14 / 46
昼、散髪、市役所
しおりを挟む
「野球が見たいねぇー」
坂木は市役所の待合室を借りて、常連客の髪を切っていた。
「野球、好きなんですか」
「それほどでもないんだよ。言われてみるとね。でも、見れないとなるとねぇ、当分というか、ずっと無理だろうからねぇ、今の時期だと、オープン戦やってるのかな。新人とか、助っ人外国人とか、よくわかんないやつとか出てくるじゃない。そういうのわりと好きだったんだよ。なんか、いろいろ期待が持てるっていうかねぇ。まぁ、大概期待外れなんだけどさぁ、店長さんは野球とかファンとかあるの」
彼は、ゾンビが蔓延する前からの常連客である。
「私ですか、そうですね。郷里が広島なんで、広島ですかね。さほど熱心ではないですけどね」
坂木は野球に対しては全く興味はなかった。ただ、こういうときは郷里に近いチーム名をあげておくことが無難であることを知っていた。
「ああ、そうなの。それで野球見たいね、なんて話を市役所の寝床で話してたんだよ。そしたらラジオの野球中継ってあるでしょ。それいっぱい持ってる奴いたんだよ。懐かしいカセットテープ、阪神のやつばっかりだけど、持ってる奴いたんだよ。避難するとき持ってきたらしいんだけど、他にもっと貴重な物をね、持ってきなさいよ。かさばるでしょうにねぇ。それで、夜七時頃になるとみんなで集まってさ、聞くんだよ。手回しので電気作りながらさ、あれ、いいよねぇやっぱり、こういうときは野球だねぇ。なんか盛り上がるんだよな。見たいねぇ。ああいう、じっくりとした勝負事、ドーム球場なんてどうなってんだろう。避難所にでも、なってるのかねぇ」
「さあ、どうなんですかねぇ。でも屋根まで密閉できるから良いかもしれませんね」
「でしょ。商店街みたいだよね」
「そうですね。アーケード、雨漏りするみたいですけどね」
「あっ、店長さん、商店街にも出入りしてるんだ」
「ええ、おかげさんで、常連さんが何人かいるんで」
「うらやましいね。あそこ、食料とか潤沢でしょ。お金もまだ使えるんだったっけ」
「ええ、かなり値段は上がってますけどね」
「あそこも、何とかならないかねぇ。けちなんだよね」
「そうなんですか」
「そうだよ。食料をこちらにも回してくれるようにって、何度か市役所の方から頼んでるのに、全然分けてくれないんだ。金払えってさ、この際だから、みんなで分けた方が良いと思わない。みんな困ってるんだから、助け合いだろ。中にも入れてくれないんだよ。どんな様子なの」
「いやあ、私も中には入れるんですが、入り口の美容室、までですね。そこで髪切って帰るだけです」
野勝市銀座商店街の複数箇所ある入り口は建設用のステンレスパイプを天井まで組み、隙間を金属製の板で覆って、ゾンビや人間の侵入を防いでいる。
坂木は入り口近くの美容室の裏口から入り、そこで髪を切っている。美容室の経営者や従業員は逃げたか死んだのか、すでにいないので、坂木が月に一度ほど、そこで散髪をおこなっている。美容室の外、今の商店街の中の様子を坂木も見たことは無い。食料品が豊富らしく、生卵や新鮮な野菜、肉なんてものもある。それらを、少し分けてもらえるので、坂木としては、外せない仕事になっている。
「そうなの、市役所もいよいよまずいよ。人数多いからね。お巡りさんもがんばってるみたいだけど、もうちょっとあたたかくなったら何とかなるんだけど、それまでがねぇ」
「大変ですねぇ」
常連客の男は坂木に千円払って帰っていった。
坂木は市役所の待合室を借りて、常連客の髪を切っていた。
「野球、好きなんですか」
「それほどでもないんだよ。言われてみるとね。でも、見れないとなるとねぇ、当分というか、ずっと無理だろうからねぇ、今の時期だと、オープン戦やってるのかな。新人とか、助っ人外国人とか、よくわかんないやつとか出てくるじゃない。そういうのわりと好きだったんだよ。なんか、いろいろ期待が持てるっていうかねぇ。まぁ、大概期待外れなんだけどさぁ、店長さんは野球とかファンとかあるの」
彼は、ゾンビが蔓延する前からの常連客である。
「私ですか、そうですね。郷里が広島なんで、広島ですかね。さほど熱心ではないですけどね」
坂木は野球に対しては全く興味はなかった。ただ、こういうときは郷里に近いチーム名をあげておくことが無難であることを知っていた。
「ああ、そうなの。それで野球見たいね、なんて話を市役所の寝床で話してたんだよ。そしたらラジオの野球中継ってあるでしょ。それいっぱい持ってる奴いたんだよ。懐かしいカセットテープ、阪神のやつばっかりだけど、持ってる奴いたんだよ。避難するとき持ってきたらしいんだけど、他にもっと貴重な物をね、持ってきなさいよ。かさばるでしょうにねぇ。それで、夜七時頃になるとみんなで集まってさ、聞くんだよ。手回しので電気作りながらさ、あれ、いいよねぇやっぱり、こういうときは野球だねぇ。なんか盛り上がるんだよな。見たいねぇ。ああいう、じっくりとした勝負事、ドーム球場なんてどうなってんだろう。避難所にでも、なってるのかねぇ」
「さあ、どうなんですかねぇ。でも屋根まで密閉できるから良いかもしれませんね」
「でしょ。商店街みたいだよね」
「そうですね。アーケード、雨漏りするみたいですけどね」
「あっ、店長さん、商店街にも出入りしてるんだ」
「ええ、おかげさんで、常連さんが何人かいるんで」
「うらやましいね。あそこ、食料とか潤沢でしょ。お金もまだ使えるんだったっけ」
「ええ、かなり値段は上がってますけどね」
「あそこも、何とかならないかねぇ。けちなんだよね」
「そうなんですか」
「そうだよ。食料をこちらにも回してくれるようにって、何度か市役所の方から頼んでるのに、全然分けてくれないんだ。金払えってさ、この際だから、みんなで分けた方が良いと思わない。みんな困ってるんだから、助け合いだろ。中にも入れてくれないんだよ。どんな様子なの」
「いやあ、私も中には入れるんですが、入り口の美容室、までですね。そこで髪切って帰るだけです」
野勝市銀座商店街の複数箇所ある入り口は建設用のステンレスパイプを天井まで組み、隙間を金属製の板で覆って、ゾンビや人間の侵入を防いでいる。
坂木は入り口近くの美容室の裏口から入り、そこで髪を切っている。美容室の経営者や従業員は逃げたか死んだのか、すでにいないので、坂木が月に一度ほど、そこで散髪をおこなっている。美容室の外、今の商店街の中の様子を坂木も見たことは無い。食料品が豊富らしく、生卵や新鮮な野菜、肉なんてものもある。それらを、少し分けてもらえるので、坂木としては、外せない仕事になっている。
「そうなの、市役所もいよいよまずいよ。人数多いからね。お巡りさんもがんばってるみたいだけど、もうちょっとあたたかくなったら何とかなるんだけど、それまでがねぇ」
「大変ですねぇ」
常連客の男は坂木に千円払って帰っていった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる