上 下
11 / 65

継承

しおりを挟む
その日の鍛錬が終わる…。
「高志よ。」
「はいっ。」
「明日…早朝6時。立ち会いましょう。」
身体に電流が走る。
「あ…は、はいっ!!」
多くを語らずとも、その言葉の意味する事は理解できた。
その後は両者無言のまま、食事をかきこみ、やがて床につく。
薄暗い中天井を見上げながら、高志は大きく息をついた。
「怖い?」
何も話していないが、さくらはそういった。
「う、うーん」
明日もたらされる状況、それに頭のみならず身体が反応し、微かな震えを自覚する高志。
「素直に吐き出していいよ」
「こわいよ…」
そう吐露した高志を、ぎゅうとさくらは抱き締めた。

夜が白み始める頃。
普段の3分の1程度の朝食にとどめ、高志は5時40分頃から特殊錬成のメニュー等を組み合わせ、考えつく限りのウォームアップに取り組む。
そして…もう姿を見る前に雰囲気で感じてしまう。
道着姿の東郷日出夫先生。
互いに一礼。
一呼吸遅れ、さくらも道着姿で…見届け人としてか。
後は言葉は無くとも分かる。
先生は、今日こそ全力で来る。
つまり、直撃は…死…。
怖れるな!それこそ死に直結…。
高志がそう言い聞かせ、腹に落とし込んだ瞬間。
「始めっ!」
凛としたさくらの声。
次の瞬間!
消えた!?
先生g…
左耳元に金属音。
壁の寸前で、先生は前蹴りを止める。
高志はまさに戦慄した。
拳足が、ではなく、全身の動きそのものが見えない…ッ反応しろすぐ来るッ!
またも金属音、たまらず高志は横っ飛びして、床を転がる。少しでも距離を取って…。
右貫手か…。
ようやく左頬と右肩上部の皮膚から出血してるのが自覚出来たが、瞬時に意識から外し立ち上がる。
「次は外さん。」
先生の声が閻魔の宣告となって響く。

圧倒的に高志の心臓を鷲掴みにする、
死。

どんなに梅沢や平瀬達に殴られても、そんなものは感じたことは無かった。
所詮僕は令和の平和ボケした世の、その中でも弱者。
もう数秒、いや1秒もしない間にそれは迫っている。
高志は自覚しようもないことであったが、この時彼は生死の極限に置かれた人間に稀に起こる、ある現象下にあった。
外側の物理現象も、内面の思考も、全てがスローモーションとなる。

考えろ!

先生は全身を前傾させ、爆速で間合いを詰める。
繰り出す技は分からない。
だが被弾までコンマ数秒とかからない、考えろ、シンプルに今一番頼れる、強力な技を!最大出力で!
…正中線…アクセル筋…完全脱力…


超運動連鎖…

これを!!

何かが高志の中で光った。
パァン!
道場のガラスが震える。

焦げ臭い。
肉の感触。めり込んでいた。
僕の拳が、東郷先生の左肩と胸の継ぎ目に…!
「迫真空手、神崎流、奥義、"紫電"」
一本!
さくらの叫びと同時に、東郷は膝を付く。
「あ、ああっ、大丈夫ですか先生!?」
我に帰り顔を覗き込む高志に、15秒のタイムラグの後、東郷先生は声を絞り出した。
「見事なり…それで良い。私が与えた断片的なヒントを頼りに、自らの拳の奥義、その入り口に辿り付いた。
よくぞこの短期間でだ。
ただの怒り憎しみ任せではない…自ら本質を見抜き、生命の危機にけして諦めず、瞬時に演算し、最適解を出す。
自身では今まで気が付かなかったであろうが、それが君の強さだ。
今後もそれを胸に研鑽しなさい。
得た力を君が何に用いるか、何のために戦うかは君次第であるがな…。」
高志は何度も、全力で頷いた。

午前7時過ぎ、荷物をまとめた高志は、東郷とさくらに深々と頭を下げた。
「本当に…本当にありがとうございました。」
「ふん、礼ならばまずはあの連中をどうにかしてからにしなさい。」
東郷先生は、高志に撃ち込まれた箇所に包帯を巻いていた。
流石にこの後は病院に行くとは言うが…少なくとも鎖骨は折れていると言うのに、この御歳で、呆れたタフネスである。
さくらの前に立つ高志。
「あの…その…なんか色々と、ありがとう…」
さくらは返事の代わりに頬にキスをくれた。
「ありがとうございました。
では。神崎高志、行って参ります!」

門の外へと出る高志。
果たして1週間前初めてここをくぐった時と、どれだけ変貌することが出来たのだろう。

「行ってしまいましたね、彼…」
手を振り終え、さくらは東郷にそう言った。
「うむ。後は全てが当人次第です。」
「才能や体格に恵まれた人は沢山見てきましたけど…。
あれほど強い気持ちで、力を求めてる子は初めてかも…」
「それもありますね。
だが、驚いたのは、あの時の最後の一撃を、私に7
割がた直撃させた事だ。
私は確かに読み切り、受け流した筈だった…」
えっ!?と、さくらは東郷に向き直る
「つまりは、彼は、あの窮地から、防御も回避も不可能な、究極の打撃。
その入り口となる一撃を放ったことになる。」
「そ、それじゃ…」

「神崎高志、彼は『竜の器』かも知れない。」
こうも楽しみが増えてはまだしばらくは死ねんなと、老人は呵呵と笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

俺だけステータスが見える件~ゴミスキル【開く】持ちの俺はダンジョンに捨てられたが、【開く】はステータスオープンできるチートスキルでした~

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人はクラスメイトたちと異世界へ召喚されてしまう。 異世界より召喚された者は神からスキルを授かるが、直人のスキルは『物を開け閉めする』だけのゴミスキルだと判明し、ダンジョンに廃棄されることになった。 途方にくれる直人は偶然、このゴミスキルの真の力に気づく。それは自分や他者のステータスを数値化して表示できるというものだった。 しかもそれだけでなくステータスを再分配することで無限に強くなることが可能で、更にはスキルまで再分配できる能力だと判明する。 その力を使い、ダンジョンから脱出した直人は、自分をバカにした連中を徹底的に蹂躙していくのであった。

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

親友に彼女を寝取られて死のうとしてたら、異世界の森に飛ばされました。~集団転移からはぐれたけど、最高のエルフ嫁が出来たので平気です~

くろの
ファンタジー
毎日更新! 葛西鷗外(かさい おうがい)20歳。 職業 : 引きこもりニート。 親友に彼女を寝取られ、絶賛死に場所探し中の彼は突然深い森の中で目覚める。 異常な状況過ぎて、なんだ夢かと意気揚々とサバイバルを満喫する主人公。 しかもそこは魔法のある異世界で、更に大興奮で魔法を使いまくる。 だが、段々と本当に異世界に来てしまった事を自覚し青ざめる。 そんな時、突然全裸エルフの美少女と出会い―― 果たして死にたがりの彼は救われるのか。森に転移してしまったのは彼だけなのか。 サバイバル、魔法無双、復讐、甘々のヒロインと、要素だけはてんこ盛りの作品です。

神様に転生させてもらった元社畜はチート能力で異世界に革命をおこす。賢者の石の無限魔力と召喚術の組み合わせって最強では!?

不死じゃない不死鳥(ただのニワトリ)
ファンタジー
●あらすじ ブラック企業に勤め過労死してしまった、斉藤タクマ。36歳。彼は神様によってチート能力をもらい異世界に転生をさせてもらう。 賢者の石による魔力無限と、万能な召喚獣を呼べる召喚術。この二つのチートを使いつつ、危機に瀕した猫人族達の村を発展させていく物語。だんだんと村は発展していき他の町とも交易をはじめゆくゆくは大きな大国に!? フェンリルにスライム、猫耳少女、エルフにグータラ娘などいろいろ登場人物に振り回されながらも異世界を楽しんでいきたいと思います。 タイトル変えました。 旧題、賢者の石による無限魔力+最強召喚術による、異世界のんびりスローライフ。~猫人族の村はいずれ大国へと成り上がる~ ※R15は保険です。異世界転生、内政モノです。 あまりシリアスにするつもりもありません。 またタンタンと進みますのでよろしくお願いします。 感想、お気に入りをいただけると執筆の励みになります。 よろしくお願いします。 想像以上に多くの方に読んでいただけており、戸惑っております。本当にありがとうございます。 ※カクヨムさんでも連載はじめました。

処理中です...