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第六節 〜似非魔王と魔物、女王と兵隊〜

068 あなたの誇り高く崇高であるべき主人として

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ハナさま悪役令嬢として降臨? その2です。
『悪役令嬢はサッちゃんが好き』って感じです。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
 
 ◆ (引き続き『ハナちゃん』の視点です)
―――――――――
 ◇

 今私はサッちゃんと共にギルドの地上の敷地、鍛錬場? に出て、ギルドの兵隊たちが軍事訓練をしているのを脇から眺めている。
 擁壁の上からこの街とギルドを視察したのは昨日。今日はこの街にたどり着いてから三日目の朝。
 ハム君に頼まれたから。この兵隊共を鍛えてくれと。

 私達の生存率を高める為にもそれはやぶさかではないのだけど。どうしろっていうの? このクサレ共に。肉になっちゃうの? 魔物クサレ肉に。そんな上等なモノにもならなそうなんだけど。
 富国強兵の強兵を私達に押し付け、自分は富国っぽい何かを成す為に昨日、擁壁から地上に戻るとハム君はひとり、最下層の“宝物殿”に降りていった。
「遅くなりそうだから、先に休んでいてくれていいから」

 何その若夫婦的な甘酸っぺーやり取りはわ。私漏らすわよ。漏らさないけど、侯爵令嬢として。でも男爵ぐらいだったなら危ないところだったわ。
 漏らさなくてよかった。だって本当にハム君は戻ってこなかったから。

 前世の記憶が戻ってきてから、“溜まりの深森”に入ってから、初めてハム君が側に居ない夜を過ごした。泣いてないわよ。全然平気。
 私が泣いてるかもって、ハム君は心配しているかもね。お生憎様。全然大丈夫。
 自分が今できる事を、成さねばならない事を今もコツコツと熟しているであろうハム君。私が泣く理由ワケにはいかないじゃない。

 でもね、そんなことより問題なのはね。サッちゃん情報によると、ハム君が指導している工房の職工さんは全て、女性って云うじゃない。なにそれ、信じられない、泣くぞわたし。もう今度は本気で泣く。

 全て女性って、なにかの間違いが起こったら……。そんな眠れない私に一晩中付き添ってくれたサッちゃん、感謝してるんだけど。

「大丈夫ですよ、あの小僧、もとい、ハム殿にそんな度量も度胸も、根本的にそんな大層な魅力など、これっポッチも有りませんから」
 そうだけど、そうなんだけども、その言い方、断定しちゃうの、ちょっとムカつんだけど。そんな事、これっぽっちも思ってないくせに。私以上に。


 隣で一緒に兵隊達の鍛錬を眺めているサッちゃんが焦燥感からか奥歯を噛み締め、眉間に皺を寄せているのが解る。ダメよサッちゃん、そんなに強張らせて、変なところにずっと力を込めていると皺になっちゃうんだから。取れなくなっちゃう。でもそんな小言も聞いてはくれないだろう。
 だって、それほどまでにココの兵達の数は少なく、練度が低いから。

 自身が同じギルドの冒険者であることからの忸怩じくじたる思いは勿論だけど、この為体ていたらくを生んだ根本的な原因がこの地の領主で、自分の親しい古い馴染みである事に強烈な、慚愧ざんきえない思いがあるのでしょう。詳細はわからないのだけれど。

 サッちゃんには感謝しているの。領都から飛ばされた時、最初に出会った人がサッちゃんで本当に良かった。“溜まりの深森”で先頭に立ち道を示してくれて本当にありがとう。右も左も分からない私達だけでは絶対に此処ここにはたどり着けなかった。

 “溜まりの深森”を抜けた先が自分の目指していた先とは全く、方向まで違い、抜けるまで数ヶ月も要した事を酷く気にしていたけど、それは私が悪かったのだから。
 高貴な血と類まれな魔力しか持ち得ない至高な侯爵令嬢である私がただ嫌になるぐらいクソ足手まといだったから。よくぞ途中で見捨てなかったと、逆に呆れるぐらい。サッサと見捨てても良かったのに、サッちゃんもハム君も。

 ハム君はラノベお馴染みの異世界移転時のチュートリアルで神様とか女神様とかが出てきて色々と助けてくれたりチートを与えたくれたりと、特典があるはずなのに自分には何にも無いって、ボヤいていたけれど、まあ、確かに何も持たせず、裸のままだったっていうのは流石に良くやったわ、眼福よグッジョブ! ではないわね、間違えた。
 
 私の時のような“白いモノ”が顕れなくてよかったと、アレは只々不快なだけだから……だから、わたしが言いたいのは、チュートリアル時の神様や女神様が私達のサッちゃんだったと思っているって事。
 ハム君に言ったら嫌な顔をすると思うけど、否定もしないと思うわ。
 フフ。素直じゃないから。

 そんなサッちゃんが少しずつ暗い、思い悩んだ様な顔をするようになったのは何時頃だろうか。野良の“花魁蜘蛛クイーン”との死闘を経た後からか? 私の“銃撃”で魔物を避け得るようになった頃からか、ハム君がその“速さ”で魔物を翻弄するようになった頃からか。
 サッちゃんは自らは決して戦おうとしない。戦わない。戦えない訳ではないらしいけど。

 それだけじゃないって、ハム君は言ってたけど。
 そんな事、気にしなくていいのに。私もハム君もそれ以上のモノをあなたから貰っているのだから。出来る事を出来る者が行えばいい。そして私達三人はそれが出来ている。上手くやっているのだからそれでいい。

 それでも、“溜まりの深森”を抜けた時のサッちゃんの見せた晴れやかな可愛い笑顔で、私もやっと“最悪”を抜けたんだと思えたんだけどな。
 たどり着いたのがサガンという名の街で、あと数日のうちに“うつり”を迎えると知った時に戻ってしまった。人の顔から一瞬で一切の表情が抜け落ちる様を見たことはなかった。

 そして今のように酷く思いつめた顔を隠そうと、隠せなくなったのは昨日の擁壁の上で聞いた、この街の領主である男爵がサッちゃんの昔の知り合いだと知った時から。石の手摺を握りしめ、無意識に伸ばした爪が穿つ音が忘れられない。そして視た、伸ばした鋭い爪先にほとばしる細く幾にも分枝したイナズマの瞬光を。それは、小さくとも確かに数百万ボルトを有する本物の雷光だった。

 それらはたぶん、根はすべて同じだよな。とハム君は言っていた。私もそう思う。
 見かねたハム君がこの街にたどり着いた最初の夜に、凄く乱暴な言葉でこの街から出る事を勧めていた「ひとりで逃げろ」と。
 優しく言っても聞かないと思ったのか、照れ隠しか、不器用なのか、フフ、どっちもだと思うけど。ダメね。

 私は一度、ハム君が側に居ない時にサッちゃんに聞いたことがある。
 どうして私に付き従い、助けてくれるのだと。

「名前を、頂き、ましたから。……新たな名は、もう一度改めて始めてよいと、言って頂いたように思いました。私も、もう一度始めてみようと、そう思えるようになりました」

 ごめんなさいサッちゃん! あの時はちょっと、ほら、疲れていたし、何ていうの、ぶっちゃけハム君があなたに欲情していたじゃない。だからちょっと、イラッとして、チョットした意地悪のつもりだったのよ、ほんの冗談のつもりで。でもなくて、ただ単に頭にポッと浮かんで、これでいいかな面倒だし呼びやすいかなーて……。

 もう遅いと思うけど、ゴメンなさい。でも、今となっては、いい名前だと思うわよ。覚えやすいし、最初からかもしれないけど……改名する? そう、無理よね。ごめんなさい。

 それにしても、重いわサッちゃん。すっごーく。重い女は今時、流行ら無いのよ。
 私はもう一度始めたあなたも、過去のあなたも、無条件で肯定するわ。今のあなたも、過去のあなたも何があったか知らないけど、変わらず愛することが出来るから。私を舐めないでほしいわ。

 それでも。
 サッちゃんは私の事を主と呼ぶ。私はそれを良しとしてきた。なら私には“主”としての責任が生じる。私自身的には、前世の記憶を取り戻した今の私としては良いお友達だと思っていたいのだけど、思っているのだけれども、世間も、サチも許してくれない。なら、私はその期待に応えましょう。あなたの誇り高く崇高であるべき主人として。

 だから、そんな顔をしないで、サッちゃん。



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お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。

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