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Chap.0 致死量の愛を

chap.0

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 ——身体が熱い。

 全身に広がった熱は脳をき乱し、視界すらもぐらりと揺らした。伸ばした手は何もつかめず、傾いた身体はイスから滑り落ちて床へと打ちつけられていた。——同時に、空のワイングラスが落下して、床板に当たり砕けた。一部を残して、粉々に。おぼつかない視界のなか、スローモーションのように綺麗に形をなくした。

『すべて飲み干すとは——』

 なめらかな声が、意識の遠くで何かを唱えている。バランスの取れない身体を、それでもどうにかして起こそうと必死になっていると、手に違和感を覚えた。細かなグラスの破片に突いたてのひらに、血がにじんでいる。痛みがない。痛いと感じる機能が麻痺まひしている。

 赤く染まる手を、そっと青白い掌が包んだ。視線を上げると、ゆるやかなウェーブをえがく黒髪に縁取られた、端整な顔。
 ひざまずいた彼は、いつもの冷たい微笑を浮かべてはいない。絵画のなかの青年のような、ただ美しいだけの、人間みのない無表情。

 瞳が、私を映す。深い青。
 明かりの乏しいこの部屋で、底の見えない深淵しんえんのようなそれが、私だけを映している。ぼんやりと、夢のように。

『……が、効いてきたか?』

 きっと私は、このひとに殺される。
 私の最期は、この美しくも残酷な青年の腕のなかで終わる。この世界に未練はないけれど、でも、もうすこし……なにか欲しかった。

 私の、生きた証のような、なにかを。
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