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第六節 〜似非魔王と魔物、女王と兵隊〜

073 叫んだらそのまま悲鳴になりそうだから

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主人公と、ハナちゃんサチ姉さんが働き、
赤鬼が不貞腐れている間にギルド長は何をしているのか? のお話しです。
働く女性は好きです。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注1
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――

 ◆ (『ギルド長』の視点です)

 高い擁壁に囲まれた敷地のその下、地上には石造りの櫓がひとつ。その他は何もなく、下方に無駄に広く深くギルドの地下施設は​​十一階層とも二十一階層とも、いや無限にあるのかもと噂されている。
 各階層は細かくベルギーワッフルのように部屋が別れており、広さはまちまちだがモジュールは揃っており、その組合せで大小が分かれている。

 使い勝手が悪く、過去に改修工事を施そうと試みたが、壁は床と天井とで一体化しており、そもそも硬すぎて取り除けなかった。鉄道高架軌道、ギルドの擁壁と同じくこの地下施設も『不壊』の“尊遺物レリクト”だったと判明し、諦めた経緯がある。
 誰が何の目的でこんな使いにくい施設を作ったのか。少なくとも最初の所有者はギルドではない。

 ドアがあるのに開かず、どうしても入れない部屋が幾つもあったり、本当に数年毎に部屋の位置や広さが変わる、らしい。階層数も。中に人が居たとしても、何時の間にか……。それで飲み込まれたって話しは聞かないけど。……私はまだ経験したことはないが。
 ギルドは空き家を黙って使用しているに過ぎない。もう何百年も前から。もとは魔窟ダンジョンであったとの噂もある。


 地下四階の長い廊下をハイヒールの音を響かせ、腕に抱えた箱の上に書類の束を載せ足早に歩く。同じ大きさ同じ仕様のドアがただ真っ直ぐな廊下に無限に続いている、ようで、平衡感覚が狂いそう。そして目的の部屋は見つからない。

 誰もいない。一人も居ない。使用不可の部屋があるものの、元々広すぎて使っている部屋も使用している人数も少ないのに、二年前の“うつり”でよりいっそう使用者が減った状況で、残りも今は地上の鍛錬場で訓練と最下層の工房での作業にと別れ、その中間階層間には誰もいない。だから私の愚痴を聞いてくれる者はいない。
 
 探している部屋を行き過ぎたようだ、Uターンした際にハイヒールの軸が振れて転びそうになる。腕の中の箱とその上の書類が遠心力で辺りに派手にぶち撒かれる。花びらのようにひらひらと書類の一枚一枚が空を舞い、広範囲に渡りちりぢりと。その真中で私は『クー!』となる。

『またやり直しなの?! 私が何をしたっていうの?! バカじゃないの?!?! 』

 等々とうとう数々かずかずの罵詈雑言を叫びそうになるのを掌を握り込むことで我慢する。ここには誰もいない。聞いてくれる者も聞かれて困ることもない。でもここでヒステリックに叫ぶのは違うと思う。叫んじゃいけないと思う。
叫んだらそのまま悲鳴になりそうだから。

「大丈夫、未だ終わってない。まだ間に合う。焦ってはダメ。落ち着いて、丁寧に確実に進めるの。そうすれば間に合うし大丈夫」
 でも我慢できなくて。

「クソ馬鹿ハム小僧がーー‼‼‼‼‼‼ 」叫んでしまった。

 気分が幾分収まった。やっぱり無理はダメ。吐き出さないと、一番の汚物は。
 ただ、反して小僧が居てくれてた事にの少しだけ(嘘、大いに)ホッとしているのは、内緒。クヤシイから。

 私はハイヒールを投げ捨てると裸足のまま、膝を突き書類と箱をハイハイして回収する。チョット右足首が痛む。でも意識して無視する。先ずは抱えていた箱の中身が無事か確認しないと。
 大丈夫なようだ。まあ、外見では中身が壊れているかどうかなんて判からないのだが、まあ大丈夫だろう。振っても音はしないし。

 箱の中には『外付け・えすえすでー』と小僧が呼んでいた紐が付いた薄い箱が数十個と収められている。そのひとつひとつに魔法陣章が『でーたー』化されて中に入っているそうだ。意味はわからない。
 その薄い箱の尻尾のような紐の反対の端子を街の各工房に設置されている“花魁蜘蛛クイーンの糸”を紡ぐ機械、小僧が言うところの『すりーでーぷりんたー』汎用機の動力源である魔晶石硬貨の投入口スリットに差し込むと自動的に『いんすとーる』され、小僧が求める製品が次々に製作出来るようになるそうだ。訳がわからない。

 私が任された仕事はその『えすえすでー』と作業指示書と仕様書、各種承諾書と契約書を持って、街の各工房を周り、製品作製についての細かい打ち合わせとそれを期日まで治めるようお願いしての支払額までを折衝した契約だ。それを何十件と行う。

 それを今日中に、契約後は各所との連絡の中継と監督指導、ウチの蜘蛛を貸し出す手配。細かい疑問などあればバカ小僧との橋渡しなど製品がおさめられるまでのフォロー全般。それを全て私一人で。それも速やかに滞りなく行う。
 バカじゃないの。
 でも、出来ないとは言えない。

 アラクネたちは本来は事務員も兼任していた。私の秘書も。それが全部小僧に取られ、今は最下層の武器庫兼工房で全員が鬼気迫る勢いで“表象印契”をブンブン振り回して“尊遺物レリクト”を修理中だ。
 三日前まで修理やメンテナンスなんて到底出来なかった彼女達がだ。ほぼ事務員が正業化していた彼女達がだ。
 それがここに来て仇となった。甘えて増員していなかったギルド長である私の失態。分かっていたのに。こうなることを、工房が忙しくなることを一番望んでいたのは私なのだから。だから一人ぐらい回してほしいなんて言えない。

 小僧たちは“尊遺物レリクト”の修理だけではなく、増産も既存品の改良も新たな魔道具の製作も考えているらしい。
 “羽竜落とし”の弾丸も含めて揃えるものは多い。すでに工房隣の制作室に鎮座している、小僧が言うところの『すりーでーぷりんたー』は壊れた三台も直して七台フル稼働状態になっている。それだけでは間に合わい製品を変わりに街の工房に頼むのが私の仕事。
 やる事は多い。

 ああ、その前に各工房への仕事の割り振りも個数の発注量も算出しなければ。街の工房も個々で得意・不得意、ワンオフ特化や大量生産に向くなど色々特徴がある、その製品の特徴にあった発注先を選ぶ作業があった。ああ、契約書の雛形も作成しなければ。

「ちゃんと契約書を作成して支払額も彼らが納得する金額を提示しろよ。無理言って働いてもらって納期もキツキツなんて普通は受けてもらえないからな。
 こんな時だからこそだ。こんな時だからこそ、ギルドは“遷り戦争”が終わった後もちゃんと存続しており、同じくちゃんと存続し続ける街に金をたんまり落としてくれる覚悟と自信がある、と思わせられる。
 緊急時だから戦争だからと上から“モノを言ってる”と、直ぐに見限られるぞ。民衆は甘くない。民衆に見限られた瞬間にこの街もギルドも終わる。民衆あっての街だしギルドだぞ。間違えるなよ」

「わ、わかっているわよ」

「ほんとうか?」

 私はギルド総頭会府の高い地位と責任のある立場の元高級役人で事務屋だ。そのおごりからか、ソノ脳みそだけで全ての物事を図ろうとするクセあることは否めない。判ってる。でも、ハム小僧に指摘されると腹ただしい。判ってるわよ。手を動かすのね。ハイハイ。


 私は書類に埋もれた廊下でハイハイで這い回り、自分のノートを見つけ、数多の必要な書類を見つけてはその場で思いついたことを纏め書き込み、分類毎に区分しその脇で草案を作成し……。私は事務屋だ。生粋の。デスマーチには慣れている。

 なんだ、ここで作業出来るじゃないの。元々書類を広げられる大きな机の有る部屋を探していたのだし、その部屋もアラクネしか知らないし、アラクネはもう事務員じゃないし。

 ちょっとまって、事務員が下ってことじゃないわよ。それは生粋の事務屋の私が許さない。まあ、適材適所って事で。私はノートの片隅に『事務員募集』と、全て終わった後に早急に、とメモった。

 それにしてもこの仕事量を今日の朝イチ一番に一度に押し付けないでもいいのではないか。それに今日中に絶対って。でも全ての魔道具の修理増産、及び新製品開発の発案と計画を立て、剰え必要な部材製品のピックアップと製作に必用な具体的な各作業指示書及び仕様書と『えすえすでー』なるものの中身、たぶん複数の魔法陣章を開発し表象印契しているのだろう、それをアラクネの最初の修行時間の五十時間で揃えたらしい。

 ……やるな、小僧! と思わなくもなくもないないが。それでも昨日の早い時間にでも言ってくれたなら、徹夜でもして少しでも進められたのに。
 文句を言ったら小僧は妙に神妙な顔を見せ。

「ちょっとした最終的なお願いを聞いてくれるかどうかの確認がね、それが取れないと次の手も含めて全てが“絵に書いた餅”になりえたからね。それに……やっぱり、自分の気持の確認に少し手間取った、かな……済まなかったね」

な、ナニよ大人ぶって。オネイサンをなめるな。

「くそガキ生意気なのよーーーー!!!!」
廊下いっぱいに響き渡るぐらい叫んでいた。どうせ誰もいないし、誰も聞いてないし。


(謝りたくてギルド長を探していた赤鬼が聞いていた。ガグぶってた。)

―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。

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