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東條英機ととある秘書官、そして…【避けられぬ戦争】
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「ついに、大命が私に降ってしまった」
天を仰ぎたい気持ちとなりつつも、東條は新たな執務室にて真っ直ぐ前を向き、襟を正す。
昭和16年(1941年)10月。
日米開戦避けがたし。
その緊迫した情勢でのぎりぎりの交渉に先駆けて、日本帝国総理大臣近衛文麿が事実上の政権投げ出し。
あくまで戦争回避を望まれる天皇は、暴走を繰り返す陸軍を抑えられる唯一の人物として、東條を指名あそばされたのである。
しかし、容易ではない…。
お上…昭和天皇の御意志が戦争回避に有るとはっきり伝えられるや、それまでの陸軍大臣時代の強権論を翻してまでアメリカ、イギリスとの和平を訴え模索した。
が、国内外のさまざまな障害に、改めて直面する…。
アメリカに対しては、侵攻した中国からの撤兵を、急激に行わず、治安を維持しつつ徐々に、などと妥協案を提示したが、あっさり跳ね除けられてしまう。
プラス、ネックとなっていた日独伊三国同盟を骨抜きにする事も仄めかしていたのだが…。
そして、陸海軍部内において、未だ渦巻く強硬派の存在。
「まさか東條閣下ともあろうお方が、米英との妥協を考えているのではありますまいな?」
佐官級達の参謀達がそう言って押しかけてきたこともある。
「黙りなさい!お上のご意志はあくまで和平にある!」
流石に東條も一喝して、追い返したのだが。
さらには激務の合間に自邸に帰ると。
「腰抜け東條、勝てる戦を何故やらぬ」
などと一般国民の投書が複数来る始末であった。
やはり、対米英、開戦不可避か…。
執務室で天を仰ぐ東條。
お上になんとお詫び申し上げてよいやら。
かつて総力戦研究所で弾き出された、「日本必敗」の結論。
帝國の頭脳を集めたらそう言う結論が出ました。
だからアメリカ、イギリスの言われるがままとなっても戦争回避します。
東條のみならず、過半数の政府、軍部の上層部が同じ考えなのであるから、あっさりとそう国内外に宣言する。
…それができたら苦労はしない。
お上…陛下が和平をお望みであってさえ。
巨大かつ破滅的な戦争への歯車は止まらない。
この帝國に誰か独裁者がいて、他の将兵や臣民にそれを強要しているのではない。
逆なのだ。
お上でさえ、無論この東條自身も、この帝國の、「誰も矢面で責任を取らない仕組み」が作り出す巨大な流れ…それが止められないのだ。
その場その場の空気、事変に毎度左右に流され、追い詰められると集団恐慌を起こし、一部のよくわからない声の大きな連中に引きずられて、大戦に突入する寸前に今追い込まれる…。
やはり、戦う他ないのか。
「あまり思い詰めても良い事はありませんよ。」
そう言えば、居たのだな。
有明一郎…首相秘書官。
帝大次席卒業の自称数学者。
とは言え、出先での身の回りの世話、直近の来客の接待等で一番気がつく。
そう言った理由で副官と従兵を兼ねたような立ち位置で半ば私的に登用した。
周囲にはそう説明している。
良くも悪くも、その場に空気のように溶け込むのが上手く、ずっと東條に侍っていてさえ、来賓にお茶を出すまで存在に気づかれないことすらあった。
時々、2人きりになると長話をする事がある。
だが、この時は少し特別だった。
「運命には逆らえない…たとえ畏れ多くも陛下が大命を下したとしても、肥大化した陸海軍や煽られた民衆は止まりませんよ」
な…
東條は目を剥いた。
貴官が意見するような事ではない。
そう一喝する所なのだが本来は…。
彼…有明一郎の声には、人を惹きつけ落ちつかせる不思議な何かがあった。
「ですが、運命に備え、大きな波をいなして乗りこなし、躱わす方法ならあります。
アメリカやイギリスに負けず、あくまで陛下を中心とした、なるべく正しい方向にこの国の舵を切る方法に…。」
「5分だけ聞こう。」
「石頭」「上等兵」「カミソリ東條」
そう陰口される自分には本来考えられないことだが…やはり有明の言う事ならばと言う何かがあった。
「では、お言葉に甘えまして。
もし開戦やむなしとなれば、海軍がハワイ。
陸軍がフィリピン制圧。
そこを起点に仕掛けていくと『仮定』しましょう。」
東條は軽い驚きを浮かべる。
が、なんとなしに彼なら直接間接に得る断片的な情報からそのくらい割り出してもおかしくないと自身を納得させる。
「多分、全般に国力100倍といえ、こと太平洋方面では準備不足のアメリカは『最初は』存外に苦戦。つまり我が帝国は各戦線で快進撃となりましょう」
「うむ、それは各方面の予測でも出ておる」
「ですが、その予測ではっきり出ていても、誰も正視していないこととして、陸も空も海も、明らかに質も量も圧倒的な戦力を押し出し、あとは恐るべき総力戦に我が国は巻き込まれましょう。
遅くとも昭和18年後半には、双方に埋め難い差が出る。
恐れながら閣下も軍人たちも、兵や市井の臣民たちも、その『総力戦』なるものがどう言うものかも分かっていないかと…」
「何もかもをも灰塵に帰す亡国の道…国が破れて山河も無くなるか…」
東條は軽く汗を拭いつつ、珈琲をすする。
「まずその破滅を回避するには…この戦いの主戦力が何になるかを見極めるべきです。
そう、航空戦力…。
海軍は空母を機動的に運用して、あるいは緒戦で相応の戦果を挙げるかもしれません。
確かに連合艦隊司令長官の山本五十六閣下らは画期的な戦術をこれから用いて戦果を挙げていくかと思われます。
ですが、不徹底です。
それが証拠に、漏れ聞くところによると、海軍全般の大艦巨砲主義の極致とも言える超巨大戦艦が、年明けにも公試に入ると。」
東條は重く頷く。
なぜ知っているか?など、もはや野暮な問いかけにおもえたのだ。
天を仰ぎたい気持ちとなりつつも、東條は新たな執務室にて真っ直ぐ前を向き、襟を正す。
昭和16年(1941年)10月。
日米開戦避けがたし。
その緊迫した情勢でのぎりぎりの交渉に先駆けて、日本帝国総理大臣近衛文麿が事実上の政権投げ出し。
あくまで戦争回避を望まれる天皇は、暴走を繰り返す陸軍を抑えられる唯一の人物として、東條を指名あそばされたのである。
しかし、容易ではない…。
お上…昭和天皇の御意志が戦争回避に有るとはっきり伝えられるや、それまでの陸軍大臣時代の強権論を翻してまでアメリカ、イギリスとの和平を訴え模索した。
が、国内外のさまざまな障害に、改めて直面する…。
アメリカに対しては、侵攻した中国からの撤兵を、急激に行わず、治安を維持しつつ徐々に、などと妥協案を提示したが、あっさり跳ね除けられてしまう。
プラス、ネックとなっていた日独伊三国同盟を骨抜きにする事も仄めかしていたのだが…。
そして、陸海軍部内において、未だ渦巻く強硬派の存在。
「まさか東條閣下ともあろうお方が、米英との妥協を考えているのではありますまいな?」
佐官級達の参謀達がそう言って押しかけてきたこともある。
「黙りなさい!お上のご意志はあくまで和平にある!」
流石に東條も一喝して、追い返したのだが。
さらには激務の合間に自邸に帰ると。
「腰抜け東條、勝てる戦を何故やらぬ」
などと一般国民の投書が複数来る始末であった。
やはり、対米英、開戦不可避か…。
執務室で天を仰ぐ東條。
お上になんとお詫び申し上げてよいやら。
かつて総力戦研究所で弾き出された、「日本必敗」の結論。
帝國の頭脳を集めたらそう言う結論が出ました。
だからアメリカ、イギリスの言われるがままとなっても戦争回避します。
東條のみならず、過半数の政府、軍部の上層部が同じ考えなのであるから、あっさりとそう国内外に宣言する。
…それができたら苦労はしない。
お上…陛下が和平をお望みであってさえ。
巨大かつ破滅的な戦争への歯車は止まらない。
この帝國に誰か独裁者がいて、他の将兵や臣民にそれを強要しているのではない。
逆なのだ。
お上でさえ、無論この東條自身も、この帝國の、「誰も矢面で責任を取らない仕組み」が作り出す巨大な流れ…それが止められないのだ。
その場その場の空気、事変に毎度左右に流され、追い詰められると集団恐慌を起こし、一部のよくわからない声の大きな連中に引きずられて、大戦に突入する寸前に今追い込まれる…。
やはり、戦う他ないのか。
「あまり思い詰めても良い事はありませんよ。」
そう言えば、居たのだな。
有明一郎…首相秘書官。
帝大次席卒業の自称数学者。
とは言え、出先での身の回りの世話、直近の来客の接待等で一番気がつく。
そう言った理由で副官と従兵を兼ねたような立ち位置で半ば私的に登用した。
周囲にはそう説明している。
良くも悪くも、その場に空気のように溶け込むのが上手く、ずっと東條に侍っていてさえ、来賓にお茶を出すまで存在に気づかれないことすらあった。
時々、2人きりになると長話をする事がある。
だが、この時は少し特別だった。
「運命には逆らえない…たとえ畏れ多くも陛下が大命を下したとしても、肥大化した陸海軍や煽られた民衆は止まりませんよ」
な…
東條は目を剥いた。
貴官が意見するような事ではない。
そう一喝する所なのだが本来は…。
彼…有明一郎の声には、人を惹きつけ落ちつかせる不思議な何かがあった。
「ですが、運命に備え、大きな波をいなして乗りこなし、躱わす方法ならあります。
アメリカやイギリスに負けず、あくまで陛下を中心とした、なるべく正しい方向にこの国の舵を切る方法に…。」
「5分だけ聞こう。」
「石頭」「上等兵」「カミソリ東條」
そう陰口される自分には本来考えられないことだが…やはり有明の言う事ならばと言う何かがあった。
「では、お言葉に甘えまして。
もし開戦やむなしとなれば、海軍がハワイ。
陸軍がフィリピン制圧。
そこを起点に仕掛けていくと『仮定』しましょう。」
東條は軽い驚きを浮かべる。
が、なんとなしに彼なら直接間接に得る断片的な情報からそのくらい割り出してもおかしくないと自身を納得させる。
「多分、全般に国力100倍といえ、こと太平洋方面では準備不足のアメリカは『最初は』存外に苦戦。つまり我が帝国は各戦線で快進撃となりましょう」
「うむ、それは各方面の予測でも出ておる」
「ですが、その予測ではっきり出ていても、誰も正視していないこととして、陸も空も海も、明らかに質も量も圧倒的な戦力を押し出し、あとは恐るべき総力戦に我が国は巻き込まれましょう。
遅くとも昭和18年後半には、双方に埋め難い差が出る。
恐れながら閣下も軍人たちも、兵や市井の臣民たちも、その『総力戦』なるものがどう言うものかも分かっていないかと…」
「何もかもをも灰塵に帰す亡国の道…国が破れて山河も無くなるか…」
東條は軽く汗を拭いつつ、珈琲をすする。
「まずその破滅を回避するには…この戦いの主戦力が何になるかを見極めるべきです。
そう、航空戦力…。
海軍は空母を機動的に運用して、あるいは緒戦で相応の戦果を挙げるかもしれません。
確かに連合艦隊司令長官の山本五十六閣下らは画期的な戦術をこれから用いて戦果を挙げていくかと思われます。
ですが、不徹底です。
それが証拠に、漏れ聞くところによると、海軍全般の大艦巨砲主義の極致とも言える超巨大戦艦が、年明けにも公試に入ると。」
東條は重く頷く。
なぜ知っているか?など、もはや野暮な問いかけにおもえたのだ。
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