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本編
苛立ちイコール【ヴァン視点】
しおりを挟む夜会なんて、久方ぶりで多少緊張していたが、仕事だと思えばなんて事ないはずだ。
そう言い聞かせてグラスを手に取った。
それよりも気になるのは、この広いホールへ入った途端に感じる視線の数だ。
夜会というのは大概いつも顔ぶれは変わらないのがお決まりである。
そうそう貴族や領主など世代が交代はしないというのもあるが、有益な情報や人集めに最適な顔というのはいつも決まっているのだ。
頻繁に開かれている夜会という名の交流会では商売の話や、政治について意見が交わされる貴重な場でもあるので、皆こぞって参加する。うまく行けば娘や息子の婚約まで決められるため、重宝されている。
しかし付き合う相手を間違えると、話を売られたり体の関係を迫られたりと危険な思いをする事もあるので慎重にならなければならない。
華やかで賑やかなだけではない側面を持つこの場をどれだけの者が理解しているかはわからない。
見境なく愛人を探しにきている者も多いのも事実である。
数週間前、自分の妻になったベリルに集まっている視線は、好奇とよからぬ思いに満ちたそれだ。
彼女がなぜこうも自分を卑下するのかはわからないが、それがどうにも彼女を無防備にしている。
ドレスも、宝石も確かに美しい。しかしそれを着ている中身が伴っていなければこうも美しくはならないだろう。
「ベリルちゃん、良い子だな」
「俺も思った、良いよなぁベリルちゃん」
「……気安く呼ぶな」
「お前、そんな名前も呼ばせないなんて今からどうするんだよ」
トムとアーノルドの言葉に、ついつい手に力が入る。持ったグラスがピシリと音を立てた。
「あー、ばか。怪我するぞ」
「俺が交換してくるから頭冷やせ、な」
アーノルドの言葉に甘えて、任せれば、グラグラと煮立った思いが急速に冷えていく。
ここ最近で、彼女との距離が随分と近くなって有頂天になっていた自分の気持ちが急速に萎むような思いだった。
なんて傲慢で自分本意な考え。
勝手な一人相撲に、勝手な理想。
自分が嫌っていたものそのものだった。
「ヴァン、お前結構ベリルちゃんに惚れてるんだな。びっくりした」
「惚れ……?」
「え、うそ。違うの?」
トムの言葉に、思わず口に出してしまった。
惚れてる?
「……そう、なのかな」
「……ベリルちゃんがさ、誰かに言い寄られたら、どう?」
「……」
「ほらもう嫌なんじゃんか」
「良い気はしない」
「そういうのなんていうか知ってるか?」
「?」
「好きって事だよ。独り占めしたいってこと」
ガツン、と頭を殴られたような衝撃に、脳が揺れる。この関係に名前をつけるとしたら、雇い主と従業員、そう彼女が言っていたのを思い出す。
そう思っていた。
もちろん今の今まで。
「どんな経緯で結婚に至ったのか知らないけど、ちゃんと立派に《好き》だよそれは。で、今のお気持ちは?」
「家から出したくない」
「違う違う! 怖いわ!」
パシンと手の甲が肩を叩いた。さすがは副団長、痛い。
「好きか、どうかだよ、自分で自覚すると違うのもなの。で、今お気持ちは?」
「……うん、そうなんだと思う、これが《好き》
」
口に出すと妙にしっくりくる響きに、じんわりと胸が暖かくなる。
イライラとした気持ちは妙にソワソワと変わっていく。
「ピュアかよ、それ、ちゃんとベリルちゃんに伝えないとだめだぜ。言わなくてもなんてあり得ないからな。聞いて驚け、俺はそれで先月忙しすぎてフラれた」
「……今のお気持ちは」
「やめろ!」
そうか、これが、好き。
なんとなく、ストンと落ちていく。
「たーだいま」
「戻りました、お飲み物いただいて来ました、?どう、されました?」
戻ってきたベリルとアーノルドの距離が妙に違いのが気になって、思わず彼女とアーノルドの間に滑り込み飲み物を受け取った。
トムから「ぶふ」と吹き出す声が漏れる。
「どうされました? 旦那様?」
「あ、いや、飲み物。ありがとう」
「?」
ベリルが可笑げに首を傾げると、コロリと耳の宝石が転がり光る。
透き通った、青。
自分の体の一部と同じ色だということを自覚すると、頭を抱えてしまいたくなる衝撃が襲ってくる。
参った。
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