で笑った。薄灯に照らされた眼がぎらりと光っている。

「いいねェ……オレも、部屋まで待てねェし?」

 首を傾けて私を見下ろす彼の顔は凶悪だった。欲望を抑える必要がないと判断したのか、私の肩をステンドグラスのディスプレイに押し付けると、屈みこんだ顔で追いつめるようにして近づく。逃げかけた後頭部が、ガラスの質感をした背後にぶつかった。重なる唇。ぬるりと、長い舌が入ってくる。それは未知の生き物みたいな動きで口腔内をまさぐり、私の舌を捕まえるときつくまとわり付いた。熱く絡まる舌先から、のがれられない——。

 腰に回されていた手が、スカートをたくし上げた。腰から下りた手が、下着の中にすべり込み、

「……全然れてねェじゃん」

 離れた唇のあいだで、とがめるような声が彼の口からもれた。ステンドグラスに手をついたまま上体を起こしたロキは、ねたような表情で私を見下ろしていた。

「……れてェんだけど」
「…………?」
「その顔ズルくねぇ? ぜってェ分かってるよなァ?」
「……わからない。……なに?」
「痛いよ? い~の? って訊いてンの」
「……イタイ、スキじゃない」
「おっけェ。じゃ、めて」
「…………なめる?」
「あ~ァ~……」

 天をあおぐロキに、意味がわからず途方に暮れた。私は何を責められているのだろう。
 ちろりと私に目線を落とし、

「オレさァ……無理矢理すンの、そんな好きじゃねェの。……わかる?」
「…………わからない」
「アンタ、ホントに娼婦やる気ある? 客の注文聞くためにもさァ、〈舐める〉、〈くわえる〉くらいは覚えとくべきじゃねェの?」
「わからない……なめる、と、くわえる? ……なに?」

 黙って私の顔を見つめるロキは、私の肩に手を置くと、ぐっと下方向に力を入れた。訳も分からず、その力に押されて床へと尻もちをつく。

「座ったら届かねェよ?」

 彼がネオングリーンのボトムスに手を掛けた。下半身を出して、「舐める、わかるよなァ?」目の前のものに硬直する私を、頭上から笑った。

「アンタを舐めてもい~ケド?」

 妖艶な微笑を浮かべるその顔に、ぞくりと怖気おじけづく。彼の意図をひろい、腰を上げてそれに口を寄せた。口に含めということなのかも知れないが、躊躇ちゅうちょする気持ちが強すぎて直前で止まった。しかし、彼の手が私の頭を押し、

らしとか要らねェから。早くしねェとさ、誰か来るかも知んねェよ? ——、だろ?」

 今の脅しは理解した。
 恐るおそるそれに舌をわせると、後頭部に乗せられたロキの手に力が入り、「そんなんじゃ濡れなくねェ?」口の中へと侵入される。大きく膨らんだそれが喉奥へとあたり、粘膜を擦るように動いた。

「……アンタ、ほんとに娼婦? ふつ~の女でもさァ、もうちょい上手く咥えてくれると思うンだけど」

 喉をふさがれたことで嘔吐えずきかけた私に小言を述べ、彼はそれを抜いた。唇に垂れた、ねっとりとした喉の粘液をぬぐおうとしたが、その手を掴まれて引き上げられる。くるりと体を回され、弱く光る花へと押し付けられた。腰を掴む彼の手が下着をずらし、下半身にくちゅりと硬いものが触れ、

「なァ、なんか可愛いコト言って?」
「………………」
「分かんないねェ? ……じゃ、オレの名前は?」
「…………ろき」
「もっと色っぽく呼べねェかなァ?」

 からかい声で話しながら、彼はその硬い熱を押し込んだ。

「んっ……」

 ふいの感覚にこぼれた声を噛みころし、ステンドグラスのディスプレイにすがりついた。平たくて掴むところのないそれは体を支えるには頼りなく、まぶしいだけだ。腰を掴む彼の手によって支えられ、硬いものが奥まで沈んでいく。
 ロキの吐息が、聞こえた。

 粘膜を擦って沈むそれは長く、最奥に当たってもまだなお、その先を求めるように突いた。入りきらないとわかると、来たみちを戻っていく。ゆっくりと引き抜かれるその動きに、ぞわぞわと鳥肌が立った。抜けきる前にまた、今度は強く奥へと突き動かされる。

「……んっ……ん、……んんっ……」
「……なんで声、抑えてんの……?」

 離れていたロキの上半身が背にかかり、伸びてきた手が私の顎に触れる。噛み締めていた私の歯に指先を割り入れ、

「少しくらい出しても、アイツらには聞こえねェって……」

 諭すように何かを唱え、指先が抜かれる。

「可愛く鳴いてよ……オレのために」

 甘い声が、誘惑するような音を奏でた。
 言葉の意味なんてひとつもわからないのに、優しいその音色だけで胸がき乱される。

 ——優しさに、飢えている。

 生理的に浮かぶ涙を振りきるように目をつぶって、感覚を遮断した。私の中を、長いストロークで何度も擦り上げるその存在から逃れようとしたが、再び閉じた私の唇に気づき彼の動きが止まった。

「……なんでそこで黙るわけ?」

 急に温度の下がった声でつぶやくと、下半身を引き抜いて私の肩を掴み、反転させた。ディスプレイに灯る光を浴びた虹彩が、複雑な色を放っている。ロキは私を見下ろして、何か考えついたように唇を歪めた。

「なァ、ウサちゃん。吊り橋理論って知ってる?」

 それは質問のかたちをしていた。何を言われたのか分からずに、しんとした間が生まれる。
 難解な単語で反芻することもできない。困惑する私を、ロキは唐突に軽々と抱き上げた。
 悲鳴を呑みこむ。浮かび上がった身体は、すぐに階段の手すりへと乗せられた。ステンドグラスから離れ、背景にしたロキと、目線が近い。ほんのすこし見上げるだけの高さ。
 重なった視線の下で、ロキが邪気のある微笑を浮かべて私の腰に手を回した。

「……後ろ、落ちたら痛ェよなァ? ……打ちどころによっちゃァ死ぬかも? ……さすがに死にはしねェか」

 私の背後を顎で示す。後ろは吹き抜けの玄関ホールがあるだけで何もない。

 まさか、私のことを突き落とそうとしているのだろうか。
 ひやりと背筋に冷たいものが走った。しかし、ロキは腰に回した手で私の体を固定すると、反対の手で私の脚を開き、自身の腰を重ねた。中にたやすく滑り込んでくるその熱に、身体がバランスを崩し、

「っ……」

 後ろに落ちそうになった上体を支えようと、ロキの身体にしがみついた。
 私のことなど構わずに、ロキは腰を突き上げる。——むしろ、手すりに乗る私の腰を、突き落とそうとするかのような乱暴な動きで。

「やっ……いやっ……ろきっ」
「いいねェ? ……やっと可愛い声聞かせてくれる気になったァ?」

 首筋に当たる唇が、意地悪な音を発しながらも熱い息をもらして吸い付いてくる。彼は止める気なんてない。
 不安定な身体が、彼に貫かれるたびに手すりから落ちそうになり、必死で彼の背中に捕まった。そのせいで奥深くまで突き上げられ、喉から悲鳴じみた嬌声がこぼれ落ちていく。吹き抜けのホールに、知らない女の声が反響していた。高くて細い、泣いているみたいなそれは、彼の名を呼んでいる。

『落ちるっ……お願いだから……もうやめてっ……』
「なに言ってるか分かんねェよ……?」

 口をついて出た私の言語に、ロキは笑ってキスを返した。合わさった唇に、哀願も嬌声も呑み込まれる。
 長い舌に捕らえられ、下半身と同じようにしつこく粘膜を擦り合わせて、くちゅくちゅと水音を鳴らされる。
 離れたいのに、離れられない。しがみ付いているのは私のほうで、求めているのも私であるかのように錯覚してしまう。

 落下することへの恐怖と、何度も攻め立てられて腰に響く感覚に、頭がしびれていく。

 キスをやめたロキが、私の耳に荒い息を吹きかけた。

「……なァ、なかに出してい?」
「っ……」
「……やっぱ分かんねェよなァ? ……アンタ、ほんと、分からなすぎ……」
「あっ……やっ、『落ちる』……ろきっ」
「……そんな締めつけるとさ……出るよ……?」

 かすれた声が何かを囁いているが、分からない。考える余裕なんてない。手すりから乗り出した半身は、些細な弾みで落ちてしまいそうだった。今、私が手を離したら、間違いなく落下してしまう。

「ろきっ……」
「ン? ……そんなに怖い?」

 動きを緩めた彼が、私の顔をのぞいた。

「じゃァ終わる? 出すけどイイ?」
「………………」
「黙ってンならまだやるよ?」

 ぐっと引き抜いたそれを、打ち付けられる。奥に傾く。

「ぁ……ろき、いやっ……」
「……イヤって言うの、やめねェ? ……オレの名前呼ぶならさァ……もっと、とか……テンション上がるワード言ってよ……」

 声が顔に当たる距離で、ロキの舌が歯列からのぞく。言葉は頭に入らないのに、誘うようなその動きだけが目につく。中で蠢く熱も、よく似た動きをしていた。狭いつぼの中でぬるぬると這い回るへびみたいに。

「ん……あっ……ぁあ……んっ」
「……ゆっくりがスキ?」

 勢いがなくなると、途端に擦れる感触が明確になって、受け入れ難い官能的な余韻が生まれる。喉からこぼれる声が艶を帯び、それを耳にした彼の口角が上がった。印象的な光を見せる眼が、私を眺めている。

「イヤ、じゃなくてさ……可愛いコト言ってくれたら、降ろしてあげてもい~よ?」

 赤い舌が、ちらつく。
 悪意を込めて笑ってみせるその顔は艶麗えんれいで、怖いのに見惚みとれてしまう迫力があった。彼の唇から鳴る、熱い息の音さえもなまめかしい。

「スキは、分かるんだよな? ……言ってよ、オレがスキって」
「……あなたが……すき……」
「……なんか違うなァ?」

 腰を緩く動かしながら、ロキは私の背に手を回した。落とす気はなくなったのか。
 支えられることで恐怖心は薄れたが、奥深くまで突き上げられ腰が浮きそうになる。彼の肩を掴む手に力が入り、それを認識した彼は、

「じゃァ、愛してるって言って。……うまく言えたら、降ろしてあげよっか」

 背から後頭部に流れた掌によって、無理矢理、彼の双眸に焦点を合わせられた。虹彩の縁を彩る青が、美しく輝いている。

「愛してる、ロキ。簡単だろ? ……ほら、言って」
「…………あいしてる、ろき」
「それ、ずっと言ってて。——馴染なじむまで」

 腰に掛かる負担が増した。律動を早める彼の動きに、身体の奥へと熱が押し込まれていく。
 私の口から繰り返されるセリフの残響が、ホールを満たしている。
 おもむろに手すりから私を降ろした彼は、私の身体を回すと背後から突き上げた。手すりに掴まる私の手に、彼の手が重なる。長い指先は私の指の隙間に入りこみ、にじむ汗と熱さから境界が曖昧になっていく。

「オレも愛してるよ、ウサギちゃん」

 甘やかな声色で紡ぐその言葉は、ひどく優しい。
 それでも、その言葉が愛の言葉でないことだけは——いつだって確かだ。彼らが何を唱えようと、それらはすべて一過性のもので。

 誰とも、ただの一度も、この行為に愛なんてない。
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