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番外編
イタズラ3【verベリル】
しおりを挟む「うそだろ……」
カラン、と手から一つの石がこぼれ落ちた。
小さな石で、石の中から外へ滲み出るように空中に散らばっては溶けるように消えていく。
執務室で二人きりの状況で、色の混ざった宝石。それが意味するものに気がついた頃には遅かった。
金の粉が舞い、卵形に姿を変えた粉の塊が、パフンと弾る。その粉が消えていくのを見送った後、金の粉から解放された自分の妻であるベリルに目をやれば、そこにはベリルによく似た、怯えた表情の少女が直立していた。
◇
「あの、誰ですか?お母様のお友達ですか?それともお客様ですか……?」
「いや、僕は、その」
「へ、変な人、ですか……?」
「へ……変な人」
ガツンと、頭を殴られたような感覚に、くらりとした。正直に言おう。『変な人』、ショックだ。
「……頭痛がしてきた」
そう言って、手のひらで額を抑えると、ベリルは恐る恐るといったように一歩踏み出すと、「お医者様を呼びますか?」とぽそりと話しかけてきた。
心配そうに僕を覗き込むベリルは幼いながらも、しっかりしているようで、不審者だと疑いながらもちゃんとこちらの身を案じてくれている。
やはり彼女はこの時から優しい心を持ち合わせているんだな、と思わされた。
「おいで、大丈夫だよ。誓って、変な人じゃない。君の名前は?」
「……ベリルです。ベリル・クッシーナです」
そう所在無げに答えたベリルを手招きすれば、素直に近寄ってきてくれた。
「僕は、ヴァン・アトランドです。なんと呼んでくれてもいいよ」
「あの、ヴァンお兄様って呼んでも、いい……?」
「ゲホっん?」
思わず、グッと喉が詰り、咳き込んでしまう。
な、なんて……?お兄様?
旦那様、と普段から呼ばれているが、それは使用人も呼んでいる名前で、特段意識するような事はなかった。
それなのにここにきて、ゔぁ、ヴァンお兄様……!
またもや、暴力と言っていいほどの衝撃が脳を揺さぶってくる。普段のベリルも可愛いが、このベリルも間違いなく可愛い。
「だめです、か……」
「い、いや」
しょんぼりとした小さなベリルに心がキリリと痛み、つい引き止める。
深呼吸をして、心を落ち着かせれば、ざわついた心の中もすっきりとしていく。
ちょっとイケナイ感じもしたが、純粋に、ただの呼び名。そう。呼び名だ。愛称だ。
「大丈夫。いいよ」
『お兄様』なんて呼ばれたことが無いので、つい心の声に負けて承諾すると、ぱぁと花が開いた様な明るい笑顔が返ってきた。
「わぁ、本当に!? 私、お姉様はいるけどお兄様は居ないから、すごく嬉しい……!」
ベリルは、子どもらしくぴょんと飛び跳ねて喜んだ。その時、きゅるる、と小さく音が鳴った。
「あ」
長めの音の正体を探せば、それは少女の腹から鳴る胃の収縮する音だった。
可愛らしい音に、つい笑みが漏れる。
それなら何か食べ物を、と言おうと、視線を扉に向けた瞬間。
————ドス
真っ赤な顔をした小さなベリルが、と自身の腹目掛けて拳を振り下ろした。
鈍い音が鳴る。
「何をするんだ……!」
「あう、だだ、だって、お腹を鳴らすのはいけなくて、マナーって。12歳で、そんなのは恥ずかしいからこうしなさいってお姉様が」
再度、拳が振り上げられる。
その小さな拳を咄嗟に掴めば、「はぅっ」と驚いた様に肩を弾ませ、大きな目がこちらを見た。
何故腹を殴る必要がある。
腹がなったくらいで恥ずかしくもなんとも無い。そんなマナー、聞いたことが無い。腹が減ったら物を食べることは悪いことじゃ無い。腹を空かすのも悪く無い。
そんなものは当たり前で、誰だって腹が空けば鳴るし、一つも悪いことなんかでは無い。
自分で自分に無体を働く、何故、そんな事。
何故そんな悲しい事を。
無垢な瞳が、僕を見ている。
何故僕が怒っているのかわからないといった表情が、余計に悲しさを助長していく。
怒られた事が不安なのか、目がキョロキョロと忙しなく動く。じわり、と目尻に涙が溜まっていくのを見て、ハッと手を離した。
「……う、……ごめん、なさい」
「……ベリル……」
なんと言えばいいのか、啜り泣く声を聞いて、脳の回りが遅くなる。
元々鈍い頭が、より一層使い物にならない。
どう言えば、伝わるのか。
彼女が悪く無いのはわかっている。
——コンコンコン
——バンッ!
「旦那様! お…く……、さま?」
「あ! おい!ちょ、返事を聞いてから、って……あれ?」
ノックの音と同時に、僕の返事も待たずに雪崩れ込むように部屋に入ってきたのは、ベルとレオンだった。
この屋敷にはそれ以外の使用人は滅多に顔を出さない厨房の番人くらいなので、おのずとその二人に絞られるので言わずもがなだ。しかし今は頭がよく働いていないので、あえて脳の中で二人の名前を出しておく。
ドアの前で倒れかけた形で固まった二人は、妙な姿勢のままぴたりと固まって目をパチパチと瞬かせると、ポツリとつぶやいた。
「また……!?」
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