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ケンタウルスの亡霊

羽ばたくは星海 (2)

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「うおっ! あぶね!」

 ギルドの前を素通りして、港湾ブロックへ向かうスクーターの前に、黒塗りの大型セダンが飛び出してきた。
 ケントはスクーターを倒して後輪をロックさせ、わざと滑らせる。アクセルを全開にしてホイルスピンさせ、バランスをとって立て直した。
 飛び出してきたセダンには見覚えがあった。ボンネットに翼を広げた女神のオーナメントがついた黒塗りのセダン、扉には銀色で描かれたドラゴンの紋章。

「あぶねえぞリディ!」
「申し訳ございません、マツオカ様」

 ちっとも申し訳無さそうでない顔で、アンドロイドのリディが言う。スルスルと音もなく後部の窓が開き、金髪をツインテールに結んだ少女・・がニカリと笑ってみせた。

「ケント、わらわに内緒でどんな儲け話かの?」
「遠い親戚が死んでな、遺産が転がり込んだんだよ」

 思ったより早く、リシュリューからの振込があったのがバレたらしい。まあ天下の輸送ギルド相手に、ケンタウルス星系にある銀行のセキュリティだの、個人情報保護だのは当てにならないのは判っている。ノエルがうまくやって無ければ、五〇〇万クレジット持っていかれるだけではすまないだろう。

「ほう、ケントは自分がどこぞのボンボンだったと、わらわにそう言うわけじゃな?」

 すうっと、スカーレットの赤い瞳が縦に細くなる。歳相応でない見かけの美少女だが、サイボーグなのか義体なのか、爬虫類のように縦に細くなる瞳に見据えられ、ケントは背筋が冷たくなった。

「わかった、わかった、とりあえず港湾ブロックまで乗せてってくれ」

 そのへんに置いておけば、たちまち盗まれる電動スクーターだが、バッテリーを抜いておくと持って行く奴はいない。
 路肩にスクーターを寄せてケントはバッテリーを引っこ抜き、コンコンと車のトランクを叩いて開けてもらうと放り込んだ。

「どうぞ、マツオカ様。銃はこちらに、シートに傷がつきますので」
「友人の形見だ、気をつけてくれ」
「存じ上げております」

 素直にヒップホルスターから銃を抜いて渡し、ケントは後部座席にチンマリとすわるスカーレットの隣に腰を下ろしてため息をついた。

「さて、ケントよ、何があったか聞かせてもらおうかの?」

 そう言って身を乗り出し、フンスと鼻息あらくケントに詰め寄る少女の額をケントは軽く人差し指で弾く。

「あいた、なにをするのじゃ」

 チラリと通信機コミュを覗いて電波状態を見る。ノエルに声が届くかどうかはある意味死活問題になりかねない状況だ。まあ、あいつならなんとかするだろう。

「安心せい、この車のなかで使える通信機など超光速タキオン通信機くらいじゃわ」

 額を抑え、涙目でスカーレットが言う。

「スカーレット」
「なんじゃ?」
「今回は軍産複合体プルートスがらみだ、相手が悪い」

 そんな涙目の瞳を覗きこんで、ケントは切り出した。

「えらく面倒くさいのを相手にしたのう?」
「ああ、だから今回の話は見なかったことにしてくれ」
「お主に心配されるとは、このスカーレットもナメられたものじゃ」

 ニカリ、と笑いスカーレットがケントの耳を掴んで耳元でささやいた。

「内緒じゃがな、わらわはお主に惚れておるのじゃよ?」

 一瞬固まったケントに、スカーレットが小さな身体をするりと寄せると、胸元にしなだれかかった。

「ちょ、スカーレット」

 柔らかな、それでいて、若い果実のように固さの残る少女の肢体からだを押し付けられ、ケントの心臓が跳ね上がる。
 小さな肩をつかまえて引き離そうとした途端、スカーレットは潤んだ熱っぽい瞳で覗き込んだまま、ケントの顎の下に熱線銃ブラスターの銃口を突きつけた。

「だから、わらわが脳みそを吹きとばしたくなる前に、何があったか話してくれると嬉しいのじゃがの?」


     §

「ノエル、遅くなった、すまない」

 『色々』と洗いざらい吐かされたケントが、ぐったりして『フランベルジュ』に辿り着いたのは、小一時間立ってからの事だ。

「マスター、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとか生きてる、途中スカーレットに捕まってな」

 ウィン、と小さな音がしてコックピットのカメラがこちらを覗きこむ。

「マスターは小さい子が好きなんですね、不潔です」
「ちょっとまて、ノエル、なんでそうなる」
「こうなったら、六番街の飾り窓からセクサロイドをハッキングして……」
「いや、まて、ノエル頼むから、仕事に戻ってくれ」

 ノエルは優秀だ、演算能力に関して言えばこの宙域屈指なのは間違いない。

「頼むよ、お前しか相棒が務まる奴はいないんだから」
「……わたしだけ?」
「ああ、お前ほど俺の役に立つ奴はいないだろ」
「わたしだけ……」

 ……だが、凄く面倒くさい。

 自己増殖型のマイクロマシンで構成される光ニューロコンピューターでは、本来、擬似感情は除外オミットされている。
 言うまでもなく、人にとって危険な要素になりうるからだ。嫉妬に狂う宇宙戦艦など想像したくもない。ノエルはそんな危険性を考えて制定された電子演算機ロジックユニット法違反のシロモノだ。

「だからとりあえず仕事に戻ろうか? それで、なんで船に呼び出した?」
「うう、なにか騙されている気がします」

 うん、まあ騙してるんだがな。思いながらカメラにむかって早くしろとケントは催促した。

「〇九〇〇時にマスターの自宅への電子的攻撃を察知、同時に『フランベルジュ』への攻撃も感知しました」
「軍警察か?」
「いえ、欺瞞記憶野ハニーポットへ潜らせてから、紐をつけたところ、発信元はケンタウルスⅡです」

 俺のことがリシュリューの周りから漏れたとして、さて、罠なのか、ただの間抜けなのか……。

「それで?」
「失礼かと思いましたが、マスターの過去のデーターを参照させてもらいました。昨日がセシリア少佐とアンデルセン少佐の命日だという情報をカレンダーに記入。Cマイナークラスのセキュリティで対抗、敵対勢力の位置を特定したところで、情報をリリース」
「……」
「マスター?」

 ああ、そうだった、昨日は軍の記録上で、俺達・・の命日だ。終戦前日の出撃で撃ち落とされてから一週間、『作戦中戦死』と名簿に記された日だ。

「あいつ、覚えていやがったのか?」

 目を赤くして酒を煽るリシュリューの顔が目に浮かぶ。

「システムチェック、出港準備だノエル」
「イエス、マスター」
「CIWSは?」
「後方、前方ともに正常稼働、中距離ミサイル六発も搭載済です」

 ――ミサイル?

「ノエル?」
「はい、生存確率を優先して、ギルドに発注しました、三六万クレジット、現金払いです」

 ぐぅ、とケントはうなった。正しい、正しい判断だが……。まあいい、やり遂げれば残り二千万クレジット、なんとでもなる。

「システムチェック開始、メインリアクター全力運転を開始、自己診断ダイアグノシススタート」

 嬉々として仕事を始めるノエルにケントはため息を一つついて、管制を呼び出す。

「ケンタウルスコントロール、こちら『フランベルジュ』、離岸許可を求める」
「よう、ケント、仕事か?」
「ああ、リック、貧乏暇無しでな」

 目の前のパネルに、読めないほどの速さでリストが走り、各部に青信号グリーンが灯る。

「ケンタウルスコントロール、航路情報パイロット確認しました。ワイヤリリース、微速電磁投射を要請」
「了解、こちらケンタウルスコントロール、離岸を許可する。幸運を」

 ドスン、と小さく揺れて固定アームが外れる。封鎖突破船ブロッケードランナー『フランベルジュ』が星の海へとゆっくりと滑りだす。

「ありがとうございます、リック、『フランベルジュ』交信終了アウト

 まあいいさ、何かあれば星屑になるだけだ。楽しそうに仕事をこなすノエルの声に、ケントは小さく微笑んだ。
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