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第七節 〜遷(うつり)・初茜(はつあかね)〜

077 初茜(はつあかね)1

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~遷(うつり)~編 突入です。
77 78 79 80 は“うつり”の初日、その朝の一コマとしての“ひと綴りの物語”です。
《その1》
決戦初日の朝の様子です。と思わせての……。スミマセン。
実際に戦う名も無き若者たちの悲喜交交ひきこもごもを、スッぺー恋愛チックも折込みながら物語は進んで行きますったら。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――

 ◆ (『或る、槍使い《スピア》』の視点)

 今の季節のこの時間だと、もう吐く息が白い。
 白い息が瞬く間に闇に溶ける。
 高い擁壁に囲まれたギルドの基底では日の出前の予兆めいた不確かな初茜はつあかねも遮られ、未だ闇に淀み沈いんでいる。

 それでも確然かくぜんとした黒はやがて濃淡のある曖昧な暗闇へと少しずつ様を変え、二十メトル先の仲間の影絵のような姿と、抱えた肩から突き出す槍のシルエットをおぼろげに浮き上がらせ始める。ヤツの吐き出す息の白だけがまだ唯一の色彩だけれど。

 見上げる。鍋の蓋を裏から眺めるような夜明け前の藍鉄色の空が、切り取られたように浮かんでいる。夜明けは近い。日の出と共にアイツラはやってくる。俺等を殺しに。

 何となく、想像していたよりも落ち着いている。不思議だな。明日どころか一時間後にオレも含めて此処ここにいる全員が死んでいても可笑しくないというのに。緊張といったら昨日のほうが余程だな。そして昨日の昼飯は美味かった。そして楽しかった。
 自然と頬が緩む。

 残念なことに今日の朝飯は又、魔物クサレ肉に戻ってしまったが、乗り越えられたら、三日後にはまた美味い飯を出してやるってあの“女王様”は約束してくれた。あと『特別休暇』と『ボーナス』って言ってたかな。言葉の意味はわからない。要は『休み』と『金』の事らしい。
 難しい仕事が終わった後の事を考えるのは楽しいと、誰かが言っていた。誰だろう? 親父じゃないな。普段は仕事なんてしてないダメ親父だったからな。……やっぱり親父だった。最後の仕事に行く直前にオレに言ったんだ。本当にその仕事を最後にしちまったけど。

 金はほしい、でも休みは一日でいいかな。その代わりにオレは槍の稽古をもっとしたい。未だまだ力不足で恐いけど、何時か“溜まりの深森”に入って魔物を狩れるようになりたい。何時かは“忌溜まり”迄。

 “女王様”や“黒の副官”、……あとあの“小僧”もだが、あれ程に強いのは“忌溜まり”を抜けて来たかららしい。
 “忌溜まり”、読み方は“いみたまり”だが、誰もそんな名では呼ばない。一度入ったなら誰も抜けられない、帰ってこれない。だから皆は“イキドマリ”と呼ぶ。
 何時か、オレも抜けられるようになれるだろうか。

 オレは何としても生き残りたいと思った。生き残って三日後を超えたい。全てを超え、抜け出てやる。
 ふと、オレは自分の口角が上がっていることに気づいた。


 ◆ (『或る盾使い《タンク》』の視点)

 もうすぐ夜が明ける。東の空の低い雲に薄っすらと朱じみが見えるる。初茜はつあかねと言うらしい……どうでもいいか。
 ギルドの擁壁の上。首筋を嬲る風は冷たい。なのに。

 日の出と日入りは前後が違うだけで現象としては同じ様なものなのに、何故にこうも感じが違うのだろうかと。普段の俺は呑気に思っていた。なのに。
 東の空に目をやる。今は薄闇色に染まるソコに、これから日が昇ってくるとは、俺にはどうしても思えなかった。どうしても日が沈んだあとにしか見えなかった。心持ちの違いだろうか。

 俺は酷い喉の乾きを覚え、支給されたばかりの対衝撃斬突撃防護付与型多タクティカル・ベスト機能服に括り付けた水筒を手に伸ばそうとした。だが実際には手を伸ばすことは叶わなかった。“盾”を握った手が石の様に固まり、上手く離れてくれない。あまりにも強く握りしめていて、無意識に。

 ふと視線を感じた。相方が振り返り俺を見ていた。何も言うな、言わないでくれと思った。
 相方は黙って自分の持ち場に視線を戻した。相方の“投網”の銃把を握る手が白く血を失い、震えていた。
 俺たちは怯えているのか。

「お前の背中は俺が絶対に守る」
「ああ、わかっている」
 相方の返事は変に大きく硬い声だったなと思う。俺もか。

 俺はと改めて思い、大きく息を吐いた。背中越しに相方のやはり大きく息を吐く声が聞こえた。手は水筒ではなく腰のケースに伸び、指で撫で回し、掌で擦り、確かにそこにあると何度も確認する。確かに在ると言い聞かせる。ケースの中には体力増加と大切な大切な治癒のポーションが収められている。大丈夫だ。ちゃんとある。

 昨日は全然大丈夫だったのにな、と思う。決戦を明日に控え、案外平気で俺もなかなか肝が太いと一人悦に浸っていたのに、ザマぁない。
 昼に街に出て、飯でもどうかと後輩を探したが、見つからなかった。そのへんからツキが徐々に落ちていったような、気がする。


 昨日は突然に完全休暇が言い渡された。『リフレッシュ休暇』と、“女王様”は言っていた。リフレッシュが何を指すか分からなかったが、訓練に飽き飽きしていた俺たちは。さすがに解っていると大いに喜んだ。
 訓練を続けたいと申し出た一部の“点数稼ぎ”が騒いでいたが、馬鹿かと思った。和を乱すなと。いい子ぶったバカに引きずられて結局は全員が訓練に戻らざるを得なくなったらどうする。
 その点“女王様”はやっぱり判っている。武器に触ることさえ一切禁止だと。厳命だと。後は何をしても構わないと。俺たちは大いに湧いた。

 ただ、そこに再び水を注すバカがいた。あの小僧だ。何故なぜにお前がここに出てくる。ただの雑用のくせに。
「なにをしても構わない。逃げてそのまま戻ってこなくても」

 バカが、この街を守るのは俺たちだ。何様のつもりだ偉そうに。ふざけろよ! 巻き起こる大ブーイングを受けても小僧はどこ吹く風で片方の口角を上げた白眼視の様相だ。
 流石に見かねたのか女王様が平手で小僧の後頭部を叩いていた。小僧が二三歩たたらを踏むほどの強さだった。頭を抱えて蹲っている。でもそこになんとも言えない親密さの匂いを感じて、ちょっと白む。まあ、元々が小僧は女王様の従者らしいので仕方ないかもしれないが、やはりイラッとする。

 気づくとギルド長も頭を抱えてはいたが、結局最後まで何も言わなかった。ゲートさんに至っては何度も頷いていた。赤鬼はもうダメかもしれない。ちょっと前までは俺等の兄貴として尊敬もしていたが、メッキが剥がれたと言うか……どうでもいいか。

 ◇

 明後日には“うつり”が始まる。その前に明日は休暇だ。俺は昼まで惰眠を貪ることにした。流石に身体は連日の酷使で悲鳴を上げていたしな。メンテナンスも必要だ。その後は街に繰り出し最後の晩餐と洒落込んでもいい。
 今日の晩飯も通常の、いや、配給食にしては充分過ぎるほど豪華な、魔物クサレ肉ではない真っ当な食事が出て来るようになっていた。大判振る舞いだ。

 街もギルド長が“投網”の弾丸や“タクティカル・ベスト”、“兜”の特急発注を行なった事を切っ掛けに住民も腹を決めたのか、或いは領主に街から逃げることを禁止されヤケクソになったのか、街の機能が復活し、飯屋やその他の店も再開するなんど大量高額発注の余波で大いに活気ついていた。商人を親に持つ同僚が『金が廻れば活気づく。活気づけば街は何度でも生き返る』とうそぶいていた。どうでもいいが、俺は大義名分で動く。それが漢だ。


 やはり気持ちは高ぶっているのか、思ったより早く目が覚めてしまった。夜明け前にだ。その後は変に目が覚めてしまい、もう眠れなくなってしまった。ああ、明日はこの時間から出撃かと思ったら途端にソワソワし始めて、我慢できなくなり飛び起きてしまった。その音のせいか、上のベットのヤツも隣のベットの二人もモゾモゾと起き出してきてしまった。

 無理に起こしたかと済まない気持ちになったが、三人ともあまり眠れていなかったらしく、なんとも肝の据わらない奴等だと笑った。
 その後は朝食が始まる迄と、男四人でバカ話しに興じた。主に“女王様”や“黒の副官殿”にもうチョッとポヨヨンだと更に良いのにと、ギルド長が若返ってポヨヨンがなくなってどっちが残念だとか、そんな身のない話だ。
 大いに盛り上がり、何時の間にか眠っていた。流石に身体は疲れていたのか、起きたのはもう昼を随分と過ぎた時間だった。寝すぎて頭が重く、起きた時は俺一人だった。ツレねーじゃねーかと思った。
 腹が異常に減っていた。

 ドアを開けた処で部屋の三人が飯から帰ってきたところに出くわした。街に繰り出し昼飯を喰ってきたらしい。俺が文句を云うと、あまりにも俺が気持ちよさそうに眠っていたので起こさなかったと謝ってくれた。
 しょがねぇなと、それに仲だってそれ程には良くもなく、ツルんで飯に行きたいとも思わなかった。何より、腹が空き過ぎて面倒くさい。俺も久々の街に繰り出し飯を食こうと、さっさと三人と別れた。

 一人だと何だかなと、後輩を連れて行くことにした。女子寮の階に行くと、既に街に出て不在だった。なら街で捕まえればいい。栄えてはいるが小さな街だ、それに貧乏な俺等ギルド兵が行ける店なんてたかが知れてる。奴は既に飯は食い終わっているだろうが、俺が頼めば付き合ってくれるだろう。
 俺は街へと繰り出した。

 ギルドのゴツい外門を通って街の中心部に向かう大通りの中程で、後輩を見つけた。ギルドに帰る途中だったみたいだ。ちょうど良かった。でも後輩は一人じゃなかった。槍使いスピア組の一番年若い、髪を真ん中で高く逆立てたトサカ頭の“ヤンキー”と一緒だった。

 最初の顔合わせ時に小僧に突掛かって反対に瞬殺された、何時もダルっとして斜めに立っているような半端者だ。確か後輩と同じ種族で同い年だったか。なんかイラッとした。後輩が今までに俺に見せたことの無い顔で話し掛け、それをヤンキーが面倒くさそうに、それでも楽しそうに二人歩いている様子が妙にムカつく。

 俺は二人が目の前に来るまで立ち止まって待ち構えた。後輩は俺には目もくれず、気が付きもせずに話に夢中で、ヤンキーに笑いかけていた。
 「よお、俺は飯がまだなんだ、付き合えよ」

 俺は後輩の手首を掴もうと手を伸ばす。



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お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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