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【24】思い残すことはない(ガズワーン視点)

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この部屋に連れて来られる前に、異母兄イクバルが『別邸』に送り込んだ三人の女のうち、実母以外は釈放したと聞かされた。
妹のジャンナとはほとんど顔を見ることもない日々を送っていた。
恋人とされているドリーヤ嬢を私が傍に置いていたのは、ドリーヤ嬢がまとわりついて来るからに過ぎなかった。
貴族の中で一番下位の第七貴族の娘などというのは、ほとんど平民のようなものだ。いつでも何の憂いもなく切り離せる存在ならばそう邪険にしなくてもいいだろう、そのくらいの意識だった。
婚約者のミランダ第一貴族令嬢と親交を深めることは避けた。
計画がうまくいかなったときにミランダ嬢の家に迷惑をかけることを恐れた。
自分が異母兄の代わりに王太子の椅子に座ることができたなら、その時に改めて婚約者としての務めを果たそうと思っていた。
数度しか会っていないが、ミランダ嬢の凛とした面立ちはどことなく王妃殿下に似ていた気がする。
でもそれももう、はっきり思い出せずにいる。


部屋の中に、父王と異母兄イクバル、異母弟バースィル、王妃殿下、そして第一貴族と第二貴族までが全家揃った。
進行をするのは宰相のようだ。
そしてヴェルーデのアルフレッド殿下とハワード公爵。
続きの部屋の奥に、アルフレッド殿下の婚約者とハワード公爵の娘が入室したとの連絡が入り、いよいよ私への聞き取りが始まるようだった。



「ガズワーン第二王子殿下、あなたはシャーリドを視察目的で訪れていた、ヴェルーデ王国のアルフレッド第一王子殿下の婚約者である公爵令嬢と、今回の視察団を率いていたハワード公爵の令嬢の二人とその侍女を、拐奪かいだつ、監禁するよう命じた。これに相違ないか」

「はい、相違ありません」

「我が国を視察中であった友好国の令嬢たちへの蛮行、その罪は重い。
これほどの罪を犯した理由を述べてもらう」

「理由など、ただ一つ。兄上を失脚させたかった、それだけのことです。
ヴェルーデ王国からの視察団の責任者は兄上で、そのヴェルーデの令嬢を王都内で拐かされたとなれば兄上の責任問題となる。
私も実際王都を歩きましたが警備はそれほど厚くはなかった。兄上の落ち度でしょう」

話しながら、こんな茶番を早く終わらせたくてしかたがない。
父上と兄上の希望どおりの処罰を早く与えてほしかった。

「ガズワーンよ、兄であるイクバルがそんなに憎かったか」

ふいに父上が抑揚のない声でそう言った。
異母兄が憎かった……? はっ、なんという見当違いだ。

「お言葉ですが、私は兄上を憎いと思ったことはただの一度もありません。
憎んでいるとすれば、私を産んだサルワー妃と産ませた陛下です。
手強い南方部族の商人をうまく治めるためだけの理由で私の実母を側室に選び、愛する嫡男の万が一のときの代替品として私を産ませた。
実母は産んだ時点でその責務は終わったのだと私に言った。
陛下はさらに早く、孕ませた時点で仕事を終えている。
さらに兄上の下にバースィルが生まれた時点で『代替品』としての役割さえ無くなった。
実母であるサルワー妃は私に対し愛情など欠片もなく、あったのは私をいつか玉座に座らせるという野望だけだった。
そんな私の立場に産まれたい者がいたなら、平民でも盗賊でも厭わないので代わって欲しかった。
もう私がこの件における首謀者であることもその動機も話したのだから、さっさと処刑してもらいたい。
地獄へ向かう列に誰よりも早く並びたいのです」

言いたいことを言うと、座ってよいとも言われていないが身体を投げ出すように座った。
これ以上罪を重ねたところで、着飾り過ぎの娼婦の指輪が一つ増えたのと同じでどうということもない。

「ガズワーン、もしも私の椅子におまえが座れたとしたら、何をするつもりだった。
この国をどうしようとしたのだ」

「王の椅子に座ったら、実母の首を刎ね飛ばすつもりでした。それ以降のことなど何も。
この国をどう治めるかなど、陛下が夜明け前に見る夢の短さほども考えたことはありません」

どこかですすり泣く小さな声がした。
それが誰なのか判っているので、決してそちらには目を向けない。
この両の目でその人を捉えていい時間はうに過ぎた。
そっと左胸に手を遣る。

「そうか。ならばガズワーンの首を落とす役割をサルワーに担わせその後サルワーの首も刎ねてやろう」

「さすが陛下のご采配だ。産んだ責任を以て死に追いやらせる、なんとも正しい。できれば孕ませた責任のもと、私の首を土塊つちくれの根とするのを父上、あなたにやっていただけましたら」

「そうだな。おまえが産まれた日のように、骸を抱き上げて泣いて喜んでやろう」

「陛下、ガズワーンの戯言に付き合わないでください。ガズワーン、言いたいことはそれだけか。この部屋を出ればおまえは何も言う機会は無くなる。何か言うなら今しかないぞ」

「言いたいことなどありません」

「私はある。ガズワーン、おまえはバースィルと同じ私の可愛い弟だった」

「……聞きたいこともありません」

「他に……何か、発言のある者は」

宰相の言葉に応える者はしばらく時を置いても現れず、この聴取会が閉会することが静かに告げられた。
私は兵士に連れられて部屋を最初に出て、牢に戻された。


異母兄が最後に言った『おまえはバースィルと同じ私の可愛い弟だった』という言葉を、意外なほどそのまま受け止めた。
今さらという思いもずいぶん軽く言ったものだという憎しみも、貴様が言うなという怒りも、もはや何も感じない。

ただ、こんな結末を避けるためには、どの時点で何がどうあればよかったのか。
……そんな詮無いことを考えそうになる。

次に生まれ変わることができるなら、皆に大事にされる白蛇がいい。
その思い付きがとても良いものに思えて、口笛を吹きたいような気持ちになった。


***


シャーリド第二王子ガズワーンはその後『別邸』に三月ほど幽閉されたのち、その居室にて毒杯を賜った。
三月かかったのはが咲くのを待ったためという。
王宮の西の庭の最奥のさらに奥、王妃殿下しか入れない場所に滝に見立てた青い花の群生があった。
王妃殿下以外、国王でさえ見ることも入ることも許されない場所だ。

その青い花は根にも葉にも、可憐な花びらにさえ猛毒がある。
王妃殿下は花の一番美しい盛りに『別邸』のガズワーンのもとを訪れ、その花を用いて淹れた一杯の茶を差し出した。
ガズワーンはその茶を微笑の中で飲んだあと、床に転がり苦しんだ。
震える身体を王妃殿下に抱きしめられながら、その腕の中で最期に『はは……』と笑ったと立ち会った者によって記録されているが、その実『母上』と言おうとしたことを知る者はいない。
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