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本編
忽ち(たちまち)落ちる2 (ディオ視点)
しおりを挟むその日は雨の日だった。
静かに降る霧のような雨が一面をしっとりと濡らし、視界を悪くする。
日の光が良く降り注ぎ、種類は変われど色鮮やかな花が地面を覆い尽くすような、そんな丘にそれはまた現れた。
不気味に霧雨の中浮かび上がる魔物、『魔女』と名付けられたそれはまだこちらの存在に気が付いてはいない。
ただそこにぼんやりと立ち尽くしている。
いまだ解決策は見つかってはいないが、ステラの魔法のおかげで十二分に回復した体は、とてつもなく軽い上に体調は良い。
軽い運動がてらに視界の端に時間差で作動する槍の魔法を仕掛けていく。
この『魔女』の出現速度は上がってきている。
まだそう頻繁と言える回数ではないが、今日はこれで2度目だ。
繁殖しているのか。それとも何か発生する条件があるのか。わからない。獣型の魔物は雄雌の形が存在するので数が増える理由はわかるが、この『魔女』に関してはまだ何もわからない。呪いを発動させる特性上『魔女』と名付けられたが、実際のところ女型なのか男型なのかも不明だ。
それに気になることもある。
———?……何か聞こえる……?
耳を澄ませると、ボソボソと途切れ途切れの音が聞こえてくる。微かに空気を震わすくらいの掠れた音。
いや、これは、声?
「……ア……ぁ……タスタスたす……」
「……! これは『魔女』が喋っているのか……!」
「アアアあ゛あ゛」
「!」
ガタガタと震え出したボロ雑巾のような姿の魔女が、突如姿を消した。
ハッとして左右を見るも、魔女の姿は見つからない。
は、と吐き出した息が思いのほか浅い。
喉が渇いて、口の中が渇く。
突如、視界の恥に白い何かが見えた。
布切れが頬を撫でる。
それと同時に埃っぽい空気と生臭い香りが鼻に届いた。
「……!」
「タ゛……ァ……タス、あ……」
耳元に、ギチギチギチと布を引きちぎるような音と共に、言葉になっていない、男とも女ともとれない絞り出すような声聞こえてくる。
その声の不気味さにゾクリと背筋に寒いものが走る。
「……! くそっ」
魔女に背後から腕を掴まれ、一瞬魔力がそこに集中するのを感じた。これは、ヤバい。
咄嗟に槍の魔法を発動させる。
僕を取り囲むように四方で地面がきらりと光り、床から、バシュっという音と共に光の矢が飛び出した。その矢は迷うことなく魔女に刺さる。
背後でバシャっと弾け飛ぶ音が聞こえると、景色をぼやかしていた霧雨がポツンポツンと消えていく。やがて光が差し込み、暖かな日差しが雨で冷えた体を暖めていく。
ホッ息をつく。少し魔女の魔力で焼けた腕をさすると、ピリッとした痛みが走る。
「僕の腕が吹っ飛ぶ前でよかったが……」
———あと少しだったのに。
心の中で舌打ちをする。
後少し。
今日はこれで2体目の魔女だが、今までは口を開いたり閉じたりしていただけの行動が音を発するようになっていた。
はじめより次の個体。さらにその次の個体。それを繰り返した今、どんどん魔女の『音』が聞こえ初めてきている。
これはどうやら僕だけに聞こえている音で、討伐を依頼してきた魔女の発見者達からは全て『口を動かして何かを言っている化け物を見た』としか聞かない。
疲れた体を引きずり、報告に向かう。
「このままステラの元に行けたらな……」
ヒリヒリする腕をさする。
どこかで覚えがある痛みに、ついステラを思い出す。
同じ騎士からも、今まで擦り寄ってきた女たちとも全然違う反応をした変わった女。
すれ違うだけでも嫌そうな顔をされることに最近は慣れてきたところだった。
フードを深く被り、街中を歩く。
ヒソヒソと話す声がポツポツと耳に入ってくる。概ね僕への侮辱の言葉と噂。いつものことだ。
いつもは耳を閉ざし、無視をして行くが、興味深い言葉が耳に飛び込んできた。
足を止めて、振り返る。
コソコソと僕を見ていた道を歩く人が蜘蛛の子を散らすようにはけて行くと、外に配置された立ち飲み屋のテーブルで話す男が2人、目に入った。
「なぁ、知ってるか?」
「何を?」
「最近噂になってるんだ。ほら、雑誌に何度も載ってた聖女様」
「ああ。俺にはどれも美人で捨て難いが、ちと手紙伝達は高くて———」
「そうじゃないって。ひと月に一回は雑誌を買うんだがな、どうも顔ぶれが違うし人数もずいぶん少なくなってる気がして———」
「すまない」
「なんだ———ひ、の、呪騎士……」
「ああ、なんだってんだ、俺たちゃ、何も」
「いや、すまないが、その話詳しく聞かせてくれないか?」
「は、はなし?」
男の声が裏返り、恐怖からなのか手がガタガタと震えている。もう1人も同じように腰を抜かしそうになるのをテーブルにしがみつき必死に耐えている。
「そう、その聖女の話を詳しく聞かせていただきたい」
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