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第六節 〜似非魔王と魔物、女王と兵隊〜

067 烏滸がましく愚かだけど、傲慢ではない。つもり

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ハナさま悪役令嬢として降臨?。
『悪役令嬢はハム君が好き』って感じです。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
 ◆ (『ハナちゃん』の視点です)

  若返ったギルド長さん改め“委員長系ギル長さん”に案内されてハム君とサッちゃんと私、加えて副ギルド長の赤鬼さんの五人で擁壁の上に登った。外周を辿り眼下のギルドとこの街を俯瞰して見て廻るため。ハム君がどうしてもと願ったから。
 今はこの街に入って二日目の午後。

 幅三メートル程の手摺の端からはちょっと身を出しただけで足元の地面まで一直線に覗き見れ、足がすくむ。ハム君もちょっと引いていたが、街の様子を見やる目は真剣で、時に身を乗り出して何かを確認している。うん、その身を乗り出す様子を見てるこっちのお尻がズムズムよ。

 街を説明する委員長系ギル長さんは若返り美人さんなのは相変わらずだったが、肌の荒れと目の下の隈は隠すことは出来ず、言葉の険は隠す気もなさそう。相当苛立ってる? ストレスは美容の大敵なのに。まあ、そうも言ってられないか。偉いおとなの人は大変。

 赤鬼さんは逆に朗らかで豪放磊落でよく笑っていたが、その笑い声は妙に乾いて私には聞こえた。見かけによらずストレス耐性が弱っちいのかもしれないわね。それとも内心では私達を警戒している? 午前にはハム君と喧嘩したし、負けたし、実働突撃隊長なのに。まあ、お尻のお穴が極端にお小さいのでしょう。哀れね。

 美しい街。とっても。何本かの太い道とその間の畝った細い道、全てが計画的ではなく、それでも何処か順序立てられた、人が住み暮らす為に集い営まれた街。活気があり、所々虫喰いの様な黒い更地が点在していなければだけど。
 そんな死にゆく街を見て回る毎にだんだんとハム君の顔から表情が抜け落ちていかなければ。足元のあちこちに点在している赤い黒い染みを執拗に靴の爪先で削り取ろうとしていなければ。

 私はこの街を救ってほしいと、ハム君に願った。本当はこんな街どうなってもいいって、思っているのに。

 一番いいのは今すぐにでもココから逃げ出す事。そんな事は私もハム君もサチだって判っている。ハム君はパンツだとかお風呂とか真面目まともなご飯とか口にしているけど、そんなのは唯の言い訳。最後に拾うのは、手元に残すべきはハム君とサチと私の三人の命だけだから。“溜まりの深森”ではずっとそうして来たというのに。

 だからこそハム君は悩んでしまう。立ち止まってしまう。ハム君も判っているのだろうに、その両手に抱えられるのは私とサチと、自分の命でいっぱいいっぱいだという事を。でも願ってしまう。考えてしまう。私を無条件で救ってくれたように。サチを何も聞かずに救ってくれたように。この街を。この街の消えゆく人々を。

 結局はハム君はこの街の為に動いてしまうだろう。戦ってしまうだろう。でも躊躇してしまう。ギリギリまで。何故なら“足手まとい”の私達を抱えているから。抱えたまま戦う事を、私達を巻き込む事を良しとしないから。
 そして全てが遅すぎて、救うことも叶わず、私達はその寸前で逃げ出す。たぶん、その時に逃げ出しても、私達は、いや、ハム君はもう耐えられない。

 今から実際に動いても遅いのかもしれない。私達がこの街にたどり着いた時には、ううん、ハム君も言ってた、二年前に既にようにていたって。私もそう思う。たぶん委員長系ギル長さんも、赤鬼さんも、この街にいる全部が既に。でも、希望が有るとすれば、って期待している。手を伸ばしてくる。無責任に。
 既にすがり付いている私が言うのは烏滸おこがましいのだけど、だから私はこの街が嫌い。だから同じ理由で私は私が嫌い。

 何も変わらないかもしれない。でも、終わりはすぐ其処そこまで近づいて来ている。もう見えている。誰かが小躍りしながらニタニタ笑い、足を鳴らし手を叩き実に下品に。ムカつくわ。
 だから私はハム君に願った。この街を、“私とサチとハム君自身”を救ってほしいと。

 でも、今、この街を眺めながら私は後悔している。迷ってる。
「やっぱり逃げようよハム君」って言ったら……。言いたい。言いたいよ。

 “忌溜まりの深森”で私達が死にかけた最大、本当に危うかった、よく生きて抜け出れたと思わずに居られない程の恐怖は、私の銃撃を何発も受けてもその突進を止めなかった、ハム君のテルミッドで手足を吹き飛ばされても牙を突き立てる事を諦めなかった、強大で醜悪なあの魔物ではなかった。
 非力な私のひと蹴りでも潰れるほどの個体の、“数の暴力”だった。

 結局、その戦いでは勝利したいとも引き分けたとも言えない、ただ満身創痍で逃げ出せてギリギリで事なきを得た。そんな感じ。
 もうあんな体験は二度としたくない。いみじくも、今回は味方となる、ハム君の眷属となった“花魁蜘蛛クイーンの大群”だった。

  赤鬼さんの時に出てきた白銀の力強い個体ではなく、一回り小さく灰色がかった野良であったが、今思い出しても鳥肌が立つ。サチの消えがたいトラウマだ。最後、ハム君が蜘蛛の糸を無効化出来るスキルを発動できなかったら……私達はこの街に辿り着ことは叶わなかっただろう。
 鮮明な記憶がフラッシュバックする。やだ、変な汗が一斉に吹き出す。気持ち、悪い……。

 その“数の恐怖”が今回の敵だ。いみじくも、“花魁蜘蛛クイーン”の天敵、学術名スピピデムーマ。本名はカワイイのにね、通称カトンボは微妙ね。
 空が暗くなるらしい、空いっぱいが黒く蠢く一匹の生物のようだと。初日の日の出と、上手く生き残れば最終日の夕日の僅かな時間の二回が、三日間で拝める太陽の全てらしい。どんだけよ。盛ってると思うけど。盛ってるわよね?

 私は間違えた。後悔している。だから言いたい。「こんな街どうでもいいじゃない」実際、どうでもいいのに。
「逃げようよ」たぶんそれが最良。

 たぶん、ハム君は私達と一緒に逃げてくれる。でも……。私達もそこで終わりになるだろう。人って、なんて融通の効かない不器用で無様な生き物なのだろう。
 それが、悲しい。
 

 私は烏滸がましく愚かだけど、傲慢ではない。つもり。

 私の国、私が住んでいた領都にも冒険者ギルドはあった。はず。確か? 仕事内容もほぼ同じだったはず。“ほぼ”とはその主要な業務が魔晶石や魔物由来の資材(牙や角、毛皮等の特殊部位)の買取のみ、ギルドの正式名称『特異生物産資源買取』に特化していたはず、その後に続く『その他業務委託』は行なっていない、はず。

 曖昧でごめんなさい、私の領土では魔物の討伐は『領主』すなわち領兵の仕事だったから。特殊ではあったが完全な商社扱いだった。
 貨幣発行管理業務を行なっていたかは不明。そんな国家レベルの機密を侯爵の息女だとしても知るよしもない。

 私自身、お金が何処から出て来ているかなんて考えたこともないし……ゴメンナサイ、噓をつきました。お金自体見たことなかったもの。なにせ前世の記憶を思い出す前はほら、リアルで悪役令嬢をしておりましたでしょ、ゴメンアソバセ。
 まあ、大貴族で広大な領土を持つお父様は元より、超封建国家で武闘派ブイブイな我が王が自分達貴族以外の勢力に軍事力を持つことを許すとは、到底思えないから。

(あとで知ったが、昔は此処ここと同じく『その他業務委託』もあったし、軍事力も保有していた。それを奪ったらしい。お祖父様とお父様が)

 だから、私の目の前で、もの凄く拙いけど、もの凄く少人数だけど、領兵以外で軍事訓練を視た事は無かったからすごく新鮮。でも酷く下手。こんなので本当に“うつり”とやらをやり過ごす事が可能なのでしょうか? 溜息しか出ない。莫迦なの。



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