41 / 46
霧島、吸血鬼、元教団施設
しおりを挟む
霧島
前日降った雨が屋上のタンクを満たしているせいか、蛇口をひねるといきおいよく水が出た。霧島は歯を磨こうと歯ブラシを手に取ったが、何度も歯ブラシを落としてしまった。指がこわばってうまく動かないのだ。
霧島は歯を磨くことをあきらめ、歯ブラシを床に放置した。自分がゾンビになりつつあることを自覚しているものの、それに対してどうしようという気持ちはわいてこなかった。どのみちどうしようもないのだ。このまま自分はゾンビになっていく。それに対する恐怖は、ぽっかり抜け落ちていた。ただ自分がゾンビになりつつあることが恥ずかしく、それを隠くしたいという気持ちが強くあった。
夜、吸血鬼
権造は山の集落の畑に来ていた。
夏野菜が、梅雨の雨ですくすくと育っていた。
トマトの実は少し割れていたが、それなりにできていた。割れた奴は加工品として、煮詰めて瓶詰めにして売り出すつもりだった。
早めに植えたトウモロコシは、糸状の雌穂がこげ茶色になり、収穫適期を迎えていた。あまり大きくはない。やはり肥料をたくさん必要とするため、肥料不足の現状では、難しい。肥料が少なくても育つ品種か、鶏の数を増やして、肥料の鶏糞を増やすか、する必要性があった。防虫ネットを上からかけて、アワノメイガの進入とカラスよけにした。
ナスを育てるのはやめた。肥料をたくさん食うわりに、栄養価が少ない。同じ理由でキュウリも育てなかった。
保存の利くカボチャは場所を見つけ積極的に植えた。何も植わっていない土手などを活用して植えた。大豆も田のあぜ道などに植えられるだけ植えた。
五月頃に植えたサツマイモの蔓が、草に覆われていたので、草をむしった。後もう一度くらい雑草を取れば、あとは伸びたサツマイモの蔓が雑草を抑えてくれるだろう。
甘いものも必要だろうと、マクワウリも植えておいた。三本仕立てにして、あとは放置しておいた。
ちまた
野勝市各地で、奇妙な光景が目撃された。
ゾンビが歌をうたっていたのだ。
住宅地に潜むゾンビが、あるいは、河原の散歩コースを歩くゾンビが、口を開け、たどたどしく声を上げていた。
それは言葉にはなっていない。うなり声のメロディ、何の歌だと聞かれれば、ああ、あの歌をうたっているのだなと、何とはなくわかった。
ただ、その目は、歌をうたうゾンビの目は、人の目をしていた。
元教団施設
北浜のりぞうは騒がしさに目を覚ました。時計を見ると十時は過ぎていた。撮りためた映像を編集していたため、起きるのが遅くなった。
元教団施設を囲む壁に人が集まっていた。
いってみると、壁の外にゾンビが集まってきているようだった。
「ゾンビですか」
元信者の森山学に聞いた。
「ええ、何か集まってきたみたいで」
「そうですか。今までも、こういうことって良くあったんですか」
元教団施設は小高い丘に立地している。道幅も狭く入り込みにくい。
「いえ、こんなにたくさん来ることは初めてです。せいぜい、一、二体です。なんか変なんですよね。歩きながら、歌をうたっているんです」
「歌、ですか」
地下の施設のことを思い出した。
「ええ、何か関係あるのかもしれませんね」
森山は困ったような顔をした。
「歌の心に導かれたのだろう。私も歌いたい。あなたと歌いたい。そんな心が、ゾンビに響いたのだ」
いつの間にか後にいた志賀山がいった。
「外のゾンビにもですか」
「歌に国境など無い、そういうことだろう」
にやりと笑いながらいった。
「そうじゃなくて、なぜ地下の歌が、外のゾンビにまで影響を与えているんです」
「耳が良いのかも知れんなあ」
「耳ですか」
地下施設の扉を閉めれば、歌声は外に漏れないはずだ。
「ゾンビは、人間を見つけると、一斉に集まってくるだろ。結構遠くから、わぁって、集まってくる。何かしらゾンビ同士で、信号を発しているのかもしれん」
「テレパシー的な感じで、ゾンビ同士がコミュニケーションしていると言うことですか」
「ゾンビは群れになると、多少頭が良くなる。一体よりも二体、二体よりも三体、複数のゾンビが集まった方が頭が良くなる。ゾンビ同士で何かしらのつながりがあるんだろう」
「それが、歌をうたうことによって、強化され、外のゾンビにも影響を与えている。そういうことですか」
「えっ、うーん、そういうことなのかなぁ」
志賀山は腕を組んで考えるそぶりを見せた。
「それって、危ないんじゃあ」
かねてから懸念していたことだ。自分たちは、何か危ないことをしているんじゃないか。北浜はそう思っていた。
「なんでだ。ゾンビが歌をうたったって、何も困らんだろう」
「えっ、まぁ、そりゃそうですけど」
言われてみればその通りだった。ゾンビが歌をうたったところで、何も困ることはない。
「だろ。むしろ良いことじゃないか。歌っている間は、人間を襲わないわけだし」
「いや、それがどうも違うみたいですよ。歌っていても、人間を見ると襲いかかってきます。歌よりも人間優先みたいです」
森山が無線機片手にいった。何らかの報告が入ったのだろう。
「そうなのか。まぁ、でも今までと何も変わらないわけだしな、いいんじゃないか」
「いや、そういうわけでもないみたいです。なんか、歌いながらこっちに来てるみたいで、だんだん増えてきてます」
森山は外を指さした。
「それは、まずいな。そういうことなら、しばらく歌うのはやめてみるか」
志賀山はいった。
前日降った雨が屋上のタンクを満たしているせいか、蛇口をひねるといきおいよく水が出た。霧島は歯を磨こうと歯ブラシを手に取ったが、何度も歯ブラシを落としてしまった。指がこわばってうまく動かないのだ。
霧島は歯を磨くことをあきらめ、歯ブラシを床に放置した。自分がゾンビになりつつあることを自覚しているものの、それに対してどうしようという気持ちはわいてこなかった。どのみちどうしようもないのだ。このまま自分はゾンビになっていく。それに対する恐怖は、ぽっかり抜け落ちていた。ただ自分がゾンビになりつつあることが恥ずかしく、それを隠くしたいという気持ちが強くあった。
夜、吸血鬼
権造は山の集落の畑に来ていた。
夏野菜が、梅雨の雨ですくすくと育っていた。
トマトの実は少し割れていたが、それなりにできていた。割れた奴は加工品として、煮詰めて瓶詰めにして売り出すつもりだった。
早めに植えたトウモロコシは、糸状の雌穂がこげ茶色になり、収穫適期を迎えていた。あまり大きくはない。やはり肥料をたくさん必要とするため、肥料不足の現状では、難しい。肥料が少なくても育つ品種か、鶏の数を増やして、肥料の鶏糞を増やすか、する必要性があった。防虫ネットを上からかけて、アワノメイガの進入とカラスよけにした。
ナスを育てるのはやめた。肥料をたくさん食うわりに、栄養価が少ない。同じ理由でキュウリも育てなかった。
保存の利くカボチャは場所を見つけ積極的に植えた。何も植わっていない土手などを活用して植えた。大豆も田のあぜ道などに植えられるだけ植えた。
五月頃に植えたサツマイモの蔓が、草に覆われていたので、草をむしった。後もう一度くらい雑草を取れば、あとは伸びたサツマイモの蔓が雑草を抑えてくれるだろう。
甘いものも必要だろうと、マクワウリも植えておいた。三本仕立てにして、あとは放置しておいた。
ちまた
野勝市各地で、奇妙な光景が目撃された。
ゾンビが歌をうたっていたのだ。
住宅地に潜むゾンビが、あるいは、河原の散歩コースを歩くゾンビが、口を開け、たどたどしく声を上げていた。
それは言葉にはなっていない。うなり声のメロディ、何の歌だと聞かれれば、ああ、あの歌をうたっているのだなと、何とはなくわかった。
ただ、その目は、歌をうたうゾンビの目は、人の目をしていた。
元教団施設
北浜のりぞうは騒がしさに目を覚ました。時計を見ると十時は過ぎていた。撮りためた映像を編集していたため、起きるのが遅くなった。
元教団施設を囲む壁に人が集まっていた。
いってみると、壁の外にゾンビが集まってきているようだった。
「ゾンビですか」
元信者の森山学に聞いた。
「ええ、何か集まってきたみたいで」
「そうですか。今までも、こういうことって良くあったんですか」
元教団施設は小高い丘に立地している。道幅も狭く入り込みにくい。
「いえ、こんなにたくさん来ることは初めてです。せいぜい、一、二体です。なんか変なんですよね。歩きながら、歌をうたっているんです」
「歌、ですか」
地下の施設のことを思い出した。
「ええ、何か関係あるのかもしれませんね」
森山は困ったような顔をした。
「歌の心に導かれたのだろう。私も歌いたい。あなたと歌いたい。そんな心が、ゾンビに響いたのだ」
いつの間にか後にいた志賀山がいった。
「外のゾンビにもですか」
「歌に国境など無い、そういうことだろう」
にやりと笑いながらいった。
「そうじゃなくて、なぜ地下の歌が、外のゾンビにまで影響を与えているんです」
「耳が良いのかも知れんなあ」
「耳ですか」
地下施設の扉を閉めれば、歌声は外に漏れないはずだ。
「ゾンビは、人間を見つけると、一斉に集まってくるだろ。結構遠くから、わぁって、集まってくる。何かしらゾンビ同士で、信号を発しているのかもしれん」
「テレパシー的な感じで、ゾンビ同士がコミュニケーションしていると言うことですか」
「ゾンビは群れになると、多少頭が良くなる。一体よりも二体、二体よりも三体、複数のゾンビが集まった方が頭が良くなる。ゾンビ同士で何かしらのつながりがあるんだろう」
「それが、歌をうたうことによって、強化され、外のゾンビにも影響を与えている。そういうことですか」
「えっ、うーん、そういうことなのかなぁ」
志賀山は腕を組んで考えるそぶりを見せた。
「それって、危ないんじゃあ」
かねてから懸念していたことだ。自分たちは、何か危ないことをしているんじゃないか。北浜はそう思っていた。
「なんでだ。ゾンビが歌をうたったって、何も困らんだろう」
「えっ、まぁ、そりゃそうですけど」
言われてみればその通りだった。ゾンビが歌をうたったところで、何も困ることはない。
「だろ。むしろ良いことじゃないか。歌っている間は、人間を襲わないわけだし」
「いや、それがどうも違うみたいですよ。歌っていても、人間を見ると襲いかかってきます。歌よりも人間優先みたいです」
森山が無線機片手にいった。何らかの報告が入ったのだろう。
「そうなのか。まぁ、でも今までと何も変わらないわけだしな、いいんじゃないか」
「いや、そういうわけでもないみたいです。なんか、歌いながらこっちに来てるみたいで、だんだん増えてきてます」
森山は外を指さした。
「それは、まずいな。そういうことなら、しばらく歌うのはやめてみるか」
志賀山はいった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる