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第二節 〜忌溜まりの深森〜

024 何だ、オマエは

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主人公からハナちゃん、サチさんへと視点が変わります。
サチさんが カワイイと思います。
そして次のステージへ
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――

「いや、マジ邪魔だから」

 実はそんな事より余程大事なのは、僕が寝なくてよくなってしまった件問題だ。
 いや、不眠症とかじゃないから。実はちゃんと寝てる。それも正確じゃないな、半分寝てる。そうじゃなくてちゃんと生体脳は完璧に熟睡してる。人間の生身の脳は定期的に休憩を取らないと壊れるからね。
 イルカやクジラなど一部の水生哺乳類は水中で寝るとき、左脳と右脳で睡眠と活動を交代で行い溺れない様にしてると聞いたことがあるが、それを僕は生体脳と異次元上に造った疑似脳とで行っている。

〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
同軸多重高速思考オールパーパス攻究編纂型疑似脳・ブレインズ”です。
 正確には常時的に、複数の異次元に亘る同軸上での重複する高速思考型の疑似脳と接続してそのサポートを行っていますが、それを睡眠時には思考機能の一部を疑似脳内に再構成する事で生体脳の負担をゼロにして休憩を取らせる事です。
 と活論 ∮〉

 要するにイルカの進化系。だんだん人間離れしてくるな。怖いぞ。
 で、まぁ、ハナにもサチにも悪いかなって。特に眠れないハナに対して。

……魔力をハナに供給している僕とはある種のパスが通っている。それを辿って、ハナの生体脳にアクセスして強制的に眠らせる事が出来そうだけど、それやったらダメだろ。ダメな奴だ。
 でも、僕とハナって、何だろう。

  ◆ (『ハナちゃん』の視点です)


 ハム君の僅かな細い思考が流れ込んできている。思考と言うには強くもなく主張もない。なんだろう。
 でも、こうやって触れ合っている事で流れてくるハム君の何かで私は辛うじて正常を保っていられてる。オーバーフローした脳髄が最後の喫水線を越えるのを防いでいてくれている。
ああ、これは……『思い』だ。
申し訳ない。申し訳ないよ。全て私のせいなのに……。

  ◇
  ◆ (『サキュバスっサチ』の視点です)

 なんだこれ、なんだこれ、んだんだこれ!
 おかしい、おかしい、おかしい!
 ここは確かに『忌溜まりの深森』ではあるけれど、低々深度3程度のはずなのに。こんなに魔物が強いはずがない。
 怖い。

 怖いよ。どうなってるの? 落ち着け私。怖いぐらい強いけど、何故か形態は深度3規準通りの雑複合キメラ最下種モスキート級そのままの、魔法攻撃は使えないおバカ筋肉系だ。
 そこだけが助かってる。通常のモスキート級にしては大きさも強さも五割り増しで会敵率がめちゃ高い。ソレだけ。

 そしてここにきて増え始めた固有種ネームド。あれはヤバいいぃぃぃぃぃぃぃぃ~。

 そして、私は全く対処が出来ていない。無能……。


 ソレだけじゃない。魔物の隠遁能力が滅茶苦茶に高い件。
 私には見つけられない。唾棄小僧は見つけられるっぽいけど。ムカつく。

……あの。決定的だった夜はホントにダメだと思った。我が主『エリエル様』の目の前に固有種ネームドのバジリスクが大咢を広げて突然に現れた。それは、酷過ぎた。

 隠遁能力と素早さに魔力を極振りした化け物。
 あんなの、避けられる訳がない。突出した攻撃力も防御力もペラのくせに、その二点の能力だけでAクラスに分類される魔物。愚者殺しジェスター・キル

 瞬間、もうダメだと思った。私は告白する。私は諦めた。エリエル様も、私も。それは突然すぎて、大きすぎた。近すぎた。“全滅”の言葉が私を縛り、動く事を拒否した。

 唾棄小僧はその時、のんきにしゃがみ込み、魔物クサレ肉を両手に持ち、意地汚く貪っていたはず。だった。
 でも次の瞬間にはエリエル様とバジリスクの間に立ちはだかり、大蛇の咢の中に腕を突っ込ませ、魔法を放った。
 バジリスクの後頭部が軽い破裂音と共に弾けた。続けざまに何度か響く破裂音。
 静かに、バジリスクは崩れ、倒れていく。

 咢から引き抜いた小僧の腕は半分千切れ、筋肉の繊維と白い骨が覗き、自らの火力で焼け爛れていた。バジリスクの唾液に含まれる菌には即効性の腐敗効果があり、早くも捲れた肉塊が溶解し始めていた。手の先の指も明後日の方向に有り得ない角度で曲がり、何本かは無くなっていた。

 小僧は笑っていた、フゥ、一仕事終わったゼ、的に。
 全てが小僧が囓っていた魔物クサレ肉が地面に落ちるより早く終わっていた。

 脅威なのは、隠遁能力と素早さに魔力を極振りした化け物を、速度で上回った事。

 食べかけの魔物クサレ肉が落ちている周りの地面には、足形の深い窪みが出来ていた。
 小僧が正常な腕で、膝下で急激な速度を出す為に圧壊した左足を抱え片足一本で立ち、千切れかけたもう片方の腕をプラプラさせながらエリエル様に話しかけていた。凄く優しい声で。

 私は一歩も動いてない。動けなかった。
 私は無能。……ソレだけ。


 私たちは既に限界を超えている。水も食料も尽き、夜もまともに眠る事も出来ず、ただ逃げ廻っているだけ。……そう、逃げられている。倒れる事なく、殺されることなく、ギリギリでも生き残って逃げる事が出来ている。

 基本は逃走だが、運良く倒せた、いや、戦略的に倒せた魔物も少なくはない。追ってくる魔物に距離を取りつつ遠距離魔法の集中砲火で仕留める。少人数チームではコレしかないだろう。リスクは伴うが、レベルの高い魔物からそもそも逃げられるものではないし、少人数での接近戦は最初から自殺行為だ。接近されるまでなるだけ弱らせる。戦略的撤退と嘯いていた小僧。

 最近では先に索敵で発見できた場合は遠距離射撃で一発で仕留めるのも可能となっている。エリエル様の攻撃力が上がった事もあるが、何より小僧の索敵能力の高さに寄るところが大きい。逃げるにも、攻撃するのも、唾棄小僧のその能力あっての話だった。

 そうして採取した全ての魔晶石の純度が尋常ではない程に高くなっていた。一つで貨幣換算二十萬圓は下らない程に。収集した総量も尋常じゃない。
 まあ、ソレだけ。
 私は何もしてないけど……無能。

 ソレに何だあの魔道具は。元々が高い性能を持つ“魔法の杖”だったが、小僧が手を加えた後のアレ。何だ? なんなんだ? アレは既に国宝級と呼んでいい程に。あの魔道具でエリエル様の魔法打撃力は飛躍的に上がっている。既にその破壊力だけなら国内でトップに近いだろう。

 あの魔道具より放たれるエリエル様の魔法。夜空を切り裂く流星群の如き藍白い閃光が幾重も走り、空気を震わす高く細い笛音が重なると、遠く離れた魔物が倒れている。何の魔法か全くわからない。「連射いい感じ、でも元は炎弾だった影響で光るのな。まっ、いいっか」と小僧。これはいにしえの失われた聖夜の星降りの魔法なのか?
 そして……。

 小僧は……エリエル様が撃ち漏らし、魔物の接近を許し、最後の最後、その身を犠牲にして倒す。

 何だ、あの治癒能力は。一度千切れた腕が元にくっ付くなんてバカげてる。聞いた事が無いぞ。それでも、例え部位欠損さえ復元したとしても(それこそ宮廷最高魔導師でも無理だが)あんな真似、誰も出来やしない。
 自分の腕が千切れるのも介さず冷静に敵を倒しきる魔法力とその底冷えする剛担さ。痛みが軽減している訳ではないらしい。
 
 逆に治癒時は損傷を受けたとき以上の痛みを感じるらしく、背を丸くして歯を食いしばっているのを何度も何度も見ている。泣き言も無く。叫ぶでもなく。誰かに当たるでもなく。

 身を差し出す躊躇の無さ。小僧の魔法は強力だがの射程が酷く短いのは見て取れた、が、それ故だとわかってはいるが、それでも。
 それにくらべて……私は。

 最初は一人で森の中を歩くのさえ苦労し、息を詰らせていた小僧を横目で見て、小馬鹿にしていた。
 それが何時の間にか我が主エリエル様を抱え、飛ぶように走り、今では私を追い立てる。

 オマエは何者だと……。

 知っているのだろうか。我ら落国の民アッシュに伝わる『はふりたる従者』真の魔王ルシファー様も、大陸中の民が信じて疑わない、恐れと共に忌み嫌う、一度世界を滅ぼしたとされる『終りの蝿魔王』ベルゼブブも、黒い髪と白い紙の二通りの肖像画があることを。

 別に白い髪の者が忌み嫌われたり、恐れられたりする事はない。珍しい色ではない。黒のほうがよほど珍しく不吉として忌み嫌われるだろう。
 だけれども、ルシファー様もベルゼブブも、怨敵を滅した時、世界を終わらせた時、必ずその伝承話の中で『白銀の髪をたなびかせて』との御容姿が付け添えられている。

 もし、現実のこの世界で魔力チカラを行使する際にだけ、髪が黒から白く変わる者がいたとしたら、例えば、唾棄小僧のように。

 何だ、オマエは。

  ◇

 それは突然だった。

 大樹に遮られ、空が見えない昼なお暗い深森の中で、前方の木々の隙間から光が滲み出し、それが徐々に大きくなり、唐突に森を抜けた。

 そこはなだらかな、たぶん秋植えの少し伸びた麦の新芽が規則正しく帯状に広がる、風に小波さざなむ丘陵がゆっくりと広がっていた。白い街道が右から左へ、そのまま蛇行してずっと奥へ奥へ、視線の奥へと続いていた。

 開けた青い空と大地が彩る世界の眩しさに目を細め噛み締める。自然と僕はその場でへたり込み、暫く動けなかった。ふと、ハナとサチは……。
 ハナとサチも僕と同じに腰が抜けたように座り込み、呆然と目の前に広がる世界を眺めていた。

「麦畑ですね。人の住まう世界ですね」
 とサチ。

「世界の何処かには、やっぱり平和ってあったのね。ビックリ」
 とハナ。

 僕は今抜けてきた、背後の暗い森を振り返り「幻想だよ。最悪って性格悪いから自分以外の周囲は全て良く見えちゃうんだ。人の世なら直さらさ」

 でもまあ、なんか久しぶりに直接太陽の光を全身で浴びてるって感じではある。

「ハム君って詰まんない。ハム君ってサプライズな誕生日とか豪華結婚式なんてくだらないって言っちゃうタイプでしょ」

「そんな事ないさ、僕は人の宗旨にケチは付けない。絶対に。でも他でやってくれってだけ」

「言ってんじゃん」

「アンタら何を言っているんだ?」
 とサチ。

 僕らは立ち上がり、再び歩き出した。


「……ビスケット、また食べられるかな」

 と、つぶやくハナ。
 ビスケット、また食べたいよね。この森に入る前、二人は出会って、黒フードに追いかけ回され知らない森へ飛ばされ散々だったけど、それでも訪れた一時の微睡みのような時間。二人で分かち合った幸せのビスケット。そうだね。また食べたいな。二人で。今度は三人か。きっと。


「でもその前に」とハナ「お風呂に入る。絶対。必ず。コレ、必須だから!」
「でもその前に」と僕「パンツを買う。絶対。必ず。コレ、必須だから!」

「でもハム君はお金持ってないじゃない。どうするの?」
「ハナ、パンツ買ってくれよ。おねがい」
「如何しようかな」
「いい温泉紹介するからさ」

「アンタら何を言っているんだ?」
 とサチ。

 一つの大きな丘陵を越え、視界がより広がる。
 ふと、遠く、水平線の奥に視界の端から端までを、まるで元世界あっちにあった“万里の長城”的な高い城壁が視界を水平に斬るように横たわっていた。

 自分達が立つ森の出口から続く細く白い道が小波さざなみたつ、新しい芽が一斉に吹く小麦畑の起伏を蛇行しながら越え、少しずつ幅を広げながら“万里の長城”にある中央の城門らしき場所まで続いていた。

 そこだけ見ると、幸せに続く古いディズニーアニメ映画的な夢の道っぽくはあるが、もちろん知っている。そんな訳ないって。



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。

毎日更新しています。
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