上 下
4 / 65

最初の進化

しおりを挟む
「間髪入れず、行きますよ。」
「はっ…?」
「組手を」
くみ…て…?
年齢の概念をどこかに捨て去ったかのような、カモシカのように軽やかなステップで、道場の真ん中に身を移した先生を見て、これからすることを高志は理解した。
「好きなように、打ち掛かってきなさい」
東郷先生は脱力して、構えらしき態勢を取らない。
「うぁああっ!!」
先刻までの狂熱をそのままに、高志は右廻し蹴りを繰り出…
!!??
気がついたら天井が見えていた。
「…!!!」
手足の骨折を忘れるほと、鈍くも強烈な痛みが鼻骨に。
殴られたのか?
蹴られたのか?

それすらもわからない。
突きや蹴りが速すぎて見えないと言うより、技の発動自体が全く分からなかった!
倒れている高志の頭の右側の床面に、どんと拳が振り下ろされる。
「君は、この間に5回は死んでいるね」
うすら笑みすら浮かべている先生の言葉は、けしてハッタリではないと全身で感じる。
当然、先刻の打撃も含め、相当にこれでも手加減はしているのであろう。
しかしその拳足は、これは容易に、あまりにも容易に、人を殺せるモノだと全身に伝えてくる。
「…誰もこれで終わりだとは言っていない。」
その言葉に反射的に立ちあがろうとするが、直ぐに、これまた何をされたかわからぬまま大の字になる。
「…実戦では、などとぬるいものではなかろうが、とにかくそう言った場で、相手がすんなり起きるまで待ってくれる保証はない。」

ぐうっ、確かに…あいつらだって…

様々な痛み、そして恐怖。しかしまだ、赤黒い炎が高志を突き動かしていた。
うおおっ!
身体を強引に転がし、道場の隅で呻きながら高志は立ち上がる。目の前に先生。
「ダァッ!!」
右拳を繰り出そうとした、と言うより、その指令を大脳が発した瞬間。
右肩に激痛。妙にスピンするように倒れ込む高志。
そんな…マジかよ。
相手の繰り出す技を事前に読むって…それこそ普段読んでるバトルファンタジー漫画、ライトノベルの世界…。

だが、立ち上がる、立ってしまう。
本来最低手足の5~7箇所に骨折を負い、しかも度重なるダメージ。
本来、てか半日前の高志なら、苦悶のうちにのたうちまわるか、何なら失神していたであろう。
だのに、今は、苦痛を克服すると言う感覚すらなく立ち上がってしまう。
僕が自ら燃え上がらせた、大切な存在の為の底知れぬ憎悪。
それに、東郷先生の不可思議な熱量を持つ言葉。
それらがあり得ないほどの化学反応を起こしたのであろう。

とにかく高志は立ち上がり、そしてまた倒される。
そして同じように…また…
「考えを変えず同じことを繰り返すだけならば、それは稽古とは言わない。」
東郷先生の言葉がずしりと響く。

だ、だったら…
高志はジャンプ。
見様見真似の飛び蹴り、当然高校生の垂直跳びの平均に遠く及ばぬ脚力ではたかが知れて…
床に叩きつけられる。
先生は敢えて跳躍するのを待って蹴り落としている。
文字通り「身体で教える」つもりなのだ。
全身各所の痛みに、もはや指一本動かすことも叶わぬような、またそうでもないような。
結局は立ち上がり、また倒され…。
それをまた何度か繰り返したのち、先生の声が重々しく響く。

「もしかして君は、『叩きのめされても、何度も諦めず挑み続けることに価値がある。』と思っていないかね?」

!?

「その考えでいるなら1週間どころか、10年やってもモノにならない。
今すぐ荷物をまとめて帰りなさい。」

…。

ど、どういうことなんだ?
訳が…。
「そもそも君は何を求め此処に来た?
苦痛を克服し、いじめにも耐える強い精神を養う。
それならば他に良い場所がいくらでもある。」

…!

そうか、僕は…
猛然と、再び挑み、結果を再現する高志。
しかし、その内奥には、明らかにそれまでと異質な熱と強烈な目的意識が…!
(鉄塊を叩いてて、結局一番しっくりしたのがこれしかない。
じゃあ、これ一本槍でいってやる!)

傍目には、引き続き同じ様に高志が東郷に延々と繰り返し立ち上がっては倒されているようにも見えよう。
だが…無表情のまま淡々と高志を倒し続けていた東郷の表情が、かすかに変わっていた。
一方高志には、そんな事に気づく余裕はない。
ただひたぶるに…これに賭ける!
完全に先読みされるなら、それでも尚止められない、避けられないくらいに速く!
それでも、構えた瞬間に天井が見えて…。
ん?
構え…られている…。
進んで…いる!
前に…
このまま、繰り返せば!
ただひたぶるに、反復!気魄を、憎悪を、怒りを、殺意を、全て乗せて!
気の遠くなるような時を経て…
そんな心持ちを味わった後。
ひゅっ。
右ストレートというのか、正拳逆突きというべきなのか。
あさっての方向の空振りだけど!
とにかく、放たれた。放つ事ができた!
この僕、神崎高志が、東郷先生相手に!
無論次の瞬間、天井を見る羽目になったが…。

とん。

鳩尾に足を軽く置かれただけで、全く床の上で身動きが取れなくなる。 
「ひとつ。合格点をあげましょう。
初日は文字通り何もさせず完封するつもりだったのだが。
君は、明確に、私の顔に拳を叩き込む。それのみを強烈にイメージした。どの道ダメだという思いを封印して、ただ自分の拳を当てることのみに思考と動きを特化させた。
その結果、空振りとはいえ私に反撃の一撃を放つ事ができた。

その思考法をさらに極めていきなさい
…もう3時間経ったか。

10分だけ休み給え。
その後…次に移るぞ。」
「は、はい…」

全身の苦痛は既に極北に達していたが、立ち上がらないという選択肢は無かった。
肉体においても精神においても、今までの人生、「強い意志と努力でなにかを成し遂げた」ことの無かった高志。

へへっ、やったぜ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

俺だけステータスが見える件~ゴミスキル【開く】持ちの俺はダンジョンに捨てられたが、【開く】はステータスオープンできるチートスキルでした~

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人はクラスメイトたちと異世界へ召喚されてしまう。 異世界より召喚された者は神からスキルを授かるが、直人のスキルは『物を開け閉めする』だけのゴミスキルだと判明し、ダンジョンに廃棄されることになった。 途方にくれる直人は偶然、このゴミスキルの真の力に気づく。それは自分や他者のステータスを数値化して表示できるというものだった。 しかもそれだけでなくステータスを再分配することで無限に強くなることが可能で、更にはスキルまで再分配できる能力だと判明する。 その力を使い、ダンジョンから脱出した直人は、自分をバカにした連中を徹底的に蹂躙していくのであった。

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

親友に彼女を寝取られて死のうとしてたら、異世界の森に飛ばされました。~集団転移からはぐれたけど、最高のエルフ嫁が出来たので平気です~

くろの
ファンタジー
毎日更新! 葛西鷗外(かさい おうがい)20歳。 職業 : 引きこもりニート。 親友に彼女を寝取られ、絶賛死に場所探し中の彼は突然深い森の中で目覚める。 異常な状況過ぎて、なんだ夢かと意気揚々とサバイバルを満喫する主人公。 しかもそこは魔法のある異世界で、更に大興奮で魔法を使いまくる。 だが、段々と本当に異世界に来てしまった事を自覚し青ざめる。 そんな時、突然全裸エルフの美少女と出会い―― 果たして死にたがりの彼は救われるのか。森に転移してしまったのは彼だけなのか。 サバイバル、魔法無双、復讐、甘々のヒロインと、要素だけはてんこ盛りの作品です。

処理中です...