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Chap.3 鏡の国の

Chap.3 Sec.3

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 ティアが思うに、紅茶はやはりきちんとした茶葉を使い、温めた食器で淹れたほうが美味しい。マシンで作られるものが悪いとは言わないが、それで抽出される液体は多かれ少なかれ風味を失っている。加工食の紅茶なんて最悪だ。あれは色のついたお湯だと思う。

「おいティア」

 正確に量った茶葉を適量のお湯で蒸らしていると、隣でセトが怖い顔をしていた。手にはマシンから排出された珈琲を手にしている。一昨日の夜はわざわざ豆をいて淹れていたが、本来彼は簡易的なほうを積極的に選択している。彼女のことになると、どうやら逆らしいが。

「なに? どうかした?」
「何、じゃねぇよ。分かってるだろが」
「うん? ……あぁ、セト君のベッドを勝手に借りたことかな?」
「それ以外に何があるって言うんだよ」
「考えるといろいろありそうだけどね」
「お前は俺に何やらかしてんだよ……」

 深いため息を吐いてあきれかえる彼は、リビングに戻る気がないのか、そのままマシンに寄りかかり珈琲に口をつけた。起きて最初に言われる文句はベッドのことだと思っていたのだが、予想がはずれた。彼女の前でこの話題には触れたくないらしい。

「俺もすぐ寝るっつったろ」
「ごめんね? よく考えたら知らない人と寝るの怖いなぁって思って。セト君なら、眠っていても襲われたら返り討ちしそうだし、いいかなって」
「よくねぇよ。……大体な、ウサギのこと可愛いとか可哀相とか言ってたくせに、切り替え早すぎるだろ」
「あれは冗談だって言ったよね?」
「そこからかよ」
「う~ん……まぁ、半分くらいは」
「いいかげんなやつだな……つぅか、俺だってあいつの横で眠れねぇよ」
「え、なんで? 一昨日いっしょに寝たよね?」
「あれは事後じごだろ」
「んんん? もしかして、隣にいたらむしろセト君が襲っちゃうって話?」
「……とにかく。今後は勝手なことすんな」
「りょーかい」

 ティーポットにカップとソーサーを2セット、まとめてトレイに載せ、リビングへと向かう。セトも後ろからついてきた。さてどう座るべきか。この流れだとセトが座っていた手前の壁側に座るのが自然だが、共にお茶をする予定の彼女と斜め向かいになるため少しやりづらい。通路側の席でこちらを見ていた彼女も同じことを思ったらしく、立ち上がって壁側に席を移った。常に周りを観察しているのはティアとよく似ている。
 ティアは向かい合うように着席し、セトはティアたちの思考など知らずにソファへと腰を下ろした。

「はい、どうぞ」
「アリガトウ」
「どういたしまして」

 受け取るために手を伸ばしながら、彼女は感謝を述べて表情をやわらげる。ソファに座るセトはそれを見て面白くなさそうに横を向いた。

「セト君はさ、結局どこで寝たの? サクラさんのベッド?」
「使うわけねぇだろ。ここだよ」

 セトが顎をしゃくってソファを示した。ティアは、それは非常に申し訳ないことをしたなと思いつつ、けれど同じ場面に出くわしたらきっとまたセトのベッドを奪う気がするので何も言わずにおいた。
 代わりに、熱かったのか吐息で冷ましながらお茶を飲んでいる彼女の方へと、顔を向ける。

「アリスちゃんは眠れた?」

 黒い眼がきょとりとした。映像でしか知らないが、に似ていると感じる。以前セトに訊かれたときは肯定しなかったが、そもそもの出身地域の人々は、めざといティアでも個人を判別しにくい。年齢もある程度話してみないと判断できない。

 彼女は質問の意味を考えているようなので、眠るまねをしてみせる。理解がいったらしく、うなずいた。

「はい」
「そう、それならよかった」

 返事に笑顔を返すと、ほんのり頬を赤らめて困ったように下を向いた。娼婦の反応ではない。演技ならなかなかの手練てだれだと思うが、そんな可能性はないと思う。横目でセトを見ると、(なんだこいつ俺のときと完全に態度違うじゃねぇか)そんな感じで片眉が上がっていた。

(だって君、どうせ怖がらせるようなことしたんでしょ? もうすこし笑ってあげればいいのに。一番気にかけてるのはセト君なのに、ほんと損な役回りだね)

 胸中だけでつらつらとアドバイスのような嫌みのようなセリフを発する。当然だが返事はなく、納得のいっていない彼は立ち上がって運転席へと行ってしまった。
 すこしだけセトに同情する。せめて言葉が通じれば、うまく立ち回れるだろうか。

「……言葉の勉強でも、しよっか」

 食欲がないティアは、手持ちぶさたな時間を埋めるように、目の前の彼女へレッスンを提案した。あくまでもセトのためであって、言葉を覚えることが彼女にとってプラスとなるかどうか、断定はできない。

(サクラさんは、この子をどうしたいのかな……?)

 改めてそんな疑問が浮かんだが、考えても無駄だと判断して思考を停止する。
 思い出したように手許のティーカップを手に取ると、それはもう、ぬるくなっていた。豊かなアロマだけが、消えることなく漂っている。

(何事もなければいいんだけどね……)

 ありふれた日常が続くこと。ティアの望みは、それだけだ。
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