吸血鬼VS風船ゾンビ

畑山

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霧島、吸血鬼、元教団施設

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 霧島

 前日降った雨が屋上のタンクを満たしているせいか、蛇口をひねるといきおいよく水が出た。霧島は歯を磨こうと歯ブラシを手に取ったが、何度も歯ブラシを落としてしまった。指がこわばってうまく動かないのだ。
 霧島は歯を磨くことをあきらめ、歯ブラシを床に放置した。自分がゾンビになりつつあることを自覚しているものの、それに対してどうしようという気持ちはわいてこなかった。どのみちどうしようもないのだ。このまま自分はゾンビになっていく。それに対する恐怖は、ぽっかり抜け落ちていた。ただ自分がゾンビになりつつあることが恥ずかしく、それを隠くしたいという気持ちが強くあった。


 夜、吸血鬼

 権造は山の集落の畑に来ていた。
 夏野菜が、梅雨の雨ですくすくと育っていた。
 トマトの実は少し割れていたが、それなりにできていた。割れた奴は加工品として、煮詰めて瓶詰めにして売り出すつもりだった。
 早めに植えたトウモロコシは、糸状の雌穂がこげ茶色になり、収穫適期を迎えていた。あまり大きくはない。やはり肥料をたくさん必要とするため、肥料不足の現状では、難しい。肥料が少なくても育つ品種か、鶏の数を増やして、肥料の鶏糞を増やすか、する必要性があった。防虫ネットを上からかけて、アワノメイガの進入とカラスよけにした。
 ナスを育てるのはやめた。肥料をたくさん食うわりに、栄養価が少ない。同じ理由でキュウリも育てなかった。
 保存の利くカボチャは場所を見つけ積極的に植えた。何も植わっていない土手などを活用して植えた。大豆も田のあぜ道などに植えられるだけ植えた。
 五月頃に植えたサツマイモの蔓が、草に覆われていたので、草をむしった。後もう一度くらい雑草を取れば、あとは伸びたサツマイモの蔓が雑草を抑えてくれるだろう。
 甘いものも必要だろうと、マクワウリも植えておいた。三本仕立てにして、あとは放置しておいた。



 ちまた

 野勝市各地で、奇妙な光景が目撃された。
 ゾンビが歌をうたっていたのだ。
 住宅地に潜むゾンビが、あるいは、河原の散歩コースを歩くゾンビが、口を開け、たどたどしく声を上げていた。
 それは言葉にはなっていない。うなり声のメロディ、何の歌だと聞かれれば、ああ、あの歌をうたっているのだなと、何とはなくわかった。
 ただ、その目は、歌をうたうゾンビの目は、人の目をしていた。


 元教団施設

 北浜のりぞうは騒がしさに目を覚ました。時計を見ると十時は過ぎていた。撮りためた映像を編集していたため、起きるのが遅くなった。
 元教団施設を囲む壁に人が集まっていた。
 いってみると、壁の外にゾンビが集まってきているようだった。
「ゾンビですか」
 元信者の森山学に聞いた。
「ええ、何か集まってきたみたいで」
「そうですか。今までも、こういうことって良くあったんですか」
 元教団施設は小高い丘に立地している。道幅も狭く入り込みにくい。
「いえ、こんなにたくさん来ることは初めてです。せいぜい、一、二体です。なんか変なんですよね。歩きながら、歌をうたっているんです」
「歌、ですか」
 地下の施設のことを思い出した。
「ええ、何か関係あるのかもしれませんね」
 森山は困ったような顔をした。
「歌の心に導かれたのだろう。私も歌いたい。あなたと歌いたい。そんな心が、ゾンビに響いたのだ」
 いつの間にか後にいた志賀山がいった。 
「外のゾンビにもですか」
「歌に国境など無い、そういうことだろう」
 にやりと笑いながらいった。
「そうじゃなくて、なぜ地下の歌が、外のゾンビにまで影響を与えているんです」
「耳が良いのかも知れんなあ」
「耳ですか」
 地下施設の扉を閉めれば、歌声は外に漏れないはずだ。
「ゾンビは、人間を見つけると、一斉に集まってくるだろ。結構遠くから、わぁって、集まってくる。何かしらゾンビ同士で、信号を発しているのかもしれん」
「テレパシー的な感じで、ゾンビ同士がコミュニケーションしていると言うことですか」
「ゾンビは群れになると、多少頭が良くなる。一体よりも二体、二体よりも三体、複数のゾンビが集まった方が頭が良くなる。ゾンビ同士で何かしらのつながりがあるんだろう」
「それが、歌をうたうことによって、強化され、外のゾンビにも影響を与えている。そういうことですか」
「えっ、うーん、そういうことなのかなぁ」 
 志賀山は腕を組んで考えるそぶりを見せた。
「それって、危ないんじゃあ」
 かねてから懸念していたことだ。自分たちは、何か危ないことをしているんじゃないか。北浜はそう思っていた。
「なんでだ。ゾンビが歌をうたったって、何も困らんだろう」
「えっ、まぁ、そりゃそうですけど」
 言われてみればその通りだった。ゾンビが歌をうたったところで、何も困ることはない。
「だろ。むしろ良いことじゃないか。歌っている間は、人間を襲わないわけだし」
「いや、それがどうも違うみたいですよ。歌っていても、人間を見ると襲いかかってきます。歌よりも人間優先みたいです」
 森山が無線機片手にいった。何らかの報告が入ったのだろう。
「そうなのか。まぁ、でも今までと何も変わらないわけだしな、いいんじゃないか」
「いや、そういうわけでもないみたいです。なんか、歌いながらこっちに来てるみたいで、だんだん増えてきてます」
 森山は外を指さした。
「それは、まずいな。そういうことなら、しばらく歌うのはやめてみるか」
 志賀山はいった。


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