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第三節 〜サガンの街〜
028 お姉さん、ご親切にありがとうございます。そしてお断りします。
しおりを挟む綺麗な? 妙齢? な、お姉さん? 登場です。
それとサガンの街の状況をちょっと。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
「それは酷というものだ。優しく無いんじゃないのかな、少年」
と、ハナとサチが口を尖せて文句を言う前に突然うしろから声を掛けられた。
「露天の魔物肉は申し訳ないと思うよ、今この街は食料の外からの流通が止まっていてな。食料だけじゃない、全てなのだが、
本来ならこの街の屋台はどれも自慢の逸品揃いなのだが、それが振る舞えず残念だ。勘弁してほしい。それでもさ、何も無くなってしまった街だからこそ、もう少しこの街に居てほしいと、お姉さんは節にお願いしたい訳だ」
と、僕らの後ろから声を掛けるナイスバディーな、ズキュン&キュッで、ドバーンな超派手な……。
誤解を恐れずに言うと、顔だけが妙に加齢を如実に表したと言うか……、はっきり言うとオ……オ……さんが話しかけてきていた。
「お姉さん、な」
と、妙齢なオ……オ……。
ちょっと直視するのが痛々しい程のド紫色でスパンコールがテラッテラなボディコンシャスな装いでキメた、ほうれい線バッチリで目尻の深すぎる複数のシワが刻まれた妙齢な女性を敢えてそう呼ぶなら……でもごめん、真実から目を逸らせない。だからその……オバさんが微笑んでいた。
「おねえさん、な‼︎」
そうなんだ、そこはやっぱり拘っちゃうのね。気持ちはわかる。オーケー、僕が折れよう。簡単なことさ、自分を偽ればいい。簡単なことさ。
……オーケー、行くぞ。
顔だけ妙齢な女性だけどゴージャスな、お……お姉さんが話し掛けて来ていた。びっくり。色んな意味で。ちなみに綺麗な明るいブルネットの髪のワンレンから2本の短い角が僅かに覗けていた。
でも胸だけは寄せて上げてる事は明白、僕の目は誤魔化せない。いや非難するつもりはないよ。むしろ好き。形が綺麗に出るしね。
でもやっぱりナイスバディーで若作りで痛々しい妙齢な女性だけど申告通りお姉さんでいいんだよな。
「もう前述後述は無しでただのお姉さんにしとけ! お願いします」
と、お姉さん。……すんなりと言えるじゃん俺。偉い。
「まあいい。突然後から声を掛けて驚かせたのであろう。ここは素直に謝らせてもらおう。失礼したな。
そこでだ、さっき城門駅舎前広場で冒険者ギルドの場所を尋ねていたであろう。だからこうして親切に案内してやろう思ったのよ。有り難いだろう?」
「お姉さん、ご親切にありがとうございます。そしてお断りします」と僕。
「折角のお申し入れですが、見ず知らずの人に着いて行かない事と、不審なメールは開かない。これはサイバー空間に生きる全ての者の必須スキルですから」
「……見ず知らずの人ではないぞ、なあ、サマンサ」
サマンサって誰だ。と、横を見ると額から一筋の汗をタラリと流すサチの硬直した顔。ああ、サマンサってサチの本名だったな。
「……お久しぶりだず、おばさま」噛んだなサチ。汗が止まらないな。
「お姉様な。今度間違ったら殺しちゃうぞ?」とウインク。
「お、お姉さま、何時にお目に掛かりましても、あ、相変わらずの御美しさに、感嘆いたしております」
よし、よく言えたなサチ。立派だ。でも汗は二筋に増えている。
「そう? でもお世辞はよいわ。ところで、オババ様はお元気?」
「ええもう、もうほんと、元気すぎて困っちゃうぐらいでして、今もそのオババ様に指示された道案内の仕事の途中です」
そうなのか? まあ、雇い主が変わったが元々もハナを案内する仕事ではあったな。人攫いはオババって人の指示なのか?
「そう、オババ様が壮健そうで何よりだわ」
そこで僕とハナを上から下まで観察するように改めて吟味し、特に僕を見る時は目を細め、フーンって感じでヤナ感じな舐め廻し方だった。
「ではギルドに参るか。行くんだろう? サマンサ」
口をぱくぱくさせ、硬直するサチ。どうしたサチ。
そのサチの腰に抱きつき、
「私の可愛いサチをいじめるな、“おばさん”」
と、宣った我らがハナ。空気読めハナ。
「これから私達はお風呂入ってお肉を食べるんだから、邪魔しないで、“おばさん”」
二度言っちゃった。しっかりと、良い発音で。オバさん……改メお姉さんの眉間がピキッとなる。
睨み合う古参ボス猫と新参ヤンキー猫の図柄が浮かぶ。シャーって吹き出し付きで。
あ、やっぱりお風呂とお肉は諦めないのね。どうしたもんか。でもハナよ、肉よりも僕のパンツ買う方が優先度は高いからな。
やっと起動したサチがハナを後ろに庇い。
「すいません、オバ……お姉さま」
今、オバサンって言いそうになった。意図的か? サチ、やるな。
「今は他に済ませる用事もございますので、後ほどお伺いします」
「……そう」僕だけに視線を移し、
「ならしょうがないわね、では後ほどね。でもサマンサ、必ずそこの坊やを連れて来なさいね。必ずね」
と、それだけ言うと意外なほどあっさり身を翻すと背を向け街の喧騒に紛れ消えていく。僕は“坊や”と呼ばれた時、何故か背筋が冷気で震えた。ちなみにハナには一瞥もくれていない。
「ヤナ感じ」とはハナ。
街の背景に消えて行く自称お姉さんに目が離せない。僕らから確実に離れてくれたと確信するまで。
最初、僕は自称お姉さんに声を掛けられるまで探知できなかった。似非大賢者様が探知は対人に比重を振ると言っていたのにだ。
今も目で追っている筈なのに、認識が阻害され霞そうだ。
“黒フードの男”よりも“フワ金さん”よりも“忌溜まりの深森”で会敵したどの魔物よりも、僕の警戒心は振り切っている。恐怖している訳じゃないんだけど、声を掛けられた最初から全てに置いて違和感が半端ない。
明らかにオバサンなのにお姉さんと言い張るそのメンタルもだけど。
それが一番だけど。
人波に紛れて姿を消す瞬間、振り返り僕と目線を合わせ微笑んだ自称お姉さん。身が震えた。
「だぁ!」何故背中を蹴るハナ。
「あんなに綺麗で美しいお姉さん見た事ないけど、負けないんだからね!」
「「えっ?」」
「エッ?」とハナ。
「さっきオバサンってシッカリはっきり公言してたじゃんか?」
「どんなに綺麗でも年が三歳以上離れていれば敵は全て“おばさん”よ。決まってるじゃない」
なるほど。唯の敵認定の悪口だけだったのね。年齢で人を差別しない良心は持っているのね。さすが貴族の教養教育の賜物。
まあ、年齢にしては綺麗ではあったが、でも背中に蹴りを入れてキレる程かあ、何より胡散臭かった。まあ、ハナの美意識だからな。人それぞれ。
「だぁ!」何故背中を蹴るハナ。
「私はまともよ」
◇
「そんな事より、マトモなお肉が食べたいよサッちゃん。露店の油滴る串肉、ないのかなぁ、サッちゃん」
とハナ。実に切なそうに。
大通りの両側には多くないがそれなりの数の露店が並ぶが、その殆どの台の上に並ぶのはやっぱり焼き上がったばかりの魔物肉ばかり。
あっちの露店もこっちの露店も。そんなモノ、誰が買う? そもそも食い物じゃないからな、アレは。
と思っていたが、況んや結構な客が買っていく。その場でむしゃぶりつくというような露天のスタンダードな利用客は皆無で、みな持ち帰りだ。それも一人で大層な量を。どういうこっちゃ? 魔物肉なんて魔物狩りの際のもう如何しようもない時の最後の非常食じゃないのか?
俺らの日常食だったけどな。自分で言ってて涙がちょちょぎれそうになるけど。
「その最後の非常事態なんじゃないのか? この街自体が。
遷だからな」とサチ。呟くように。
妙に人の行き来が多いくせに、妙な静寂に包まれた奇妙な街。
サッちゃんや、遷ってなんぞや。
そしてこの人たちは何をしている。
「ここは一度宿屋に向かいましょう。直ぐにもこの街を出るにしても装備を整える等の準備も必要ですし、やはり一時の休息は必要かと思います。宿ならマトモな食事も出してくれるんじゃないでしょうか? あとお風呂も。
……まだ時間はあると思います。まだ、たぶん」
「サッちゃんたらナイス。そしてウシチチやロリな娘店員さんがワチャワチャしてお肉を出してくれるのね? いいわね。お肉、ワチャワチャでお肉! お肉、ワチャワチャでお肉! お肉、ワチャワチャでお肉!
あっ、お風呂は必須」
どんだけお肉なんだよ。そしてお風呂は忘れないんだなハナ。そしてどんだけワチャワチャっ好きなんだハナ? 気持ちは解らなくはないが……ワチャワチャって、そこはかとなくエロティック。
あ、その前にパンツお願いします。
でも結局、僕らは宿屋に泊まる事も、マトモな食事にありつく事も、お風呂は勿論、ウシチチやロリな娘店員さんとワチャワチャする事も出来なかった。
でも、でもさ、異世界なら必ず絶対ウシチチさんやロリちゃんな娘店員さんは居てくれるはずだと、どこかに絶対に居てくれて何時か、何時かは絶対ワチャワチャしてくれるとハナと二人、硬く信じて涙している。
「いねーよ、そんなの」とサチ。
宿屋は何処も一杯だった。満員御礼、食事処は言わんがな、階段や廊下まで非合法傭兵のオッサンたち、若干女性(筋肉マッチョ)がダラダラと座り込み溢れていた。
主要街道から外れ、鉄道を使った“女郎蜘蛛の糸”の生産と輸出を経済の柱として担う街にそれ程多くの宿は存在せず、唯一と言っといい上級商人御用達の高級な二件の全てが洩れなく同じ状態だった。
汗と血の硬質な匂いを漂わせ、連戦で気が立った目付きの悪すぎるオッサンたち&お姉さんたちに占拠されていた。怖い。そして食事は何処も魔物肉一択だった。
後で知ったのだが、彼らの目的は城門前駅舎広場で屯していたヤローどもと同じ。ローテで今は休憩中らしい。二十四時間交代制でフル稼働、休み無し。ブラッキー過ぎる。哀れなり傭兵。待遇改善を求めて立ち上がれ。まあ、無理だろうな。それが社会の哀しい実情。
「冒険者を一人も見ない。どういうことだ」
と、ショック顔なサチ。
僕には傭兵と冒険者の区別がつかなかったが、全くの別物らしい。冒険者ギルドで認可を受けない者が武装して五人以上で徒党を組むのはそもそも違法らしい。だからあえて彼等を非合法傭兵と呼び、区別している。
こちらの世界には強力な魔法が存在する。元世界の日本で言うならサラリーマン全員が腰に拳銃ぶら下げて歩いているようなものだ。何処の武装集団だと。ただでさえ殺傷力の高い剣の装備が許されていること自体が言わんがな。為政者側が規制を掛けてくるのは当たり前だろう。
それでも、力を持っている者が全てギルドに従順するかと言われれば否だ。一定数のはみ出し者は何時でも存在する。そして為政者側の規制も絶対かといえばやっぱり否だ。
社会インフラが中途半端で貴族なんかが幅を利かせ、魔物という“悪者”が闊歩する魔法と剣の“ファンタジック”な、と言うよりも“バイオレンス”に極振りした世界なのだから此処は。
世知辛いねぇ、まったく。そして夢がない。
そして、人に言えない裏の仕事や非合法行為、そこまで行かなくとも正規の冒険者ギルドには頼みづらい怪しい依頼などを熟せる者にはそれなりの需要があり、そのような依頼は高額なものが多く、強者な傭兵を備えた有名傭兵団も少なくない数が存在するらしい。非合法だけど。
まあ、駅前広場で絡んできた冷蔵庫たちが有名傭兵団とは思えず、末端の雑兵組だとは思われるが。
勿論、最終的には野盗や犯罪組織、反政府行為に走る超非合法な武装組織も存在し、止むに止まれぬ事情か、進んでかは分からないが、そこに流れ着く者もいる。それらは総じて境界外者と呼ばれ恐れられている。
非合法傭兵が大量にこの街に屯する現状と、冒険者を全く見ない現実。
なんてどうでもよく、『魔法と剣と魔物が闊歩する世界の闇のお話し』も関係ない。
そんな事よりも、僕的に一番のショックはパンツが手に入らなかった事に尽きる。無慈悲な現実に咽び泣いちゃいそう。
この街は“花魁蜘蛛の糸”の一大生産地だそうで、普段ならお手頃価格で蜘蛛糸製の衣類が手に入るそうだが、現在は蜘蛛糸の生産が完全停止中らしく、手に入らなかった。普通の綿製品も置いておこうよ。麻でもオーケーだからさ。
僕ら三人は静かな喧騒に包まれた陥落寸前の城壁内街の真ん中で途方に暮れていた。改めてお腹すいた。そしておパンツ、 give me 。
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
毎日更新しています。
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